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Locker's Style

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『橋の下の彼女』(49)

1999年8月6日(金)

日本・三津丘市

 将人は、ミナモト水産の事務所の一角にある喫煙所の窓から見える、三津丘港の景色に見入っていた。ガントリークレーンの高くそびえる岸壁から、大きな貨物船がタグボートに引っ張られて離岸し、ゆっくりと向きを変えている。
 昨日、久保山から電話があった。毎度のごとく、「午後四時ころに来てください」とあいまいに告げられた。約束どおり、辰三がすし屋に連れて行ってくれるのだ。
 事務所に通されてから喫煙所まで歩くあいだ、すれ違う誰もが、将人に「お帰りなさい」と言っては、小さな笑い声を漏らした。営業課長のポロシャツメガネなど、将人を見つけるなり、薄ら笑いを浮かべながら近づいてきて、「食事はまずかったでしょ」とか「フィリピンの女はダメでしょ」などと、事務所全体に響く大声で、さも知っているかのような口調で言った。
 アレンに行ったこともないお前に何がわかるんだ――将人は危うく、そう言い返しそうになった。
 Gショックを見た。樹脂製のベルトのくぼみには、どれだけ洗っても落ちないうろこの破片や石鹸の白いカスがこびりついている。時間は三時四十分。早すぎる来社が疎まれることは承知の上だが、それでも、この時間になるまで、表の道路で三十分以上待った。無職同然の生活に戻り、時間をもてあましている将人の、今週で唯一の用事が、今日のこのミナモト水産訪問だった。
「しかし焼けましたね」
 はっと窓から顔を離して振り返ると、久保山が喫煙室に頭だけ突っ込んで微笑んでいた。
「たっちゃんもフィリピン人みたいに黒くなっちゃったけど、君にはとうてい及ばないな。もうじき上がってきますよ、さっき内線で君が来たことを伝えたからね」
 将人は頷いて、早すぎた到着を再度詫びた。
「いいんだよ、サマールから生還した君は英雄なんだから」
 そう言い残して、久保山はまた事務所の奥へ戻っていった。
 数分して源社長がやってきた。ミナモト水産のTシャツにスラックス、サンダル履きという格好だった。
 将人は立ち上がって深く一礼した。
「このたびは、通訳としてだけではなく、人間としても、かけがえのない貴重な経験をたくさん得ることができました。本当にありがとうございました」
「いやぁ、お疲れだったね。元気そうでなによりだ。まあ、座って座って」
 源社長は将人の正面にどかっと座ると、すぐさまタバコを取り出して火をつけた。そして彼もまた、煙と一緒に、小さな笑い声を漏らした。
 将人は持ってきた書類カバンから、写真屋で現像のサービスにもらった紙製のアルバムを三冊取り出して、テーブルの上に置いた。
「ブエナスエルテ社の写真です」
 ほお、と言って、源社長はアルバムを手に取った。
 二機の巨大なリーファーコンテナ――その中に積み上げられた、製品の詰まった白いダンボール箱の列と、バケツの中で氷に浸されている鮮魚たち――大きなばねばかりが天井の梁からつり下がっている計量所――ビニールのエプロンをまとった従業員がひしめく加工場――。
 だが源社長は、そんな写真には見向きもせず、ただぺらぺらとページをめくり続け、たまに手を止めるのは、クリスティやイザベラが映っている写真を見つけたときだけだった。そして、「この子かわいいな」とか、「やったんだろ?」などと、にやけた顔で言ってくる。
「そういえば、ジョエルが写ってないね。現場監督はジョエルがやってるんだろ?」
 本当に何も知らないんだな、と将人はあらためて思った。
