私的BAR入門講座(18):BARと酒をめぐる雑学(2)/2月13日(金)
その18:BARと酒をめぐる雑学(2) ◆洋酒に出会った最初の日本人は? 1549年(天文18年)8月、宣教師フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸する。ザビエルはワインを数多く持参していた(ただし、当時は保存技術も発達していなかったこともあり、長い距離を運ぶことを考えれば、おそらくは温度変化に強いポート・ワインかブランデーに近い酒精強化ワインではなかったか)。 そしてザビエルは1カ月後、薩摩藩主の島津貴久に謁見する。布教の許可を得るために、ザビエルがワインを献上したことは十分に考えられる。従って史実にもとづく可能性という点では、日本で最初に洋酒を味わったのは、おそらく藩主・島津とその重臣らだったのではないかと、うらんかんろは想像している。 ザビエルはその後、約1年間鹿児島で宣教活動した。ワインはミサで使うだけでなく、布教のための“道具”として家臣らの接待に使ったに違いない(来日翌年には、周防・長門の大名・大内義隆にワインを献上した記録も残る)。他にも織田信長や豊臣秀吉らが、謁見した宣教師や南蛮貿易の商人らと一緒にワインを楽しんだという話は有名だが、一般庶民がワインを味わえるようになるには江戸末期まで待たなければならなかった。 ◆日本の酒に出会った最初の西洋人は? 一方、外国人が最初に飲んだ日本の酒は、おそらくはザビエルが来日する6年前の1543年(天文12年)、種子島に鉄砲を持ち込んだポルトガル人が味わった焼酎か「どぶろく」だったのではないか。江戸期の長い鎖国時代は、オランダ人などごく一部の外国人が長崎・出島などで日本酒をたしなんだのだろうが、母国へ持ち帰って紹介するということはなかった。長い輸送時間中の保存技術がなかった時代だから、やむを得ないだろう。 その後、1853年(嘉永6年)と翌54年(同7年)、日本に開国を迫るため、米国からペリー艦隊が黒船を率いて浦賀沖にやって来た。ペリー提督一行をもてなすために、幕府が出した料理や酒の記録が残っているが、その酒とは「保命酒」(ほうめいしゅ)という備後・福山生まれの酒だった。「保命酒」についてはかつてブログで一度取り上げたが、熟成感のあるリキュールのような酒である。ロックで飲むとなかなか旨い。米国人が飲んだ初めての日本の酒であったが、果たしてペリーは「旨い」と言ったのかどうか。 ◆正倉院とワイングラス ワインは古代エジプトやローマの頃から飲まれていたことが分かっている。ただし、当時のワインは葡萄酒にハチミツやスパイスを壺の中で熟成させ、時には温めて飲んだというから、今のワインとはかなり趣の違った酒だったろう。我が国でも奈良の正倉院に保存されている御物のなかに、聖武天皇(701~756)愛用のワイングラス(白瑠璃碗)=写真右 ( C )宮内庁正倉院事務所=が残っている。 シルクロードを通って伝えられたササン朝ペルシャ(西暦226~651)時代のグラスで、御物の中でも「螺鈿紫檀(らでんしだん)五弦琵琶」と並ぶ超一級の文化財だ。ワインそのものはペルシャや唐の都・長安などではよく飲まれていたらしいが、残念ながら、聖武天皇自身がこのグラスでワインを飲んだかは定かでない。もし飲まれたという記録があるなら、洋酒を飲んだ最初の日本人ということになる。 正倉院御物の中にはワインの瓶のようなものもあるが、当時宮中でワインは飲まれていたのだろうか?(どなたかご存じでしたらご教示を!)。もし8世紀当時、渡来人によってワインが日本へ持ち込まれていたとしても、前項でも書いたように、長期輸送のための保存技術が発達していなかった時代。どんな味わいだったのか興味は尽きない。 ◆有名人とカクテル 有名人にまつわるカクテルはいろいろある。代表的なものを少し紹介しておくと――。 (1)マティーニ 英国の元首相ウィンストン・チャーチル(1874~1965)が愛したカクテル。彼はとてもドライなマティーニが好きで、最初は、ジン1に対して10~15分の1のドライ・ベルモットを加えるレシピ(普通はジン5に対しドライ・ベルモット1の割合)で飲んでいたが、そのうちドライ・ベルモットは加えずに、ただボトルを眺めながらマティーニを飲むようになったという逸話が伝わっている。 「007」のジェームズ・ボンドが愛したのもマティーニ。だが、ボンドのマティーニは、ジン90ml、ウオッカ30ml、キナ・リレ(ベルモットに似たワインベースのリキュール)15mlというちょっと変わったレシピ。ちなみに考案したのは原作者のイアン・フレミングという。映画では、ボンドの「Vodka Martini, shaken, not stirred(ウオッカベース、シェイクして)」という決めゼリフで有名なシェイク・スタイルのマティーニもよく登場する。 (2)フローズン・ダイキリ(マルガリータ)、モヒート ともにキューバのハバナに暮らした文豪アーネスト・ヘミングウェイがこよなく愛したカクテル。彼がフローズン・ダイキリ(またはマルガリータ)を飲むためによく通った「バー・フロリディータ」と、もっぱらモヒートを飲むために訪れた「バー・ボデギータ」では、今では観光客が、これらのカクテルを競い合うように頼むという。 (3)シンガポール・スリング シンガポールのラッフルズ・ホテル内の「Long Bar」で生まれ、このホテルに滞在した文豪サマセット・モームが愛したカクテルとして、あまりにも有名。しかし今日我々が飲んでいるレシピは、その後ロンドンのサヴォイ・ホテルのバーテンダーが改良したもので、オリジナル・レシピとは違う部分が多い。「Long Bar」では今もこのカクテルが人気No1という。 (4)ギムレット 創作上の人物だが、レイモンド・チャンドラー作の推理小説「長いお別れ」に出てくる探偵、フィリップ・マーロウが好んだカクテル。「ギムレットには早すぎる」というセリフがあまりにも有名。 (5)テキーラ・サンライズ ローリング・ストーンズのミック・ジャガーが、1972年のメキシコでのツアー中に好んで飲んだことから、その後世界中に大ブレイクしたカクテル。その後、イーグルスがこのカクテルの名前を曲のタイトルにし、これがヒットしたことからさらに有名になった。 ◆日本のBARで人気のカクテルは? NBA(日本バーテンダー協会)の2007年度の会員アンケート調査によれば、各店でオーダーの多い人気のカクテル「総合ベスト10」は(1)ジン・トニック、(2)マティーニ、(3)ギムレット、(4)ソルティ・ドッグ、(5)モスコー・ミュール、(6)サイドカー、(7)ジン・リッキー、(8)ダイキリ、(9)スプモーニ、(10)マルガリータという順位になっている。最近の傾向として、ジン・ベースのきりっとしたカクテルが好まれる傾向にあるようだ。 これが女性客だけに限った調査だと、(1)スプモーニ、(2)ソルティ・ドッグ、(3)ジン・トニック、(4)チャイナ・ブルー、(5)カシス・オレンジ、(6)ファジー・ネーブル、(7)モスコー・ミュール、(8)カルア・ミルク、(9)カシス・ソーダ、(10)シー・ブリーズ、ホワイト・レディ(同点)だったそうな。ご覧のように、甘口、中甘口の飲みやすいカクテルにやはり人気は集まっていて、辛口、中辛口なのはマティーニ、ギムレット、ジン・リッキーくらい。貴方がカクテルの初心者であれば、こうした有名かつ人気のあるものの中から一つずつ制覇していくのがいいだろう。 上記以外で人気ランキングによく顔を出すカクテルは、ジン・フィズ、スクリュー・ドライバー、シンガポール・スリング、マンハッタン、XYZ、グラスホッパー、トム・コリンズ、カンパリ・ソーダ、カンパリ・オレンジ、キール、ボストン・クーラー、ブルー・ハワイ等々。しかしあまりポピュラーでないカクテルの中にも、美味しいものはたくさんある。知らないカクテルの中から、旨いカクテルを見つけた時は、砂金探しで金を見つけた時のような嬉しさがある。 ◆世界で・日本で人気のウイスキー 洋酒をまだ「舶来の酒」と言っていた1950~60年代の頃、酒には特級、一級、二級という格付けがあった(「従価税」制度=1990年に撤廃された)。その頃、日本国内の酒屋で売っていたウイスキーと言えば、ジョニー・ウォーカーの赤、黒、シーバス・リーガル、オールド・パーくらいで、値段もジョニ赤で6~7千円、黒だと1万円前後、シーバスやパーは1万5千円~2万円くらいする貴重な酒だった。 今では従価税も撤廃されて関税も下がり、並行輸入品も増えたおかげで、3分の1くらいの値段になったのは非常に嬉しい。さらに、国産でも素晴らしい味わいのモルトやブレンディドが造られるようになり、洋酒好きにとっては、今ほど幸せな時代はないかもしれない。 ちなみに、大阪のある有名酒販店での最近のウイスキー売れ行きベスト10は、モルトだと(1)山崎12年、(2)ラガヴーリン16年、(3)マッカラン12年、(4)余市12年、(5)グレンリベット、(6)タリスカー10年、(7)グレンフィディック、(8)ボウモア12年、(9)ラフロイグ10年、(10)白州12年という順位だった。ベスト10にアイラ島産のシングル・モルトが3本。ここまで人気が定着してくるとは…隔世の感がある。ちなみに世界一の販売量を誇るモルトは7位のグレンフィディックという。 一方、ブレンディドのベスト10は、(1)バランタイン、(2)シーバス・リーガル、(3)カティー・サーク、(4)響17年、(5)ジョニー・ウォーカー黒、(6)オールド・パー、(7)ニッカ・クリアブレンド、(8)デュワーズ・ホワイトラベル、(9)角、(10)ホワイト・ホースという。日本ではこのようなランキングだが、世界に目を向けてみると、J&B、フェイマス・グラウス、ベル、ブラック&ホワイト、ヘイグという銘柄も今なお根強い人気を保っている。【御礼&おことわり】「BARと酒をめぐる雑学」の項の執筆にあたっては、ここに記しきれないほどの数多くの先人の書物のほかに、様々な会社、団体、個人のホームページ(HP)を参考にさせていただきました。ここに改めて深く感謝の気持ちを伝えたいと思います。定説がないものについては断定的な記述をするのは避け、諸説あるものについてはできるだけ紹介したつもりですが、間違い・勘違い等がありましたら、遠慮なくご指摘くだされば幸いです。謹んで修正させていただきます。【その19へ続く】 ※20回で終了予定です。【おことわり】「正倉院の白瑠璃碗」の写真以外は本文内容とは直接関係ありません。・こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】