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〜Manachan's World 東京下町日記〜
(Since 2007/5/1)
豪州・中国での生活を経て、7年ぶりに、日本に帰ってきました!!
東京の下町・東陽町を舞台に、新しい家族の物語が始まる・・・。
筆者は、都内のドイツ系企業で日々奮闘する、食べ歩きと不動産とラグビーリーグが大好きなITエンジニアです。
過去のブログ・ホームページ等
【連載中】メルマガ「豪州・勝つ不動産投資」
【連載中】メルマガ「目指せ!グローバルIT技術者」
Manachan's World大連日記(2005/2/15〜2007/4/30)
Manachan's Worldシドニー日記(2000/4/2〜2005/2/14)

Manachan's World 東京下町日記 [全1533件]

山ねずみロッキーチャック
[ 出産・育児@大連 ]  

最近、重い内容の日記が続いたので、今日はかるーいノリでいきたいと思います。

私たちアラフォー(Around 40)世代同士で盛り上がれる話題といえば、いくつかありますが、その代表的存在といえば、何といっても、


おニャン子クラブ


でしょう。フジテレビ系列で、「夕やけニャンニャン」が放送された1985〜87年当時、私は高校生でしたが、当時の男子高校生で、この番組を見なかった者は、ほとんど皆無かもしれません。

当時、私の行ってた高校では、午後5時から始まる「夕やけニャンニャン」を最初から見ようと、部活にも入らずにまっすぐ帰宅する者がほとんどでした。予約録画すればいいのに・・・と思うけど、気分的に、録画じゃだめなんだよね。

おニャン子の次に、我々アラフォーが盛り上がれる話題といえば、


子供の頃、見ていたTV番組


ですね。主に1970年代ですが、その当時はTVの全盛時代と言ってもよく、男の子なら「ウルトラマンシリーズ」、「ゴレンジャーシリーズ」、「仮面ライダー」など特撮ものか、「レインボーマン」、「ミラーマン」、「デビルマン」、「ガッチャマン」、「コンバトラーV」、「ミクロイドS」に代表されるヒーローアニメ。女の子なら魔女もの(「魔法使いサリー」、「魔女っ子チックル」とか、「メルモちゃん」とか)、「花の子ルンルン」、「キャンディキャンディ」などが人気の定番でした。

男女問わず楽しめる番組としては、たとえば「ロボコン」、「ムーミン」とか、「アタックNo.1」「エースをねらえ」などスポ根少女アニメとか、あと家族団欒には「サザエさん」や「連想ゲーム」、「タイムショック」、「アルプスの少女ハイジ」など・・・とにかく、TVが面白い時代で、お茶の間のチャンネル権争いが熾烈を極めた時代でした。

その頃、放送された

山ねずみロッキーチャック

も、家族みんなで楽しめるアニメでした。確か、「ムーミン」の次にやってたような記憶があるなあ。

ロッキーチャックのオープニングテーマ(緑の陽だまり)」は、いま聴いても、とてもいい歌です。是非ご視聴あれ。

時代は下って、1997年。私が会社員になって、福岡市に転勤した時のこと。現地の友人とカラオケに行った時、そのうちの一人(男性)が「ロッキーチャック」を歌いました。


「男なのに・・・ずいぶん可愛い歌選ぶよなあ」と思っていたら、次の瞬間、私は絶句しました。

「上手い、上手すぎる・・・すごい!!」


プロかと思うほど、素晴らしい歌声だったのです。九州人男性は歌唱力ある人が多いんですが、彼は別格でした。

カラオケが一段落すると、みんなで子供の頃見た「ロッキーチャック」の話題になりました。そこで、佐賀県出身の友人が、


福岡の人はいいよなあ。佐賀では、「ロッキーチャック」見られなかったんだよ


と言ってました。私は、にわかには信じられませんでした。

だって、福岡(博多)と佐賀って、近いんですよ。距離は50キロくらいで、特急電車だと40分かからない。関東だと、東京都心から八王子に行くのと同じような感覚。

そんな近いんなら、佐賀でも福岡のTV電波が余裕で入ると思うんだけどな・・・だから、私の聞き違いかもしれない。


最終更新日時 2010年2月9日 21時45分34秒
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2010年2月8日

個人と公と世間と、チャンスの日本  (2)
[ エッセイ集 ]  

昨日書いた日記、「日本社会が窮屈な理由」は、予想外に大きな反響をいただきました。

そのなかに、とても秀逸なコメントがあったので、「対談集」のようなかたちで、議論をふくらませてみたいと思います。


>明確な政治対立も宗教対立も民族対立も言語対立もない日本では、世論が均一化しやすい傾向にあると思います。そういう政治・宗教・民族・言語といった「公」を構成する要素を意識せずに生きていけるといった意味で、日本はむしろ個人主義的ではないかと思います。

(Manachanコメント)
日本における「公」は、厳密にいえば、「公のようなもの」でしょうね。
この国では、おそらく太古の昔から、「世間」が、ある意味「公」の役割を果たしてきたのだと思います。

日本が神道という、汎神論的で教義をもたない宗教(厳密にいえば、宗教的気分)をベースにした文化であることと関連しますが、日本人の世間は、政治や宗教と違って言語化されず、空気のようにとらえどころのない、一人ひとりの人間をふんわり包摂するようなかたちで存在してきました。

地球上の多くの民族は、言語化された宗教や政治、民族的言説などをもとに、各自の「公」の世界を形成してきました。そうした意味での「公」の存在感が希薄であるがゆえに、時として、日本人が個人主義的に見えることもあります。