「いえ、現場監督はリンドンです。ジョエルはブエナペスカ社の養殖池に住み込みなので、加工場の作業にはまったく関わっていません」
「そうなの? 関内さんからは、ライアンとジョエルが主に会社を取り仕切るって聞かされていたんでね。ところで、リンドンって誰だっけ?」
「ジョエルの弟ですよ」
「ああ、関内さんのとこから出向してる彼だな」
「それはアルマンです」
「フィリピン人は顔も名前も区別がつかないよ」
 源社長は苦笑いして、またアルバムに視線を戻した。
 将人は奥歯を食い縛りながら、何とか笑みを繕った――ようやく稼動を始めたブエナスエルテ社の現状に、この人は全く関心がない――。
 梱包係たちの写った写真ばかりを、品定めでもするかのように繰り返し見ている源社長のにやけた顔から目を逸らし、将人は再び、窓の外に視線を向けた。先ほど離岸したコンテナ船は、三津丘市街を背景に、港の出口にあたる、高い灯台のある美和半島の先端を通過しようとている。
 同じ港町でも、カルバヨグとは似ても似つかない景色だった。
「よう、ショウ!」
 聞きなれた声に振り向くと、白い作業着に長靴姿の辰三が、にんまりと微笑みながら立っていた。
 フィリピンにいるときは気付かなかったか、こうして事務所の中で見ると、久保山のいったとおり、辰三はフィリピン人といっても通用するほど、濃く深く日焼けしていた。緩みきっていたパンチパーマも、きつく巻き直されている。
 表情にもしぐさにも、フィリピンにいたときとは別人のような、貫禄と自信がみなぎっていた。
「お久しぶりです」
 将人は立ち上がって――抱きつきたいような嬉しさを感じながら――手を差し出した。辰三はごく自然に、その手を握り返した。
「おいおい、こんどは握手か?」源社長が首を振った。「いやね、フィリピンから帰ってからというもの、辰三のやつったら、ちょっとしたことで英語を使うようになったし、ジェスチャーなんかも、あっちの人間みたいにおおげさにやるんだよ」
「別にわざとやってるわけじゃねぇって。自然とでちまうだけだって言っただろ」
 辰三はそう言って、欧米人のやるように大きく肩をすくめて首を傾げた。
「辰三さんはすごかったですよ、通訳なしでも、現地の人たちと普通に意思疎通してましたからね」
 将人が言うと、源社長は、感心したようにも、疑っているようにも見える笑みを浮かべて頷いた。
「お、写真ができたんだな」
 ぱっと顔を輝かせながら、辰三は首にかけたタオルで額に浮かんだ汗を拭いながらソファーに腰掛けると、アルバムを手にとって、写真を一枚一枚、食い入るように見始めた。
「こいつらがまた器用でさ――」
 ページをめくるごとに、見開き四枚の写真のそれぞれについて、辰三は源社長に、事細かに説明した。
 だが、フィルターまであと一センチほどになったタバコをもみ消すなり、源社長は「じゃあ柏葉君、ゆっくりしてってくれ」と言い残し、喫煙所をそそくさと出て行ってしまった。
 辰三が、アルバムのまだ一冊目の中ほどに指をかけたところだった。
 そのときになってようやく、源社長が喫煙所に来たのは、将人に挨拶するためではなく、ただタバコを吸うためだったのだと気付いた。
 去っていく源社長の背中を不満げな表情で見送った辰三だったが、気を取り直すかのようににんまりと微笑むと、アルバムの写真に見入っては、小さな笑い声を何度も漏らした。
「実はそこに入れていない写真がもう一枚、あるんですけど――」
 辰三が三冊目のアルバムの、最後のページをめくり終えたとき、将人はその一枚をそっと机の上に置いた。
「こら、こんなもん会社に持ってくんじゃねぇって」
 辰三は慌てて写真を将人に突き返した。
 サンホセのビーチの東屋で、アマリアの肩を抱いている辰三の写真だった。
 すみません、と将人が写真をしまおうとすると、ちょっと待て、と辰三が止めた。
