カテゴリ:本の感想(た行の作家)
辻村深月『凍りのくじら』 ~講談社ノベルス~ その頃、芹沢理帆子は高校生だった。 幼い頃から多くの本を読み、自分のまわりの人々を見下すようになっていた。自分も他人も客観的に分析、他人と適度に距離をおき、自分がその人たちとは「違う」ことを隠す。それでいながら(それだからこそ)、自分自身の抱える矛盾も感じている。 彼女は、弁護士を目指す男、若尾と別れたところだった。彼を理帆子に紹介していたカオリは、責任を感じてか、新しい男を彼女に紹介していた。その人や、カオリ、タメの美代たちと、適当にバカなふりをしながら過ごす理帆子。家庭の事情も彼らに告げないまま。 母親は入院。死は目前にせまっているはずだが、理帆子は具体的なことは何も知らされていなかった。 そんな頃出会った一人の男-別所。理帆子の写真を撮りたい、そう彼は言ってきた。 他人に自分のことをほとんど話さない理帆子だが、彼にはいろいろと話せるようになる。ときを同じくして、郵便受けに入れられるようになるディスカウントショップの袋。電話やメールをしてくる別所。世間では地下鉄火事事件が起き、東京湾にくじらが現れては死んだ。 理帆子に「暗い海の底や、遥か空の彼方の宇宙を照らす」光が当てられることになる一連の出来事は、そして始まる。 読んでいる間中、感情が揺さぶられました。正直途中で何度も読むのをやめたいとも思いました。それは決して本書が面白くないからではなく、あまりにも考えさせられすぎるから。 理帆子さんは、少年を「鏡」にたとえていますが、本も一種の「鏡」ではないでしょうか。読むときどき、精神状態、それまでに経験したことは変わっていて、そのときごとの自分の考え方に即しながら読んでいきます。なんだか似たようなことは他の本の紹介でも書いたと思いますが…。つまり、読書体験はそのときどきの自分を反映していると思うのです。 理屈ばかりたって、他人を見下し、距離を置く。他人や自分に、「少し・ナントカ」とレッテルをはりながら。でも、人とのつながりは失いたくない。矛盾の中に苦しむ(自覚しながらあらためようとしていないわけですが)理帆子さん。「少し・腐敗」から、完全に腐っていく若尾。ニュートラルで、理帆子さんも話がしやすい別所さん。姉御肌のカオリさん。友達思いの美代さん。なんというか、生きているなぁ、と感じたのです。 * さて、テンションをあらためましょう。上のままだとぐずぐず話が進みません(逆にいえば、本気で誰かと話したい部分なのですが)。 本書はそれぞれの章題からもうかがえるとおり、『ドラえもん』の話題に満ちています。そこにある哲学。そこで説かれている道徳は、のび太くんを信じた上で成り立っている、という説明には関心しました。「どくさいスイッチ」などの道具について、特に。 「さようならドラえもん」のことも紹介されていました。私も読むたびに泣いていたものです。タイトルは忘れてしまいましたが、その次のお話(コミック7巻の1話目と記憶しています。「さようならドラえもん」は6巻の最後に収録されていたはずです)も、泣いたものですが。安直なようですが、本書を読んでみて、あらためて『ドラえもん』を読み返したいなぁ、と思いました。一時期漫画を処分してしまったので…もったいないことをしたものです。そう思い始めて以来、本は買って手放さない主義になってしまったので、スペースが…。 * 登場人物の話に戻りますと、多恵さんという方が登場するのですが、素敵な方だなぁ、と感じました。さばさばしていて、思いやりがあって。多恵さんと理帆子さんが話をするようになるまで、若尾さんのことやら人間関係での矛盾に苦しむ理帆子さんの心情描写で相当重い雰囲気になっていたので、ほっとした、というのが大きな要因だと思うのですが。 * ミステリーとしての要素もあります。背表紙の内容紹介にも、「物語」に「ミステリー」とルビがふってあります。あえてこうしたのは、ミステリーという枠にわざわざ収める必要がないからだと感じたのですが、そのミステリー的な要素のおかげで、少し救われた部分もあります。ちょっとひっかかるところがあったり、なにぶん相当数のミステリを読んできていますので、「ひょっとしたらこういう話になるのでは」と予感しながら読んだりで、おかげでこの感想部分の最初に書いたように感情が揺さぶられはしたものの、つぶされまではしなかった面もあるかな、と(つぶされるというと大げさかもしれませんが、今の私にはそのくらいのインパクトがありました)。 ちょっと関連したこととして、理帆子さんが現実に対する距離感が薄い分、フィクションに対する思い入れが強い、というところがあります。火事の話のところで。ここで、辻村さんの前作『子どもたちは夜と遊ぶ』を連想しました。その中の月子さんも、テレビなどのニュースで大きく動揺していたような、と。 また長くなってしまいました…。 * トラックバック用リンクです。でこぽんさんの記事はこちらです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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のぽねこさん、こんばんは。
今回もトラックバックとコメントをありがとうございました。 のぽねこさんが『凍りのくじら』でどんな感想を書かれるかすごく楽しみにしていました。 読書体験が自分を反映している「鏡」というのは、これはまさにその通りですね。 色々と考えさせられたようで、これはこれでいい読書体験だったのではないでしょうか。 理帆子の不安定な気持ちに引きずられそうになったりもするのですが、多恵のような健全な人物を登場させることでバランスがとれていましたよね。本当に多恵は素敵な人でした。 辻村作品では珍しいような気がします(笑)。 乾さんの本はいつか読めるといいですね。 気長に待っています。 ではまた。 (2005.11.22 23:49:02)
コメントありがとうございます。
どうも、こういった本を読むと、本の紹介よりも感じたことばかり書いてしまって、どうなのかな、と思ったのですが、共感していただいて嬉しいです。 記事を書くときは妙なテンションだったので舌足らずな面も多々あるのですが、ミステリ(?)の答えがわかっても、逆にいろいろ分からなくなったところがでてきました。だから、少し冷静になれたかな、と。 少年への「少し・ナントカ」の評価の変更。前作の先生の発言が決して明かされなかったように、読者に大きな想像の余地を残す、という手法は、好きです。私には分からないままですが…。 乾さんのは、来週中に読めたら、と思っています。 では、失礼します。 (2005.11.23 09:20:14)
ドラえもんの話が出てきたので、遊びに来てしまいました。独裁スイッチは独裁者を懲らしめるための物でしたが、ドラえもんの心理描写は本当にすごいといつも感心します。さようならドラえもんも大好きなお話です。一人で勝たなければと立ち向かうのび太に涙しました。ドラえもんの話ばかりになってしまいましたが、凍りのくじらも面白そうなお話ですね。
また古本で探したくなりました。w (2005.11.25 22:19:37)
こんばんは、コメントありがとうございます。
『凍りのくじら』は今月の新刊なので、古本屋に並ぶのは先のことになるかな、と思いますが、面白い作品だと思いますので、機会があればぜひ読んでみてください。正直私には重かったのですが…。 どくさいスイッチのあらすじは本作でもふれられているのですが、独裁者を懲らしめるため、というのには、すごいなぁ、と思いました。たしかに懲らしめられるでしょう…。ある人物がそういう道具を使いこなせるかどうか、という話が『凍りのくじら』の中でされていて、考え込みそうになりました。 「さようならドラえもん」。一人でジャイアンに立ち向かうのび太くんには、本当に感動します。 ハロウィンのドラえもんを思い出しましたよ(笑) それでは、失礼します。 (2005.11.25 23:07:53) |
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