天皇の靖国絶縁メモ――政教分離の傍証 ミス訂正 小追加
「政治について(54974)」
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[ 世界と政治 ]
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追加は末尾 ◆◆◆◆◆◆以降
ミス=「政経分離」 → 正=「政教分離」
7/20 天皇の靖国絶縁メモ
7/20のネットニュース。天皇の臨終間近頃の発言メモ。
昭和63年のA級戦犯合祀以降の、現・靖国神社参拝を天皇は嫌っていた。
(別に聞いた話で、以前の月刊日本に、前宮司が宮内庁を通じて天皇の意向を聞かされていたという、前宮司へのインタビューがあったそうだ)
A級戦犯合祀、特に軍人でもなく処刑されてもいない松岡・白鳥に言及し、以後行かないことにした。
(合祀したのは、三月前に就任したばかりの新米宮司で皇国史観の元海軍軍人→元陸自。)
その理由は、
1 A級戦犯全体の合祀か、
2 中でもとくに1,2人についてか、
3 本来の規則を曲げた強引な神社の行動が、その思想性によって、「もはや本来あるべき鎮魂の神社ではない」 と思わせたか。
1については程度がわからないが、2と3は参拝をやめた理由として確実のようだ。
だからどうということもない。神社は政府とは別のもので、政府によるつきあいは過去への礼儀に過ぎない。
その上に、天皇との間が乖離しただけだ。
後の文で再び詳細。
靖国神社の戦後の意味
かつて神社と国は一体だった。(厳密には別として)
戦後、政府と神社は別物になる。 (ただし、合祀に関わる手続きはつながっている。)
ただ、過去のつながり――靖国神社に祀ると約束したことは残っている。
しかし、すでに政府は宗教とは無縁である。
そこに行くのは、歴史が続いていることへの参拝であり、個々の霊?にとっては礼儀としての参拝。
神社に参拝することは日本政府の踏み絵にはならない。
参拝することが、その神に従うことなどと本気で考える日本人は殆どあり得ない。
もともと神社の御霊が何かを命令するという神社ではない。大陸的な宗教観と比べれば、参拝は礼儀でしかあり得ない。
さらに、仏教・キリスト教がごちゃまぜでかまわないというのが多くの日本人だ。魂(笑) はバラバラにされてしまいそうだ。つまり、日本人一般にとって魂とは、「手を合わせるための投影」であり、礼儀と尊重のための形であり、人に何かを命令する教義的なものではない。
靖国神社は、宗教法人として独立している。法的に天皇に従う義務はない。
思想活動をしようと勝手である。むしろ、日本政府とは別のものだと明白になるだけだ。
天皇と靖国の分離
1966年、A級戦犯を合祀するのに、厚生省から(遺族・地元から要望が出たはず) リストが出された。 戦犯裁判の不当さからの名誉回復の運動の一部らしい。(去年のNHK8/14特集) 長くそれは神社宮司の手元に置かれていた。
1971年、崇敬者(熱心な氏子)総代会で合祀が了承。( 総代会は定員10人。経済界や司法界など各界の要人 から選ばれるらしい)
1978年になって、再度の崇敬者総代会の了承を得て、新任したばかりの神社宮司は、 神社の最終手続きに反して天皇の承認なしに 合祀した。
このときの天皇の感想の断片が7/20のニュースだ。
倫理上頂点に立つ天皇からすれば、仲間意識の情のせいで責任を忘れていいかとも思うだろうが。
彼らの――中でも軍人でない松岡・白鳥は、外交担当であることを利用し三国同盟を推進し、国外でかってに同盟戦争の約束をしたりして日本をかってに引きずり回した 裏切り者のように見える。
かつ戦死者合祀という神社の大枠さえも彼らのためだけに無視している。この 特権意識は旧軍の腐敗を思わせる。
天皇としては、行動 パターンが右翼の陰謀のように思えただろう。
(松平永芳宮司は、もと海軍少佐 →サイゴンで終戦→陸自入隊→定年。→ 神職素人で靖国宮司になる。)
自分が利用されるのは避け、行かなくなった。と。
だからどうなるって、
日本歴史のある種の象徴-天皇と靖国-が一体である必要もない。 一神教や中央集権イデオロギー国家ではないんだから。
合祀の決定は、最終的には天皇の形式的裁可を待つのが前提だったのを、当時の宮司がかってに省いたとしても、それは神社内のスキャンダルで天皇が語ることではない。だからもともと関係ないわけだ。
天皇の発言メモの影響
与える印象は、靖国神社の歴史観と天皇とは別だということ。
これを同一視しかねない雰囲気の中での対立が、進みそうだったが、そうはいかなくなった。
1 日本が政経 政教分離の国だと、よりわかりやすくなった ということ。
靖国を擁護するのはセンチメントを護るのであって、天皇の権威を護ることとは別になった。
天皇が嫌っていたことが明白になった以上、「靖国=盲目的なまでの強力な一体感の場所」 ではない保証が付いた。
靖国神社への参拝→天皇中心の軍国思想で集結→再び戦争を始めようと・・なんてカルトな妄想は根拠が砕かれた。
2 ために靖国神社参拝を脅威と見なすりくつが弱まる。
3 靖国神社が、「靖国神社だというだけで国民に命を捧げさせる装置」 ではないという傍証でもある。
4 過去をイデオロギーで解釈して一色にしてしまうことのばからしさを脱力とともに感じないだろうか?
