24213899 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

h+and   ~ I want to throw away ~

PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

サイド自由欄

ご訪問 ありがとうございます。
しろくろ、シンプル、すくないモノで暮らす 
すずひのブログです。3人家族。ミニマリスト。

人生のさいごには、
葛籠(つづら)ひとつにおさまるだけ、の 
少ない持ちモノになっていたい。


 *** 読者のみなさまの おかげで ***

* すずひのブログが 1冊の本に なりました *


にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村



ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村


にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村


にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

















































カレンダー

カテゴリ

楽天カード

全216件 (216件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 22 >

ミニマルに暮らす

2019.10.17
XML
カテゴリ:ミニマルに暮らす
他人に左右されない、自分の「芯」を持っている人って、とても素敵です。

けれど、きっと、どなたさまも初めからそうだったのではなく、
誰かを目標にしたり、目指したり、時に模倣したりしながら「影響を受ける」時期を超えて、

ある段階から「独り立ち」するのでありましょう。



「ある友人は僕には影響力があると言うが、
              僕の本当の力は影響されないことにある。」
                      #カニエ・ウェスト氏の言葉




影響を受けないことが、影響力。  か。

誰からも影響を受けないところまで強くなったときに初めて、誰かに「影響」を与えることができるのかもしれません。 本当に、そうだと思う。


影響されっぱなしの人に会うことがありますが、見ていると、大丈夫かな、と心配になります。

本当に好きなことがわからない。 本当に好きな服や似合う服がわからない。

本当は何がやりたいのかも、わからない。 自分のしていることに自信を持てない。

わからない わからない  わからない。   しんんどくて、不安だろううな、と。


あ、これ まんま 物を捨てる前のわたしのことだわ Σ(゚д゚lll) !!!!






シャツ(C)+スカート(E)+ニット(F)
ちょっとだけ、「白」を加えます。 挟みます。  この「白」がないと・・・






街で、雑誌で、ネットで。
服や靴、食器やインテリアばかり見ていたころは、受け取る情報量があまりにも多すぎて、
わたしの中に もともとちゃんとあったはずの「選ぶ」という機能は、
日に日に失われ、衰えてゆくばかりでした。

どんどん自力で選べなくなって、物欲がコントロールできなくなって、判断力もおかしくなって。

ネットでお買い物しようとしただけで、ぐったり疲れてしまいました、ということってありませんか?


ああ、もう何が何だかわからなくなってきた!何が欲しいのかわからん!! みたいな、ね。



ものすごく買っていた頃。  買うことをやめ、捨てに狂った頃。


これは どちらも たいそう「偏った状態」で。


偏らない、自然な「中間」であることの、簡単なようで 難しいことったら。

強い時もある。 弱い時もある。  やはり「中間」がいい。

やりすぎることもある。 やり足らなさ過ぎることもある。 だったら「中間」がいい。


捨て過ぎる時期もあった。 捨てなさ過ぎる時期もあった。 


振り返れば、中間が・・・  今が、 いちばん、 いい。







スカート(E) + ニット(F) のみ。
ミニマルに偏り過ぎた、ただただつまらない格好になります。 シンプルが過ぎる。





アリストテレスも、パスカルも、お釈迦さまも、孔子も、そのまた お弟子も、
みんなみんな、様々なご経験や研究や、人生の果てに、
最後に、どの偉人さまも、その手の「中間推し」のお言葉を、残されておられるらしい。  


人間の行為や感情を最も良い状態に保つのは「中間であること」が大切、とか。
心と肉体、すべての健康において「中間」であることこそが最善なのですよ、とか。
中間 すなわち「偏らないこと」は、ずばりそのまま「執着しないこと」になりうるのですよ、とか。


中間であろうとして それを意識して頑張りすぎたり、逆に力を出し惜しみするのではなく、
「自然の流れの中で、ほどほどの中間であることが、最善で、美徳なのです。」と。


それが結局は いちばん「幸せ」なのですよ、と。


悟るということは、こういうことなのかもしれない。

ぬるい話でしょうか。いいえ、この歳になってみますと、なかなかじんわりと染み入る話です。


中間でいいよ、普通でいいよ、とは。  先生も、親も、あまり言ってはくれないものです。

中間であることを「平凡」とか「凡庸」とか そんな風に感じるからなのかもしれません。



中間って、ふつうって、とても素晴らしいよ。  


世間には、それを容赦しないような風潮があるのは、なぜなんだろう。








コート(K)。黒が大好きですが、全身真っ黒では、いくら好きでもちょっと偏りが過ぎますね。

        ※ 2019・最新の少数精鋭ワードローブの一覧はこちらです →




  *************************************




すごく太ってしまっている芸能人チームと、すごく痩せている芸能人チームのバトル、
「論争」みたいなものを、たまたまテレビで目にしたことがあるのですが、
すごい罵倒し合うんですよね、お互いの体型を。


「デブは絶対に嫌だ!!」  「いいやガリガリよりはマシだ!!」 と。


互いに真剣で、すごい敵意と剣幕で、
それぞれの名誉と威厳をかけた熱い言い分は、確かに真っ当なところもあるのだけれど・・・



「普通体型」という存在の概念が、両者揃って、抜け落ちている。


 両者とも、「中間」を、忘れてる。








コート(K)+スカート(D)で、ほんのちょっと「白黒」を覗かせましょう。 
白でも黒でもない「ボーダー柄」って・・・そう思うと、究極の「中間」だね! 平和!

