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カテゴリ:その他
今日の午後、土曜の夜に録画しておいたETV特集「もういちどつくりたい」を見る。木村栄文さんを取材したドキュメンタリー番組である。外出する前に「まあ、とりあえずタイトルバックだけでも見とこうかな」という気分でプレイボタンを押す。そして、結局、そのままテレビの前に腰が抜けたように座りこみ、一時間半見てしまう。見終わって鏡を見ると、へなちょこボクサーが試合にKO負けした翌朝に、階段から落ちてしたたかに顔面を打ったような顔をしている。まったく困ったものである。
この番組をご覧になった方は少数だろうから、とりあえずタイトルバックまででも、この番組を再現してみたいと思う。私の文章力ではいささかこころもとないけれども。 この番組はエイブンさんを尊敬してやまないNHK福岡放送局の若手ディレクターが撮ったものらしい。いきなり冒頭のエイブンさんの顔のアップを見て、茫然とする。髪は後退し、白髪、痩身は昔からだが、四肢を動かすのもままならないようだ。言葉にも障害がある。これが、あの溌剌として敏捷だったエイブンさんの姿か。もうそれを見ただけでこちらはぐっときてしまう。小さな声で「エイブンさん」と呟きながら、画面に釘づけになる。 女性アナウンサーのナレーションが始まる。まずはエイブンさんの簡単な紹介。その内容は、私が先日書いたブログとほぼ同じである。そして「ドキュメンタリーとは創作である」というエイブンさんのことばが紹介され、彼の往年の作品の印象的なシーンがいくつか挿入される。 そして、画面にはまだ40代だろうか、あの若かかりし頃のエイブンさんの顔が映し出される。顔は小さく、ある種の齧歯類のように愛嬌のある彼の顔がアップになる。そして、彼の発言が紹介される。 「きれいなものを作りたいという気持ちは前からありましたですね。美しいものが作りたい、それから、美しくて哀しいものが作りたい。というのは、そう思われませんか、哀しみの表現には普遍性があると思うんです。哀しみを人間が感じたら、けんかはできないし、殺し合いもできないし、人を憎むこともできない。そういう意味で視聴者とコミュニケーションをとる場合、伝わりやすいんですね。美しいもの、哀しいものは。」 いいことばである。でもエイブンさんの撮った美しいものとは、水俣病の患者の笑顔であり、テキヤの親分の盃の儀式であり、ヤーサンの背中のくりからもんもんであり、ぼた山の遠景であり、炭坑から出てきた坑夫の煤だらけの顔であり、在日の老婆のシマチョゴリ姿だったのだが。 しんみりと昔のエイブンさんの作品への追憶に浸ろうとすると、衝撃的な今の彼の姿が再び映し出される。 パーキンソン病の彼は筋肉の自由がきかず、時には呼吸にも困難を感じるほどだという。一日のうち、オンとオフの時間帯があり、オンの時にはふつうの状態だが、オフになると顔から表情がなくなり、いわゆる仮面状態になる。そして、筋肉が硬直し、全身に激しい痛みが走り、動くこともままならなくなる。画面には、「あ、オフがくる」といい、何度も弱々しい声で奥さんの名前を呼んだ後、立ち上がったまま、ちょうどオーケストラの指揮者が今から曲を始めようとする刹那、両肘をすこし曲げて、空中に両手を上げる、その瞬間の姿そのままに、凍りついたように全身を硬直させたエイブンさんの姿が映し出される。往時の彼の姿を知るものにとってはたまらない映像だ。見ながら涙が噴き出してくる。 彼は奥さんに抱きかかえられ、ベッドに横たわる。 しばらくして、震える手で湯呑みを持ち上げ、かすかにお茶をすすった後、彼は聴き取りにくい話し方で、こう述懐する。 「今みたいな状態の時は表情がなくなる。」 「仮面状態になる。」 「息がつまって苦しい。」 