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その日、シュリ・ノーグがギルドでの仕事を終えて帰宅すると、家の中に、金髪・茶瞳の美少女がいた。 いや、違う。少女にしか見えない少年、ギレイ・マドイがくつろいでいた。 「おかえり~♪」 そこが自分の家だとでも言うように、慣れた様子で口にお茶を運んでいる。 「ただいま。……どうしたんだ?」 ノーグ家に客人が来ることはよくあることなので、特に気にすることもなくシュリは家の中へと入り、荷物を片付ける。 久しぶりに午前中で終わる仕事だった。 年末年始は稼ぎ時なため、ノーグ家の長男であるシュリと、次男のカナルはとても忙しい日々を送っていた。 「僕が自分から来たんじゃなくてね……攫われてきたんだ。背の高い金髪の男に。」 そう言って、どこかうつろな視線で儀礼はアーデスを見る。 アーデスはバクラムと共に、儀礼から預かった『蒼刃剣』を持って、真剣な顔で話をしていた。 「僕に魔法陣がどうとか、魔力がどうとか、儀式魔法がなんだとか、聞かれてもわかるわけないのに。」 儀礼は疲れたような大きな溜息を吐いた。 その額には、大きな汗の粒が浮いている。 「お前、暑くないのか? なんでそんな、真冬みたいな格好してんだ?」 不思議そうにシュリは儀礼の服装に目を留める。 「いや、フェードはこの時期、この格好でも寒いから。いきなり連れて来られたからね。で、僕そのまま放置だし。」 空になったコップを机の上に戻し、儀礼は白衣を脱ぐ。 その下もまた厚手の長袖を2枚着込んでいた。 「家の中なら、日にも焼けないんだよね。」 言って、儀礼は薄でのシャツ一枚になった。それでようやく、ここ、グラハラアの温度に耐えられる涼しさとなる。 「相変わらず、細っそいな。」 ポツリと、思わずというようにこぼしたシュリの言葉に、儀礼はいじけて白衣を羽織ると外へ飛び出す。 「自分は大きくなるのがわかってるからって、ずるいよ!」 儀礼は涙を浮かべて叫んで行った。 慌てて後を追うシュリ。 自分がさんざん「バクラムノーグの長男らしくない」、「体が小さい」と、同じ様なことを言われてきて、嫌だったのに。 大きくなるから心配要らないと、力強く言ってくれた相手にそんな態度を取ってしまった。 シュリの父親である、『魔砕の大槌』バクラム・ノーグが、護衛につくほどの重要な人物。 一人で外をうろつかせるわけには行かない。 しかし、家を出たすぐの所で、儀礼は、バクラムと敵対する冒険者達に絡まれていた。 「お前、あの家から出てきたな。どういう関係だ?」 にらみを利かせて男の一人が儀礼に言う。 「なんの関係もありません。通してください。」 なんて感じで、儀礼は素通りしようとしているが、すっかり囲まれている。 「なんで……。」 思わずそんな言葉が出た。 冷や汗を流してシュリは苦笑する。 奴らがノーグ家の前まで来ることなど、めったにないのに。なんというタイミングだろうか。 助けに入ろうとするが、その前に、儀礼が懐から銃を取りだし、三人のがらの悪い男を瞬時に眠らせた。 その動きを見てシュリは、はっとした。 『飛び道具はなしに』 以前、シュリと儀礼が戦った時にアーデスがそう言った。飛び道具、銃。 それが本来の儀礼の武器。 ハンデをつけられていた。この時になって、ようやくシュリはそれを悟った。 「待てっ、ギレイ! 俺を侮辱する気か? もう一度、本気で戦え!」 儀礼の肩を掴みシュリが言う。しかし、 「……本当は僕、戦うの好きじゃないんだ。」 涙を浮かべた目で、切なそうにそう見上げてくる綺麗な少女の顔。 いや、捨てられた子犬のような顔と言うのかもしれない。 「う……わかった。」 仕方なく、シュリは諦める。 どうしてこれで女でないのだろうか。 今まで出会ってきた者のほとんどがそう思っただろう。 そう考えてからシュリはまた気づく。 自分がそうだったように、この少年もまた、そう言われる度に、自分を全否定されたような気分になっていたのだろうか、と。 (俺を認めてくれた奴なのに。) 「一人で歩いていいのか? さっきみたいな奴らがいないわけじゃないぞ。」 儀礼は、シュリの父親が護衛につく程の身分ある者のはずだった。 「少し位平気でしょ。それに、シュリがいるし。いつも僕と一緒にいるのも同い年の友達で、護衛なんだよ。『黒獅子』って呼ばれてるの。知ってる?」 笑うように儀礼は問う。 知っている。 シュリは驚く。それは、名の売れている実力派の冒険者だ。 しかし、『黒獅子』は『蜃気楼』と旅をしているはずだった。 『蜃気楼』、監理局ランク『S』の研究者――。 ようやく、シュリは自分の力の及ばなかった理由に納得できた。 