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宮の独り言

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2009.12.16
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カテゴリ:コードギアス
ロンディニウム陥落によるアルビオン王国の敗退。
その報は瞬く間にハルケギニア中に広まっていった。
あり得ぬ結果、誰もがアルビオン王国の勝利を疑わずレコン・キスタの崩壊を予想し、それに向けての行動を予定していたはずだった。
しかしその予想は無残に打ち砕かれ、状況は刻々と変化を続ける。





「ロンディニウムがレコン・キスタの手に渡ったというのは本当なのですか!?」
「紛れもなく事実でございます、姫様」
「なんという事・・・」

青ざめたアンリエッタを前にマザリーニは内心の動揺を押し隠して努めて冷淡に事実を彼女に告げた。
驚きのあまりに椅子から立ち上がったアンリエッタの手から羽ペンが転がり落ちる。
震える手が机の端を掴み、アンリエッタは再び椅子の上に腰を下ろした。

「アルビオンの内乱はじきに治まると・・・、王党派の勝利は紛れもなく確実だと、先日そう言ったのはあなたではないのですか!?」
「はい、申し訳ございません。私の判断が間違っておりました」

何の言い訳もない。
言い訳などする気にもなれなかった。
マザリーニはおろか、他の誰にも予想できなかったに違いない。
それでも悔しさがマザリーニの胸に込み上げてくる。
だがいつまでも事実から目をそらし続けるわけにはいかない。
現実は常に残酷でトリステインに決断を迫っていた。

「姫様、早急にアルビオンとの交易の停止を宣言して頂きたいのです」
「交易の停止!?それはどういう事ですか!」

はたと我に返ったアンリエッタがマザリーニの言葉に激昂する。
マザリーニは表情から感情を削ぎ落し、アンリエッタの反応を予想しつつも言葉を続けた。

「ロンディニウムを陥落させるほどの戦力をレコン・キスタが有しているとなれば、もはやアルビオンでの内乱は勝敗が決したと言っても良いでしょう。もはや王党派に巻き返すだけの勢いはございません」
「そんな事は!」
「アルビオン王家の血を引かれる姫様がアルビオン王国の敗北を認め難いという事は理解しております。しかしこれはすでに対岸の火事ではないのです。事態は早急な行動を必要としているのです」

マザリーニの気迫にアンリエッタは言葉を失う。

「もはやこれ以上アルビオンとの交易を続ける事はレコン・キスタに戦略物資を供給する以上の意味はありませぬ。直ちにアルビオンとの交易を停止してレコン・キスタを困窮させるべきかと」
「し、しかしそうすればウェー、いえ、王党派への物資供給も途絶えるのでは・・・?」
「やむを得ぬ事でしょうな」

感情を押し殺した残酷な宣言にアンリエッタは息をのんだ。
それはすなわちアルビオン王国、王党派は見捨てるという判断に他ならない。
ロンディニウムを陥落させたレコン・キスタの勢いはとどまる事を知らず、各地の港はそのほとんどが既に貴族派の者達の支配下に下っている。
もうどれほどの物資をアルビオンに送ってもそれが王党派の手に渡る事はない。
そんな事はアンリエッタでも理解できる事だ。
しかしアルビオンを見捨てるという判断を容易に下せるほどアンリエッタは冷徹にはなりきれなかった。

「それは・・・私一人の判断では・・・。他の貴族達を集めて会議を」
「それでは駄目なのです、アンリエッタ様!」

マザリーニが声を荒げた。
すぐに気まずげな咳払いと共に声から感情の色が消えるが、アンリエッタの目の前に立っているのは何時もの冷静なマザリーニではなかった。
彼がかなりの動揺と焦燥感を抱いている事が透けて見える。

「貴族達の中には商人と繋がり利益を得ている者もおります。ガリアとゲルマニア両国のアルビオンへの交易停止によりトリステインは貿易の中継によって莫大な利益を上げました。甘い蜜を啜った貴族達から今更それを取り上げようとすれば反発は必至!だからこそ王家の勅命を下して対処する他ないのです!」
「でも・・その、それではアルビオンの民にも食糧が・・・」
「我らが優先すべきはトリステインの民。犠牲はやむを得ぬ事かと」

