男の子は助手席に座り、大事そうに紙袋を膝の上に乗せました。
おじさまはおなかを引っ込めながらシートベルトをかけます。 「真夏。ひとりで全部食べるな。ちゃんと母さん達にもあげるんだぞ。」 「そう?太ったって気にしてたよ、母さん。鞠香は元からだけど。」 男の子は窓の外を眺めています。 ああ・・あのオレンジのスライスの乗ったタルトも良かったな。 スライスの下はバニラビーンズを加えた フレッシュなクリームがベストだ。 甘酸っぱいオレンジに甘いクリームのあわせ技。いいかも。 「・・おい真夏。母さんはタルトの固いのがいいんだろう?」 「固いんじゃなくてさ。」 「ちゃんと母さんにもあげなさい。折角買ったのに。 どうしてお前が全部食べるんだ。」 「だーから。母さん太ったよ。おやじが毎日ケーキ食わせるから。」 おじさまはハンドルを ぎゅうううと握って叫びました。 とても悔しいご様子です・・。 「そうなんだ。どうしてだ。 昔の母さんは・・こう、すらっとして・・なのに。 真夏が毎日甘いものを食べるから、母さんは、ぶうちゃん だ。 見るも無残だ。 真夏。お前のせいだ。父さんの思いをどうしてくれる。」 男の子は、こんな近さで叫ばれて困惑しています。 しかも車内で・狭いのです。 それに・・この人に早く運転させて帰宅しませんと、タルトが 自分の肌の温度でぬるくなります。 それは・・・避けなければなりません。 「だ・大丈夫だって。気になんないよ。俺以外の家族、 みんな ぶうちゃん じゃん。」 おじさまは自分のおなかをたたきました。 ごむまりのような、 ぼみょん ・ ちゃぷん と音がしました。 「真夏。覚えてろよ。そのうちお前も仲間だ。」 動き出した車に安心した男の子は、また窓の外を眺めようと 横を向きました。 ・・確かに俺だけ太らない・・・。 まあいいか。 物事を深くは考えない。その場を切り抜けられればいいや。 ひょうひょうとしたこの子は 真夏 です。 女の子のような名前をつけてもらっていますが、男の子。 毎日夕方の学校帰りに、おじさま・・お父さんの会社に寄っては ケーキ屋に連れ出す高校生の男の子。 お父さんとは似ても似つかぬきれいな顔立ちのおかげで、 お父さんの会社でも有名な・・真夏です。 先ほどまで狭い車内で繰り広げられた押し問答を、 お店の中から見ていた 男の子がいました。 真夏と同じ学校の制服を着て、眼鏡をかけた長身。 タルトを注文しませんし・・それどころかタルトに見向きもしないで 窓をなめるように見ている この男の子に・・店員さんは。 <この子もかっこいい顔をしているのに。なんてお気の毒。> と哀れに思いました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006/03/31 03:50:32 PM
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