とはいえ、日本人にとっての世間は、他の多くの民族にとっての宗教と同じ位、個人を支配・拘束することもあります。世間が許容する範囲でしか、個人として自由に振舞えない状況が、この国にはまだあります。

そして、日本人にとっての世間が、私たちをして、自分独自の考えを持たず、周囲に合わせ、空気を読むことを強要する・・・そんな社会風土が、個人としての覚醒を遅れさせている面もあると思います。

その意味で、日本人が個人主義的とは言えないと思いますし、また個人の自由意志に発する「公」(Public)の領域を、この国の人々はまだ十分に持ちえていないとも思います。言い換えれば、この国の社会生活は「公」と「世間」の二重構造になっていて、「世間」が圧倒的に強い。

東アジアでは、日本を含めて、どこも似たような状況だろうと思いますが。


>高度成長期なら社会全体で幸福感を共有できたかもしれませんが、経済が停滞している今、究極的には人より秀でることでしか、幸福感を得られなくなっているのかもしれません。

>「丸山眞男をひっぱたきたい、希望は戦争」のような、閉塞感が生まれるのも仕方ないような気がします。


(Manachanコメント)
経済の停滞が長く続く日本ですので、閉塞感は、よく理解できます。

本来なら、「丸山眞男をひっぱたきたい、希望は戦争」と言う、血気盛んな若者たちこそが、どんどん海外に出て発展して、「クソ日本」を見返してやるのが筋とは思いますが、

現実には、彼らが最も、日本を出られない客観的状況に置かれており、この社会の下層に沈殿するような構造になってしまっている。

ですので、彼らがまともな職につけて、昇給して将来の希望を持てるようになるだけの経済成長は、日本にとって絶対に必要だということです。

とはいえ、先進国ではどこも苦労してるんですよね。グローバル経済のなかで、多少経済成長しても、せいぜいJobless recoveryにしかならない。若者の失業率は、欧州でも米国でも高止まりのまま。豪州、NZのような一部の例外はありますが・・・難しい問題です。


>でもだからと言って、僕は日本人にありがちな欧米崇拝や欧米コンプレックスから来る単純な自国批判に同意できませんし、おっしゃるように「日本の現実を少しでも良くしたい」という思いは大切だと考えます。

>日本という国を作るのは政治家や官僚だけではないですよね。
一人一人にできることは限られているけど、「日本を良くしたい」という国民一人一人の思いが積み重なっていけば、きっともっと良い国になると僕は信じています。


(Manachanコメント)
120%、大賛成です。

私は、長い停滞の続く日本を良くしたいという人々の願いが、近い将来、芽を結び、花を咲かせると信じます。いや私の脳裏には、その情景が、すでに見えています。

メディアでは、相変わらず悲観論の大パレードですけどね。実力のなくなった日本に対する焦りと不安が、行間からにじみ出ています。

(悲観論者に対しては)日本の実力がなくなったと嘆く前に、自分自身が、世界に通じる実力をつける方が先決でしょうと、私は言いたい。

自分に真の実力がつけば、後進をどんどん導いて、実力ある日本人を量産していく。そうやって、自分が先頭に立って、停滞する日本を引っ張っていけばいいじゃないですか?政治家・官僚じゃなくたって、私たち一人ひとりが、日本を背負っている主役なんですから。

今は千載一遇のチャンスなんですよね。国に実力がなくなっているから、個人が、自分の力で立ち、世界に立ち向かっていかなきゃならない。小国の民と一緒です。イスラエル、フィンランド、シンガポール・・・世界でいま一番、経済的に成功している国は、小国が多いですよね。個人が国を背負って、世界市場で十分戦って成功しているからです。日本人も同じことをやればいい。

私は、こんな時代に生まれた偶然に、感謝せずにはいられません。日本国のピンチは、私にとっては大チャンス。そして、自分の力で立ち、世界に挑む日本人を量産するという意味で、日本国にとっても大チャンスの時期だと思います。

そして、人間として忘れちゃいけないのは、故郷に対する感謝と恩返しの心。

柏も、一宮も、いずれも先人が営々と築いた素晴らしい街。そんな土地で育って、成人させてもらったことを、後生誇りに思い、街を少しでも良くしたい、貢献したいという気持ちを忘れないことです。

「日本の将来は暗いから、海外に移住する」みたいなことを言う人は、世界のどこに行っても信頼されないし、尊敬もされない。自分のルーツを大事にすることは、すなわち自分自身を大事にして、他人も尊重すること。その心は、どの国の人間にも素直に通じるのです。


>僕も海外経験を積んでみて思うのは、日本は外国(特に途上国)の人が思うほど良い国ではない、でも日本人が思うほど日本はダメな国でもない、ということです。

(Manachanコメント)
私も同じ意見です。

いま、日本人の悲観論は、度が過ぎていると思いますが、ほんの20年前は、バブル絶頂期で、日本人は身の丈に合わないほど、自信過剰になったものです。

結局、国民レベルでみれば、日本人は等身大の自己認識が苦手、という印象を受けます。

メキシコやフィリピンのように、国民のかなりの部分が出稼ぎに行くような国であるとか、あるいは米国やカナダのように、世界中から移民がやってくる国であれば、外国と比べた自国の状況も、身体感覚として理解・認識しやすいのですが、日本の場合は、人の出入り自体が少なく、外国生活経験者の比率が低い。

それにも増して、日本人の多くが「世間」というフィルターを通じて世界を認識していることが、自己認識のセンスを鈍らしている面もあると思います。

世間っていうのは、要は「場の空気」で、理屈が通じない世界だから、一旦、悲観の空気が支配的になれば、日本人は一億総悲観モードになってしまい、実態よりもはるかにダメな国だと思い込んでしまうのです。

