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M17星雲の光と影

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2006.09.21
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カテゴリ:その他
その1

水曜日、会社の帰りに内田樹先生と柴田元幸さんの対談を国際文化会館へ聴きに行く。都営大江戸線に乗って麻布十番の駅で降りる。こんな駅で降りるのは生まれて初めてである。地上へ上がり、鳥居を右手に見ながら西進、右に曲がって鳥居坂を登る。かなり急な坂道で息が切れる。右手に東洋英和の校舎が見えてきたと思ったら、左側に会場の国際文化会館が現れる。

着いたのは17:55分頃。開演は18:30だから、まだ30分以上余裕がある。軽く食い物を腹に入れるか、いい席をとるかの二者択一だが、迷わず後者を選ぶ。なにしろ内田先生の尊顔を拝す機会などめったにないことなのだから(今回で二度目)、謦咳に接するべく、至近距離の席を確保することを優先する。受付は始まったばかりであり、100名前後入る会場内には、まだ5~6人の姿しか見えない。中央やや左手、前から3番目の「S席」を確保し、読みさしの司馬遼太郎『昭和という時代』を開きながら、開演を待つ。

定刻を5分ほど過ぎた頃、突如、右手に大きな男性の影を感じる。左には小柄な男性の姿も。

「先生は、右左どちらがいいですか」
「私は、どっちでもいいですよ」
「じゃ、私が左ということで」

おお、内田先生の声だ。顔がやや赤く見えるのは日焼けのせいだろうか。相変わらずの堂々たる偉丈夫ぶりである。濃いグレーのジャケット姿だ。柴田さんは思ったよりも小柄。そそくさと右側、こちらから見ると中央の左側の席につかれる。やや遅れて内田先生が向かって右側にどっこいしょと着席。5~6メートルの至近距離である。うう、いやがおうでも緊張と興奮が高まってくる。

このお二人の登場の印象をどう伝えればいいか。やや古い野球のファンの方にしかわからない比喩を使えば、ロッテの村田兆司投手(いわずとしれた「まさかり投法」の剛球投手)と中日の木俣捕手(地味で職人肌のキャッチャー)が並んでグラウンドに向かって歩いてくるという感じだろうか。

対談の様子もほぼそのイメージでとらえてもらえばいいと思う。ハンドマイクの占有率は先生が7~8割、柴田さんが1~2割というところ。時折キレのあるスピードボールやぐいっと落ちるエッジの効いたフォークボールを先生が投じ、それを柴田さんがひょいっと受けとめる。ほぼそういう流れで試合は展開する。

このブログを読まれている方の中には内田先生のファンも多いと思われるので、ここで僭越ながら先生のヴィジュアルの印象について一言述べさせていただく。

これまで何度も書いたとは思うが、内田先生は私の心の師であり、私が「先生」という時には、自動的に内田樹先生のことを指す。もちろんこれは私の勝手な思い込みであり、メールのやりとりはあるけれども、直接お話ししたことはない。あふれんばかりの尊敬と敬意の気持ちを抱いているのはいうまでもないが、そればかりを書いていたのでは「実際、どんな人なのか、さっぱりわからないじゃないか」といわれそうである。敬意をとるか、リアリズムをとるか。しばらくは後者を選択してみることにしよう。(失礼な物言いがあったら、先生ごめんなさい)

えっとですね、これはあくまでも、たとえですからね、たとえ。もしも地球上に人類が三人しか生存していなかったとします。そして、その三人が内田先生、おすぎ、ピーコだったとしますね。そうすると、先生は外見的にはおすぎに、仕草としゃべり方はピーコに少しだけ似ておられます。(わーん、先生、ごめんなさーい。)

誤解のないようにいっておきますが、これは極端な仮定の上に立った上での話ですからね。その点をお忘れなく。でも、この三者に共通するのは、とってもたのしそうにうきうきと話をするというところにあります。昨日、聴き終わって帰る時には、こちらのこころもうきうきと弾んでいました。たとえそれが人の悪口であったとしても、とにかくおしゃべりするのが楽しい!という感じで話されると、なんだかこちらまで気持ちが浮き立ってきます。

昨日再確認したことは、先生はやっぱり「女の子」だということです。これも誤解を招きそうな言い方ですが、先生の笑い方をちょっと再現してみますね。みなさんもできたらご一緒に。

先生は自分で話している時によく笑われます。自分の言ったことに対して「うふ、おもしろいっ」という感じで笑われるんです。その時のしぐさは、まず目をつぶります。そして少し首と肩をすくめます。体の中心に向かって体全体を少し縮めるような感じで。そうです。できたら膝なんか少し持ち上げてみてもいいかもしれません。ややデフォルメすると両手をそろえて、手のひらを握って顔の方へ向け、あごの下あたりにもっていってもいいでしょう(先生もさすがにそこまではなさりませんが)。その姿勢で、はい、「うふふふふ」と声に出して笑ってみましょう。はい、「うふふふふ」。そう、よくできました。どうですか、これって「女の子」笑いですよね。私にはまったく真似できません、この「うふふふふ」笑いは。でもそれをとっても自然に、ほんとうにたのしそうにやられると、こちらまでこころの中が「う」と「ふ」の二文字で満たされてきます。

