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台湾役者日記

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2005年06月01日
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カテゴリ:創作物件
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 女はわたしに退去を命じた。退去が完了するまでは家に戻らないと宣言した。彼女のことを思っているのならさっさと出て行かなければならない。でも、わたしに退去を命じたその瞬間の女の胸のうちを思いやるならば、簡単にここを後にするような薄情な真似はとても出来そうにない。とは言え、わたしがここをなかなか出て行かないとなると、その時間の経過は、この期に及んでわたしがまだ一縷の望みを捨てきれずに苦しんでいるその時間の長さであるかのように彼女には見えてしまうだろうし、さもなければ、彼女の弱さ、つまりわたしの苦しみを目の当たりにして決心が鈍る、といった類いの弱さを、わたしが彼女から引き出そうと試みる時間の長さであると彼女は考えるかもしれない。あるいは、それがいちばんありそうなことだが、彼女は、わたしが、苦しみながらもその苦しみを利用して彼女と駆け引きしようとしていて、しかもそういう自分の小狡さに無自覚で、なおかつ無自覚であるというその一点が自分をまったく美しくなくしているということも分かっていない、と判断しそうだった。

 あれこれ考えると、この家をただちに出て行くのは情においてしのびがたいが、さりとて、合理的な根拠をもたない長さの時間をここでうかうか過ごすわけにもいかない、ということになる。女の家で暮らしていた自分の痕跡をきれいさっぱり消してしまうことに最後の時間を費やすという思いつきは、この矛盾を解決する唯一の方法だった。

 女は出て行けと言ってるんだから、後片付けをしていくのは彼女の意に適っている。しかも、女の家に置いた品物をひとつずつ始末していくということは、ここに置かれた、言い換えれば、女の家に残されようとしていた、わたしの情のようなものが、ひとつずつ始末されていくということと同義なのだ。いきなり出て行くということになれば、わたしは、女や女の家や女の家に残されたわたしの痕跡の数々やを、すべて一気に、武断的に放擲するということになるが、品物をひとつずつ始末していくとなれば、後始末の進行につれ時間の経過に沿って、わたしの彼女に対する想いは、徐々に小さく軽くなっていくというような表現の型を見せることになり、最後にわたしは、すべてがなかったかのような顔つきでここを出るという所作を演じることができる。そうすれば、家の外のどこかから密かに見張っているはずの女も、安心した振りをしてこの家に戻れることになる、という寸法だった。

 もとより、重たいひとつの塊になって腹の底の方でわだかまっているものは、そんな型や所作や振りでどうこうなるものでもない。そんなことは分かっているが、それでも、なにをすれば良いかが分かっただけで、躯を動かす気力が湧いてくる。


(つづく)


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改稿:2005年6月7日朝






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Last updated  2005年06月07日 10時02分01秒
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