外で暮らしてみれば、いまの日本は全然ダメじゃないと思いますけどね。むしろ出来すぎ。
本当は85点とってるのに、自己評価はすごく辛口で20点・・・みたいな世界。一方、バブル絶頂期は、本当は90点くらいなのに、自己評価は120点ですっかり舞い上がっちゃった。

無論、この問題は個人差が大きくて、日本人でも、マスコミの言うことを鵜呑みにせず、ネットなどで主体的に情報収集・分析を行っている人は多く、彼らは、かなり正確な自己認識ができていると思います。


最終更新日時 2010年2月8日 22時12分34秒
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2010年2月7日

日本社会が窮屈な理由  (20)
[ エッセイ集 ]  

私は、今から10年前に日本を飛び出し、海外で7年過ごしました。
それから、縁あって日本に再移住し、約3年が経ちました。

そういう経緯があるので、日本の外で暮らしたことがない人間とは、ものの見方、考え方、感じ方が多少違ってくるわけですが、そんな私が常に思うこと、


日本は、便利で快適だし、食べ物は美味しいし・・・これで、「人間の問題」さえ解決すれば、最高なんだけどな


私が、日本の暮らしこそが「世界でナンバーワン」だと心から自信持って言えない主な原因である、「人間の問題」って一体何なのか?それを、ここ10年間、考え続けてきました。

おそらく、個々の人間の問題ではないのでしょう。それどころか、日本人は、個人レベルで見れば、おそらく世界で一番、実直・誠実で、信頼がおけて、善人度が高い部類に入ると思います。

たとえば、世界一、高密度な人の流れをさばきながら、大抵、一分の狂いもなく到着する首都圏の通勤電車。遅れたら、「お急ぎのところ、ご迷惑かけて申し訳ありません」とアナウンスが流れる・・・世界的にみても、この優秀さは比類のないものでしょう。

今日の日本では、それぞれの現場で働く人が誠実に、自分の役割を果たしていることにより、たいへん快適で便利な生活が成り立っています。

では、何が問題なのか?

日本人「個人」よりも、彼らが属する「世間」の問題が大きいと思います。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「世間」とは何か・・・このテーマを、長年に渡って突き詰めて考えてきた、碩学の言葉を借りたいと思います。


佐藤直樹「世間の目」によれば、

「世間」を「日本人が集団になったときに発生する力学」と考えたい。これは個人の意思とは別に相対的に独立してあらわれる集団の意思そのものである。この意思はある種の強制力をもっている。

「世間」が「権力」だといわれると、すこし違和感があるかもしれない。しかし「世間」はある場合にきわめて強力に個々の人間を拘束するようなチカラをもつ。私たちはそれには、抵抗するのが非常にむずかしい。



また、「世間」という言葉を明示的には使わなかったけれど、(私思うに)ほぼ同じ意味で、「システム」という言葉を使って考察した、カレル・ヴァン・ウォルフレンの言葉を借りると、

「システムは個人が暴力にでも訴えない限り、手も足も出せない逃れのないような支配構造をいう。それは民主的な政治の調整力の範囲を超える権力をさす。また、時々、騙されるし、理屈が一切、通じない代物である。

個人の人の力よりもはるかに強い力を持つ社会的、政治的な仕組みである。この仕組みを変えるには、民主的な方法で訴えるということすらも認識していない。



世間とは、日本人が社会生活を送る上で、自発的に従わざるを得ない「見えない掟」のようなもの。「世間が許さない」「世間体が悪い」「渡る世間は鬼ばかり」「世間を見返してやる」「世間に申し訳がたたない」「世間に恩返しする」・・・21世紀になり、古いタイプの義理や慣習の多くが消えた今日でも、日本人の心には「世間」が強く生きています。

世間は、政権とか経営権のように、目に見えるかたちで存在するものではないので、つかみどころがないですが、世間は独自の意志を持ち、個人の人間よりはるかに強い、強制力、拘束力を持っています。

日本における政治経済の最高権力者でさえ、世間に強制・拘束されています。組織の上の方に行けば行くほど、「大人の事情」とやらで、奥歯にモノの挟まったような言い方をすることが多くなりますよね。それを強制しているのは、「世間の目」であることが多い。

世間は、個人の意志とは別の次元で、自身の強い意志を持ちます。それは、日本人を幸せにすることもあれば、騙したり、突然の不幸・災難に陥れることもあります。

そして、ウォルフレンが言うように、世間は理屈が通じないし、個人がいかに頑張っても、たとえ政権交代しても変えられるものじゃないと、多くの日本人が思い込んでいる。自分ではどうにもならない、暴君の如きものと一生涯つきあっていかねばならない。そのことが、私たち一人ひとりの暮らしを息苦しくさせています。

いくら息苦くても、世間様には一切抵抗できないから、多くの日本人は、何か事件が起こった時、特定の個人や集団をヒステリックに攻撃することで、息苦しさを一時でも紛らそうとします。


朝青龍、小沢一郎、ホリエモン、アネハ、光市の母子殺害事件・・・枚挙に暇がありません。


上に挙げたような事件は、日本人が我が社会制度を見直し、改善していく良い機会であったはずなのに、ヒステリックな「世間」の声の前に、地道な改革努力がかき消されてしまった感があります。

本当の悪は何か、何が根源的な問題なのかを突き詰めて考えることなく、恣意的に、勇気を持って告発した人や、事件の発端を作ったを人物を叩くことで満足してしまう。「世間」がそれを要求しているのでしょう。

