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カテゴリ:その他
「せんせー、ちょっと、いいっすかー」
「なんだ、○○、しけた顔してんなー」 「いそがしいとこ、わるいんすけどー」 「ほんと、いそがしいんだよ、いま。上がアホばっかだから、そのしわよせがみんなオレんとこ来てて、どうしようもないの。また、こんどひまなときにこいよ。」 「ずいぶん、つめたいっすねー、ちょっとくらいいいじゃないすかー」 「うっせーな、ったく、なんだよ、いったい。まあ、そこ座れよ」 「あ、どうも。あのですね、先生、オレ最近思うんすけど、世界中に人間っていっぱいいますよねー」 「ああ、いっぱいるな。くさるほどいる。くさったやつもいっぱいいる。それがどうかしたか。」 「そのいっぱいいる人間のなかでですねー、本当の愛にめぐりあえる人間っていったいどのくらいいるんでしょう」 「3パーセント」 「は?」 「だから3パーセント。100分の3。どぅーゆーあんだすたん?」 「いや、先生、それちょっとおかしくないっすか。ふつうですね、本当の愛にめぐりあえる人間がどのくらいいるかって、オレが質問したらですよ。『なんだ、いきなり』とか『なんかあったのか』とか『彼女にふられたのか』とかいわないっすか、ふつう。それがナチュラルな日本語会話っちゅうもんですよ。」 「だって、おまえはなんかあって、そのなんかっていうのは女の子に振られたことなんだろ」 「えっ……」 「そんなことは、一目見ればわかるよ。わかりきったことたずねてもしかたないだろ。それでそこはカットしたわけ」 「はあ、でもですね、それはいいとしても、いきなり3パーセントって具体的な数字あげるの、やっぱ変じゃないっすか。それじゃ、なにがなんだかさっぱりわからないっすよー」 「だって、おまえはほんとの愛にめぐりあえる人間の確率が知りたいんだろ」 「ええ、まあ」 「だから3パーセント」 「だからー、それじゃわかんないっすよー。何を根拠に3パーセントっていいきれるんすかー」 「なんだおまえ、根拠が知りたいのか。それならそうと早くいえよ。」 「はあ、いちおう根拠知りたいっす」 「まあ、100分の3っていうことは100人のうち3人ってことだけど、頭の中でいきなり100人という人間を思い浮かべろっていってもけっこうたいへんだよな」 「はあ、ちょっとイメージしにくいっすねー」 「じゃあ、考えやすくするために、10人か5人にしよう。とりあえずお前の知り合いでもクラスメートでもなんでもいいから、同年代の人間を10人か5人、ま、めんどくさいから5人にすっか。アトランダムにイメージしてみ」 「5人すか。えーと、あいつとあいつとあいつとと、だいたいイメージできました」 「とくに目立つ奴とか、とくに不細工とかじゃなくて、できるだけ平均的な集団にしとけよ。全員刺青とか入れてると話がややこしくなる」 「はあ、とりあえず刺青はないっす。」 「その5人のうちなー、本当の愛に出会える奴って何人いると思う?」 「へっ、5人のうちすか、これはきびしいっすねー、一人もいないかもしれない。」 「そんな気するよなー、たしかに。でもだな、人生には希望が大事だ。ここはひとつ、ちょっと多めに見積もってもかまわん。そうすると、どうなる」 「えっと、甘めに見積もっても一人かな」 「そうだよなー、一人いれば上出来だよな。これを10人に増やすとどうかな」 「そうっすねー、5人に一人がちょっと甘めだったから、10人に一人か二人ってとこすかね」 「まあ、そんなとこだろ。さて、甘めの見積もりでいくか。5人に一人ということは五分の一ということだ。だけど、これは自分のこころの中に本当の愛をみつけた人間だ。そうだよな。」 「あ、はい」 「でも、愛は一方通行では意味ないわけだ。この五人に一人は片思いでほんとの愛に出会える確率。これが相思相愛の場合だとどういう確率になる?」 「えっとー、五分の一かける五分の一で二五分の一かな」 「おっ、計算速いじゃん。その通り。でももともと甘い見積もりだったんだから、一〇人に一人でも計算しておくと、十分の一かける十分の一。いくつになる。」 