カテゴリ:コードギアス
ゲルマニアの商人マルセルの窮地を救ったスザクは遅れて合流した傭兵の護衛部隊と共に黒の森から出る事となった。
マルセルの傷の手当てもあり、一行はゲルマニアとガリアの国境地帯からほど近い文化大都市ミュンヘンへと向かった。 遺跡の傍から離れる事に僅かな躊躇を見せたスザクではあったが、マルセルから是非にと乞われた事、そして何よりも久しぶりに素顔をさらして人に接する事の出来ると言う誘惑がスザクに決断を促した。 だがこの時スザクは既に自分が途方もない困難に巻き込まれており、自分の力ではこの状況をどうする事も出来ないと言う事を薄々感じ取っていた。 狂おしいほどの焦燥感。 それが今スザクが感じる最も強い感情だった。 眠れずに目を開ける。 視界に映るのはまだ真新しさを残す木目の天井だった。 場所はミュンヘンの商人街にある宿の一室。 同室となった傭兵達は夜の街へと繰り出しており、部屋にはスザク以外の者はいない。 ただでさえ狭い部屋の中に無理矢理並べられたベッドの一つに寝そべってスザクはジッと考えに耽っていた。 取り巻く状況の整理、しかしそれはすぐに混乱の渦の中へ溶け込んでいく。 自分が知るものとは異なる未開の文明、そんなものが地球上に存在するわけがない。 スザクはミュンヘンまでの道程を思い出す。 深い森を抜ければそこはまるで中世の欧州の様な光景が広がっていた。 道を行き交う馬車と未舗装の道路、広がる畑を耕す農夫達の手には鍬や鋤があり、機械の姿は欠片も見えない。 ゲルマニア屈指の大都市だと言うここミュンヘンでさえも電気の灯りは僅かばかりも存在しなかった。 代わりにあるのは篝火の灯りで、それに照らされながら人々は石畳の道を行き交っている。 スザクは体を起こして窓際へと寄った。 開け放った窓から夜の涼しい空気が流れ込んでくる。 これだけならばまだ自分は過去のヨーロッパの世界に迷い込んだのではないかと思えた。 ゲルマニアやミュンヘンといった地名は欧州の歴史や地理で出てくる名前だ。 しかしそれは瞬く間に否定された。 星々が瞬く夜空に浮かぶ青白い双子の月。 それは幻覚でも見間違いでもなく、スザクの淡い希望を打ち砕きまるで嘲笑うかのように冷たい光をスザクに投げかける。 月が二つも在るなど冗談ではない。 この常識を覆す光景がスザクが未知の世界に居ると言う何よりの証拠だった。 てっきりギアスの遺跡の力によって離れた場所に飛ばされたものだと思い込んでいたのだはそれは間違いだったらしい。 ではこれからどうすれば良いのか。 決まっている。 すぐにでも元の場所へ戻る術を見つけなければならない。 自分はゼロだ。 この身は平和の象徴。 未だ静かならざる混乱の中にあって国々を繋ぐ鎖。 ゼロがテロに巻き込まれて死のうものならば象徴を無くした世界は再び各国の思惑により分裂を始めてしまう。 そして何よりもこのゼロとしての役目は多くの失わせた命への贖罪でもあり、平和の為に命を賭した友人との約束でもある。 勝手に放棄して良いはずがない。 何でも良い、行動を起こさずにはいられなかった。 スザクは通りにある一軒の建物に目を付けた。 識字率が低いのか、店の看板に描かれた絵を見ればそこがどんな店かは容易に想像がつく。 でかでかと看板に踊るジョッキのマークは紛れもなく酒場の目印だった。 スザクは立ち上がる。 既にあの奇抜なゼロの衣装は脱ぎ、マルセルから譲り受けた簡素な衣服に着替えていた。 自身の格好を見下ろし少々みすぼらしい気もしたが、そういう物なんだろうと思い直す。 少しでも情報を集める。 その為にスザクは行動を始めた。 部屋の扉を開き廊下に出る。 大勢の共有部屋である為鍵は付いておらず、スザクは荷袋を肩から背負い階段へと向かう。 階下はちょっとした食堂の様な作りになっており、そこでは数名の商人達が椅子に座り軽食と共に会話を続けている。 ふとスザクは階段の下に人影がある事に気がついた。 ジッと自分を見る目にスザクは心の中で首を傾げる。 確かアニエスと言ったか、盗賊連中の大半を瞬く間に切り捨てた女性の剣士。 