「やっぱもらっとく、現場の連中に自慢するから。しかしこうして見ると、アマリアって、やっぱりいい女だよな」
 辰三は大笑いしながら写真を胸ポケットに入れた。
「さて、そんじゃスシ行くとするか。お前、腹は空かせてきたんだろうな?」
「もちろんですよ、朝から何も食ってません」
「よっしゃ、腹が裂けるまで食えよ、サマールから五体満足で帰還したお祝いだ!」


 辰三の最新型の黒いパジェロを追って、十年前には最新型だった白いスカイラインを走らせた。美和半島の付け根から幹線道路に入り、三津丘市街に向う。三津丘駅の裏に通じる路地に入り、踏切を越えて近衛町に入った。
 居酒屋〈みなとや〉の前を通り過ぎ、五十メートルほど進んだところで、三階建てのビルの駐車場に乗り入れた。
 車から降り、ビルの入り口に掲げられた看板を見て初めて、その建物がまるまる一軒のすし屋になっていることに将人は気付いた。 
「ここは三津丘で一番のスシ屋だ」
 車から降りた辰三は、長靴をスニーカーに履き替えてこそいたが、作業服はそのままだった。
「ここって、よくCMでやってるとこですよね? ものすごく値が張るってうわさですけど」
 ひとみが以前、客とのアフターで使ったと自慢していた店だった。
「金のことは心配しなくていいからよ」
 言って、辰三はそそくさと店の中に入っていった。

 店内は、一階だけで百人は入れそうなほど広く、ところどころ石段で高低差のつけられた立体的な造りになっていて、中央には大きな枯山水まであった。
 店の一番奥に、十メートル以上もある長いカウンター席があった。
 辰三はそのカウンター席のど真ん中に、誰にも断らずにどかりと座った。将人も遠慮がちに、その隣に腰を下ろした。まだ開店時間前のようで、他の客はおろか、店員や板前の姿も見えない。
 カウンターの後ろには、水族館かのような巨大ないけすがあり、カレイやマダイのほか、磯エビやタコ、はまぐりやサザエまでいる。
「おう、たっちゃん、いらっしゃい」カウンターの奥から、手ぬぐいで頭を覆った板前が出てきた。「五時って聞いてたから、まだ支度してないよ。ちょっとまってね」
 辰三がこの店の常連であるのは明らかだった。常務取締役ともなれば、このくらいの店を頻繁に訪れる余裕があって当たり前なのだろう。
 タタイ・アナックで好きなだけ飲み食いできる余裕のあった自分も、ノノイやクリス、そしてティサイの目には、今の辰三のように映っていたのだろうか――。
 将人は複雑な気分になった。
「何でもいいから、すぐ出せるもん握ってくれよ。〈俺の通訳〉が腹空かせてんだ」
「へぇ、この方が、たっちゃんと一緒にフィリピンに行ったっていう通訳さんですか。うわさどおりの色男だね、向こうじゃさぞかしモテたでしょ?」
「そりゃもう、サマールに着いて一週間もたたねぇうちに彼女こしらえやがってさ」
 ちょっと待ってくださいよ、と将人は辰三を制した。いいじゃねぇか、と辰三はかまわず続けた。
「大変だったんだぜ、ビーチに遊びに行く約束してて、彼女にすっぽかされたことがあってよ、そしたらこいつ、俺の大事なウィスキーをボトル一本空にしちまいやがって、おまけにせっかく飲んだものぜんぶ、砂浜にぶちまけたんだから」
 思わず顔を両手で覆った将人をよそに、辰三と板前は静まり返った店内に笑い声を響かせた。
 それからも、辰三はフィリピンでの逸話の数々を、面白おかしく脚色して板前に語り続けた。数人の店員が笑い声につられて集まってくると、辰三は気を良くして、飲みたくなったからもう会社には戻らず代行を使って直帰する、と言い出し、ビールを飲み始めた。
 辰三の独演は一時間近く続いたが、開店時間の六時になると、すぐに何組かの団体客がやってきて、板前も店員も散り散りになった。