アネハ事件は、その典型だと思います。耐震基準関連の制度を改善して、人々が国の制度を信頼して住宅を買えるようにすべきだったのに、アネハ個人を叩くことに終始したり、アネハが設計した住宅を買い、結果的に家を失った不運な人たちを冷ややかな目で見たり・・・本来なら、そういう人たちが損しないように徹底的に救済することが、日本人の住宅に対する信頼を高め、この国の住宅市場を建て直すことにつながるのに。

そんなことばかりが続くので、結局、日本人の近代生活を支える大事なインフラであるはずの社会制度は、いつまでもアップグレードしていきません。年金制度、税制、医療制度も然り、日本人が代々、社会制度を大事にしてこなかったツケが、いま顕在化しています。

本来なら、個人が「世間」から身を守り、誰にも必要最低限の人権が保障されるための手段・装置として、社会制度を設計すべきなのに、実際は、世間様から制裁を受けたら最後、尊厳ある人間の暮らししかできないようになっているのです。


集団によるヒステリックな攻撃は、日本的な「いじめ」の典型的な表れでもあります。

たいていの場合、空気が読めなかったり、とんがっていたり、悪人面をしていたり、だらしなかったり・・・そんな人物が、いじめの対象になりやすい。有名人でもそうでなくても、大人の世界でも子供の世界でも、同じことが言えます。私自身、子供時代は「いじめられっ子」だったので、突然、集団が牙をむいた時の恐ろしさを、身にしみて感じています。

おそらく、70年ほど前、日本が泥沼の戦争に突入していった時の集団心理も、たぶん、同じようなものであったと想像できます。一部の声の大きい人間(軍部)が、声高に戦争を叫ぶなか、社会の「空気」が戦争モードに入っていく。多くの日本人は、各人がいろんな考えを持ちつつも、「空気を読んで」世間様に従い、戦争に協力する・・・という図式ではなかったか。


特にここ20年ほどは、世間が日本人一人ひとりに与える影響は、マイナス面が目立ってきたと思います。

たとえば、経済グローバル化のなかで、自分の考えを持ち、論理立てて、外国人に説明できる能力がビジネスの場で求められているのに、これまで「世間」のなかで、モノを言わず、自分の考えを持ってこなかった日本人は、割りを食っています。

また、地球環境問題など、人類全体を巻き込む政治的イシューが多くなり、またハイチ震災PKOのように、国境を越えた協力の機会も増えてきたなかで、これまで世間にくるまれて、誰もが尊厳を持って生きられる社会制度の設計を怠ってきた日本人は、金銭的貢献度の割に、指導的な立場に立てていません。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


では、私たちはどうすればいいのか?それは、「日本人がどうすれば幸せになれるのか?」という根源的な問いにつながってきます。

私は、つまるところ、日本人が「自分の意思で、世間様を飼いならす」ことを覚える以外にないのかなと思います。それには、二つの方向性があって、


1.自分の意思で、世間を、まともなものにしていく


私たちは普段、人さまの顔色をうかがい、場の空気を読みながら暮らしているうちに、知らず知らずのうちに、世間のパワーを強化して、コントロール不能なものにしてしまう。その結果、自分の人生を窮屈にしてしまっている・・・それを自覚できていれば、自分の意思でそれを断ち切っていけば良い。

たとえば、自分の意見や信念を持ち、相手が受け入れられるようなかたちで(ビジネスの場では、プロフェッショナルに)表明し、ディスカッションする訓練を積む。相手が上司や社長であろうと、自分の「あるべき論」を貫いていく。

そして、聞く側も、「おさえて、おさえて・・・大人になりなさい」、「空気を読みなさい」、「世の中理屈じゃないんだよ」みたいな受け答えをせず、ロジックにはロジックで応える習慣をつける。

企業組織であれば、言葉によるオープンでフラット議論を奨励する仕組みや雰囲気をつくっていく。それがうまくいけば、内部告発に至らずとも、組織の自浄作用が働くと期待できます。


2.世間に頼らずとも、個人として生きていける領域を増やす


今の日本では、老若男女問わず、多くの人が、自分は世間を離れては生きていけないと思い込んでいることから、世間のチカラが限りなく強化されてしまう傾向にあります。人によっては、「会社=世間」、「業界=世間」、「学校=世間」であったしますが、基本的な構造は同じ。では、どうすれば良いか?

自分の属する世間を離れても、不自由なく生きていく状態をつくるか、その自信を持つ以外にないと思います。

たとえば私は、「いまこの瞬間、会社を首になっても、いつでも再転職できる」職務能力と、「日本社会に袖にされても、すぐ海外に行って暮らせる」状況をつくるべく、この10年間努力を続け、それを実現しました。ですので私は、世間から排斥されても、怖くありませんし、日本に暮らしつつも、誰に対しても言いたいことを言い、自分の信じる道を生きています。

また、日本を出なくても、誰からも認められる技術や職務能力を身につけたり、自分の属する世間以外に、友人知己をたくさんつくることによっても、世間への依存度を下げることができると思います。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

最後になりますが、自分のかけがえのない人生を精一杯、好きなように生きるには、まず、私たちの暮らしを覆い尽くす「空気」のごとき「世間」なるものを、直視する必要があります。

この「空気」は、私たち一人ひとりが、無自覚のうちに作り出しているものです、そのことをまず自覚して、私たちの人生を本当に実り豊かにする「空気」に変えていくよう、一人ひとりが意識的に行動していく。