守るもの
靖国神社というのは現代ではどうでもいい存在だ。
しかし、それを守る理由はある。
いまある国家の神社とのつながりは、過去への礼儀でしかありえない。
郷土の象徴としても意味がなくなっている。 田舎はとくに少子化で祭りも盛り上がれない。
形だけのうっすらとした、礼儀でしかない代物だ。
まあ、代わるに足るものはないが。
しかし、そんなものをかんたんに捨てるのは、潤いと文化的なアイデンティティがあるとは言えないのだよ。
どうでもいいという理由で、外国によって日本人の心を判定するのに妥協すれば、次には真実でないことで心を判定されるのを許す ことになる。
分祀という妥協を、遙か先までの和解の象徴にしようとして要求されているのでなく、事実の証拠として要求されているのだ。
(中国政府は象徴のように言うかも知れないが、それは中国の内部矛盾と日本内の反日のせいで、続かない)
ただね、
靖国宮司の歴史観をいちいち護る理由はない。
それらは自由にすればいいし、参拝とは彼らに頭を下げるわけではないのだ。ただのサービス業管理者だ。
戊辰戦争の幕府軍側を今でも祀らないのに非軍人病死者を仲間内特権意識で祭り上げようと知ったことではない。
靖国神社に祀られている遺族達が問題にすればorしなければいいことだ。
7/21 新聞報道
朝日のは、
一面に、
A級戦犯合祀のせいで天皇は「参拝をやめた」。抗議のために、軍人ではないのは基準に合わないと言ったが無視された。
二面で、
参拝をやめたのは、A級戦犯合祀と無関係だという産経の主張は砕かれた。よってA級戦犯合祀 のせいだとはっきりした。
末尾面で、
反論者のコメントの見出し「拙速は避けよ」。
(慎重論の内容―ちょこっと― 三国同盟が原因らしい、獄死者は基準に合わない。)
産経は、
一面で、
天皇は「不快感」を示した。
三面で、
三国同盟推進の二人への批判らしい。天皇は、A級戦犯の軍人達を裁かせたくなかったという証言 がいろいろあることを指摘して、A級戦犯の合祀自体に反対だったか疑問を出している。
どうも、 産経の方が主張の根拠が確かだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆追加(7/22夕)◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
天皇はA級戦犯自体の合祀に、「政治的に慎重」 だったのか、「本来的に反対の考え」 だったのか、よくわからない。松岡・白鳥についてははっきり 「嫌いで反対」 なんだろうが。
考えてみれば、天皇が数年に一度づつしか靖国に行ってなかったというのは、天皇は 「もともと政治的に慎重」 だったということなんだ。だからお忍び参拝しかしてなかった、と。 微妙な配慮で行かなくなることはありそうだ。
しかし、死期の近いときに‘それが私の心だ’ と言う以上、何かへの意思と見るべきだ。
だから参拝中止の理由になり得るのは、
1 二人への反発では足りない。
2 靖国神社の思想的に身勝手な立場から行かなくなった。
3 外国に対しての配慮。中国と左翼が日本を縛ろうとする前の状況でだが。
4 2+3。国内においてもそういうかってにものを考えるように暴走する危険を感じた。
つまり、いわば 神社とは別れた位置に来た方が、日本の政治的安定としていい、という感覚・心だった。
可能性は 2、3、4だろうな。
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ところで、手帳には貼り付けたメモ紙が多かったそうだ。
死期が近づいた天皇が私的の気持ちを残したい気持ちがあったなら、もっと他にも残した言葉がありそうなものだ。
日経は、一部だけをこの時期に急ぎ発表しようとしたのではないか?
