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細木数子かわら版

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2009.04.13
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カテゴリ:小説
 雨はなおも降り続けていた。おさまることのない雨は彼女の涙のような気がした。
彼女が泣いているように感じた。自分と別れた高校の頃に流した涙、自分に見せなかった涙、病気になって流した涙、様々な人生に対する辛さゆえの涙、そのどの涙がいっぺんに溢れて出てきてそれが雨に変わって打ちつけているように感じ、もう走らずにはいられなくなった。ごめん、許してくれ、本当に、自分は君を泣かし、どうしようもない、辛さを与えたんだ、自分は、いけない人間なんだ、苦しい人間なんだ、馬鹿な人間なんだ、笑ってくれ、もっと自分の前では、笑って、笑って、それから時々はこっちを向いてほしい。
家を出ると山があった。その山のある箇所には神社があって、暗闇ながらも神社の看板を見つけた。神社に行くには真っ直ぐ一直線になったあまりにも急な石畳の階段とその回り道としての道が滑らかに横にあった。正面を行くか、回り道をするか、そんなことは選択に値しなかった。真っ直ぐ石畳の階段を走り始めた。ずんずん歩く。雨が体を滴る、それに真治は応じる、彼女が泣く、それに真治は何もすることが出来なかった。
 急な石段はときに欠けている部分もあってひとつひとつの石が小さかったり傾斜が傾きすぎていて走って駆け抜けるにはあまりにも不便だった。雨の激しさも手伝って途中何度もこけようとして、手をついて、くじけるかとカッと上を睨んだ。足りない、こんなんじゃない、彼女の痛みは、もっともっと生きたいと願った彼女の想いはこんなものじゃ足りない、今に、今に、自分がそうして大きくなって、もっともっと大人びて、それで、彼女が自分を許すか、自分をほめるか、自分を一人前だと思うか、どうすれば彼女の痛みを分かれるのか、全ての問いかけには答えが見当たらなかった。
 石段は一向に終わろうとはしなかった。途中疲れのあまり立ち止まってもまだまだあった。真夜中だったから定かではない自分の位置は、戒めに変わり、自分を徹底的に傷つけようという切なさに変わり、これからも前のように彼女を思い出の一環として思い出すだけの悲しい自分とだけはどうしても決別したかった。
 彼女は死んだ、もう生き返ったりなどしない、俺は、俺は、彼女の分まで生きる、ならば彼女を乗り越えて、もう彼女を思い出したりしない自分になる、悲愴がなんだ、そんなもの捨ててしまえ、悲しい辛い、それがなんだ、死ぬよりはマシだ、死んだらすべてが終わる、これからしたかったこと叶えたいことどれもが何もできずじまいになる、死ぬよりはマシ、そして彼女に誇れる生き方をしよう、彼女が安心できるような自分でいよう。決意は固まった。まだまだ続く石段が人生の道程のように見えて、何だか少し笑えてきて、これでもか、これでもかと駆け抜けた。靴は泥だらけ、服はとっくにびしょ濡れになっていたが、そんなことはお構いなしにただすべてがこれで報われるはずだと思いたくて、走って、走って、ついにあと少しというところまで来た。
「はぁ、はぁ、あと少し」
自分の限界を真治は何となく分かっていた。現状、自分の限界はここまで、あれをしよう、これをしようと思っても自分の出来る範囲の中は分かっていた。そしてやがてその殻をゆっくりと破っていって、それでまた自分なりの生き方を探していこう、様々な思慮が走る中に駆け巡る、彼女の思い出、病院での会話、高校の頃の会話、何だか頂上に彼女が待っているような現象に襲われた。
やっとの思いで着いたその先には、彼女はいなかった。雨は小雨に変わり始めていて、変わり果てた自分の姿と、変わることなく待ち構える神社がそこにはあった。一歩、一歩を確かめるように、神社の目の前まで行きお辞儀をし、無心で祈った。そしてしばらくそこに立ち尽くしていた。やがて雨はやんだ。


