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その2
閑話休題。この二人の対談となれば、当然「あの人」が出てこないはずがありません。この後、もちろん出てきます。「あの人」が。 「内田さんはそうやって人格の陶冶というか人間修行というような感じでレヴィナスの翻訳に打ち込んでこられたわけですから、他人の訳を直すなんてことは考えられないでしょうね」 「そうですね。とにかく没入してますから。そして原本の著者の知的容量は自分のそれよりもはるかに大きいわけですから、自分の意識を細かいクラスターに割っていって、相手の世界の隙間にまるでリキッドみたいな状態にして潜り込ませるわけですよ」 といったディープな話の後で、 「そういえば柴田さんは「あの」村上春樹さんの翻訳を直したりされるんでしょう。いったいどんな感じでやっておられるんですか」 おお、ついに出た。 「えっとですね。ちょうど中日の中村というピッチャーがいたんですが、ご存じですか。あれとキャッチャーの木俣がバッテリーを組んだ時というのは、試合時間がすごく短かったんですよ。どうしてかというと、中村は自分の腕を振りかぶって、そこで始めてキャッチャーのサインをちらっと見るんですよ。それまでは全然見ない。当然、そこで首を振るなんてできないわけですよね。そのまま投げる。だから一時間半くらいで試合が終わっちゃうんですね。ぼくと村上さんが組んで訳してる時って、ちょうどそういう感じじゃないかなーって気がしますね」 「でも、たとえばですね。ぼくなんか技術書の翻訳なんかやってて、『内田さん、ここ誤訳ですよ』とか指摘されたら、やっぱりショックでね、『あー、そうですねー』とかいいながら、話題が続かなくなって、沈黙がちになって、顔にこう縦線とかが入っちゃったりするんですけど(笑)、そんなことないわけですか」 「ああ、村上さんはその点はすごいですよ。なんといったらいいんだろ、『ready to be corrected』っていうのかな。(すいません、このあたりうろおぼえです)とにかく『直される準備ができてる』人っていったらいいんでしょうか。私が『こことここがこういう感じでちょっと』というと、『ああ、そう』といってじっと考えて、さらさらって直しちゃいますね。顔に縦線とかそんなのまったくないです。それはすごいですよ。」 一字もメモをとらずに記憶に頼って書いているので話の順序がちょっと変わってしまっているような気もするが、村上ファンには実に興味深い話がさらに柴田さんから出て来る。 「えーと、『グレート・ギャツビー』の訳ですね、あれ、すばらっしいですよ。村上さんの訳」 「えー、ギャツビー訳してるんですか」と内田先生、思わずのけぞる。さすがの内田先生も「村上朝日堂」はチェックなさっていなかったご様子。 「いつ出るんですか、それ」 「今年かな、来年かな。それで、すばらっしいんですよ。実に、その訳が。村上さんの訳の特徴は文章が複雑でややこしくて訳しにくいところの訳文が実になんというかすばらしいんですね。どうしたらこんなふうに訳せるんだろうと思うくらい。そして、簡単なとこ、数字のとこなんかでミスしてるんですよ(笑)」 柴田先生は日本でも数少ない、既に村上訳「グレート・ギャツビー」を読んでいる方だったのだということに改めて思い至る。その当人の「あれ、すばらっしいですよー」という言い方を聴いた瞬間、私の脳裏にははるか彼方の遠い灯を見つめるギャツビーの描写が浮かんできた。きっとあの部分もすばらしい日本語になってるんだろうなーとしみじみと思わせる、それはそれは気持ちのこもった二度にわたる柴田教授の「すばらっしいですよー」でありました。 まだまだいろんな話が出たんですが、ちょっと書ききれないので、最後に30分の質疑応答の様子を少し。 レヴィナス先生の翻訳の話をされる際に、内田先生はお得意の「知的肺活量」の話を披露される。ご存じの方も多いだろうが、「ポセイドン・アドベンチャー」で神父が転覆した船の水底に潜る。向こう側に出口が開いているのかどうかはわからない。半分まで潜ったところで選択肢は二つある。そのまま引き返せば、少なくとも元には戻れる。でも、「えい」と思って向こう側へ行くと、たいていの場合、なんらかの出口が見つかる。そういうことがレヴィナス先生の翻訳でも何度もあった。わからない部分があって、それは語彙や文法レベルではなく、もっと本質的な難解さなのだが、機械的なことばの置き換えで済ませてしまう方法もある。しかし、それでは永遠にこの大きな岩の向こう側の風景を見ることはできない。えいやっと向こう側に泳いでいくと、なんとかそれにふさわしい表現が見えてきて、その瞬間に見たこともない世界が眼前に広がる。