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趣味の漢詩と日本文学

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February 15, 2011
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カテゴリ:国漢文
【本文】つかふ人あつまりて泣きけれどいふかひもなし。「いと心うき身なれば死なむと思ふにもしなれず。かくだになりて行ひをだにせむ。かしがましく、かくな人々いひさはぎそ」となむいひける。
【訳】武蔵の守の娘が尼になってしまわれたので、使用人たちは集まって泣いたけれども、いまさら何を言ってもしかたがない。「大変つらい身のうえなので、死のうと思ったが、死ぬことも出来なかった。せめて、このように尼にでもなって、来世の極楽往生を願って修行だけでもしよう。あまりやかましく、私がこんなふうに尼になったこと言って騒ぎなさるな」と言ったとさ。

【本文】かかりけるやうは、平中そのあひけるつとめて、人をこせむとおもひけるに、司のかみ、俄に物へいますとて、よりいまして、よりふしたりけるをおひ起こして、「いままでねたりける」とて、逍遥しに、とほき所へ率ていまして、酒のみののしりて、さらにかへしたまはず。【訳】こんなことになった事情は、平中が、武蔵の守の娘と契りを結んだ翌朝、使者を女の所に行かせようと考えていたところ、役所の長官が、急にどこかへ行かれるというので、お立ち寄りになって、平中が物に寄りかかって臥していたのを、たたき起こして、「こんなに遅くまで寝ているやつがあるか」といって、ぶらぶらと散策しに、遠い所へ連れてお行きになって、酒をのんであれこれ話しこんで、平中をいっこうにお帰しにならなかった。

【本文】からうして帰るままに、亭子の帝の御ともに大井に率ておはしましぬ。そこに又二夜さぶらふに、いみじう酔ひにけり。夜ふけてかへりたまふに、この女のがり行かむとするに、方塞りければ、おほ方みなたがふ方へ、院の人々類していにけり。
【訳】やっとのことで帰るやいなや、宇多天皇のお供として平中を大井に一緒に連れて行かれた。そこでまた二晩おそばでお仕えしたところ、ひどく酒に酔ってしまったとさ。夜がふけてお帰りになるので、この女の所に行こうとしたところ、陰陽道の不吉な方角を避ける方塞りに該当してしまったので、ほとんど全員、不吉な方角とは違う方角へ、院の人々がまとまって行ったとさ。

【本文】この女いかにおぼつかなくあやしとおもふらむと、恋しきに、今日だに日もとく暮れなん、いきて有樣も身づからいはむ、かつ文もやらんと、酔ひさめておもひけるに、人なむきてうち叩く。「誰ぞ」と問へば、なほ「尉の君に物きこえむ」といふ。さしのぞきてみればこの家の女なり。胸つぶれて「こち来」といひて文をとりてみれば、いとかうばしき紙に切れたる髪をすこしかいわがねてつつみたり。いとあやしくおぼえて、書いたることをみれば、

あまのがは そらなるものと ききしかど わがめの前の 涙なりけり

とかきたり。
【訳】この武蔵の守の娘が、どんなに待ち遠しく、また、訪ねないことを不審に思っているだろうかと、恋しかったが、せめて今日だけでも日も早く暮れてほしい、女の所に行って、今までのいきさつを自分で説明しよう、また、手紙も送ろうと、酔いも醒めて考えていたところ、人がやってきて門をたたいた。「誰だ?」と問うと、「左兵衛の尉さまに申し上げることがございます」という。すきまから覗いてみたところ、武蔵の守の娘の家の女だった。胸がつぶれそうな思いで「こちらへ来い」といって、女の届にきた手紙を取って見てみると、とても香りのよい紙に切れた紙を少し掻きたばねて包んであった。非常に不思議に思われて、書いてある文字を見たところ、

天の河は、空にあるものだと聞いていたが、なんとその正体は、こんなに身近な、わたくしの目の前の、沢山流れる涙だったのだなあ(尼になるなんて、空にある天の河のように、自分には無関係の遠い世界のことだと思ってきましたが、あなたの冷たい仕打ちに、河になるほど涙をながし、とうとう尼になりました)
と書いてあった。

【本文】尼になりたるなるべしと見るに目もくれぬ。心もまどはして、この使にとへば、「はやう御ぐしおろしたまうてき。かかれば御達も昨日今日いみじく泣きまどひたまふ。げすの心ちにもいとむねいたくなむ。さばかりに侍し御ぐしを」といひてなく時に、男の心ちいといみじ。
【訳】武蔵の守の娘は、尼になってしまったのにちがいない、と手紙の和歌を見るにつけても、目の前も真っ暗になってしまった。心もうろたえて、この使者に問いただしたところ、「なんと髪を剃って尼になってしまわれた。こんなことになってしまったので、お仕えしていた女房たちも昨日も今日もひどく泣いて動揺しておられる。わたくしめのような身分の低い者の心にも、非常に胸が痛みます。あんなにも長くて美しい髪でございましたのに」と言って泣いたときに、平中の心境も非常に悲痛であった。

【本文】なでうかかるすきありきをして、かくわびしきめをみるらむとおもへどもかひなし。なくなく返事かく。

よをわぶる 涙ながれて 早くとも あまの川には さやはなるべき

「いとあさましきに、さらに物もきこえず。身づからたゞいま参りて」となむいひたりける。かくてすなはち来にけり。そのかみ塗籠にいりにけり。ことのあるやう、さはりを、つかふ人々にいひて泣くことかぎりなし。「物をだにきこえむ。御声だにしたまへ」といひけれど、さらにいらへをだにせず。かかる障りをばしらで、なほただいとをしさにいふとやおもひけむとて、男はよにいみじきことにしける。
【訳】どうして、このような風流な方々の散策をして、こんなつらいめに遭うのだろうと思ったが、その甲斐もない。泣く泣く返事を書いた。
男女の仲をつらく思う涙が流れて、たとえその流れが早くなっても、そんなに簡単に天の河になったりするものだろうか(簡単に尼になってほしくなかったよ)

「自分でも非常にあきれたことに、まったく連絡も申し上げませんでした。わたくし自身いますぐ参上して事情を説明します」と使者を通じて言ったとさ。こうして、即座に女の所に平中がやってきたとさ。その折り、尼は納戸に入ってしまったとさ。平中は、ことのいきさつ、支障を、使用人の女房たちに言って泣くこと、このうえない。「せめてお話だけでも申し上げよう。お声だけでも聞かせてください」と言ったが、まったく返答さえなさらない。このような支障があったことを知らずに、やはり、ただ恋しい未練だけで言うのだと尼君は思っているのだろうかと言って、平中はひどく辛く感じたとさ。





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Last updated  February 15, 2011 09:24:38 PM
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