そうなっていけば、日本は名実ともに、世界で一番住みやすい社会に向けて、長足の進歩を遂げると思います。


最終更新日時 2010年2月7日 10時47分47秒
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2010年2月5日

台湾電子島の実力  (4)
[ お仕事@ドイツ企業 ]  

私は、IT業界で働くようになってから、今年で13年目になりますが、そのうち12年は、ソフトウェアやSI(システム・インテグレーション)の分野で生きてきました。

ところが昨年6月、今の職場に転職してからは、一転して、ハードウェアやインフラが中心の仕事になりました。同じITとはいえ、12年もずっとソフトウェアで食ってきた人間が、いきなりハードウェア・・・さすがに、まだ不慣れな部分も多いです。

とはいえ、ITエンジニアの道を志した者として、ソフトウェアとハードウェア両方の仕事ができることは、とても幸せなことだと思います。

面白いことに、仕事内容がソフトウェア中心からハードウェア中心に変わっただけで、世界観、業界観が全く変わってきました。そのキーワードが、「台湾」です。

ソフトウェアをやっていた頃、台湾が話題に上ることは、ほとんど皆無でした。この世界で最も輝ける存在は、間違いなくインドでした。ソフトウェア受託開発や運用だけでなく、SAPのコンサルティングもできて、Fortune500グローバル企業のIT部門を全部請け負える、世界でも稀有な国。しかも先進国と比べて圧倒的に安価・・・特に英語圏において、「インドの名声」は、揺ぎないものでした。

日本のIT業界にも、インド企業が多数進出しています。さすがに日本語が苦手なインド企業は、不利な戦いを強いられていますが、言葉の面で比較優位にある中国が、日本のソフトウェア開発・運用やBPO(オフィスワークの外注)を多く請け負っています。いずれにせよ、アジアのソフトウェアは、「一にインド、二にインド、三、四がなくて、五に中国」の世界で、台湾の名前は、全く話題に上りませんでした。

ところが、ハードウェアをやるようになってから、世界の見方が全く変わってきました。


ITハードウェアの世界では、台湾企業が、断然強い!!


台湾のIT企業といえば、以前からPCの受託生産(OEM)が有名でした。AcerやAsus、BenQのノートPCを使っておられる方も多いでしょう(全て台湾企業)。

しかし、PCやマザーボードだけではありません。スマートフォンなどのモバイル機器、サーバーやストレージデバイス、ネットワーク機器、液晶モニター・・・おおよそ、企業のIT部門が必要とする全ての領域で、台湾企業の強さが際立つのです。


たとえば、台湾・桃園に本拠を置く、モバイル機器メーカーのHTC(宏達国際電子)は、世界で売れる携帯をいち早く世に送り出すという面では、すごい企業だと思います。何しろHTCは、iPhoneやAndloid携帯が日本上陸するはるか以前から、この種の製品を手がけ、欧米やシンガポールなどでいち早く販売してしまう会社なのです。

とにかく、新技術を採用し、製品企画、販売に結びつけるスピードが物凄く速い。HTCの動きを見ていると、日本ケータイメーカーの初動の遅さが、歯がゆくなってきます。

また、NAS(ネットワークストレージ)製品の専業メーカー、QNAP(威聯通)は、台北市郊外に本社を持ち、創業が2004年と、歴史の浅い企業ですが、あれよあれよという間に、業界を代表するメーカーに成長しました。日本ではバッファローなどが知られていますが、世界的な知名度ではQNAPが断然上。

そのQNAPの日本代理店から、先日、デモ機を取り寄せようとしたのですが、「台湾本社が旧正月休暇に入るから難しい」という回答が・・・これに限りませんが、ITハードウェアの世界は、台湾を中心に回っていると思ってしまうほどです。

日本を代表する半導体メーカー、エルピーダメモリだって、DRAM不況で崖っぷちに追い込まれた後、台湾メーカー3社との資本・技術提携に活路を見出したわけで、改めて、台湾ITの実力って凄いなと思います。


「ITとは、India、Taiwanの頭文字をとった言葉だ」・・・誰が言ったのか知りませんが、まさに至言だと思います。


とにかく、「この製品、いいな、安いな!」と思って、会社概要を見ると、その大半は台湾企業なのですから、驚きです。

短期間に、これほどのIT製造帝国を作り上げた「電子の島」台湾は、尊敬に値します。

ただ、台湾IT企業の成功が、台湾人の雇用や経済成長に必ずしも結びついていない面があるようです。結局、コスト競争が激しすぎて、機器のほとんどは製造コストの安い中国大陸で製造してるんでしょうからね。


最終更新日時 2010年2月5日 22時5分12秒
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2010年2月4日

下町の新華僑エリア  (6)
[ 東京下町の暮らし ]  

2009年は、「サヨナラセール」の年でした。

世界同時不況の影響で、日本経済もすっかり冷え込み、外資系やグローバル企業のなかでも、東京事務所を閉鎖・縮小する動きが相次ぎ、社命で本国に帰される外国人ビジネスマンの数は、近年に例をみない数になりました。

東京で数年間暮らした彼らは、身の回りのものを整理するため、Craigs listGaijin Potなどの英文サイトで「サヨナラセール」を呼びかけ、使用済みの家具家電、玩具、雑貨などを、格安で売り払ったものです。

私も、毎月のように東京各地の「サヨナラセール」に出かけ、お値打ちものをたくさんゲットしました。なかでも多く足を運んだのが、港区の広尾・南麻布界隈。この一帯は、高収入の欧米人エリートビジネスマンが多く住んでいましたが、さすがに不況には勝てず、彼らの多くが、東京を後にしました。

彼らだけでなく、江戸川区など都内東部に多く住むインド人ITエンジニアも、不況で仕事がなく、日本を去る者が相次ぎました。

では、2009年、東京都に住む外国人は激減したのか?