ズンとアンリエッタの胸に重みがかかった。
やむを得ぬ犠牲、本当にそんなものがあるのだろうか。
食糧自給率の低いアルビオンが未だ飢餓の一歩手前で踏み止まっているのはトリステインから輸入される食糧供給はあるからこそである。
これが途絶えれば飢餓が顕在化する事は間違いない。
どれほどの餓死者が出るのだろうか、飢餓など体験もした事のないアンリエッタには想像もできない事だった。
そして何よりもウェールズ・テューダー、彼が飢えに苦しむ事が彼女にとって辛い。
少しでも彼ら王党派に利する事ができるのであればこのまま援助を続けたい、そう思わずにはいられなかった。
アンリエッタが顔を上げる。
そこに浮かぶ表情は何かの決意に満ちていた。

「この件は会議にて話し合います」
「アンリエッタ様!」
「この件は!私一人の判断で決められるほど簡単な事ではありません!それにあなたは王家に泥を被せたいのですか!?私にはアルビオンの民を見捨てるような判断は簡単には下せません!」
「くッ・・・、ですが対応が遅れれば遅れるほどレコン・キスタの勢力は伸びていくのですぞ!それどころか交易の振りをしてレコン・キスタの魔の手がトリステインにまで伸びてくるやもしれませんぞ!」
「それでも私は・・・正当なる血筋の力を信じたいのです。私にはアルビオンの民を見捨てる事はできません!!」

決然とした視線がマザリーニを真っ直ぐ射抜く。
その決意のほどを知ってマザリーニはこれ以上の意見は無意味だと悟った。
ならば早急に次善の手を打たねばならない。
これ以上の長居は無用だった。
マザリーニは謝罪の言葉と共にアンリエッタの執務室から出る。
閉ざされる扉、その音を聞きながらアンリエッタは窓の向こうへと視線を向けた。
遥か空の向こうにあるもう一つの祖国、そして誰よりも大切な人のいる場所、浮遊大陸アルビオン。
どうか無事で再び会えますように、アンリエッタは真摯な祈りを捧げずにはいられなかった。

一方、アンリエッタの執務室から退室したマザリーニは早足で自室に向かっていた。
意固地になったアンリエッタの判断を覆せるほどマザリーニは言葉巧みではない。
元々理を持って説き伏せるしかできない不器用な人間である。
これが他の貴族であれば取り引きや派閥を利用して働きかける事が出来るが、王家の判断に表立って異を唱えたとなれば立場が悪くなるだけである。
国の存亡を左右する火急の事態であれば己の地位など惜しくはないが、今は失脚するわけにはいかなかった。
せめてアンリエッタ王女が即位するまでこの国の立場の安定を図らなければ、そう思ってこの国に仕えてきた。
おそらく貴族議会ではアルビオンとの交易は継続するという結論に至るだろう。
それほどまでにアルビオンとの交易はトリステインに利益を落としてきた。
懐を膨らませた貴族達が今更その利権を失う事を良しとするはずもない。

「ならばせめてゲルマニアとの軍事同盟か・・・」

アンリエッタの持つアルビオンの王位継承権。
いずれはガリアやゲルマニアに対抗するためにトリステインとアルビオンの間で婚姻関係に基づく同盟を築き結束を固めようと考えていたがそれも実現は不可能。
レコン・キスタがアルビオン王家を滅ぼせばアンリエッタの持つ王位継承権が意味を持ってくる。
すなわちアルビオン王国を復活させる事のできる権利である。
故にレコン・キスタはトリステインを危険視してくる事は容易に想像できた。
最悪の場合レコン・キスタ政府とトリステインの間に戦端が開かれる事も考えられる。
ならば戦争となる前に抑止力として大国の戦力をバックにつける必要があった。
ガリアでは駄目だ。
かの国はアルビオンの動乱など興味もなく、トリステインと同等の歴史を持つ以上下手をすれば国土ごと飲み込まれる可能性もある。
だからこそマザリーニはゲルマニアとの同盟に拘っていた。
ゲルマニアであればまだトリステインにも巻き返しのチャンスがあった。