 翌日は快晴だった。通夜はしめやかに行われ、続々と人が集まってはすすり泣きをしていった。真治は涙を振り切り、来る一人一人にお辞儀をした。昨日帰ってから、随分と心配をかけてしまった。特に理由を言わない真治に父親はただそっとうなずき、再び招き入れた。その父親は喪主として黙々と仕事をこなしていた。凛々しい顔をしていた。娘の死を冷静に受け止めているとは思えなかったが、それでも立派な人に思えた。自分もこういう人になろうと思った。
「将来、何するの?」
「うん。まだ、決めてないんだ」
「絵は?」
「うん」
「いや、うん、じゃなくて」
「・・・」
「やるだけやったら?」
「・・」
「やるだけやって、それでだめなら、また、やり直せばいい、そうでしょ?」
「・・」
「ね?」
「うん」
和室に飾られた彼女の写真は笑顔だった。昨日あまり眠れなかったせいか、目は少し血走っていたが、それでもただその写真を眺めていて、何だか彼女の応答が聞こえて。
「もっと色んなこと、したかったな」
「例えば?」
「もっとね、色んな音楽聴いたり、色んな世界を見たり。やりたいこといっぱい」
「そうだね」
「ね、見せてね」
「?」
「私に、もっと見せてね。私、もうこんなんなっちゃったから、ね、見せてね」
「分かった」
「ね、約束」
「うん」
数か月前、彼女に会ったら死のうと思っていた。彼女に会って、それで自分のすべてが終わると考えていて、気がつくと誰よりも先に彼女は旅に出た。その旅は一人旅になった。自分はそれに着いて行くことは出来なくなった。そう思うと気が抜けて、力が出なくなりそうな感触、刹那、それでも彼女はいるのかな、と思った。
 死ぬことを決意していたことはあからさまな決意ではなかった、そして比例するように自分はどこか力が入っていた。そして周りがうまく見れない、下ばかり見ている人間に豹変し、そうして彼女に再びあって、そんな決意は消えて、新たな決意が生まれて、決意。
彼女の変わりに自分がいろんな世界を見せてあげようとぼんやり思った。
「大丈夫?」
少し気になる人がいた。
「はい、すみません」
相変わらずのすすり泣きは続いていた中、絶えずしとしとと泣く身内の人がいた。
「これ、使って」
「すいません真治さん、でも、これ」
よく見るとそのハンカチは泥だらけだった。
「ああ、ごめん、なんでかな」
妹さんは姉の死と直面していた。真っ直ぐ受け入れることの模索が続いてるらしかった。
「真治さんは」
ティッシュを持ってきてメイクのとれないようにそっと拭いて、
「もう、何だか、ですね」
「うん」
「何か、ありました?」
「うん」
「そっか、そうでしたか」
「私はまだ、たった一人の兄弟でしたから」
たった一人。妹さんはもうたった一人、他に親だったり血縁関係の人はいても、それでも兄弟は一人。人は、やがて、一人になる。
 通夜も少しひと段落してまた妹さんと鉢合わせになった。
「落ち着いた?」
「ええ、だいぶ。あの、真治さん兄弟は?」
「うん、あと妹がいるよ」
「そうですか、いいな。親御さんは?」
「うん、いるよ」
「そうですか」
いずれ無に還る日までそうして向き合って、けれど、その出来事をうまく受け取れるか。生まれてからやがてしばらくの間、彼らは僕たちの前に存在して、そうして甘酸っぱい青春時代も思春期も、あくせく働いて共に時間を共有して。
「有希、これはどうするんだ?」
「ああ、お父さん、それはね」
少し笑顔を取り戻した妹さんはそう言うと父親のほうに駆けて行った。いつか来るその別れは、けれどどうしようもない。そして、それから学ぶのも、感じるのも人それぞれ、親を大事にしなきゃなと感じた。
 通夜が終わり、今日は断ろうと考え、久しぶりに実家に帰った。大学は幸い夏休みで特段心配はいらなかった。真治は今日は人一倍親に優しくいようと考えていた。人の死がそうして生を生む、摩訶不思議な感覚をはたと掴んだ。その日は思い出に包まれた。次の日、葬式が行われ、斎場は近くにあった。
「おはようございます」
「おはよう、昨日はよく眠れた?」
晴れ晴れの朝は光っていた。やがて飛び立つと決めた鳥たちは、一斉に飛んで行った。
「はい」
父親の目の下は黒かった。
 ゆっくりと中に入ると広々とした空間がいくつもあって、そうして昔のことを少し思い出した。葬式に出た記憶はおぼろなもので断片をこすっても見えるものは少しだった。鮮明はいとこのとき。そのときと同じように一度ごはんを食べる機会があった。決しておいしいとは言えない代物だった。それを皆口に出すことはなく黙々と食べた。相変わらずの黒ずくめが周りにあり目が回りそう。
「せめて食べ物くらいは白いものに」
黒豆、羊羹、昆布、ひじき、こんがり焼きすぎた唐揚げ、海苔に巻かれたおにぎり、椎茸、どこを見ても黒しか見当たらない気がして食欲が失せた。そして式が始まった。始め、歌が流れていた。彼女が好きだったカーペンターズ。その歌が静かに流れ始め、どうしようもない痛々しい気持ちになった。好きだった歌、そうしていつの日も聞いていたのかと思うと思わず流れるもの。放送が静かに流れ、式が進行され始めた。お坊さんがゆっくり入ってきて念入りなお経が唱えられた。一通り終わるとお焼香を上げた。イマイチやりかたが分からず入念に周りの人のやり方を見ていた。やがて自分の番だと分かると立ち上がり、そしてゆっくりと彼女の眠る前へ向かった。そして、彼女と初めて会った日を思い出した。
始めのことをあまり覚えていない、何も、特段同じクラスにいるかどうかも疑わしい、けれどだんだんと自分には惹かれるものを感じ、それは初めて会った日から今もなお変わっていない。気持ちは動いた。
「すごいね」
「うん」
そんな会話が初めてだった。真治が何かで表彰されたときに渡された表彰状を見て彼女が思わず口にした。
「どこに住んでるの?」
「すぐそこ」
「じゃあ私と近いね」
「うん」
当時からなかなかの無口を通していたから真治はうまくしゃべることが出来なかった。それでも何とか彼女の前では勇気を振り絞った。
「メール、だめかな?」
「えっ私の?」
「うん」
「いいよ」
徐々に二人はメールでやりとりするようになった。メールでは随分と口が聞けるようになったが、いざ本人の前で話すと恥ずかしさが出た。甘い果実。
真治は高校の頃、野球をしていた。案外腕が立ってそれなりにレギュラーを張っていて、その日の試合前日。
「渡したいものがあるの」
「なに?」
「ううん。恥ずかしいから会ったときに話す」




書いてる範囲は一応ここまでです。
長々どうもでした。





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最終更新日  2009.04.13 13:44:16
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