減っていません。それどころか、総数で約1万人増えています(40万8千人→41万8千人、統計はこちら)。

伸び率は、さすがに鈍化しています。ここ数年は、毎年1万7〜8千人づつ、増えていましたから、やはり不況の影響は大きかったのです。

約1万人増えた、その内訳を見ると、驚くべき数字が・・・


・中国人が、1万2500人増
・その他の外国人が、2500人減
・差し引き、1万人増



数字を詳しくみると、米国人、英国人をはじめとする、欧米諸国の出身者が軒並み減少。彼らが多く住んでいた港区や渋谷区は、500名以上の外国人が一気に減りました。出身国別で第二位の韓国人の数も減っています。

ところが、東京在住外国人のなかで最大勢力の中国人の数が大きく伸びて、他国人の減少分を全部打ち消してしまいました。

より詳しくみると、新宿区、豊島区、江東区、江戸川区の四つの区で、中国人が年間1000人以上、増えています。

この四区は、なかなか面白い組み合わせです。方や都心部にあり、大きな繁華街を擁し、中国系商店も多い新宿区・豊島区と、方や23区の東の郊外にあり、めぼしい繁華街もない、地味な住宅地域である江東区・江戸川区。全く対照的な両地域で、中国人が大きく増えているのです。

この現象は、「来日した中国人の最初の受け皿が新宿・豊島区」で、「日本滞在が長くなると、江東・江戸川区などの郊外住宅地に移って定着化する」という仮説で説明できると思います。

この動きは、今に始まったことではありません。1980年代のバブル景気で爆発的に増えた中国人来日者は、まず新宿・豊島区や台東区に集住し、1990年半ば頃から、北区や板橋区など北部郊外への移動が目立ってきました。2000年代に入ると、郊外定着化の中心は都内東部の江戸川区や江東区に移り、今に至っています。実際、数字をみても、


・東京23区で、中国人数が一番多いのは江戸川区
・2009年に、外国人が最も増えた区は江東区で、その7割以上が中国人の流入によるもの
・直近5年間で、江東区は2回、江戸川区は1回、23区最大の外国人数増加を記録
・直近5年間で、中国人数が3千人以上増えた区は、江東区と江戸川区のみ。この2区だけで、23区の中国人数増加の21%を占める。



といった数々の例証から、「中国人の郊外定着化」仮説が完全に裏づけられてしまいます。
特に、その動きの中心にある江東・江戸川は、「下町の新華僑エリア」と呼んで差し支えないでしょう。




しかし、考えてみれば、不思議な数字です。

私は江東区に住んでいて、隣りの江戸川区にもよく行くのですが、中国人が集住しているエリアは、特に思い当たりませんし、ここが東京のなかで、中国人経営の商店が、特に多いというふうでもありません。

強いていえば、江東区の南砂団地や、江戸川区の小島町団地、新小岩や小岩駅周辺は、多少、中国語の聞こえる頻度が高いかな。あと、お台場の高層マンションも、リッチな中国人が多い気がしますが、それにしたって、集住という程ではない。

中国人がこれだけ急増して、言語や社会生活サポートの必要性もあるはずなのに、江東区や江戸川区で、これが社会問題になったという話も聞きません。おそらく、


・日本滞在年数が長くて、日本社会にある程度適応した中国人が、この地域に多く越してくる。
・日本語能力が高い人が多く、地域社会とのトラブルもあまり起こさない
・日本人社会のなかで、中国人はビジュアル的に目立たない上に、子供の幼稚園や小学校も普通の公立に通わせるなど、ライフスタイルが限りなく日本人化しているので、周りから見て違和感がない。



ということなのでしょうか?よく分かりません。




江東区や江戸川区に定着した中国人住民は、これから、どうなるのか?

将来のことは、誰にも分かりません・・・ただ、いまこの地域に住んでいるという事実が、彼らの「永住確率」を大いに高めていることは、確かだと思います。

江東区や江戸川区は、とても住みやすいのです。訪問調査すると、区民の8〜9割が、「ここに住み続けたい」と回答する、永住志向の高い地域です。

東京都心から近くて、家賃・物価もお手頃、区立幼稚園は超格安、道も広くてカーライフも快適。区のスポーツ施設や激安スーパーなど、お金がなくても快適に過ごせる「貧フラ」も充実・・・23区内で江東・江戸川ほど、ファミリーでの永住に向く地域は、他に少ないでしょう。

日本人が永住したいと思っている地域なら、中国人も同じように感じているはず。それに、この辺はマンションが安いので、すでに自分の家を買っちゃって、永住モードに入っている中国人も多いはず。

東京は、地方の工業都市と比べものにならないほど、多様な仕事があり、経済基盤も強固です。かつ、公共交通や外国語メディア、多様な食材など、外国人が快適に過ごせる条件が整っています。基本、コスモポリタンな社会だから、差別や排斥も比較的少ないと考えられます。

だから、外国人は東京から出ていきたがらない。特に、東京のなかでも住み心地の良い江東・江戸川に定着した中国人が、この地域を出ていくことはさらに考えにくい。その数は今後、増えこそすれ、減ることはまず考えられない。

下町の新華僑エリア、江東・江戸川・・・この地域では、東京がかつて経験したことのない、多文化社会になりつつあるのかもしれません。将来、ニューヨークのクイーンズ区とか、ロサンゼルス郊外のトランス市(いずれも、中国系を中心としたアジア移民の多い地域)みたいになるのでしょうか?