それでは肝心の話の中身のほうへ移ることにします。(しかし長い前振りだな)

当日の一応のテーマは「翻訳」と「文学」だったので、まずは翻訳の話から。

「柴田先生はとにかく本をよく出されます。私もこの三年くらいたくさん本を出していて、年に十冊くらいは出していると思うんですが、柴田先生はそれよりもハイペース。先週送ってもらった本をぺらぺらと開き始めると、次の週には新しい本が来て、その次の週にもまた本が、という感じ。どういうペースで仕事されてるんですか」

という内田先生に対して、柴田さん。

「えー、世間では『ムラカミハルキのコバンザメ』と言われている柴田です。(笑)まあ、年間15冊くらいですかね。でもほんとはもっと速く訳したいんですよ。昔は手で書いてて、それではおっつかないのでワープロにして、それでもまだ遅いんで、最近はちらしの裏なんかに手でわーと書いて、それを奥さんに打ってもらってます」

「えー、先生、手書きで書いてるんですか。それで打つより速いんですか」

「もちろんすごい字で、漢字なんかみんなひらがなで、変換してもらう印に下に線だけ引いとくんですけどね」

うーん。私でもキーボードだと手書きの二、三倍の速さで文章が書けると思うんだけど、それよりも速い手書きっていったいどういうんだろう。それにしても奥さんもかなりの重労働ではないだろうか。

「でもとにかく速く訳したいという気持ちはずっとあるんですよ。速さって大事だと思うんです。だって、自分が原書読んで、面白いなということを伝えたくて訳してるわけですよね。だから、できたら読む速さで訳したいな、ぼくは。」

「読む速さで訳す」――すごいことばである。

その後は、先生が大学卒業後、翻訳会社で翻訳をなさっていた話、大学の英語のテストの「ヤマ」を次々に当てて、「内田は英語ができる」という伝説が生まれたという話(「書き手の念がこもっているところはぱっと見るとだいたいわかるんです」)、そして、ついにレヴィナス師の著書と出会い、その翻訳を通して人格が陶冶されるような強い人間的影響を受けたという話、そしてレヴィナス師にパリまで会いにいくという佳境へとなだれこんでいきます。おおよそは過去の日記や本で読んだことのあるエピソードだったのですが、さすがにナマの語りで聴くと、感動や興奮が直に伝わってきます。聞き覚えのあるエピソードが新たな「熱と輝き」を帯びてよみがえってくるという感じ。このあたりは時を忘れて聞き入ってしまいました。

ということで、ここまで話しているのはほとんど内田先生です。

「レヴィナス先生の『困難な自由』を最初に訳した時のことですけど、訳してみると200字詰めの原稿用紙でこんな(20センチくらいだろうか)の山になったんです。でもそのころ助手やってて、子どもも生まれたばっかりだったんで、忙しくて、そのまま押し入れに入れといたんですね。そして二年くらい、そのままほっといたら、さすがに国文社の編集者から催促の電話が入りました。それで押し入れから取り出して読んでみたんですが、これが二年前にわからなかったところがいくつもわかるようになっているんです。自分で訳した訳文がですよ。訳してた時にはわからなかったことが少しわかるようになってる。それでその原稿用紙の山を捨てて、もう一度最初から訳し直したら、前よりもだいぶましになってるわけですね、これが」

「え、全部捨てちゃったんですか。赤入れすればよかったんじゃないですか。もしですね、その頃パソコンがあってそこにファイルを作ってたとしたら、そのファイル捨てましたか」

「うーん、それを修正するんじゃあ、たぶんうまくはいかなかったと思いますね」

私は深くうなづく。柴田さんが驚いた「原稿を捨てた」という箇所で、実は私は深く共感していたのである。「うん、やっぱり捨てるか」という感じで。このへんは感覚の違いかもしれないが、そこで原稿の束をどさっと捨てちゃうのが先生の先生たる所以であり、私が尊敬してやまないところでもあるわけです。






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Last updated  2006.09.21 20:58:48
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和久希世@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) >「彼はこう言いました。「それもそうだ…
kuro@ Re:「チャンドラーのある」人生(08/18) 新しいお話をお待ちしております。
あああ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 非常に面白かったです。 背筋がぞわぞわし…
クロキ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 良いお話しをありがとうございます。 泣き…
М17星雲の光と影@ Re[1]:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) まずしい感想をありがとうございました。 …
映画見直してみると@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 伊集院がトイレでは拳銃を腰にさして準備…
いい話ですね@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 最近たまたま伊丹作品の「マルタイの女」…
山下陽光@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) ブログを読んで、 ワクワクがたまらなくな…
ににに@ Re:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) 文句を言うだけの人っているもんですね ま…
tanabotaturisan@ Re:WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW(07/01) キャロルキングの訳詩ありがとうございま…

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