カテゴリ:コードギアス
ハルケギニア、トリステイン、学院、青い双月。
魔法、使い魔、平民、そして貴族。 目が覚めたらファンタジーな世界に居た。 そんな良く分からない状況を平賀才人は理解できなかった。 テロリストに捕まっていた自分達をあのゼロが助けにきたかと思えば、いつの間にかベッドに寝かされていてここはトリステイン魔法学院だと告げられる。 ゼロだとか日本人だとか、ブリタニアだとかそんな言葉さえも知る者はなく、身の回りにはエレクトロニクス文明の気配がさっぱり感じられない。 挙句の果てには一人の少女の使い魔として自分が召喚されたなどと言われ、それを真正直に信じる方がどうかしていると思う。 しかし空を見上げれば月が二つ浮かび、窓の外を見れば幻想の住人たる様々な生物が多数目に飛び込んでくる。 そして生徒達の授業で杖を振った教師が石を真鍮に変える様を見て、才人は自分が目にした光景に関して疑う事を止めた。 とりあえずここが天国などと言うオチじゃなければ自分はまだ生きている。 主人だと言い張る少女、ルイズと言うらしいが、彼女の言葉を信じるのであれば一応最低限レベルの衣食住は保障してもらえるらしい。 様々な要求や命令の言葉を才人はジッと我慢して受け止めた。 彼女の方が優位な地位に居る事はきちんと理解していた。 時折彼女の口から飛び出る貴族と平民と言う言葉、封建制度の生きるブリタニアの支配下に生きていたのだから多少なりとは知識がある。 貴族をブリタニア人、平民を日本人と置き換えれば分かりやすい。 反抗はさらなる待遇の悪化を生みだす。 故に才人はひとまず大人しく様子を見る事にした。 幸い親身になってくれる人達もいた。 学院で働く平民達。 彼らの姿が日本人に被って見えた。 だから彼は自制が効かなかった。 怒り故に飛び出した言葉、売り言葉に買い言葉、あっという間に決まってしまった決闘。 必死で止める周囲の言葉に耳を貸さず、才人はそれを受け入れた。 決闘、つまり戦い。 幾度と戦争に巻き込まれた身でありその意味を知りつつも才人は『それ』の危険性を知らなかった。 すなわち『魔法』 魔法がどういうものか、それを想像できなかった事が才人にとって不幸な事だった。 「諸君、決闘だ!」 ヴェストリの広場に出来た人だかり。 多数の生徒達が集まって大きな輪を作って口々に叫ぶ。 「やっちまえ!」 「負けたら恥だぞ!ギーシュ」 「ギーシュ様ー!」 広場の中央に立ったギーシュ・ド・グラモンは心地よさそうにそれらの声援を受け取り、気障ったらしく手を振って応える。 口にくわえた薔薇を造花を指で挟んで取り、軽やかにステップを踏み周囲を見渡す。 観衆の盛り上がりは十分、後は自身の活躍を見せるだけで失墜した名誉と人気は取り戻せる。 そんな事を考えながらギーシュは戦うべき相手を見据えた。 「逃げずにきちんと来たようだね。それだけは褒めてあげよう」 装飾剣を携えて立つ少年、ルイズの使い魔である平賀才人。 ジッと自分を睨む黒い瞳を見てギーシュは余裕の笑みでそれを受け止める。 魔法が剣に負けるわけがない、その自信の表れだった。 軽く息を吸い、声を張り上げる。 「僕の二つ名は『青銅』、青銅のギーシュだ。従ってこの『ワルキューレ』が君の相手をするよ」 振られた薔薇の真っ赤な花弁が一片地面に落ちる。 途端、薔薇の花弁を飲みこむように周囲の空間から青銅の塊が噴き出し、青銅の戦乙女を形作った。 大人ほどもあるワルキューレがギーシュの前に立ち上がる。 表情の無い無機質な人形の顔が才人を見た。 才人の顔に驚きの表情が浮かぶ。 「さあ、いくぞ!」 呆気にとられている才人の前にワルキューレが駆けだす。 振り上げられた青銅の拳、それは慌てて身構えた才人のすぐ真横の地面を抉った。 地面の上に転がるように才人が身を捩り距離を取る。 