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人生朝露

人生朝露

『ダークナイト ライジング』と荘子。

荘子です。
荘子です。

↓の英語版のWikipediaの「うる星やつら」のページの参考の110番に、

参照:Wikipedia Urusei Yatsura
http://en.wikipedia.org/wiki/Urusei_Yatsura

「日本人は、クリストファー・ノーランの『インセプション(Inception)』は押井守監督の『ビューティフル・ドリーマー』の影響を受けているのではないかと信じている」ことの例として当ブログが挙げられています。不本意な形でのWikipediaデビューっす(笑)。

参照:インセプションと胡蝶の夢。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5062/

インセプションと荘子とボルヘス。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5074/

押井守の『ビューティフル・ドリーマー』や『攻殻機動隊』の影響が見られるのは、ウォシャウスキー兄弟の『マトリックス(Matrix)』の方です。

参照:『マトリックス』と胡蝶の夢。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5102/

クリストファー・ノーラン(Christopher Nolan 1970~)。
クリストファー・ノーランの作品は、アウトローの描き方や、俳優の使い方が北野武に似ていなくもないですが、押井守との直接の関連は見いだせません。ただし、ノーランの作品が『老子』『荘子』『列子』の主題と同じものを使い続けている以上、少なくとも『荘子』を読んでいることを前提に、今後も続けます。

参照:夢と記憶の東洋古典。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5123/

で、
『ダークナイト ライジング( The Dark Knight Rises)』(2012)。
『ダークナイト ライジング(The Dark Knight Rises(2012)』を鑑賞致しました。凄惨な銃乱射事件のせいで、興行的な成功とまでもいかず、また作品も前作に比べるとまとまりのないのはおいても、原子炉の使い方は日本人には理解しがたく、締まりのない状態で完結を迎えてしまいました。そこは残念なんですが、今までの『バットマン』のシリーズと比べると、ストーリーの要所だけでなく、思想的な背景も東洋的な作りになっていました。少なくとも、主人公がインドの山奥で修行して精神的な修練を乗り越え、悪との戦いに疲れ果て、ついには杖をついて隠遁までしてしまうあたりは、今までのアメリカのヒーローモノでは考えられなかった展開です(笑)。

『ダークナイトライジング』井戸のシーン。
たとえば、井戸の中からブルース・ウェインが這い上がってジャンプをするシーンなどは、手塚治虫の『火の鳥』黎明編のようであったり、自己犠牲のシーンなどはアニメ版の『鉄腕アトム』を彷彿とさせましたし、日本の少年漫画では多用される伏線のための回想シーンを効果的に使うなど、アメコミのヒーローというよりも、日本のキャラクターの描写に近い、繊細で心理的なものが多かったという印象があります。

『ウォッチメン(Watchmen 2009)』。
自分が、アメコミから実写映画化された作品の中で、東洋的だなと思ったのは、『ウォッチメン』からで、特にオープニングのボブ・ディランの“The Times They Are A-Changin(時代は変わる)”は、諸行無常を思わせます。

参照:Watchmen - Minutemen intro
http://vimeo.com/28234910

参照:スティーブ・ジョブズと禅と荘子 その3。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5100/

時代の偶像たちと、アメリカの近現代の虚と実、その光と闇がまるで走馬燈のように流れ続ける映像に、パックス・アメリカーナの「つわものどもの夢の跡」を感じます。『ウォッチメン』の監督のザック・スナイダーは、クリストファー・ノーラン製作・原案の『スーパーマン』のリメイク『Man of Steel』の監督ですし、これも東洋思想を意識した作品になる可能性はあると思われます。

『ダークナイト( The Dark Knight)』(2008)。
ま、いずれやりますが、前作の『ダークナイト』から『荘子』の記述に一致する箇所が見られます。

荘子 Zhuangzi。
跖曰「何適而無有道邪。夫妄意室中之蔵、聖也。入先、勇也。出後、義也。知可否、知也、分均、仁也。五者不備而能成大盜者、天下未之有也。」(『荘子』胠篋 第十)
→盗跖(とうせき)曰く「泥棒に道があるかって?そりゃ、どこに行くにも道はあるさ。部屋に何が置かれているかを推理できるのが聖。押し入るときに先頭に立てるのが勇。出るときにしんがりをつとめるのが義。うまくいくための作戦を立てるのが知。分け前をきっちり公平にするのが仁だ。この五つの徳がなけりゃ、天下の大泥棒になれるわけはねえよ。」

