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私:政府・日銀は、いまだに危機時のような強力政策をやめないのは2%インフレ目標が達成されていないからだと言っている。 足もとの消費者物価の上昇率は0%台でたしかに目標にほど遠いが、それのどこに問題があるのかと原氏はいう。
A氏:物価が上がれば家計は苦しくなるから、安いに越したことはない。 モノの値を無理やり上げてほしいなどと、庶民は望んでいない
売り手もそこはわかっているようで、朝日新聞の主要100社景気アンケートで、3割弱の経営者が2%インフレは「当分実現できない」と回答し、日銀の見通し通りにいかないと考えている経営者をすべて合わせると7割に及ぶ。
私:日本の物価は四半世紀のあいだほぼ横ばい。
生鮮食品を除く消費者物価はバブル期に2%台に伸びた年が4年だけあったものの、その後はほとんどゼロ%台かマイナスゼロ%台。
A氏:これを「デフレ」とひとくくりにしたことは本当に正しかったのかどうかと原氏はいう。
企業業績も雇用も好調で、株価はバブル崩壊後の最高値と、日本経済はそれなりに順調に見えるが、それでも安倍政権はいまも「デフレ脱却」を掲げ、景気てこ入れに余念がない。
一方、日銀は「世界でも例を見ないチャレンジングな」超金融緩和を続行中。
かつて米FRB議長は中央銀行の役割を「盛り上がっているパーティーでさっさと酒を片付けること」と言ったが、いまの日銀は酔客に「もっと飲んで」と無理強いするバーテンダーのようなものだという。
私:この頑固な「デフレ」感覚について、原氏は、「失われた20年」という言葉の罪も小さくないとしつつ、実は、この言葉を初めて世に問うたのは原氏たち朝日新聞取材班だと白状している。 8年前、日本経済の四半世紀の変化を描いた連載をもとに朝日新聞取材班は「失われた〈20年〉」(岩波書店)という本にしたが、その後、この言葉を表題に盛り込んだ経済書の出版が相次いだ。 当時、表題をめぐって取材班と編集者でかなり議論になり、バブル崩壊後の経済低迷の長期化は「失われた10年」と呼ばれていたが、さすがに「20年」という認定はなかった。 でも、原氏は「20年」を推した。 かつての日本経済の栄光、日本企業の強さを懐かしみ、それに比べ今は……という意識がどこかにあったのだろうという。
二つのキーワードは「失われた」成長を取り戻すためならギャンブル的な政策もやむなしという空気を生む。
そして低成長や低インフレのもとでも持続可能な財政や社会保障にしていくのだという、本来めざすべき道を見失わせてしまったのだと思い、原氏は、いまは「失われた」という名付けを悔やんでいるという。
この経済成長にこだわる現代を保守の論客・佐伯啓思・京大名誉教授からも、下記のブログのように疑念を呈しているね。
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Last updated
2017.12.12 17:05:09
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