それが誰を利するのかはわからないが、この言葉だけなら、対立が表面は過激に論理的には複雑柔軟に、なっていくのが・・・まともなはずだが・・・そう取りたくない連中が多いからなあ。
今回のメモにしても、「昭和天皇を免罪するものではない」 という文をどっかで見た。現天皇制度は、東京裁判史観の下で存在しているかのように書いていた。
本音は、靖国の次は天皇だ、その次は日本人全体の再断罪だ、と思ってたやつが多いんだろうな。
富田メモ
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shadow9さん
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TBありがとうございます。
TB送りましたが、反映されませんので、こちらにて失礼いたします。
DANGER(2006年07月21日 21時51分45秒)
Re:富田メモ(07/21)
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素ーさん
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shadow9さん
ごていねいにありがとうございます。
反映しないはずはないんですが・・・
じつは、読んでトラックURLを取ったらあとは忘れるので、紹介できないのです。申し訳ありません。
(2006年07月21日 21時54分52秒)
資料 (忘れてた)
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素ーさん
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トラックバックの送り方
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素ーさん
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楽天のトラックバックURLをコピーしようとすると、最後に「スペース」が一文字付いてきます。
コピー&ペーストした後で、スペースを消さないといけません。
それに気づかずトラックバックを失敗する人がひょっとすると多いのかも知れない。
(2006年07月21日 22時21分28秒)
ニセ論議は失敗か 1
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素ーさん
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ニセ論議は失敗か 2
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素ーさん
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☆Pressの会見 前にあったね どうしたのだろう
[1] 昨年は 中曽根の靖国参拝もあったか
(1) 高松薨去間もないときで 藤尾(文相)の発言.
心も重かった =奧野は藤尾と違うと思うが
(2)メモで返答したのでつく バランス感覚のことと思う
していたと思う 単純な復古ではないとも.
(3) 4:29に吐瀉したが その前で
やはり体調が充分でなかった 私は 或る時に.A級が
それで長官に今年はの記者 合祀され その上松岡.白取
印象があったのであろう までもが、
=(2)については記者も申して 筑波は慎重に対処して
おりました くれたと聞いたが
○ 松平の子の今の宮司がどう考
[2] 戦争の感想を問われ 余そ えたのか 易々と
嫌な気持を表現したが り う 松平は平和に強い考が
それは後で云いたい 閣で あったと思うのに 親の心子知
そして戦後国民が努力して 僚す らずと思っている
平和の確立につとめてくれた もが だから 私あれ以来参拝
ことを云いたかった 知か していない.それが私の心だ
"嫌だ"と云ったのは 奥野国土庁長 ら多
の靖国発言中国への言及にひっかけて ずい ・ 関連質問 関係者もおり批判になるの意(2006年07月22日 02時00分38秒)
ニセ論議は失敗か 3
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素ーさん
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続き画面
2] 戦争の感想を問われ 余そ えたのか 易々と
嫌な気持を表現したが り う 松平は平和に強い考が
それは後で云いたい 閣で あったと思うのに 親の心子知
そして戦後国民が努力して 僚す らずと思っている
平和の確立につとめてくれた もが だから 私あれ以来参拝
ことを云いたかった 知か していない.それが私の心だ
"嫌だ"と云ったのは 奥野国土庁長 ら多
の靖国発言中国への言及にひっかけて ずい ・ 関連質問 関係者もおり批判になるの意
云った積りである
(2006年07月22日 02時01分52秒)
ニセ論議は失敗か 4
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素ーさん
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>>高松薨去間もないときで
>高松宮様に対して薨去という言葉を使っている事から宮家ではなく仕える立場の人物の発言と読み取れる。
――薨去とは敬語ではなく、親王または三位以上の人が死ぬことに過ぎないのでは?
