カテゴリ:西洋史関連(日本語書籍)
I・フランドロワ編(尾河直哉訳)『「アナール」とは何か―進化しつづける「アナール」の100年』 ~藤原書店、2003年~ 藤原書店の学芸総合誌『環―歴史・環境・文明』に連載されていた「ブローデルの「精神的息子」たち」を単行本にまとめた書です。基本的に、編者フランドロワがそれぞれの歴史家(地理学者)に行ったインタビューです。 本書の構成は次のとおりです(なお、本書には付されていませんが、便宜的に[第○章]などと番号をふりました)。 ーーー 序 『歴史総合雑誌』から今日の『アナール』へ(I・フランドロワ) 第1部 学派をなした雑誌、『アナール』 [第1章] 『アナール』での三十年(マルク・フェロー) [第2章] 進化しつづける『アナール』(ジャック・ル=ゴフ) 第2部 ブローデルの継承 [第3章] 「時系列」の歴史学(ピエール・ショーニュ) [第4章] フランス歴史学の合流点(エマニュエル・ル=ロワ=ラデュリ) [第5章] 地理学とブローデル(イヴ・ラコスト) 第3部 アナール学派に対峙して [第6章] ムーニエ学派(イヴ=マリ・ベルセ/マドレーヌ・フォワジル) [A]ロラン・ムーニエとアナール学派(イヴ=マリ・ベルセ) [B]ある師の肖像(マドレーヌ・フォワジル) [第7章] アナール学派とフーコー(アルレット・ファルジュ) 第4部 新しい方法論 新しい対象 [第8章] 歴史人口学(ピエール・グベール/ジャン=ピエール・バルデ) [A]歴史人口学の誕生(ピエール・グベール) [B]歴史人口学の変遷(ジャン=ピエール・バルデ) [第9章] 心性史から感性の歴史学へ(アラン・コルバン) [第10章] 新しい歴史学と身体(ジャン=ピエール・ペーテル) [第11章] 歴史のプラティックと認識論的省察(ロジェ・シャルチエ) 編者あとがき 訳者あとがき 生没年一覧 初出一覧 人名索引 ーーー 雑誌『アナール』の誌名の変遷と、その中心的研究院の名称については、さしあたりピーター・バーク『フランス歴史学革命』の記事を参照してください。いつか、自分なりにその運動の流れを整理したいのですが、なかなか…。 本書の「序」で、フランドロワが誕生以前から現在までの「アナール学派」の概略を示してくれています。ここでは、アナール学派に影響を与えた人物として、アンリ・ベールが強調されているのが特徴的だと思います。先述のバークの著作と並んで、日本語で読めるアナール学派関連の文献として竹岡敬温『「アナール」学派と社会史』がありますが、これら2著もフランドロワほどベールの役割を強調していないように思います。 ベールは1900年に『歴史総合雑誌』を創刊、この雑誌は後に『総合雑誌』と改名されますが、とにかくベールは科学の総合を目指した人物です。フランドロワは、彼の意見を次のようにまとめています。 「自然をわれわれに理解させてくれるのは純粋な科学だが、世界を理解する際に欠かせない役割を演じるのが歴史学である。ただ、いまのところまだ博学の分析というステップが必要な歴史学も、将来はそこを乗り越え、漸進的な歩みの果てに大きな総合へ、すなわちトータルな説明へと至らなければならない。そうなればもろもろの知を総合するのはもはや哲学ではなく、歴史学になるだろう」(13頁) 「全体史」と呼ばれる研究の志向が後にさかんになることを思えば、ベールがきわめて先見の明のある人物だったということが分かります。 さて、あとは印象に残ったことをつらつらと書いていきます。 まず、編者あとがきでフランドロワも書いているように、本書ではブローデルがかなり重要な位置を占めています。 たとえば、第3部でも、第6章はムーニエとブローデルを対比し(実際には、ムーニエはストラスブール大学、ブローデルは高等研究院第6部門にいたという、所属機関の対照が強調されているように思いました)、そして、第7章は、ブローデルがフーコーを称えながらも、その読みには誤解があったことを指摘しています。 第5章のイヴ・ラコストは地理学者ですが、ブローデルの業績が地理学にとってどれだけ重要であったかを指摘していて、興味深かったです。 第3章のピエール・ショーニュの研究は読んだことがないのですが、興味深い言葉がいろいろあって、付箋を貼りました。どきっとしつつも、印象的だった言葉を引いておきます。 「そもそも人間はいろいろな伝統が重層化されるかたちで形成されている。だから、少しでも知り合いになり、近づきになると、その人たちの矛盾が分かるんです。矛盾していない人間、一枚岩の人間なんてばかだけだ。人間とはふつう複合的な存在です。なぜなら、人間はつねに文化的遺産をいくつも抱えているのだから」(122頁) これはメモ程度にとどめておきますが、第4章でル・ロワ・ラデュリが示しているカール・ポッパーの概念、「閉じた社会」対「開いた社会」という概念が興味深いです。 第9章のアラン・コルバンは、その方法論に関する文献はいくつか読んでいるのですが、まだ読んでいない具体的な研究も気になっている学者です。本書では、最近、天候の歴史に惹かれているという言葉があります。コルバンの著作はほとんど藤原書店さんが邦訳を出してくれているので、天候の歴史も本にまとまったら邦訳されるかもしれませんね。 ロジェ・シャルティエの方法論についての論考はいくつか読んでいますが、今回もよく分かりませんでした…。 必要に応じて拾い読みは繰り返してきていますが、通読したのは数年ぶりです。アナール学派の概説的な流れを追うには不向きだと思いますが(そのためには上述のバークや竹岡先生の文献が良いでしょう)、個々の研究者がどのような環境で学んでいたか、あるいは対人関係などなど、突っ込んだ部分が興味深いです。また、特に第2部と第4部は、章題にある様々な研究領域の意義や動向が示されているので、こちらも有意義だと思います。 (2008/10/07読了)
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