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2014.05.25
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カテゴリ:高論歩事件帳
住宅地.jpg

 冬にしては暖かい日だった。太陽は夏を思わせるようだ。外壁は明るい穏やかなオレンジいろの色調、屋根はテラコッタ調の瓦屋根で統一された高級住宅街には道路にまでタイルが敷き詰められていた。
 多摩川沿いに三年前にできた、この南欧風の高級住宅地にはビバリーヒルズのつもりだろうか、リバーリーヒルズという名前がつけられていた。住民も高所得者が多いのだろう、ガーデニングも凝っており、庭庭には競うように花が咲いていたし、ガレージにはベンツやBMWなどの外車が多かった。

 チッチッチッ、舌を鳴らせて高論歩刑事は「どんな悪いことをすれば、こんな住宅地に住めるのかねえ」自転車で駆け付けた丸田万吉巡査に、妬みともやっかみともいえる言葉を投げる。
「この辺りには有名企業の役員さんもいるし、有名人も多いんですよ、ほら、そこの豪邸はTBCアナウンサーの安住新次郎の家ですよ、問題がおこると、やっかいですからね、充分注意して、巡回してますよ」
「やれやれだね、ほうら、豪邸の奥様たちが蜷局を巻いてお待ちかねだ」

 リバリーヒルズは多摩川に沿った陽当たりのいいところに建っていて、その多摩川の土手に品のよさそうな、奥様がセンスのいい格好で高論歩刑事と、丸田丸吉巡査を待ちかねていた。
「あの人です、あの人がこちらの御子息を殴って怪我をさせたのです」
 まるで、汚いゴミを見るような目つきで、土手に転がって垢だらけのズボンから、泥のついた腹を見せて、眠りこけている男を指さしていた。
「ここはこの町でも一番の上品な高級住宅街なんですよ。それが、汚らしいあの人たちのお蔭で台無しですわ!」
 なるほど、河原には、高級住宅街には似つかわしくないビニールハウスが点点としていて、のそのそと、浮浪者らしき者が動く姿も見られた。
「何とかしてほしいんです。私達リバリーリルの公園も我が物顔で使うし、立ちション便もするんですよ、娘なんかは、顔を赤くして、恥ずかしいやら嬉しいやら、あら、いやだわ、とにかく安心して外に出られませんのよ」

「わんちゃんのお散歩も怖いんです、この間なんかも、うちのビーグルの百恵があの人たちが臭いので吠えたんです、そうしたら、よしよし怖くないからねと、百恵ちゃんの頭を撫ぜたんですよ、もう、不潔で不潔で、気味が悪いので、お家に帰ってすぐシャンプーしましたのよ」
「そうそう、金城さんのプードルの拓也ちゃんなんか、あのひとたちが腐ったパンや残飯をその辺に撒いておくものですら、食べてしまったんですもの、もう大変よ、お腹壊したら、大変だから、お医者様にみてもらったんですって、無事だったからよかったけれど、もし、胃潰瘍にでもなったら、犯罪ですよね、ね、刑事さん」

「ついこの間の事件んも刑事さんご存じでしょう?中学生に博打をさせて、さんざんお金を巻き上げて、それで、橋の下で宴会してたんですよ。
赦せませんわ、たしか、丸田万吉巡査が処理してくださっんでしたわね」
「自治会としても、市役所に何度も、苦情を申し立てているんですけれど、犯罪行為はしていないからと、でも、今回も犯罪ですからね、傷害罪ですよね、必ず、あのホームレスたちをここから、追っ払ってくださいね」
 ホームレスさえいなくなれば、最高の住環境は保たれると、ハイクラスの住民は思い込んでいる。

 チッチッチッ、高論歩刑事は額に皺を寄せて、目を瞑って、鼻を塞いだ。
 さすがに、リバリーヒルズの選ばれた奥様達は選り取り見取りの美人揃いなので、股間をくすぐる香水が漂ってきて、いつもの刑事の勘が狂いそうになってきたからだ。
「とにかく、捜査しますから、今日のところはお引き取りになって、後程、報告いたしますので、では」
 軽く手を振って背を向けて、丸田丸吉巡査の肩を叩いた。
「あいつらも、どうしようもない奴らですね、こないだ博打事件があったばかりなのに、有無を言わせず、ひっぱりましょうか?」
「まあ、一応話を聞いてみようや」
 高論歩刑事と丸田丸吉巡査は土手を降りて草に寝転ぶ男のそばによって、顔を覗き込んだ。
「随分チビですね、子供じゃないですよね?」
「おい、みてみろ、こりゃあ、ひでえ顔だな」

 覗き込んだ男の顔にはぼつぼつと穴のような傷があり、凹んだり、腫れたり、血が出ていて、酷い有様だった。
「おいっ、警察だ!起きろ!」丸田丸吉巡査が男の方を揺さぶった。
 のろい動作で男は半身を起こした。眩しそうに眼を擦った。
「リバリーヒルズの住民から、お前に殴られて怪我をしたと、訴えがあったぞ、やったのか?」髪の毛は固くゴワゴワとしていて、首には垢がこびついている。
「へえ、やりました。すみません」あっさりと、自供した。刑事も巡査も拍子抜けである。
「名前は?」
「へえ、でくと、申します」
「でく?、随分変わった名前だな」
「でくのぼうのでくです、何のお役にも立ちませんので」
「でく、署まで連行するぞ、いこうか」
 
 巡査が男の襟首を掴んで同行しようとした。そのとき、背丈ほどもあるすすきをかき分けるようにして、ホームレスらしき仲間が三人出てきた。
「おまわりさん、でくちゃんはは正当防衛だよ、おいらが目撃者だ、間違えなあ、悪いのは、あの糞餓鬼どもだよ」
 チッチッチッ、高論歩刑事の舌が鳴った。面倒になりそうになると、鳴る高論歩刑事の癖だった。


(つづく)

作:朽木一空


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最終更新日  2014.05.25 14:20:35
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