「一〇〇分の一っす」 「お、すげーな。おまえ、冴えてんじゃん。愛を断念した分、頭まわってるんじゃないの」 「あのー、先生、そういう笑えない冗談はやめてください」 「あー、すまん、すまん。えーと、二五分の一はすなわち一〇〇分の四、だけど、これはちょっと甘めだからすこし押さえよう、そうだな。一〇〇分の二か三にしとこうか。若者の未来に配慮して、その中でちょっと明るいほうの数値をとることにしよう。一〇〇分の三。つまり、3パーセントだ。」 「あー、そういう話になるんすかー、なるほど。」 「けっこう妥当な数字だとおもわんか」 「そっすねー、けっこうリアルかもしれない」 「だろ、だから本当の愛に出会える人間は3パーセントくらいなんだよ、実際の話。」 「ふーん。」 「でだなー、その愛が破局を迎える。そう仮定してみるな」 「あ、先生、なんか胸のあたりがずきっと痛むっす。」 「おまえ、狭心症じゃないか。とにかく破局したと仮定してだな、もう一回真実の愛に出会う確率は何パーセントになると思う?」 「えっとー、百分の三かける百分の三だから一万分の九。〇、〇九パーセントっすか。」 「そ、およそ〇、一パーセントだ。千人に一人。」 「うわっ、絶望的じゃないっすかー、先生」 「そうかな。宝くじよりはぜんぜん確率高くないか。しかもだな、本当の愛が幸せかっていうと、これはちょっと考える余地があるぞ」 「なんでですか。」 「これだからな、未経験者は。だって、本当の愛ってのは、ほとんどあらゆる規制や縛りをぶち破るくらいのパワーをもってるんだぞ。おそらくそれはこじんまりした小市民的生活とはあんまりなじまないものだと思う。愛の命じるところにとことんつきあおうとしたら、生活も壊れるかもしれんし、社会からもそっぽ向かれるかもしれん。そうはおもわんか。」 「はー、ほんものなら、そういうこともたしかにありえますねー」 「だろ、この世にたくさんいる人間のうち、真実に耐えられる人間がどれくらいいると思う。おそらく3パーセントもおらんだろう。そして愛に耐えられるのも3パーセント未満。真実の愛に耐えられるのはつまり〇、〇九パーセントということになる。千人に一人だ。するとだな、真実の愛に出会える確率が一〇〇分の三、つまり千分の三〇、この中でそれに耐えられるのが一人しかおらんということになる。二九人は出会ったはいいが、脱落するというわけだ」 「はあ。」 「するとだな、真実の愛よりももっと日常的なほんわかした幸せを手にして、ちょっと物足りないなーというくらいの生活をしたほうが、ふつうの人間にはふさわしいとはおもわんか。」 「そういわれると、そっすねー。オレもとくに何ができるというわけでもないし、とりえもすくないし。」 「同じクラスのA子さー、お前のこと、けっこうかっこいいっていってたぞー。バスケうまいって。」 「え、まじっすか。先生。」 「な、だから、もうすこし現実的な幸せを追求しろよ。しけた顔してないでさー」 「なんかすこしだけ、やるきでてきたっす。じゃ、先生、お忙しいところすいませんでした。」 「おっ、おまえの敬語なんて聞くのいつ以来だろ」 「先生、最後にひとつ聞いていいっすか」 「なんだ」 「先生は、その一〇〇〇分の一に入る自信ありますか。」 「あるよ」 「へ、あるんすか。すっごい自信すねー」 「だって世の中には人間はごまんといるけど、オレは一人しかいないもん。確率なんか通用しないよ。オレは本当の愛に出会えると信じてるもん。根拠なしで。いいか、客観的判断には根拠はいるけど、個人的信念には根拠はいらないの。オレは自分を信じてるもん。」 「なんだか、よくわかんないっすけど、先生もとりあえずがんばって生きてくださいね。」 「なんだよ、その言い方」 「ちょっと悪いと思ったから言わなかったすけど、最近の先生も、かなりしけた顔してましたからねー」 「なんだと、このやろう」と言いかけたら、○○は脱兎のごとく駆け去った後だった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.07.11 21:47:29
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