河合隼雄、吉本ばなな著　　『なるほどの対話』　　2005　（株）新潮社　p.54

ここで予想外に怖いと言っているのは、その土地に住んでその土地の食べ物で生活していると、考え方とか価値観にまで影響を及ぼすという意味だ。
ここでは吉本のブラジルでの経験を元にそのあたりの話が展開される。

吉本「基本的に南米に住んでいる人たちはスペインなどから来たはずなのに、死生観がまったく南米になっちゃっていて。あれは気候のせいでしょうか。『死んだら死んだでいいじゃん』みたいな感じに。あの感じって、ヨーロッパの人のものじゃないと思うんです。」
河合「その土地に住むとか、その土地のものを食べるっていうのは、予想外に怖いことじゃないですか。」
吉本「影響が出ちゃうという意味でですか？」
河合「うん。遠藤（周作）さんの『沈黙』という作品があるでしょ。たしかそのなかで、ロドリゴという神父が日本に来たときに、日本の土地を踏んで、日本のものを食べたら、もう、それに染まるんだと。ぼくはそのことを文章に書いたことがありました。やっぱり土とか食いもんっていうのは、すごいのと違いますかね。だから白人たちは、自分たちはインディオと違う世界をつくっていると思っているんだけれど、あなたが言われたように、深いところでは・・・。」
中略
吉本「それと、移民としてわたった日本の人たちがいて、二世、三世ならわかるんですけれど、もともと日本で育った一世なのに、みんなもう、日本人じゃないんです。それが印象的でした。『ダメならダメでいいわよ』とか『もう、いいんじゃないか』というような投げ出し方とか。あと、命に対する迫力、すごく迫力があるんだけれど、あっさり投げ出す感じ、『死ぬときゃ死ぬんじゃないの』という感じが、ぜんぜん日本人じゃない。見た目はまったく日本人のおじちゃん、おばちゃんなのに、『この人たち日本人じゃない』ってすごく感動しました。」
中略
吉本「ジャングルがガーッと繁ってて、水がドドドドドーッて。そんな土地に生きていると、ちょっと違うふうになっていっちゃうんですね。」

このあたりの話は和辻哲郎の『風土』にも通じてくる。
その土地の風土が文化形成におおきな影響を及ぼし、価値観にも影響を及ぼすというものだ。
ここではそれに食べ物も入れているが、和辻の風土も大きく捕らえればその土地特有の食べ物も含まれる。

この考え方はきちんとした論拠を持って理論付けようとするとかなり無理がある。
だけど、他人を説得させるだけの力強さは十分にある。
ぼくはハワイでしかジャングルは見たことないけれど、熱帯雨林のように有無を言わせない迫力に台風のような強い雨風。
そんな土地で他人の粗を探していくような生き方などとうていできはしない。
更には他人を蹴落としてまで手に入れた地位やお金も、次の日の洪水ですべて失う可能性だってある。
いや、命すらままならない。
そんな場所だと必然的に死生観だって変わってくる。
せつな的にならざるを得ないだろう。

だとすればその土地にしばられるということは、価値観もしばられていくことになりかねない。
いくらほかの国の文化を勉強してみたところで、その土地で住んでみないことにはなかなか価値観を覆すことなどできない。
よく言われることだが、日本から出るとかえってよく日本が見えてくる。
実際ぼくもそうだった。
まあ、実際にいろんな国に住むことは難しいかもしれないけど、できるだけいろんな土地や風土を肌で体験するというのはとても大事だと思う。
あと、これがほとんど不可能なんだけど、いろんな言葉を覚えることができたらもっといいんだけどね。