>>あれ以来参拝していない
>「(3) 4:29に吐瀉したが」のくだりは客観的な表現で自身の事ではない。』
――吐瀉したのが天皇であれば、こういうぞんざいな表現は本人以外には使えないはず。
>天皇が靖国を訪れる場合、「親拝」という言葉が用いられる。
――天皇自身の言葉の書き写しだから不自然ではない。
>イ.この日に昭和天皇陛下の会見は報道されていない。翌29日の天皇誕生日での会見は記録に残っている。
ロ.記者が天皇陛下に対してこのような質問をするとは思えない。又、質問する機会もない。
ハ.発言者は自身を「私」と言っている。天皇陛下であれは公式な場は「朕」と言う筈である。
――公式発言記録ではなく、会見の前の準備として話をしていただろう。
572レスにそういう意見があるな。
――(2006年07月22日 02時36分10秒)
ニセ論議は失敗か 5
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素ーさん
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ニセ論議は失敗か 6
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素ーさん
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まあ、2チャンネルの方々、まともに人の話(572、723のような)を聞こうともせずに盛り上がるだけでは、中国2チャンネル並の評価しかされなくなるが・・・
(2006年07月22日 03時05分56秒)
Re:ニセ論議は失敗か 6(07/21)
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miracleさんさん
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こんにちわ。
一晩寝て冷静に考えると、捏造というのも言い過ぎのような気がします。ただ、火がついちゃった以上はメモの全文を公開すれば収まる話ではないかなと思っています。
ただ、メモの位置付けについては素ーさんに賛成で、史料として慎重に扱うべきだと思っています。(2006年07月22日 15時26分05秒)
Re[1]:ニセ論議は失敗か 6(07/21)
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素ーさん
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miracleさんさん
どもー
火が付き続けていてるかどうかは・・わからないでしょうがねえ-------
今日の朝日と産経は静かだし。読売はどういう態度だったのかな。
メモが日経の手にあるのは気になりますね。
あそこは、金儲け→中国様 のつごうが大事だから。
(2006年07月22日 17時47分24秒)
これからも宜しくお願いします。(2006年07月23日 10時15分13秒)
Re:TBありがとうございました。(07/21)
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素ーさん
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下のトラックバック
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素ーさん
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『A級戦犯合祀に不快感: 天皇メモ。 半休眠ぶろぐ
一応、同時代にいた人間として感想を記録しておこうと思います。』
だそうです。
(2006年07月23日 15時08分58秒)
9/12発信毎日新聞委員会「大きな声では云えないが、天皇に定年を」拝見
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sakuma masao さん
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本文とタイトルの毎日新聞記事読んだ。
そこで
日本は自他ともに民主国家である。
「民主国家では元首は要りません」。
天皇を元首的に崇め奉る事自体異常である。
それには天皇を利用しようと云う考えがあるからだろう。終戦時 マツカーサ氏は天皇を絞首刑にすると今のイラク国家と同じように収集がつかないと判断にし天皇の名で農地改革初め各種の改革を行い利用した。
自分が最も異常に感ずることは
宮内庁予算、皇室予算である。
日本のトップ小泉首相が年収¥3600万円という。
これを基準にすると
天皇家は3億2000万円。
一方秋篠宮は5200万円。(親王誕生で新たに¥500万円/1人、前後の手当てが加算に加え女中が配属された模様である。)黒田家へ嫁いだ清子氏は持参金が¥15。000万円。とニュウスが流れた。
小泉総理より数倍の血税を費やす《盗る》天皇をなくすべきと考える。
日経新聞二よるメモや貴記事の文言では「、、、天皇自身本人が (東京裁判で)A級戦犯であった事はどの記事でも触れていない。冒頭文のようにマッカサー氏は日本統治せんが(利用)為、東京裁判で他国のA級戦犯の決議を拒否権を振りかざし無視した。
女系のみが続いた41年これで天皇制も終わると大きな期待を抱いていました。
皇室外交がなくなった分(皇室予算を含めた宮内庁予算など)は他国へより多く支援できると考える事は自分だけではないと感じ訴える者である。
同和教育にあっても天皇の特別扱いから議論すべき問題である。同和教育の延長上に天皇制廃止議論がある。
憲法改定がとり揚げられた。
9条の扱いに重きが置かれてるようだ。
この扱いによっては天皇が元首と返り咲くとと間違いない事が創造できます。(2~2年前の読売新聞)
世界中では王制を廃止方向に進んでるなか貴職らも王政
廃止に奔走してはどうか?
「天皇陛下万歳と世を去った甥子より」2006.9.12(2006年09月12日 17時56分42秒)
Re:9/12発信毎日新聞委員会「大きな声では云えないが、天皇に定年を」拝見(07/21)
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素ーさん
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sakuma masao さん
天皇は、伝統と象徴であればいいので、元首である必要はないですね。でもだからこそ、他の誰かを元首(国際上)にするより安心できますね。
GDP500兆ほどの安定を保つのに、100万分の一の予算は安いものです。
日本には政治はなくて、経済だけあればいい、という方のようですが、だとしたら、どっかの国に呑まれれば楽だと思われてるのでは? 呑まれたらその国の政治に支配されるのですがね。
(2006年09月15日 19時48分15秒)