カテゴリ:軍事
某所での議論の過程で私に向けて質問を頂いた。
あまりに長くなってしまいその場でコメントするには迷惑となりそうなため、こちらで回答させていただくことにする。お許し願いたい。 また普段と違い「です・ます」調になっているが、これは本稿がイスラマバード氏への回答として書かれているためである。 違和感を感じる方もおられるだろうがどうかご容赦願いたい。 なお大元の議論の場所はごみかき氏のBlogである。こちらもご参照いただければことの経緯などへの理解が深まると思う。 【http://plaza.rakuten.co.jp/shoochang2004/】 なお頂いた質問は以下のとおりであった。 > 叩き台 イスラマバードさん >Cpt.higeさんに質問したことについて、お答えにしにく >内容だったと思います。 >ただ、予算の話しは避けて通れない事柄だと思います。 >そこで少々乱暴でありますが、叩き台として以下のよう >なことものは如何でしょうか? >防衛費が >1:7兆円の場合 >2:6兆円の場合 >3:5兆円の場合 >4:4兆円の場合 >5:3兆円の場合 >と、それぞれの予算で、何が出来て、何が出来ないのか >それを考察するというのは如何でしょうか? この質問に対する回答の形式で本稿を進めていく。 【ここより本文】 まず何が出来るのかという想定ですが、物事には優先順位というものがあります。 それはその時代時代で変わるので、本件の場合は「何が出来るか」ではなく「何をしなければならないか」が論点になるかと考えます。 また「何が出来ないか」という点については、ある程度の予算以上で考慮する必要が無くなります。必要最小限を満たした場合には意味がないからです。 以上を踏まえていただいた上で、差し障りのない範囲で回答させていただきます。 0 前提条件(データ) まず17年度は約4兆8千億が防衛費なわけですが、この中で「人件・糧食費」は約45%の2兆1千5百億円です。 残りがいわゆる物件費で、その内訳は以下のとおりです。 (数字は概数。基本データは日本の防衛17年度版) 装備品等購入費 9000億円 研究開発費 1300億円 施設整備費 1400億円 維持費等 9200億円 基地対策費 5000億円 SACO関係経費 260億円 その他 887億円 なお16年度末の自衛官の人数は以下のとおりです。 陸 約14.8万人 海 約 4.4万人 空 約 4.6万人 1 上記から、想定した4・5項は防衛力が減少するのが予想されます。 人件費以外を零にして維持するわけにはいかないからです。 一度に削減を行うのが非現実的である以上は人員・装備を段階的に減らしていくと予想されますが、このときの差分、不足分をカバーできるのは装備品等購入費と維持費の減額でしょう。 これは時代に合わせた新装備(より強力、効率化されたもの)を導入できないこと、現装備品の維持・修理が出来ないこと、壊れた装備品を補充できないことを意味します。 給与の切り下げではこの一部しかカバーしきれないため、想定した予算でやりくり可能な人数に減少するまで「機能不全の状態」は続きます。何年かは予想できませんが・・・ その機能不全状態が終わり落ち着いた段階での自衛官の予想数は、白紙的に比率が現行と同じであると仮定すれば次の通りです。 (1)3兆円規模 陸 約 9.3万人 海 約 2.8万人 空 約 2.9万人 最大の減少である陸で見た場合、年間仮に5千人減らしても(実行可能とは思えませんが)10年かかります。 どの程度の人数なら年間で削減可能なのかはさっぱり判りませんが・・・ (2)4兆円規模 陸 約12.3万人 海 約 3.7万人 空 約 3.8万人 陸で2万5千人の減少です。 (★いずれも各種装備品数は人員の比率に合わせて減少すると仮定しています。) (3)前2項とも「機能不全の状態」が発生しますが、現状よりも削減幅の大きい方が「長期的かつ深刻な」状態になることが予想できます。 物はともかく金と人(あからさまですが)への影響が大きすぎます。 (4)ミクロ視点の波及効果 以前どなたかがレスしておられたのですが、じつは地方自治体が被る影響も馬鹿になりません。 一例で、北海道に上富良野町という町があります。ここは人口約13000人ですが、ここに2000人規模の自衛隊が駐屯しています。隊員数だけですから家族を入れればその倍以上になるでしょう。じつに人口の3割以上です。 