最終更新日時 2010年2月5日 6時25分57秒
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2010年2月3日

天国のベイエリア通勤
[ お仕事@ドイツ企業 ]  

東京で働く、多くのサラリーマンにとって試練となるのは、朝のラッシュ時の通勤、もとい「痛勤」。

自宅が郊外にあって、都心の職場までドアツードアで片道1時間〜1時間半が当たり前、しかも満員の車中を、前後左右の人と密着しながら耐え忍ぶ。この繰り返しが、何十年も続く・・・というのは、確かにつらい。でもこれが、東京圏サラリーマンの平均値というものでしょう。

それに比べれば、私の通勤は、ものすごく恵まれています。自宅から職場まで、ドアツードアで片道35〜45分の近さ。自宅から約3キロ離れた新木場駅までの移動に、自転車を使えば職場まで35分、バスを使うと40〜45分、といったところ。いずれにしろ近い。

しかも、新木場駅から、職場最寄りの品川シーサイド駅までの移動が超ラクなんですね。「りんかい線」(東京臨海高速鉄道)で5駅、所要12分。行きも帰りも、たいてい座れますし、万が一座れなくても、2駅分だけ立って国際展示場駅に着けば、100%間違いなく座れるのです♪

東京に、こんなラクチンな通勤があったのか!と思うくらい・・・世の中、私よりさらにラクなのは、職場まで歩いて通勤できる人だけでしょう。


りんかい線路線図
(都心を外れた、海沿いを通る鉄道なのです♪)




なぜゆえに、こんなにラクなのか?それは、通勤ルートとなる東京湾岸(ベイエリア)の埋立地が、広大な土地の割に、人があまり住んでいないからです。最近は、この一帯にも高層マンションがどんどん建ってきましたが、それでも、昔から発達した既存住宅地に比べれば、「無人の野」に等しい。

特に午後5〜6時台の帰りの電車なんて、「空気を運んでる」んじゃないかと思うくらい、ガラ空き。車内でPC広げて、お菓子食べても、誰も文句言わない。まるで地方のローカル線かと思うくらいです。

私は昨年5月まで、東京で一番混雑がひどいと言われる地下鉄東西線を使って通勤していました。りんかい線の超ラクな通勤を知ってしまった今、ラッシュ時の東西線なんか、もう乗れない身体になってしまいました。

こないだなどは、朝の出社前に、港区芝浦まで行く用事ができました。普通に考えれば、東西線で東陽町から門前仲町へ出て、そこから大江戸線に乗り換えて大門・・・というルートになるはずですが、

満員の東西線に絶対乗りたくなかった私は、何としてでも、人の少ないベイエリアを通って行こうと思いました。そこで考え付いたのが、このコース。


・自宅から、りんかい線の「国際展示場」駅まで、自転車で移動
・同駅前に自転車を止めて、目と鼻の先の、「有明」駅まで移動
・そこから「ゆりかもめ」に乗って、レインボーブリッジを超えて、芝浦埠頭駅まで乗る
・会社からの帰りは、りんかい線で「国際展示場」まで乗って、そこに置いた自転車に乗って帰宅。


普通は、こんな面倒臭いこと考えないんでしょうが・・・でも、決行して正解でした。平日の朝なのにガラ空きの「ゆりかもめ」の車窓から東京湾が一望でき、まるで外国へ旅行に出たような気分を味わえました。

もっと時間に余裕があれば、Tokyo Cruiseの観光汽船に乗って、海を渡る・・・なんてお洒落なこともできたのでしょうが、半休でも取らない限り、難しいですね。


東京湾岸も、なかなかイイですよ
(写真は葛西臨海公園)




最終更新日時 2010年2月3日 22時25分39秒
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2010年2月2日

楽しいフィリピン  (4)
[ 旅行記&里帰り ]  

先日、我が職場で、ちょっとした人事異動があって、フィリピンとインドネシアのIT部マネジャー職が空席になりました。

幸か不幸か、私にはその役目は回ってこなかったのですが、これを良い機会に、フィリピンという国について、私の体験談を、書いてみますね。




中国、韓国、米国ほどでなくても、フィリピンは、日本人には相当馴染みの深い国だと思います。

何しろ近い!東京からマニラまで、飛行機で4時間。関空からだと3時間台。ビジネス、観光での交流も盛んですし、日本企業も、相当進出しています。

日比間の国際結婚も非常に盛ん。日本人男性と国際結婚するフィリピン人女性は毎年1万人を超え、中国人女性と並んでダントツの1位。

そして、日本には20万人以上のフィリピン人が暮らしています。出身国別に言うと、中国、韓国、ブラジルに次いで第4位。大都市から農村まで、日本全国満遍なく分布し、その数は、ここ30年間減ったことがありません。ここ東京下町でも、錦糸町を中心に、たくさんのフィリピン人が住んでいます。

アジアを見渡してみると、フィリピンの「お国柄」はかなり個性的です。


・アジアで珍しい、キリスト教(カトリック)中心の社会
・長年、スペイン・米国の統治を受けた、ラテンアメリカ色が強いお国柄
・アジアでは珍しい、アルファベットを使う、英語が得意な国
・猛スピードで少子化が進む東アジアでは珍しい、子だくさんの人口爆増社会
・さらに、国民の1割が海外に出稼ぎに出て、GNPの約1割が海外送金という、「グローバル人材派遣国家」