参照:THE DARK KNIGHT (2008) - Bank Robbery Scene
http://www.youtube.com/watch?v=v3-ClsRE9Yk&feature=related

さすがに、DVDが出るまでセリフ起こしはできませんが、『ダークナイト・ライジング』にも『荘子』のテーマと一致する箇所が見られます。

Zhuangzi
『今臣之刀十九年矣、所解數千牛矣、而刀刃若新發於研。彼節者有間、而刀刃者无厚、以无厚入有間、恢恢乎其於遊刃必有餘地矣、是以十九年而刀刃若新發於研。雖然、每至於族、吾見其難為、怵然為戒、視為止、行為遲。動刀甚微、・・。』(『荘子』養生主 第三)
→私はこの牛刀を、十九年使い続け、数千頭の牛を捌いてきましたが、いまだおろしたてのような状態でいます。牛の骨や血管の間には隙間があり、牛刀には厚みがありません。天が与えた牛の身体のつくりを心の目でとらえ、その隙間に厚みのない刃を走らせるのは実は十分にゆとりがあるのです。ここまでくると、十九年牛を捌き続けても刃こぼれなどしません。ただし、骨と筋が絡み合っている箇所に近づくにつれ、緊張をするようになります。視点を固定し、刃の進みを遅らせます。動かしているということすら分からぬほどに・・

これ、ある人がナイフを突き立てるえげつないシーンで、はっきり言っていました。

あとは、
Zhuangzi
『以忘親難、忘親易、使親忘我難。使親忘我易、兼忘天下難。兼忘天下易、使天下兼忘我難。夫徳遺堯、舜而不為也、利澤施於萬世、天下莫知也、豈直太息而言仁孝乎哉。夫孝悌仁義、忠信貞廉、此皆自勉以役其徳者也、不足多也。故曰「至貴、國爵并焉。至富、國財并焉。至願、名譽并焉。是以道不渝。』(『荘子』天運 第十四)
→親のことを忘れることはできるかもしれないが、親に子を思う気持ちを忘れさせることは難しい。親に忘れてもらうことができても、天下のことを忘れることは難しい。天下のことを忘れることができても、天下から<私>の存在を忘れさせることは難しい。(世俗の価値を超越し)その徳が至れば、舜や堯のような聖人の存在を気にかけることもなく、無為に徹するようになる。その恩恵は萬世にまで及び、(その巨大さ故に)天下の人々はその者の存在を知らずにいる(これこそが、天下に私の存在を忘れさせるというものである)。ため息をつきながら仁義や孝行の行いについて口出すまでもない。そもそも、儒者のいう孝悌、仁義、忠信、貞廉などの価値は、あるがままの人間本来のありさまから抜き出されたものであり、純然たる人間の存在にくらべれば、取るに足りないお題目にすぎない。故に古語にもこうある「真に貴さとは、玉座や爵位などにはない。真の富とは、一国の富に比すべきものではない。真の願いとは、世間のだれかに誉められるものではない。」このように、道(Tao)とは、永遠に不変である。

ここは特にキャットウーマンの願いにも表れています。また、ラストシーンの近くで、ジョン・ブレイクとのゴードン警部との会話にも「守ってくれている人の名前を知らない」という主旨のセリフがありまして、ほぼ同じ内容です。統治している者の名さえ知らない世界。『ダークナイト・ライジング』のテーマとも一致します。

破綻したストーリーが散見された『ライジング』のラストで荘子の重要な教え「至人に己れなく、神人に功なく、聖人に名はなし(至人は私の存在を顧みず、神人は功績を顧みず、聖人に名誉を顧みない)」が出ている限り、見逃すわけにはいかないのです。

「正義とは何か」「ヒーロー(聖人)とは何か」ということですよ。

いずれ推敲します。

今日はこの辺で。


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