 聴衆が去っていくと、将人も辰三も、ただ黙ってすしを突いては、茶を飲むことを繰り返した。
 店のどこからか、鹿威しの竹が石を打つ音が聞こえ始めた。
「お前、彼女はどうした?」
 思い出したように、辰三が聞いた。笑みさえ浮かべているものの、その表情には、どこか寂しさが見えていた。
「電話番号と住所は渡しました。でも、まだ連絡はないです」
「そのうちあるさ、気長に待ちゃいいよ。アレンの連中にとっちゃ、国際電話をかけるなんて、一生に一度あるかないかの一大事だからな」
 てっきりからかわれるかと思ったが、辰三は将人を本気で励まそうとするかのように言った。
 将人は、そうですね、と微笑んだ。
 辰三がビールのお代わりを頼んだ。
「十月、また行くんですよね?」
「おう、行くよ、もちろん行くとも」
 しかし辰三の口調は弱々しかった。
 何だか事情がありそうだな、と将人は感じた。もしかすると、それは今日将人がミナモト水産を訪れたときに感じたことと関係があるのかもしれないと思い、思い切って言ってみることにした。
「源社長にブエナスエルテ社の写真を見せたとき、梱包係の女の子たち以外には、まるで関心を示しませんでした。加工場の作業風景、コンテナの中の製品、買い付けた鮮魚の写真なんか、ほとんど見ていませんでした。それに、ブエナスエルテ社の加工現場を取り仕切っているのがライアンとジョエルだと思い込んでるみたいだったし。関内さんが通訳を間違えたのか、いいかげんに訳したのかはわかりませんが、何と言うか――」
「わかってる」遮るように言って、辰三は運ばれてきたビールジョッキをつかみあげると、口元まで持っていき、飲まずに、深いため息をついた。「正直に言うとな、俺だって興味なかったよ、ついこのまえまでさ。しょせんフィリピン人だから、なんにもできっこねぇと、たかをくくってたんだ。社長が突っ込んだ金、関内さんが増やしてくれる、その過程で、俺がちょっくらサマール行って、指導して、あとは放っておきゃいい、って思ってた。わかるだろ、本当のとこ、あの加工場でなにやってるかなんて、ミナモト水産の連中が知る必要なんてねぇのさ、結果的に金さえもうかりゃな。だからよ、うちの会社に限らず、斉藤食材だって、清新設備だって、金と現物だけ突っ込んで、あとは関内さんにまかせっきりだろ?」
 言われるまでもなく、将人は気付いていた。この一週間、ティサイのことを除けば、そればかり考えていた――投資とは、金から金を生めさえすればいいわけで、その過程など問題ではないのだと。
「行くまえと帰って来たあとで、このプロジェクトが、まるで違って見えんだよ。あの加工係を指導するのは、何も俺じゃなくても良いってことには、とっくに気付いてた。うちの会社の現場には、俺より出刃の達者なやつがごろごろいるんだから」辰三は、ビールをぐいっとあおった。「俺と関内さんの会話聞いてお前ももうわかってると思うけど、俺の親父はな、何とかして俺をこのもうけ話に担ぎ出したかったんだよ。副社長に昇進させるのに、もっともらしい実績を作らせるためにな。兄貴が興味ねぇのは、何も、お前の持ってきた写真だけじゃねぇよ。俺が向こうで、どんな連中と会って、どんなことを教えて、どんなことで怒って笑って、どんな製品を作り上げたか、なんていろいろ話したけどよ、ろくに聞いてくれやしねぇ。聞いてくることといや、フィリピーナのことばかりだ」
 今度は、将人がため息をつく番だった。
「壮行会の帰り道、久保山さんが教えてくれたんです、ミナモト水産が僕を雇ったのは、将来、正社員として使うつもりがあるからだろうって。お恥ずかしながら、今日の今日まで、僕はそれを本気にして、いつかそういう話があるんじゃないかって期待してました。でも、今ならわかります。久保山さんも、僕も、ひどい思い違いをしていたんだなって」