睨まれる様な真似はしていないつもりなのだが。 怪訝に思いながらも気にしない素振りでスザクが彼女の前を通り過ぎようとした時、初めて彼女の口が開かれた。 「少し話がある。付き合え」 酒場の中は喧騒に満ちていた。 加えて店の中を漂う濃密な酒気もあり慣れない者にとってはかなり居心地の悪い場所だろう。 だが酒を飲み交わし活発に情報交換のできる場所は他にはなく、傭兵達にとってここは活動拠点の一つでもあった。 勿論それはアニエスにとっても同じ事である。 トリステインを中心に活動しゲルマニアにはコネクションのない彼女にとっては酒場での会話は貴重な情報源であった。 慣れた様子で奥へと進んでいく彼女の後をスザクが追う。 アニエスが向かう先の席には既に数名の傭兵と思わしき者達が座っていた。 マルセルの護衛として雇われた連中だった。 彼らはアニエスの姿を見ると会話を止め、そしてアニエスの背後のスザクにどこか警戒した様子を見せた。 二言三言ほど言葉を交わし、彼らは入れ違いで酒場から出て行く。 それを怪訝そうに見送るスザクにアニエスが言う。 「クルルギスザクだったか?」 「スザクでいいよ」 「ではスザク、彼らを悪く思うな」 「え?」 「あいつらはお前を盗賊の仲間だと思っているのさ。だから同じ部屋で眠るなどとんでもないと言う事だ。悪いがお前は今夜はこの酒場の上の部屋で寝てくれ」 スザクは改めて自分が異邦人なのだと思い知らされた。 自分がそれを感じる以上に周囲の者もスザクの事を異端だと感じているのだろう。 「君も・・・僕の事は盗賊だと思っているのかい?」 「いや」 アニエスはあっさりと否定の言葉を口にした。 「お前の戦い方を見ていた。護衛としては拙い限りだが訓練を受けた者の動きに見えた。それに・・・」 一旦言葉が途切れる。 視線が腰元に向かうのをスザクは感じた。 「銃を持った盗賊などその辺をうろちょろ出来るはずもない」 「そう言うものかな」 「・・・お前」 アニエスの目が細められる。 「銃はどこで手に入れた?」 「いや、これは・・・」 「ギルドの登録証があるだろう?見せてみろ」 「登録証?」 スザクが漏らした言葉にアニエスは顔を顰めた。 何かまずい事を言ったらしい、そう思いスザクは誤魔化しの言葉を口にする。 「記憶がないんだ。だからその辺の事情が分からなくて」 「嘘だな」 バッサリと切り捨てられる。 ふとスザクは友人の一人を思い出した。 良くも悪くも嘘やはったりが上手い彼がここに居ればきっと苦労せず上手く切り抜けられただろうに。 彼ならばどうするだろうか、そんな事を考える。 真実を言って所でそれは意味がない事だろう。 自分ですら信じられない事態なのだから頭のおかしい奴だと思われるだけだ。 ならば真実の一部を織り交ぜて話した方がとぼけやすいか。 「じゃあ聞くけれど、君が知らない場所の地名を挙げてそれを信じてもらえるのかな?」 「どこの国だ?言ってみろ」 「合衆国日本」 「がっしゅ・・・知らんな。聞いた事もない。どこにある?」 「えっと、東かな。多分ここからずっと東」 「ロバ・アル・カリイエの事を言っているのか?」 「ここではどう言われているのかなんて知らないよ。少なくとも僕達は自分達の国をそんな風には言わなかった」 「大砂漠を、サハラを越えて来たのか?あの格好で?」 スザクは首を横に振った。 「分からないよ。気づいたらあの森に居たんだ」 「何だと・・・?ではお前は何も知らずにここに居ると言うのか?」 「さっきからそう言っているつもりだ」 馬鹿な話をしていると思った。 アニエスがこの話を信じてくれるとは思えない。 だがスザクがこの世界でしばらくの期間を過ごす為に、そして帰還の術を探すためにも人との繋がりがどうしても必要なのだ。 好機だと思った。 少なくともこのアニエスという女性は少なからず枢木スザクという人間に興味を抱いてくれている。 「ではお前の銃を見せてくれないか?それを見て判断したい」 「今ここで?」 「構わん。