その瞬間にレヴィナス先生の背後にある古代ユダヤの世界から連綿と連なる知の巨大な連関に自分が触れた気がして深く感動するーーという話である。 その話を受けて、聴衆の中から「先生の、そのなんといったらいいのでしょうか、根拠のない自信はどこからくるのでしょうか(笑)」という質問が飛ぶ。 「えーと、それは質問というか、ほとんど詰問だな(笑)。でも、ほんとよく聞かれるんですよ。あなたのその根拠のない自信はいったいどこからくるんだって。お答えしますけど、それはおそらく家族ですね。私のうちは父、母、兄と私の四人だったんですけど、私は幼いころから愛情を注がれて、かわいがられて育ったんですね。社会から承認を受ける前に、家族によって完全に承認されたんです。だから、あえて社会から承認を受ける必要性を感じないんですね。それで100人のうち99人があっちへ行っても、私一人「え、ふつうこっちだろう」と思って反対側に行くのはなんともないんです。おそらく幼い時に家族からひたいのこのあたりに「合格」という印を押されてしまったのが、根拠のない自信につながっているのではないでしょうか。あなたももしお子さんをお持ちでしたら、思いっきり甘やかしたりすると、その後とんでもないことをしでかして、親を楽しませてくれますよ」 以上、まだまだ面白く興味深い話もあったのですが、それはまたの機会ということに。 拙い文章ではありますが、内田先生の話を直接聴く機会に恵まれない方々に当日のなごやかで親密な会場の雰囲気が少しでも伝わればと思って、よちよちと書いてみました。ほんとうに感銘を受けた話はまだ書いていないのですが、それはまたいつかゆっくりと考えた後で文章にしてみたいと思います。しかし、ほんとうに愉しい愉しい一夜でした。 「仕事の帰りにこんなに元気な姿は見たことがない」 帰り道、そう断言された私でありました。
私も行きました。私は柴田先生のお話が聞きたい一心で行ったのですが、内田先生の師弟論に感動しっぱなしでした。ホントにすばらしお話でした。ところで気になったんですけど、出るのが今年か来年なのは「long goodbye」の方じゃなかったでしたっけ?「ギャツビー」は来月と仰っていたような。うろ覚えで自信ありませんが。(2006.09.23 20:28:11)
クマダイサムさんへ
ほんとにすばらしかったですね。内田先生の師弟論は先生にとってはコア中のコアな話で、私ははっきりいって舞い上がってましたので、御指摘の件、「そうかもしれない」と思っています。たしか「ギャツビー」は11月か12月には出ると以前聞いた覚えがありますし、その時に「あれ?」と思った記憶がありますから、おそらくはクマダさんの記憶の方がたしかかと思います。でも、繰り返しになりますが、ほんとに愉しい一夜でしたね。すばらしすぎてなんだかうまく文章にできなくて、すいませんでした。(2006.09.23 21:01:12)
内田先生のブログから飛んでまいりました。ずい分前に1度コメントさせていただいたことはあったのですが。ちょくちょく拝読しております。
書かれている記事から、かなり細かくノートを取られていたのではないかと推察いたします。雰囲気が伝わってきて楽しく読ませていただきました。 村上春樹がThe Long Goodbyeを訳しているとは、ちょっと楽しみです。(気になる箇所がいくつかあるので。)今年から来年あたりですね。これはチェックしなくてはと思いました。(2006.09.25 22:56:36)
自己レスです。すいません。名前が途中で切れてしまったもので。shibaといいます。(http://blog.goo.ne.jp/shiba_azzurro)(2006.09.25 22:59:34)
shibaさんへ
コメントありがとうございます。お名前は覚えております。内田先生の記事読んでいただいたんですね。会場で回りを見回すと、熱心にメモをとっていらっしゃる方もおられました。特に若い方が多かったようです。しかし、私は恥ずかしながら一字のメモもとっておりません。すべて記憶をもとに書きました。メモをとるよりも、当日のお二人、とくに内田先生の語りの「波動」を体で受けとめるほうが大事だと思いましたので。そのために細かいところはまちがいがあるかもしれません。でも、メモなしでもそれだけ記憶に残るほど、すばらしい一夜だったということはいえると思います。 それでは。また。(2006.09.25 23:09:08) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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