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カテゴリ:創作物件
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こんなはずはない、何かが残っているはずだ、と強く思いたいがそう思うことの根拠が頭の中に見つからない。気持ちの落ち着かないまま玄関ホールへ出る。ひと四人が立つといっぱいになるほどの狭い空間。視線を巡らせるまでもなくそこには何もないのが分かった。たしか女のハイヒールやわたしの靴が靴箱か何かに整理されて仕舞われてあったように思うし、またそういうものがないとすればわたしたちはいったいどうやって外へ出ていたのかが分からなくなる。それにもかかわらず、一切、何もかもがない。そんなものまで女は持ち去ってしまったのか。わたしの持ち物だけでなく自分のハイヒールまで。 扉は開け放してあって眼を挙げると砂利を敷き詰めた前庭越しに突き当たりの灌木の茂みが見える。建物の背後から射す午後の陽光が茂みにぶつかって油照りという言葉を連想させるような緑色を見せているが、玄関の内側に立っているわたしが暑さを全く感じないのはどうしたわけか。前庭の右手から細い道が伸びていてその坂道を下っていくと小さな町へ出る。この家から出る道はそれ一本しかない。女はその途中のどこかに隠れてわたしが出て行くのを待っているはずなのだが、彼女が家財道具一式に埋もれるようにして灌木の茂みの間にしゃがみ込んでいる図を想像するのは難しかった。そんな想像をするよりももっと単純で自然な答えがあるのではないかという考えが頭の隅をかすめる。しかしその方向へはどうしても考えを深められない。わたしは身を転じて浴室へ進んだ。 (つづく) →NEXT お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005年06月11日 02時13分29秒
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