小型拳銃だっただろう」 スザクはベルトから下げたホルスターの中から手のひらで隠すように銃を取り出し、アニエスの前にそっと置いた。 それを手に取り、アニエスは矯めつ眇めつその銃を眺めた。 軽量な素材でできたコイルガンであるから、その手触りや形はアニエスの知るどの銃とも違った。 ハルケギニアで広く使われているフリントロック式ではなく、近年ゲルマニアで流通し始めた回転式拳銃に似ているが手にした事のないアニエスには何とも言えなかった。 「少なくとも一介の傭兵が手に入れられる物ではないな」 「信じてくれるのかな?」 「分からん」 アニエスはスザクに銃を手渡すとそう言い放った。 えっと思わず声を上げたスザクにニヤリと笑う。 「一先ず変な事を言う奴だと思う事にするさ。別にお前がどこの国の出身だろうと私には関係のない事だ」 「それはそうだろうけど・・・」 とりあえず疑いつつも自分の言い分の幾らかは認めてくれたらしい。 そう思ってスザクは少しだけホッと安堵の息を吐いた。 少なからず収穫もあった。 ロバ・アル・カリイエ出身、これからはそう名乗れば良さそうだ。 「その銃だが・・・」 スザクが銃を仕舞うのを見ながらアニエスが言う。 「お前は『ガンスミスギルド』に登録せずに銃を所持している。普段はあまり人の目に付かないように持っておいた方が良いぞ。変な疑いをかけられたくないだろう」 「そうか、そうするよ。ありがとう」 いつの間に注文していたのか、給仕の少女が酒と料理を運んでくる。 杯を手渡されてスザクは中身を覗き込んだ。 「麦酒だ。飲めないとは言わないだろう?」 「多分大丈夫だと思う」 アニエスが美味そうに飲むのを見てスザクも杯を傾ける。 独特の苦みが舌の上を滑り喉へと下りていく。 スザクが知るビールとは随分違い、雑味が多く御世辞にも美味しいとは言えないが飲めないほどではない。 並べられた料理をつまみながら二人は話を続けた。 「しかし当てが外れたな」 「え?」 「てっきりお前はギルドに登録しているんだと思っていたんだ。お前に紹介してもらおうかと思ったんだが・・・」 「期待に添えなくてごめん」 「まあいい、他にも縁故はある。そっちに頼るさ」 料理に伸ばした手を止めてアニエスの視線が上がった。 この酒場に来た時よりも幾分穏やかに、警戒色を弱めた瞳は僅かばかりの好奇心を湛えてスザクを映していた。 「で、お前はこれからどうする異邦人」 「とりあえず僕がここに連れてこられた原因を探そうかと思ってる。何が何でも帰らなきゃならないからね」 「ならマルセル氏に言えば働く先は幾らでも見つかるだろう」 しばらく思案する仕草を見せたスザクだが、すぐに顔を上げてアニエスに向き直った。 「どこか珍しい物を集めている所とかないかな?」 「は?珍しい物だと?」 「そう。たとえば・・・そうだ、ロバ・アル・カリイエ製の品物だとか。何でもいいんだ。そういった物を集めている人とか場所とかないかな」 「そうだな・・・」 しばしあれこれと思案し、やがてアニエスは思い立ったように口を開いた。 「私は明日ミュンヘンを発ち、ゲルマニア北部の都市であるハンブルグへと向かう」 「ハンブルグ?」 「ああ。ゲルマニア屈指の大都市だ。ついでに言えばガンスミスギルドの本部がある。銃を仕入れに行こうと思ってな」 それでと一旦言葉を切り、麦酒で喉を潤して言葉を続ける。 「そこの領主が大層な道楽貴族らしく古今東西の珍しい物を集めているそうだ。どうする?付いて来るか?」 問いかける様な視線、しかしその目にはしっかりとスザクが食い付いて来るという確信が秘められていた。 ここに残っていても意味は無い。 少しでも手掛かりになりそうなものに行き着きたいのなら動くしかない。 スザクに選ぶ余地は無かった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010.06.03 00:12:21
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