お昼休み、
●まどやで買ってきたドカ盛牛カルビ丼をかき込んでいた新採くんが、
あッ!!
ちいさく声をあげた。
どないしたん?
新採くんは、丼の中から何かをつまみ上げて、私に向けた。
毛ぇ。
...はぁ?
あんた、そのぐちゃぐちゃの丼メシの中から、
そんな髪の毛1本ちょろっと、
しかも、あの勢いでがっつきながら、
よう見つけたねぇ...
感心するひいちゃんの声など、まるっきり届いてない様子で
彼は憤慨しております。
信じられんっすよ~!!
保健所に訴えた方がいいっすかね~!?
まぁまぁ。
近所のお店のことやし、今回はこらえたりぃな。
なだめつつ、
ひいちゃんは先輩から昔きいた話を開陳する。
役所の裏にな、ひら●ま食堂ってあるやろ、
いや、今もあるんかどうかは知らんねんけどな。
そこに、『きぃどん』っていう裏メニューがあんねん。
きつねどんの略でな、要は、あぶらげの卵とじの丼なんやけど。
ある日先輩が、その『きぃどん』を出前してもろたんやって。
ほんで、はしっこから食べていって、
途中で真ん中のあぶらげをこう、べろんっ、て持ち上げたら...
オチが読めたのか、
彼は眉間にぐいっとシワを寄せた。
でっかい、ゴキブリの姿煮が、豪快に入ってたんやって!
彼は、マンガに出てくるみたいに目を糸のようにしつつ
ありえないっすよ、
そんなできあがった話...
ひいちゃんは言い切った。
あり得る!! あの店やったら、絶対あり得る!
アンタも、一回行ったら分かるわ!
どうやら、ゴキブリよりは髪の毛の方がなんぼかマシや、と得心したらしく、
彼は再び丼を喰らい始めた。
ああ、今日も実直な青年の正常な衛生観念を破壊してしまった...
ま、ええか。
アタシの子やなし、孫やなし。
そしてひいちゃんはしみじみ追想する。
ああ、情熱のひら●ま食堂...
ファンの間では、愛情込めて『レストランひら●ま』と親しまれてた。
一歩足を踏み入れれば、そこはまるで体育倉庫。
机や椅子や壊れた扇風機なんかが乱雑に積み重ねられ、
テーブルの上には白っぽくカピカピに固まった七味とんがらし。
瓶ビールの賞味期限がきれてるのなんかは驚くに値しません。
けど、そこでコテコテに汚れた白衣を着た老店主が作り出す料理の数々は、
奇跡的にうまい!!
1番人気、串カツ!!
2番人気、焼き鳥!!
隠れた逸品、ひね(親鳥)のスキヤキ!!
ただし、串カツと焼き鳥は、
3本に1本は『あたり』があることを覚悟しておくべし。
...なんだかすっぱい味がする
そんな細かいことがいちいち気になるようでは、
『レストランひら●ま』を語る資格はありません。
そして、なかでもひいちゃんのお気に入りは、
フライドポテト!!
食堂でフライドポテト注文する客も少ないせいか、
あんまり知られてなかったけど、
ここのフライドポテト、あの『シェーキーズ』と同じ味がするの!!
「ピザの味は忘れても、ポテトの味は忘れない」と絶賛される、
あの魅惑の味...
このポテトと、あたり付き焼き鳥をアテに
賞味期限切れビールをぐびぐびやるのが
うら若き乙女だった独身時代のひいちゃんの
至上の楽しみだったけど...
もう何年も足を運んでないなぁ。
まだあるんやろか、あの店...
保健所にしょっぴかれたっていう話も聞かんけど。
まだあったら、占ってみたいな、
今日はアタリかハズレか...