いきなり終わってしまっては意味がない。 わざと攻撃を外してワルキューレの力を思い知らせる、自分の思った通りの展開になっている事にギーシュは得意げになった。 目を見開いている才人、それが自分の力の証明だと言わんばかりに胸を張る。 「さあ、早く立ちたまえ」 「くそッ!」 勢い良く飛び起きた才人が鞘から剣を抜く。 細く先端が尖った刃がギラリと陽光を浴びて光を放つ。 その長い剣を扱いづらそうに構えると才人はしばし躊躇い、そして意を決してワルキューレの懐めがけて飛び込む。 「うぉおおおおおッ!!」 振り被った剣先が空を切った。 大きな図体に似合わぬ俊敏さでワルキューレがかわしたのだ。 「うわ!」 剣の重みでバランスを崩し才人は前のめりに数歩足を出した。 思っていた以上に剣を上手く使えなかった。 両腕にかかる重さだけではなく、手のひらに生じる摩擦が皮膚を焼くようだ。 「危ない!」 誰かが叫ぶ。 才人がハッと顔を上げた瞬間、視界一杯に青銅の拳が飛び込んできた。 左手の甲に微かに引っ掻くような刺激が走る。 どうにかとっさに顔を背けるが、次の瞬間頬から衝撃が突き抜けていった。 瞼の裏に星が飛び平衡感覚がなくなる。 僅かに宙に浮いた体が地面に叩きつけられ、冷たく堅い感触が服の上から伝わってきた。 殴られたのだと知るまでに数秒、僅かな悲鳴と大きな歓声が広場を満たしていた。 よろよろと地面に手を突き体を起こした才人は地面を染める赤い液体に気付いた。 ポツポツと地面に落ちる滴、手で口元を押さえて才人は鋭い痛みに顔を顰めた。 生温かい血が口腔内と鼻腔内から流れ出る。 傍に落ちた剣を拾って才人が顔を上げ立ち上がった。 流れる血に群衆の中にどよめきが走った。 僅かだがギーシュの顔にも陰りが見える。 再び剣を構え、才人は倒すべきワルキューレを睨みつけた。 「くそぉおおお!!」 剣が空を切る。 今度は肩から脇へと走る衝撃。 手の甲がチリチリと痛むのを覚えながら才人は再び地面の上へと叩きつけられた。 とんだ期待はずれだ。 ロロは冷ややかな視線を才人に向けた。 妙に自信ありげに決闘を挑むくらいなのだから勝算の一つや二つはあるのかと思えばこの様だ。 野球のバットでも振っているかのようなまるっきり素人の剣筋だ。 剣の重さに耐えきれずぶんぶんと大振りの斬撃が空を切り、その隙にワルキューレの拳で殴られると言うワンパターンなやられ方。 ロロの目の前でそれが幾度となく繰り返されていた。 それでも立ち上がる才人の根性だけは称賛に値する。 もしかしたらギーシュが手加減しているのかもしれないが。 顔は最初のワルキューレの攻撃で腫れ上がり口や鼻からの出血により下半分が血まみれで、足取りはふら付いていて頼りない。 剣を持つ手ももう既に力尽きたのか、剣先を持ち上げる事も出来ず垂れ下がっていた。 もうやめれば良いのに、それでも立ち上がる彼にロロは呆れる。 何か大層な矜持でも抱えているのだろうか。 意地にならずにさっさと降参でもすれば良いのに。 ここまでやれば生意気な平民を屈伏させたとして観衆も満足するだろう。 だが抵抗を止めない平賀才人にロロはため息をついた。 流石に殺人は不味いだろう。 平民の死の一つで何か問題が起きるとは思わないが、目の前でそれをやられるのは聊か後味が悪い。 結局分かったのは彼の持っていた剣が彼の物ではないと言う事だけだなと、ロロはそんな事を考えながら決闘に決着をつけるべく一歩踏み出した。 だが、 「無粋な真似は止しましょう」 女の声と共に後ろから肩を掴まれる。 ロロが振り返る。 「マリアンヌ・ド・ウィンター・・・、何の用です?」 「あなたこそ何をするつもり?まさかゲルマニアの騎士の称号を持つあなたが神聖な決闘に横やりを入れるつもりかしら」 「これのどこが神聖な決闘なんですか?