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テーマ:DVD映画鑑賞(13700)
カテゴリ:映画
■映像化してしまえば、ただの家族の物語にしかならないだろう。そんな作者や読者の危惧は完全に払拭されたとは思えない。
■たしかに春が描くアーティスティックな落書きや遺伝子構造のメカニズムは視覚化されたことによって、より鮮明な印象を与えることに成功はしていた。しかし、この映画があの小説の雰囲気を崩さず、壊さず、見事に映像化して見せてくれたかと言えば、首をかしげざるを得ない。 ■伊坂幸太郎の持ち味のかなりの部分は登場人物たちの会話劇の面白さにある。その唐突さとか、洒脱さとか、意外性は必ずしもリアルな身体表現を伴わない。したがって、生身の人間がそのセリフをそのまま使って演技して見せてくれたところで、伝わってこないもどかしさがある。 ■「オレたちは最強の家族だ」この父親のセリフがニヤニヤさせられるほど効いてくるのは、字面として浮かび上がってくる言葉のかっこよさであり、いくら小日向さんが熱演してくれたとしても、声に出されて聞かされるその言葉の響きではない。 ■中村義洋監督が「アヒルと鴨」と「フィッシュストーリー」を映画として面白く見せてくれたのは、小説世界を一度撹拌して通じるところだけを再構築して仕上げたところが大きいと思う。出来上がった映画からはあの気のきいたセリフ回しや含蓄あふれる決め台詞がほとんど省略されていることに気づいたのはこの「重力ピエロ」を観終わった後だ。 ■小説「重力ピエロ」が読者にとって特別な何かであることの原因はこの家族の善も悪もひっくるめた滅茶苦茶さがとても痛快で、常識を逸脱した強さを描いていたところにあった。それが加瀬君と岡田君のどこかしら寂しいと見受けられる姿かたちに感情移入ができなかった理由だ。 ■それでも唯一原作を抜け出していると感じた場面は幼いころの兄弟が二段ベッドの上と下で深刻な大人の言葉を笑い飛ばしているシーンで、この表現は小説にはできない映画的な面白さだと思った。 ■おかしな家族を描いた小説の映画化は洋画の世界ではわたしの好みのジャンルのひとつだ。「ガープの世界」しかり、「ロイヤル・テネンバウムス」しかり、「アメリカン・ビューティー」しかり、「ギルバート・グレイプ」しかり。全部に共通するのはすごく切実な話なのに、見終わった後にやってくる独特の乾いたユーモアセンス。実はその後味はほとんどの伊坂作品に感じるものなんだけどね。 ■アーヴィングと伊坂の描く小説世界の甲乙は個人的にはつけがたい。しかし「ガープの世界」と「重力ピエロ」、どちらの映画が好みかと言われれば間違いなく前者。ラストシーンの空中ブランコに乗ったピエロが映像化された時点でわたしの気持ちはすーっと引いていってしまった。できることなら彼もまた真っ逆さまに(春のように)落ちていってくれたらまた印象は違ったものになったのかもしれない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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