こういった地域で防衛力削減で自衛隊が消えた場合、地方自治体そのものが崩壊する可能性すらあります。 2 想定の1~3項の場合、予算の増額で人員を増やすのかどうかと言うとおそらく大きくは増やさないと考えます。 なぜなら現行の自衛官数は「基盤的防衛力構想」に基づいて「十分」かつ「適正」であると判断されて設定されているからです。 強いて言えば全くの新規事業のMD関連の人員や、国際貢献要員分の人員数の増枠はあるかもしれません。 基盤的防衛力構想を破棄して軍国主義にというのならば別ですが、日本がそういう状況になることは殆どないと考えます。 ここから先は完全な私見ですが、基盤的防衛力構想を維持したまま大幅に防衛予算を増やした場合、何を優先すべきかを述べてみます。 述べる順番は優先順位です。 (1)MD研究・配備費用の増額 北朝鮮・中国他によるミサイル攻撃を防ぐためのMD計画を大幅に増額しスピードアップします。 これが最優先の理由としては「既にその危険が現実として存在する」ことが挙げられます。残念なことに現状の自衛隊ではこの攻撃をほとんど防ぐことは出来ません。いま実際にこの行使を防いでいるのはいわゆる「核抑止力」であり、抑止力は行使を抑止しますが、行使された場合の被害を減らすものではありません。 もしミサイル攻撃が行われた場合にその攻撃を防御しうる手段を研究・開発することは、国民の生命を守る上で最優先と考えます。 (2)偵察衛星、レーダー及び電波受信設備等の情報収集・分析関連の器材・部隊等の整備 前提条件に従い専守防衛の立場を貫くと考えると、主導権を握って防衛するには侵攻側に先手を取らすわけには行きません。 偵察衛星を打ち上げ、各種レーダーを整備し、相手の電波を受信する設備を充実させ、これらの情報を分析する能力を保有することで、少なくとも完全な奇襲を受ける可能性を減ずることが出来ます。 現代戦において情報能力の差は戦力差に跳ね返ります。今まで軽視されてきた情報収集を拡充させることは、実際の戦力を増やすよりも大きな効果を発揮すると考えます。 喩えて言うならば、攻撃するための牙も角もを持たないのであれば目と耳といった五感をとぎすます必要があるということです。 (3)各種装備の更新 現在の自衛隊の装備には非常に古いものがあります。(昭和62年度製トラックとかが現役だったり) 古いものがある理由はまだ動くからというものです。しかし他の各種装備が更新されているのにまだ壊れないからといって維持されている古い装備は、その機能が十分に発揮できなくなっていることがあります。 例えば故障した車を回収するためのレッカー車などには、新型の車を回収するには能力が足りない等というものがあります。これではいざというときには使えません。 予算の関係で、壊れていないから能力が足りなくても買い換えられず数に入ってしまうという状況が見られるわけです。 また任務形態が変化している、各種技術革新が実現していることも考慮すべきでしょう。 一例として自衛隊のトラックにAT車が入りはじめたのはつい4,5年前、それまではラジオも付いていなかったことを申し添えておきます。 (4)装備の統一 新旧装備混在の問題点は非効率というです。整備部品や各種備品を2種類(以上)分持ち、かつ作り続けることは民間企業ではあり得ない非効率です。本来なら一気に新型に変えることが望ましいのですが、予算の関係で数年~数十年に渡って徐々に切り替えているのが現状です。 例えば小銃は2種類使用しています。64式小銃と89式小銃です。 古い方の64式小銃は1964年から、89式小銃でも1989年から使われてあり、今現在でも混在しています。これらは部品は当然、実は使う弾薬も異なっており、2種類分の部品と弾薬を購入するという状態になっています。価格低下は大量生産によるコストダウンが大きいことを考えれば、これも予算額を押し上げる要因の一つです。 余談ですが、戦車は74式戦車と90式戦車が混在しています。これも新旧混在と言えなくもないですが、Hi-Lowミックスと言うべき考え方で2種類使っていると言っても良いでしょう。Hi-Lowミックスについては検索していただければ面白いことが判ると思います。 (5)研究開発費の増額 防衛研究から民間への技術移転の効果を考えると、技術立国日本の基礎を一部でも支えるために各種研究費を増額すべきと考えます。 こういった国家規模での研究は民間以上の規模・予算を投入することが出来ます。