そんなフィリピンを、私は学生時代、2度訪れて、この国と人々が、大好きになりました。




フィリピンでは、2ヶ月ほど滞在しました。首都マニラ周辺だけでなく、北はバギオから、南はボホール島まで、いろいろな土地を歩きました。

なかでも一番楽しかったのは、セブ島の北端部・メデリン(Medellin)にある友人宅で、3週間ほど、居候させてもらったことです。

セブ島の中心都市・セブ市からメデリンまで、約110kmの距離ですが、当時はマイクロバスで、5時間は優にかかりました。誰も漢字読まないのに、「上大岡駅前行き」の日本製中古バスがあったりと、突っ込みどころ満載のセブ市の喧騒を抜けると、後はひたすら、田舎のでこぼこ道。途中、コンポステーラとかボゴとか、大きな街で長い休憩を取りながら、客を満載したバスは、のんびり行きます。

メデリン・・・名前こそ、南米コロンビアの麻薬密売組織みたいですが、ここは白砂青松、もとい青いココナツの樹が茂る、美しい海岸に面した、静かで平和な村です。

この村に住む人々、特に男たちが、無茶苦茶面白くて、3週間など、あっと言う間に過ぎていきました。

メデリンの村に住む男たちの多くは、無業者。決まった仕事がありません。20代の若者も50代の初老の男も、皆、そうですから、一生涯、ニートをやっているようなものです。

この村で働いて、収入を得ているのは、一部の人だけ。その人たちが稼ぐお金で、大勢の人が暮らしています。ですが彼らとて、全く無為徒食というわけではなく、子供(むちゃくちゃ数が多い!)の面倒を見たり、お祭り(フィエスタ)で使うブタをさばいたりと、村のなかで、それなりの役割を果たしてはいます。

とはいえ、日本人の感覚からすると、本当に、シャレにならないほどヒマな日々を送っている男たち。そんな彼らの前に、はるばる日本から私がやって来たのですから、ヒマつぶしのネタにされたのは、言うまでもありません。もう、話が止まらない止まらない。日々、朝から晩まで、男たちのマシンガントークに付き合いました。

彼らが、まずやったのは、私にセブ語を教えること。

「タガログ語(マニラ等で話される、フィリピンの共通語みたいなもの)なんてダメダメ。人間なら、セブ語を覚えなくちゃ!」などと言って、しきりに教えたがる。

でも、彼らが教えるセブ語なんて、やらしい言葉と、「お前の屁は臭い!」みたいな、しょーもない言葉ばっかり。でもそういう言葉に限って、20年経った今でも忘れていないんですから、人間の記憶って、面白いものです。

そして、どの男も、フィエスタになれば、超、燃えます。誰もが、下町のお祭り男みたいなもの・・・驚くべきことに、メデリン近辺では、ほぼ毎週、どこかの村でフィエスタをやっていて、私は、祭りから祭りへ、日々、駆り出されていました。

近くでフィエスタをやらなくなると、遠くの村、遠くの島まで遠征してまで、フィエスタに参加しました。そんな遠方でも、村人の誰かと親戚だったりするため、もちろん顔パスで参加OK。

フィエスタで男たちが一番燃えるのは、闘鶏。ニワトリの脚に刃物をつけて、戦わせます。鶏たちにとっては、もちろん命賭け。そして人間たちは、お金を賭けます(でも、掛け金は数十円程度・・・)。会場は、誰もが目を血走らせ、一種異様な緊張感に包まれます。普段は、緊張感のかけらもない男たちなのにねえ。

若い衆は、ギターを持って、セレナーデを歌い、若い女の尻を追いかける(この辺は、スペイン文化の影響が残っているのでしょうね)。安っぽいラム酒と、ココナッツを発酵させた「地酒」(超まずい!)が振舞われて、フィエスタの長ーい夜が更けていきます。

フィエスタのない日、男たちは日がな一日、トランプ賭博。一回、数円程度のショボいお金を賭けて、それなりに真剣勝負。たくさん勝てば、村の売店でビールにありつけたりします。そんなトホホな男たちでも、食事の準備を手伝ったり、たくさん稼いでいる女性の身の回りの世話を甲斐甲斐しくしたりと、マメな一面も持っています。

この家の主人は、50歳くらい。バカボンパパみたいな風貌で、鼻毛を出して、口をポカンと開けて、いかにも頼りなさげ。健忘症らしく、ついさっき言ったことをすぐ忘れてしまうなど、「こいつ、本当に大丈夫なのか?」と思ってしまいますが・・・

ま、こんなんでも、一家の主が勤まるんだから、人生、何とかなるよね、ちゃんとしてなくても、生きていけるよね・・・当時19歳の私は、すでに、人生を達観してしまいました。




フィリピンの農村。日本とは、まるで比較にならない生活スタイルだけど、こんな感じで、まったりと一生を終えていくのも悪くはないな、と思いました。

底抜けに陽気で、おしゃべり好きな男たち。とんでもなくいい加減で、計画性がなくて、怠惰で、貧乏で、年がら年中、お祭りとセックスと闘鶏のことばかり考えている。頼り甲斐は全然ないけれど、なぜか憎めない人たち。いや、愛すべき人たち。

南国の強烈な太陽の下、しょーもない男たちの人生が始まっては終わる。世代が変わっても、相変わらず同じような人生が、性懲りもなく繰り返されていく。ココナツの島々を渡る波だけが、それを知っている・・・。

そんなフィリピンは、とてつもなく楽しい国だと思う。



セブ島のフィエスタ




フィエスタ名物・闘鶏




最終更新日時 2010年2月3日 8時16分47秒
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