Sランクの者になど、Aランクになったばかりのシュリには勝てるはずがなかった。 ハンデも当然だ。 しかし、それではなおさら護衛なしで出歩くのは危険だ。 シュリはまだ一人で護衛の仕事をしたことはない。すごく気をすり減らす仕事だ。 「バクラムさん達はいつも目立たないように影から守ってくれるんだ。ほら、今も後方に気配を感じるだろ。」 儀礼が目線だけを後ろに向けて言った。笑うように。 シュリは背後を確かめる。気配はない。 いつも感じるよりさらに後方へと意識を伸ばしてみる。 はっきりとは分からないが、父の馴れた気配がした。 こんな後ろまで分かるのか。 シュリは驚いた。シュリはいつも、そんな離れた場所のことなど意識していなかった。 それを同じ年の、ひ弱そうな少年がやってのける。 負けたくない。シュリの中に闘志が宿る。 「ねぇ、シュリ。シュリがもっと強くなって、『魔砕の大槌』みたいな大きな武器が振れるくらいになったら、僕と一緒に冒険しない?」 きらきらと瞳を輝かせて儀礼が言う。 「すぐにとは言わない。僕もまだ準備が足りないし。でも、できれば十代のうちに、バーラに行ってみたいんだ。」 真剣に、けれど輝きをもって儀礼は言う。 バーラはまだ人類未踏の遺跡。アーデスですら踏み込めずにいる所。 「バーラに……。」 驚いたようにシュリは言う。 他の誰かが言ったら冗談じゃないかと思う。 なのに、蜃気楼が言うなら、行きたいとそう思える。 「ああ。必ず強くなる。待っててくれ。」 シュリは拳を出した。儀礼はそれに拳を合わせる。 少年二人は笑いあった。 しばらく歩いて、二人はノーグ家へと帰った。 「何をしてきたんだ?」 すっきりとしたようすの二人に、アーデスが問う。 アーデスの方も、儀礼の返答に納得いく答えを見つけたらしい。 つまり、儀礼に魔法に関することを聞いても意味がないと。 「僕が嫁になるのは無理なんで、シュリがうちに来てくれるって。」 大人びた笑みを浮かべて儀礼が言う。 「すぐにじゃないけどな。」 シュリは儀礼の笑みの意味に気付かず答える。 「ああ、花嫁修行。頑張ってね。」 妙に色気のある笑みで儀礼が受け答えた。 シュリは愛用の剣を抜く。なんだか無性に腹がたった。 勢いでシュリは儀礼に切りかかる。 儀礼はそれをかわした。 ついで、避けながら儀礼は白衣を脱ぎ、身軽になる。 「お前ら、外でやれ!」 バクラムが怒鳴った。 儀礼はシュリの剣をかわし、バク転するように回転しながら中庭に続く扉へ向かった。 シュリの攻撃を読み、かわしながらの、その余裕。 シュリの額に汗が浮く。 (このままじゃだめた。追いかけるだけじゃ。先を読まれるなら先の先を読まなきゃ。先の先の先を――。 でなきゃこいつに勝てない。) シュリの眼が鋭くなる。真剣みが増し、動きもシャープになっていく。 互いの動きを読み合い、儀礼がかわす。 儀礼は攻撃をしなかった。避ける一方。 それを捉えきれずに、シュリは次々と攻め込む。 そしてついに、シュリの剣が儀礼を捉えた。 「ってあーっ!」 力の限りにシュリは剣を振った。かわしきれずに儀礼の体に当たり、儀礼は吹き飛ぶ。 「ぐあ。」 ずざざと儀礼の体が地面を滑る。 はぁはぁ、と肩で息をしながらシュリはその感覚を体に覚え込ませるように、しばし味わう。 先を、先を、読んでいく戦い。 それから、動かない儀礼にハッとして、シュリは慌てて駆け寄った。 「っおい、大丈夫か?! どっか痛めたのか?」 儀礼は、戦うのは嫌いだと言っていた。 それなのに、今のはきっとシュリのための戦いだった。 シュリの知らない儀礼の戦い方を教えてくれたのだ。 「うーだめ。くたくた。つかれた。少し休ませて。」 元気そうな声で儀礼が言った。 うつ伏せの儀礼を仰向けに転がしてみるが、怪我をした様子はない。 剣で切ったはずなのに、服すら切れていない。 「障壁あるから。」 不思議そうな顔をしたシュリに、儀礼が説明するように言った。 「でも体力の方が……。」 儀礼が苦笑する。 シュリは儀礼を地面に寝かせたままにするのも何なので、儀礼を引き起こし、家の中へと運ぶ。 「軽っ!」 肩に担いだ儀礼の軽さにシュリは思わず叫んでいた。 ←前へ■ギレイ目次■次へ→ 小説を読もう!「ギレイの旅」 378話この話と同じ内容です。 NEWVEL:「ギレイ」に投票 ネット小説ランキング「ギレイ」に投票 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013.08.05 17:34:32
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