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カテゴリ:創作物件
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ベッドの上に起き上がり、床に脚を下ろして坐ってみると、足の裏がひやりとして気持ちよい。外は快晴で、開け放した窓から潮風と一緒に弱まりかかった午後の陽射しが時々入ってくる。時々入ってくる、というのは、窓には床から天井までの高さがあって厚手の白いブロードのカーテンが引かれているのだが、そのカーテンが、外から吹き込む風に押されてしきりにはためくので、カーテンが捲くれ上がった時にその隙間から外光が射し込んでくるというわけなのだ。この家は壁も床も天井も白い漆喰で仕上げられていた。外から来る光は、あっちの壁やそっちの天井に跳ね返って、こちらの眼に届くころには、いよいよ弱く優しく和らいでいる。 床の漆喰には表面に貝殻が埋め込まれているのだが、室内は明るいように見えて実はそれほど明るくもないので、ベッドに座っているわたしの目からはただ、灰色に踏み均された漆喰の床の上にそれよりは明るい灰色をした紙吹雪が吹き散らかされたようにしか見えない。どうかすると塵屑が落ちたままになっているような感じがするのだが、きれい好きの女が床を汚れたままにしておくなどということはあり得ないので、それはやはり塵屑ではなく床に埋め込まれた貝殻のはずだった。その床の貝殻の散らばりを眺めているうちに、わたしは、ここを立ち去る前に経過すべき儀礼的な時間を消費するのに打ってつけの行為を思いついた。すなわち、自分の痕跡をこの家から完全に消去すること、これである。 (つづく) →NEXT 改題:2005年5月31日夜、仮題を「たまゆらの」に変えた。 改稿:2005年6月1日夜 改稿:2006年1月23日夜 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006年01月24日 02時52分49秒
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