Your parents will never know my wisdom tooth. 【最終回】
せんだって、歯は、抜かれた。 膿盆に大きなものが落ちた音がした。 糸のついた針を持ち出した歯科医は、本当に両手を口の中に入れて、不器用そうに縫い、不器用そうに糸を結んだ。 精も根も尽き果てて拷問器具の上に寝ていると、医者が息荒く話しかけてきた。 これから二、三日で頬が面白いように腫れるという。 縫合した糸が切れたり解けたりしないように気をつけろという。 抗生物質と痛み止めを出しておくので、院外薬局でもらうようにとのこと。 明日、傷口の消毒に来なさいとのこと。 1週間後の抜糸の予約をとって帰りなさいとのこと。 喫煙はどうかと聞けば、強く吸ってはいけない、陰圧がかかっちゃうからねと。 白髪を返り血で真っ赤に染めてスナッフビデオの主役のようになっている歯科医師は、輝くような笑顔で言った。 そして、見せびらかすように膿盆を捧げ持った。 砕けた親知らずの欠け片と、塊のままの親知らずの根っこがあった。まだ体温を感じられる生々しさがあった。 もらっていいですかと聞いたら、当然だよと答え、持ち帰り用にラッピングしてくれた。滅菌パックのパウチっコだ。 帰宅し、根っこに穴をあけてペンダントヘッドにした。 痛み止めを飲んで、鏡で縫合跡を見る。 黒い糸が歯ぐきのあちこちをぐるぐる巻きにしている。縫合がヘタなのか、こういうものなのか。糸が黒なのは、抜糸する時に見つけやすいからなのかもしれない。 抜いてから二日目に、ほっぺたが脹れ上がった。三日目には、まっすぐ歩けなくなった。歩いてると左ひだりに旋回してしまう。いま実写版・こぶとりじいさんがあったら、枯れ木に花を咲かせる自信がある。バランスをとるため、右の頬にどんぐりを詰める。 その腫れも徐々に治まり、抗生物質も底をついたころ、縫合した歯ぐきの抜糸手術の日がやってきた。 どんな恐ろしいことがあるのか不安に思っていたが、痛みもなく糸は切られた。ここ1週間、歯に糸が挟まっているような違和感を感じていたので、気分が晴れた。 しばらくしたらかかりつけの医者で消毒してと、白髪の歯科医はC調丸出しの様子でしゃべった。 かかりつけと言われても、この口腔外科に紹介した歯科医は、あまりの痛みに飛び込んだところなので、かかりつけではない。 しかしまあ、消毒と言われればやっておいたほうがいい気がする。 人畜無害な感じの歯科医師に診てもらうことにする。待合室のスッポンはあいかわらず水槽の中ほどに浮かんでいた。 拷問器具に備付けられたナナオのモニターにはアメリカのカートゥーンではなく、中東の町並みが映し出されていた。 人畜無害な感じの歯科医師はデジトゲン画像を呼び出し、親知らずがあったところの奥歯に虫歯の穴があると言った。治療したほうがいいですよという。 私は治療の予約をした。 デジトゲンから映像が切り替わったナナオのモニターには、中東のどこかにある廃墟となった神殿と破壊された女神像が流れていた。 幾日か経って、親から荷物が届いた。 缶ビールや果物、タオルに混じってお見舞と書かれた封筒が入っていた。 母親はいま腕を骨折している。 DVDを買った。