「策が裏目に出たな」

ゲルマニアの航空戦力増強を阻む作戦は完全に裏目になってしまった。
今後は完全にこの件から手を引かざるを得ないだろう。
先の事を考えれば考えるほどにマザリーニの頭は痛むばかりだった。
水の国トリステイン、その未来は酷く不安定であった。






ドサリと石畳の床に何かが叩きつけられるような音が響く。
目深に黒のローブを纏い仮面を被った人影が数人、床の上に倒れた一人の女性を取り巻くように立ち不気味に見下ろしていた。
彼らに囲まれた女性が顔を上げる。
口の端が切れ、唇を擦った指が血を滲ませてルージュを引いたように赤く染まった。
長い髪の隙間からのぞかせる額の刻印、そしてその上に刻まれたルーン。
恨めしげな視線が彼女の主である人物へと向かう。
その視線を咎めるように仮面の人物達が手にした杖を振り上げようとして、神殿内に声が響き渡った。

「止めよ」

黄昏に光にも似た輝きが空間を照らしていた。
その輝きを見据えるように、一人の男が彼女に背を向けて立っている。
まるで空の上にでもいるような雲海のイメージが辺りに広がっている。
未知のエネルギーによって固定され、思考エレベーターを通じて投影された仮想の空間。
途端に神殿の様相ががらりと変わった。
雲が凄まじい速度で通り過ぎ目の前に巨大な浮遊大陸が姿を現す。
アルビオン大陸である。
それを見て彼女は視線を鋭く尖らせた。
再び見つめる先の光景が変わる。
草原の中に立つ城。
堅牢な城壁は所々崩れ、城内からは煙が上がっていた。
音は聞こえないはずなのに、何処かから悲鳴と蛮声が鳴り響いてくるような気がした。
血走った目で逃げまどう婦女子を殺す兵士、杖が振られるたびに何処かで爆発が上がり城内が血と灰に染まっていく戦争の光景。

「私はきちんとご希望に添えるよう事を運びました」

男が振りかえる。
青い髪と髭、がっしりとした体躯の偉丈夫。
右手には短い杖を持ち、そして逆の手の中には薄らと光を放つ香炉が握られていた。
この仮想空間にアクセスする方法、思考エレベーターを起動させる鍵であり、また男が持つ強大な力を覚醒させるための道具の一つ。
男がニヤリと笑う。

「そう、確かに言った。おれはお前にアルビオンで内乱を起こせと言った」

男が彼女に歩み寄る。
女の傍まで来ると、彼は屈んで女の顎を掴み強引に自分の方へと向かせた。
険しい視線を真っ直ぐに受け止めながら彼はどこか楽しげに言う。

「だが、何故クロムウェルとやらが『王の力』を持っている?」

やはり知られていたか。
女は視線を外し目を伏せた。
元より隠し通せるとは思っていなかった。
この男が系統魔法の代わりに与えられた力は遠見の鏡などなくても遥か遠くの出来事を見る事を可能にする。
遺跡によってその力が増幅されればガリアにありながらアルビオンの光景を覗き込むなど容易い事だろう。

「お前が与えた力だろう?」

女が黙り込むのを見て彼は手を離す。
そしてゆっくりと立ち上がると冷えた眼差しで彼女を見下ろした。

「まあいい。所詮己が手にした力の何たるかを知らず、欲望のままに『王の力』を行使するだけの愚か者。その程度幾らでも処理できる」

男の手の中で香炉が輝きを失い、ただの古ぼけた骨董品へと変わる。
途端に辺りに満ちていた光が集束し、戦場の映像が消えて薄暗い石造りの神殿へと戻っていった。
最後まで光を保っていた黄昏の扉がやがてその機能を停止させる。

「ミューズよ、お前が何を企もうと勝手だ。おれ達の契約はそう言うものなのだからな」

だが次の瞬間、男の声が低く変貌した。

「だがおれの邪魔だけはするな。必要とあればおれは容赦なくお前を排除させてもらう」

威圧感と共に発せられた警告の言葉が静寂に満ちた神殿に反響する。
女は立ち上がると何の躊躇いもなく頭を垂れて見せた。
所詮お互いを利用し合っているだけ、ならば最後まで利用するまで。
故にこれは偽りの忠誠だった。

「心得ております、ジョゼフ様」





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最終更新日  2009.12.16 23:43:51
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