「しょうがないんで、ギャグでもやるか」 こういいながら、彼は表情のない顔をカメラの方に向け、やおらにこっと茶目っ気たっぷりの顔で笑う。 ああ、やっぱり、あのエイブンさんだ。 そう思った時、「もういちどつくりたい」というタイトルが流れる。 これが番組の冒頭シーンである。 彼を尊敬する若手ディレクターの「愛」を感じる構成だ。彼もおそらく緊張しているのだ。あのエイブンさんを被写体としたドキュメンタリーをどう構成するか。とくにどうやってこの番組を始めればいいのか。ああでもない、こうでもない、と試行錯誤を重ねた跡が伺える。そして、彼のたどりついた結論はこうだ。 もっとも悲惨な姿から始めよう。そして、比較的普通の状態の彼の姿をその後にもってくることで、見る者を安心させよう。 その意図はよくわかった。リスペクトの感じられる作り方だった。そして、私は一時間半みじろぎもせず、そこに座り込む羽目になった。途中でビデオを止めてトイレに行くことすらできなかった。 彼は九州大学で脳に電極を入れる難手術を行い、それに成功する。しかし、言語の障害はさらに進行する。そのなかで既になくなった障害児だった娘さん(優ちゃん。ちなみに次女の名前は「愛ちゃん」、弟は「慶ちゃん」。あんたんとこの子供はみーんな、名前に「こころ」のはいっとうね、と言われて気づいたという奥さんのことばが紹介される)のドキュメンタリーを五年ぶりに撮り始めるというところで番組は終わる。 そこにははにかみやで、気弱で、不安そうなエイブンさんがいる。そして、エイブンさんに対するさまざまな人々の愛が、そして優ちゃんに対するエイブンさんの愛が描き出される。いろんな方向からいろんな方向へ投げかけられる「愛」がテレビの画面に徐々にひとつの絵を描き出していく。 それは優ちゃんの描いた絵だ。くっきりとした輪郭、あざやかな原色、彼女の目に、心に映じたまったく屈折のないまっすぐな絵。人の顔、野菜、花。みんな同じ目と同じ視線で、太陽光線に当たった姿をそのまま鏡で反射させて、それをキャンバスに描き出したような絵だ。 彼女の存在が彼に仕事をさせたのだという。 「親はあっても子は育つ、ですよ」 こういう言葉遣いはまさにエイブンさんそのものだ。彼はリハビリを兼ねて下の娘さんの買ってくれたカラオケで歌を唄う。 彼のおはこは実は私の大好きな曲でもあった。それを知ってうれしくなってしまった。福岡にいた頃、私もこの歌を何度も何度も口ずさんだものである。 その曲は「石狩挽歌」。 番組を見終わって、今まで思っていた以上に、中学生から高校生の頃見た彼の番組に深い影響を受けていたことに気づいた。 どうかエイブンさんの新作が無事完成しますように。そのタイトルはおぼろげな記憶では「優しいひとへ」だったろうか。「これはラブレターだ」と彼は言っていた。 こころの底から愛する人へせつせつと自分の想いをつづる。もしもそういう行いを妨げるものがあるとすれば、それはいったいなんなのだろうか。われわれはそういう力についに屈しなくてはならないのだろうか。 私にはよくわからない。ただ、自分がこころの底から愛するもののことを深く想いつづけたい。私にできることはただそれだけである。それをあきらめることは、生きることをあきらめることではないだろうか。画面に映るエイブンさんの「あきらめない」顔を見ながら、そんなことを考えていた。 番組の中頃で一緒に仕事をした仲間がこういう。 「あの人はとにかくしつこかったですよ、映像に関して。なかなかあきらめんとですよ。ねばってですね。博多ではそういうことを「ひちこい」っていうとですよ。いやー、ひちこかった」 私もまた深く想いをいたすものに対して「ひちこい」人間でありたい。そう思うのである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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