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散文小径

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2011.02.16
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 雪、凄いね。
 旅番組では「早春の房総」とか旅番組やってますが、なんでしょう、この気候のギャップ。日本の豊かな四季の表情に、驚かされます
 今宵も房総里見氏を夢酔流の私見を交えながら、一緒に勉強していきましょう!


                  ◆  ◆  ◆


 里見義豊と里見義堯が激突した戦い。これを私たちは、〈犬掛の戦い〉と呼んでおります。この戦いは、主家を庶家が倒して家督を奪ったものとして、定説上、下剋上チックに受け止められています。しかし、そういう政権交代は得てして長続きしないもの。ところが、里見義堯は中興の祖といっても過言ではない実績を残しております。兵も、民も、里見義堯を支持した証といってよいでしょう。
 この戦いは、単に身内の争いだけでよかったのでしょうか。
 義豊の立場や実堯の立場を皆さんと考えてみたい。よろしくお願いします。


 まず犬掛の戦いを、振り返ってみましょう。

〔定説〕
 犬掛の戦いは、里見氏第4代・義豊と従弟・義堯の内紛「天文の内訌」によるものです。そして、両者の激突した場所が、〈犬掛〉でした。
 古来より犬掛は『南総里見八犬伝』の舞台であり、 八房の生誕の地で、母犬が狼に殺された後タヌキに乳をもらい育てられた等、伝承されておりますが、これはすべてフィクション。現在、どうみても和犬っぽくない八房とタヌキママの銅像が建てられております。
 それはさておき。
 天文2年7月27日、義豊は実堯と正木通綱を殺害しました。理由は、前回前々回のblogを参照ください。実堯の子・義堯は、同じく正木通綱の子である時茂・時忠兄弟と連携し、仇討ちを画策します。そうはさせじと、まず義豊は正木氏の居城・安房山之城を攻撃。しかし、失敗に終わります。義堯たちは一旦安房を離れ、上総にて再起を図ります。その頃、義堯は里見にとっての仇敵・北条氏綱に同盟を申し出、これを確立します。
 援軍を得た義堯は、翌年、上総より進軍します。そのとき乱波を用いて、義豊の居城である稲村城へ直接奇襲する情報を広めたのです。義豊はこれに騙されました。先手を打つべく上総出兵をしたところ、犬掛にて、義堯軍の奇襲を受けたのです。野戦は籠城戦と異なり勢いある側が勝機を掴むもの、仇討ちという大義名分のある義堯側に分があったのは云うまでもありません。
 義豊軍は潰走しました。義堯勢はこれを追い、稲村城をも攻略します。そうなっては義豊は孤立してしまいます。かくして稲村城を失った時点で、進退窮まった義豊は自害して果てたのです。
 これが定説で伝えられている〈犬掛の戦い〉です。


 さて、現在は多くの先生方が研究されて、この定説が少し壊れつつあります。基盤となる義豊・実堯の関係も、前回前々回で記した矛盾が生じておりますし、それに伴い〈犬掛の戦い〉の意味もブレています。
 天文2年7月27日、実堯・通綱の誅殺後、義豊は義堯のいる金谷城へも侵攻して討ち取ろうとしています。
 義堯は正木時茂・時忠兄弟とともに百首城に退き籠城して、北条氏との盟約を結びます。或いは、前回blogにあったように、父の頃から親北条派だったのかもしれません。北条氏綱にしてみれば房総進出のメリットたっぷりだから、当然盟約はOKです。
 北条援軍を迎えた義堯はすかさず反撃、9月には滝田城を陥落させました。そのとき危うしと感じ、安房国を出たのは、義豊です。定説の逆ですよね。上総へ逃れたのは、義堯ではなく義豊だったのです。
 義豊の逃れた先は、真里谷信清の元でした。
 そして、翌天文3年4月6日。
 再び安房奪取のため進撃した義豊は、犬掛にて大敗を喫し、そこで戦死したのです。もしくは美談よろしく自害して果てたのかも知れませんね。
 真里谷信清は義豊救援を行い里見を小弓公方派にするという思惑が失敗してしまいました。小弓公方・足利義明からの勘気を被ったのは云うまでもありませんね。こののち真理谷家は代が替わり、結局、義堯が里見の当主となって親小弓公方路線になったのは面白いところです。北条にしてみれば宛てが外れて面白くない。
 これが、数年後の〈国府台の戦い〉につながっていくのです。


 定説新設はさておき、この戦いで勝利した里見義堯には、ひとつのレッテルが貼られました。
「主家殺し」
 庶流である義堯が、本流を滅ぼしたことは、どんなに弁を尽くしても代え難い事実です。殺されたくないから戦った、この当然の感情の行き着く先は、拭いようもない現実です。
 そこで、現在定説となっているような筋書きをつくり、少しでも不利を拭おうと、義堯側は努力したのではないでしょうか?歴史をつくるのは勝者ですから、それを支持した安房の大衆もこれに加担したことでしょう。こういう場合、得てして敗者は悲劇です。暗君に仕立て上げられます。例を挙げれば、武田信玄を美化するために父・信虎を暴君にしています。そういう点で行けば、義堯はもっと義豊を貶めることが出来たはずでした。
 義豊にも可哀想なところがあったんだよという筋書きにしたのは、ひょっとしたら、義堯の優しさだったり後ろめたさだったのかも知れませんね。
 ひとつ云えるのは、そののち里見の当主となった義堯は、義豊の子や縁者を弾圧せず、適材適所に用いている気配があるということ。この懐の広さが、義堯をして中興の祖とした部分なのかも。
 