 辰三は、口をぐっと結んで、カウンターの木目を指でなぞった。
「そこまでお前がわかってんだったら、俺にも言わなきゃならねぇことがある」
 辰三が何を言おうとしているのか、将人にはわかった。
「十月――ないんですね?」
 将人は先に言った。
 辰三は答えず、代わりにジョッキの中身を一気に飲み干すと、カウンターの奥に向けて「お代わりよこせ、こんちくしょう」と怒鳴るように言った。
「俺たちが帰国してすぐ、関内さんから社長に電話があってな。ブエナスエルテ社はもう稼動を始めた、このまま放っといても、当面は大丈夫だから、〈ミツオカプロジェクト〉のことはしばらくこっちに任せてくれ、余計な出張費を使うこともないから辰三さんには当面のあいだ日本で頑張ってもらってください、って進言しやがったそうだ。それ聞かされたとき、俺は社長に、何が何でも十月にもう一回行くからな、泳いででも行くからな、止められるもんなら止めてみやがれ、って怒鳴ったんだ。そしたらよ、あの兄貴が珍しくデコに青筋立てて、『常務取締役の役職に見合う仕事をするんじゃなかったのか、お前の仕事はフィリピンだけじゃないんだぞ』なんて言い返してきやがって」
 つまり、関内は将人との約束を反故にしたわけだ。
 将人は驚かなかった。帰国してからいろいろ思い返しているうちに、何となくそうなる気がしていたのだ。
 だが少なくとも、これでミナモト水産が関内を告訴することも、〈ミツオカプロジェクト〉から出資者たちが資金を引上げることもなくなった。
 これでよかったんだ――。
 そうは思ったが、将人は途方もない悲しさに襲われていた。
 板前が神妙な面持ちでビールを運んできた。さっきまで上機嫌でフィリピンの逸話を語っていた辰三の変化に、明らかに戸惑っている様子だ。
「もし良かったら、何か握りましょうか?」
「こいつに、何か腹にたまるもん、出してやってくれ」
 言って、辰三は将人に向けて顎をしゃくった。
 一分もかからず、色取り豊かな海苔巻きが二つ、カウンターの上に並んだ。
「すまん、俺にはこれ以上、どうすることもできねぇ」辰三が将人に向き直り、頭をぐっと下げた。「でもな、サマールにはいつか必ず戻る。いつになるかはわからねぇが、そんとき、俺は必ずお前を使う。だから、それまで何とか持ちこたえてくれ。そんでよ、ブエナスエルテ社を、世界に名をとどろかせるような一流企業にして、従業員たちにもとびっきり良い給料出してやってさ、みんなで一緒に見返してやろうじゃねぇか、金さえもうかりゃいいって思ってる連中をよ」
 はい、と将人は微笑んだ。
「十月の通関士の試験、受験日にフィリピン行きが重なるかもしれないからって、今年はあきらめてたんですよ。でも、明日から勉強再開することにします。就職試験の面接を受けるたびに、君は英語しか能がない、みたいな言い方されるのは、もうこりごりですからね」
 頑張れよ、と辰三は力なく微笑みながら、将人の背中を、ぽん、とたたいた。


 家に帰ると、将人は勉強机の上に積まれていた英語関係の本を残らず片付けた。がらんとした机の上に、分厚い通関士試験の参考書と過去問題集を置いた。正面の壁に、今さらのように今年のカレンダーを貼って、十月十六日の試験日に赤い丸をつけた。
 机の隅には写真立てが置いてある。中には、写真屋がサービスで大きく引き伸ばしてくれた写真が入っている。
 その中の将人は、〈アンジェラズ・イン〉の部屋のベッドの上で、膝の上に載せたティサイを、両腕を巻きつけるように抱きしめている。
 しばらく写真を見つめてから、将人は鉛筆を取り上げ、参考書の一ページ目から、一文字残らずノートに書き写し始めた。


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