マンガの中の酒場 吾妻ひでお篇
2019年に波乱に満ちた人生を終えた吾妻ひでお氏は、それでも69歳というストレスと無理の多い人生を送ることを余儀なくされるマンガ家としてはしぶとく生き延びましたが、当の本人はそのことをどう思っていたのだろうかと真意をお尋ねしたかった。アルコール依存症をきっかけとした自殺未遂やホームレス生活を含む失踪など人生に喜びよりも苦しみを感じることが多かったのでしょうから、その生涯は生き地獄のように思うことも少なくなかったはずです。お陰でその当時の苦しみを飄々とした筆致で丹念に描き残してもらえたのだから、読者にとってはこんなに有難いことはないのです。苦しみの中からも吾妻氏は自身曰く、ギャクマンガ家として客観的にあらんと振舞ったからこその業績であるのは間違いありません。ぼくのような軟弱な酒呑みでは氏のような冷めた視線を獲得し得なかったはずで、悪夢のような日々を克明かつ時にはユーモラスに描いた後期の作品は生涯を通して繰り返し読み返すことになりそうです。『Oh!アヅマ』(ぶんか社, 1995)『アズマニア』(全3巻)(早川書房, 1996)『うつうつひでお日記』(角川書店, 2006)『エイリアン永理』(ぶんか社, 2000)『スクラップ学園 文庫版』(全3巻)(秋田書店, 1981-83)『チョコレート・デリンジャー』(秋田書店, 1982)『ななこSOS 文庫版 第2巻』(早川書房, 2005)『ななこSOS 文庫版 第3巻』(早川書房, 2005)『やけくそ天使 第2巻』(秋田書店, 2000)『やけくそ天使 第3巻』(秋田書店, 2000)『銀河放浪』(マガジンハウス, 1995)『失踪日記』(イースト・プレス, 2005)『失踪日記 第2巻 アル中病棟』(イースト・プレス, 2013)『地を這う魚 ひでおの青春日記』(角川書店, 2009)『不条理日記 SFギャグ傑作集』(奇想天外社, 1979) 当時の体験を描いた『失踪日記』は、日本漫画家協会賞大賞や文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞を初め海外でも高い評価を得たようです。それに続く『逃亡日記』、『失踪日記2 アル中病棟』と巻を追うごとに作品の克明さは増強しますがそこに不思議と悲壮感が溢れ返ることもなく興味深く読了した後にホッとして酒を呑み出してからドクンと鼓動が早まったりしたものです。吾妻氏は晩年は断酒に耐え抜いたということですが、彼のことだから断酒中の自身をも客観的に観察することができたんだろうなと思うのです。