その成果を移転できれば、今現在の技術立国日本の力を更に向上させることが出来るでしょう。軍事的な面だけでなく経済的な面でも大変有効です。 また相手以上の性能の新装備をいち早く装備できた場合の有利さは、イラク戦争からも明らかです。少ない戦力で最大の効果を得るには高性能が必要。そういった意味からもこの方面は強化する価値があるでしょう。 ★これらは分類すると継続的に行われるべきもの(研究開発等)と、一時的なもの(装備更新等)になります。 当然新型に更新したあとの予算は維持重視になり、一定期間毎に更新の大波が来るという形になるでしょう。 3 結論 防衛費の中には費用を掛ければ掛けるだけ充実するもの(装備の更新、人件費等)と、費用に加えて時間を必要とするもの(研究開発費)があります。 こういった面からも日本が軍事力で世界を統一するというキチガイじみた妄想でも抱かない限り、防衛費は一定の枠以上に増えることはありません。 装備更新を一気に行えば、前述したように単年度では瞬間最大風速的に増額する可能性はありますが、次の更新までの期間を平均してみれば総額はほぼ同じはずです。 次年度以降は更新された装備の分、新たに計上される装備品等購入費が減るわけですね。 防衛費は金で代えることができない「国民の命」を守る上での必要経費です。 必要経費は過大だと問題ですが、過少はそもそもの目的の達成に大きな(場合によっては達成不可能なほどの)影響を及ぼすものです。 これの「適正な範囲」を見極めるには、軍事・経済・地理・歴史・科学技術等といった複雑な分野を全般的に見ることができる知識が必要になるでしょう。 また「防衛力」とは何なのか、どういう物なのかを国民が確かな知識と見解で認識することが必要です。 防衛力は「道具」です。それを扱う「主(あるじ)たる国民」次第でそれは「国防の盾」にも「侵略の矛」にも変わる物です。 昔の漫画の鉄人28号ではありませんが「良いも悪いもリモコン次第」なわけです。 昔の「軍部の暴走」ということは、戦後60年の平和主義により自衛官自身が否定するまでに骨髄に染みこんでいるのです。 最後に私は本件に関して自衛官として「軍事の専門家」のある程度の見解を語ることは出来ますが、それはそれ以上でもそれ以下でもありません。 この長文が「一自衛官としての現状認識と意見」であることを理解していただき何か別方面からの意見をいただければ、私を含めた他にも色々と読まれている方達が何かを得るきっかけになるかもしれません。 お目汚しの長文におつきあいいただきありがとうございました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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某ブログ(w)から流れてきました
予算が増えても増員とはならないですか・・・。 だが、予算増となった場合、次期主力戦車の開発がスピードアップしてくれるに違いない!! いや、90式が悪いわけじゃないですけどね。 しかし、現場の人の意見は重みが違いますね。 非常に興味深い文章です。ありがとうございました。 (Oct 23, 2005 07:00:30 AM)
>フレッツさん
いらっしゃいませ。 >予算が増えても増員とはならないですか・・・。 今の日本では、決定的な理由が無い限り人員増は難しいと思ってます。 まぁ増やすには各種インフラの整備も必要ですから、更に金がかさみますからなおさら困難かと。 >だが、予算増となった場合、次期主力戦車の開発がスピードアップしてくれるに違いない!! 研究開発は重視すべきでしょう。 旧世代兵器が今の兵器に役に立たないのがあそこまであからさまに証明されたわけですから・・・ 民間技術への転用も期待できますしね。 >いや、90式が悪いわけじゃないですけどね。 冷戦期の重戦車(古い)としてはかなり良いほうだと思っています。 ただ「重」ってくらいでいかんせん重い、そして高い。 そこは問題ですよねぇ・・・ >しかし、現場の人の意見は重みが違いますね。 >非常に興味深い文章です。ありがとうございました。 いえいえ、こちらこそわざわざ長文への感想ありがとうございました。 (Oct 23, 2005 09:27:56 AM) |
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