そもそも決闘とは貴族間で行われるもの。これは決闘ではありません」 「では男同士の果たし合いとでも言いましょうか」 「どう言おうと同じです」 マリアンヌの言葉をロロが厳しく批判する。 だがマリアンヌの反応は肩を竦めるだけだった。 「馬鹿馬鹿しい・・・、あなたは何を期待しているんです?」 「それは勿論、あの平民の子の逆転勝利を」 「何を言ってるんですか。どう見ても初めて剣を持つような素人にメイジ殺しの真似をしろと?」 それを聞いたマリアンヌがクスリと笑みを浮かべた。 何かを企んでいる様なそんな表情にロロが訝しげに尋ねる。 この女、何を企んでいる? おんなの挙動不審な行動を追求しようとして、ロロが口を開く。 だが聞こえて来たのは誰か別の者が上げた声だった。 「もう止めなさいよ!これで十分でしょ!」 才人の前に飛び出た人影、ルイズだった。 ワルキューレが構えた拳を下ろして広場の中央からやや下がる。 「ルイズ!邪魔すんなよ!」 「そうだそうだ!!」 群衆の中から文句が飛び出る。 ルイズは彼らをキッとねめつけて再び叫んだ。 「もう決着はついたでしょ、ギーシュ。こいつに謝らせるからそれで終わりよ!」 「あ、ああ、そうだな。彼が真摯に謝罪するのならば僕も鬼ではない。寛大に許そうと思う」 何故かほっとした様子でギーシュも髪をかき上げ宣言する。 他の生徒達の中からは残念そうに声を漏らす者もいたが、そうした連中はルイズ達の咎めるような視線を受けて慌てて口を閉じた。 広場の雰囲気は無事に才人の謝罪で解決する方向へと進み始めていた、はずだった。 「ほら、謝りなさいよ!」 才人の方に振り返ったルイズが腰に手を当てて怒った調子で才人に言う。 垂れた前髪が才人の目を隠して、俯く彼の表情を隠していた。 微かに才人の唇が震える。 「・・す・・よ・」 「もっと大きな声で言いなさいよ!さっさと済ませて治療するわよ!」 「邪魔すんなよ・・・」 その言葉にルイズはえっと思わず声を上げた。 才人が顔を上げる。 悔しげに歪んだ顔、その目と声はまだ怒りに震えていた。 「な、何よ!使い魔のくせに私の命令に逆らうんじゃないわよ!」 「口を開けばそれかよ。使い魔使い魔って・・・そんなに貴族が偉いのかよ」 ざわざわと戸惑いの様子が観衆達の間に広がっていく。 いつまで経っても才人の口からは謝罪の言葉が聞こえてこない。 ルイズとの会話を聞きとろうと皆が耳をすませた。 「自業自得の馬鹿が勝手な言いがかりをつけてメイドの子を詰るのが、そんな貴族のどこが偉いんだよ!」 「あ、あんた・・・」 「間違ってる事を間違ってるって言って何が悪いんだよ。俺は・・・」 才人の腕が上がる。 その目はもうルイズを見ていなかった。 青銅の像に真っ直ぐと向けられた剣。 ルイズはハッと才人の手を見た。 薄らと光を帯びた使い魔のルーン、才人の纏う雰囲気が僅かに変わったような気がした。 「き、君はまだやるっていうのかい?」 「お前になんか謝ってたまるかよ!謝るのは、シエスタに謝るのはお前だろうがッ!!」 ぐっと腰を落とした才人が弾けるように駆け出した。 先程までとは打って変わった俊敏な動作。 ワルキューレの突きだした拳を掻い潜り、剣先を突き出しワルキューレの胸を貫く。 そして才人の腕が霞んだ瞬間、ワルキューレが真っ二つに切り裂かれる。 刹那の斬撃、胴で切り離された青銅の像が地面の上に転がった。 重たげな音が誰もが黙り込んだ広場の中で妙に大きく聞こえた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010.03.14 15:27:37
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