 保田妙本寺は、里見義堯と日我が終生友情を誓った場所。ふたりはこの頃に出会っています。義堯の良心の葛藤をいちばん知っていたのが、日我だったと思われます。
 この妙本寺に伝わる「源家系図」は、里見義堯から贈られたものとされます。このなかに記される義豊の記述は、恐らくは改竄とされています。鎌倉五山を代表する文人として知られる玉隠英與をして、〈房州賢使君源義豊公〉と称された里見義豊の片鱗を、そこにみることは出来ません。

 今後、里見氏の研究は進んでいくと思います。
 更なる二転三転劇もあるかと、期待しているところです。

 この里見義豊までを前期里見氏、里見義堯からを後期里見氏と大別するのは、線引きとして妥当な位置づけかも知れません。前期の多くは、伝承という深い霧の奥に息づく時代です。そして後期、時代は戦国ファンなら堪らない時期に差し掛かります。当然、事蹟も明確に刻まれていきます。
 この里見義堯の時代。
 関東は三つの巨大戦国大名が三国志よろしく睨み合い噛み合う時代となっていくのです。三つの戦国大名とは、文武の知将・北条氏康、義の関東管領・上杉謙信、軍神・武田信玄。里見義堯は卓越した外交能力を駆使し、遠交近攻策を貫いていきます。すなわち北条を一貫して敵となし、ときには上杉謙信と結び、ときには武田信玄と結びます。

 絢爛たる群雄割拠を生き抜く里見家にとって、理由はどうあれ当主が里見義堯で幸いだったと信じたいのは、夢酔の贔屓目でしょうか。


                  ◆  ◆  ◆


 夢酔、これまで里見小説を発表しておりますが、この義豊の時代に着目した習作がございます。「春の國」以降、発表を望んでいたのですがお蔵に入ってしまった作品です。次回より、この場で短期集中で試験発表します。
 よろしかったら、里見浪漫を一緒に堪能してみませんか?

 作品名「冬の光
      未発表作品



                  ◆  ◆  ◆


 ここでお知らせ!
 館山市で江戸時代の伝奇小説「南総里見八犬伝」にちなんだ創作和菓子「たてやま八犬伝まんじゅう」が開発され、10日から市内の旅館やホテルなどで発売されています!
 もう食べましたか?
 八犬士の霊玉「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」に合わせ、1箱で8個それぞれ異なる味が楽しめるように工夫されているそうです。



                  ◆  ◆  ◆



(広告)少しだけ、まだヘルプ

 夢酔の小説をベースとした劇団き楽座「萩原タケ物語」。3月29日に依頼公演が決まったようで、これは大変有難いお話しです。小説家ではなく、舞台脚本家としての夢酔も、戸惑いつつ、万人受けしたことを安堵しております。
 劇団き楽座では、今後の別演目を控えていることから、「萩原タケ物語」チームを確立するため、劇団員を募集しているとのこと。市民劇団ならではの気負いなき「き楽」を売りにしております。
 興味のある方は、まず、ご一報ください。
 殆ど主婦ばかりですが、老若男女は一切不問!

 気楽な活動したい方、お声をください。
☆ 劇団き楽座主催者
  TEL&FAX:042-559-0470


 それから。
 萩原タケをもっと知りたい方。夢酔の話でよろしければ、講演、承ります。どしどしお声を掛けてください。早くもお声を頂けた団体さんの情報は、近くなりましたら公表もしくはご報告させて頂きます。
 舞台のセット商品でも、ピンでも、どちらでも可です。こちらの連絡先も、劇団き楽座まで
 




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Last updated  2011.02.16 07:01:14
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作楽@ Re:随筆・あっそう!里見発見伝(02/18) 引っ越しされるんですね!了解しました。
としぞう@ はじめまして うちも楽天からアメーバに変わりました。 …
夢酔 藤山@ Re:奥平家と大久保家(02/06) いっちぃさん 仰せの通りです。 この…
いっちぃ@ 奥平家と大久保家 奥平信昌の娘が大久保忠常(忠隣の嫡男)に…
夢酔 藤山@ こんばんは 10月1日の全国里見一族交流会・館山大会に…
キミジイ@ 御支援の協力 夢酔 藤山様 署名活動はどの位の人数が…
いっちぃ@ 万喜城下より ご無沙汰しておりますm(__)m 近年の成果か…
史進@ おめでたいですね こんばんは、藤山先生 稲村城と岡本城が…
夢酔 藤山@ Re:ありがとうございました(10/05) >由愛さん 大役、お疲れ様でした。…
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