↓「スタッズ」の黒×シルバーは、ボーダーと同じようなアクセントになりますね ( ´▽`)






  **************************************




ものすごく食べ物にこだわった暮らしをしている方の中には、
ジャンクフードばかり食べている人や、家族や子供に与えている人のことをひどく侮蔑したり、
目の敵にする方もいらっしゃるけれど、

「ふつうの食生活」というのも、ある。 というか、それが多分、世の中にほとんどなはず。

自然食や添加物云々には無頓着であっても、とてもお元気で長生きをなさる方もたくさんある。


気にしすぎず、気にしなさ過ぎず、の、ちょうどいい「中間」の。


その方の暮らしに、体に合った、「ほどほどの食事」を、きっと なさったんだと思う。


それって、幸せだな。   ほどほどって、最高だな。







おとーさんとのランチの帰り道。 見上げた青空と、金木犀。 なんていい香りなんだろう。






いつだったかな。



もっとああなれ、こうなれ、もっとここを伸ばせ!って 懇談会で、担任の先生から言われて、


帰り道に。


「そのままでいいと、お母さんは、思うよ」 ( ´▽`)

「先生はああ仰ったけれど、あなたは、そのままで、とても素晴らしいと、お母さんは、思う」


と 言えたことがある。  並んで歩く、身長を追い越された お子に。





そのままでいい。






思わずこぼれたこの言葉は。 もしかすると、これは、わたしが。


いちばんわたしが。 誰かから言ってもらいたかった言葉、だったのかもしれないな。







                                    おわり






今日も読みにいらしてくださって、ありがとう。 

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

いつも「よんだよ」の合図を、ありがとう。 読者さまのお気持ちが、とても、うれしいです。







「令和元年台風19号被害支援募金」
「楽天クラッチ募金」はこちらです。被災された方々に1日も早く届いて欲しいです。 →












最終更新日  2019.10.17 20:40:04
2019.10.13
カテゴリ:ミニマルに暮らす
無知とは。 なんと罪なこと。  知ろうとしないことは「罪」だ。

知らなかったおかげで幸せなことも 世の中にはあるかもしれませんが。
知っていたほうが幸せであったり、頭にこないで済むことだって、たくさんたくさんあるのです。











この御本で「男性脳」を勉強できたことが。 日々の暮らしに、さっそく役立っています。



身近なお友達に配って歩きたいほどの お節介な気持ちになっています。

だって、だってさ ヽ(;▽;)ノ


同世代夫婦の妻で集まるようなときの話題って、というか「愚痴」って。
ほぼほぼここに書いてあるようなことばかり。
妻と夫が、互いの「違い」を理解し、その悩みを解消する術の全ては「脳」にある、と。
そうだったのか! と膝を打つようなことが あまりにもたくさんありすぎて。


人間性って、もともとの「性格」や「生い立ち」や「心の在り方」がメインなのかと思っていた。


違った。   犯人は、「脳」だった。  






かぼちゃ系の甘いお料理を男性が好まないのも「脳」のせい? 甘いのはおやつだ!と言う(笑)




「気が合う」とか「気が合わない」なんていうのは 本当に「気のせい」で。

脳が合うか、合わないか。 なんだ。   特に男女は。


じゃあ「思いやり」は?  という話になりそうですが、

思いやりのある行動を思いついたり、実行したりすることを可能にしているのも、
結局は「脳」なのではないか、という気がしてまいりました。 心根なんじゃなくって。


心の優しい子。 「心の優しい人」と言うのも ちょっと曖昧な表現で。

「優しい脳」を持っているかどうか、が おそらく 大切。


心だけ優しくても、それを言語化したり 行動に移すのは「脳」の仕事です。

思っているだけでは 伝わらない。


特に男女は。 特に「夫婦」は。  特に 結婚20年以上の夫婦は。





もたもた撮影をしていたら、バターが溶けてゆくー、止まってー!の、おやつブロガーあるある。





夫婦の道のりはけっして安泰じゃない。
脳の7年周期にしたがって、7年ごとに危機がやってくる。
結婚7年目。男女のときめきが消えて、本当の夫婦道はここから始まる。(P.4)



最初の7年は。 だから正直「あってないようなもの」。そこからだ、ということ。
こんなこと、誰が教えてくれましたでしょうか。
ここで諦める夫婦は、他の年回りの離婚と比べて明らかに多いのだそうです。
もったいない!のだそうです。


7年ごとに「脳」は相手に飽きて(呆れ果てて)、この人でよかったのかしら、と逡巡する。

そんな夫婦がようやく安寧の扉を開くのは・・・・「28年目」なのだそう。

へとへとになった夫婦の間に、希望の光が生まれるんですって。
この希望の灯さえ消さなければ、2人でそっと 大切に 大切に 守ってゆくことができたなら。


が、しかし、だ(叫)!!!


その直前(21年目〜28年目)というのが、もっとも危ない時なのだそう。
腐れ縁に、お互いの「脳」が いよいよ飽き飽きし、疲れ果て、呆れ果てるときだから。


うわ! わたしたち夫婦は、するってーと その最後の試練の真っ只中だね、おとーさん!  


お互い、良い「脳」でいたいー ヽ(;▽;)ノ


この「最後の試練の7年間」の在り方次第で、28年目〜35年目の7年間が大きく左右される。


「あうんの呼吸」か「絶望」か、の大きな分かれ目なんだって! (大きすぎやしませんか・笑)



  *************************************



中盤の、「家は寛ぐ所ではない」という言葉が刺さった。

常に神経を尖らせ(行き届かせて)いないと、生活なんてものは一向に回らないのだ。
妻は、常に、生活用品100品目以上もの「在庫管理」を任されている。
きちんと在庫があれば、当たり前。
うっかり在庫を切らしてしまえば、それは妻の過失であり責任。(なぜ!)
女性は、「妻」は。 平日の夜も休日も どこか、常に「追い詰められている」と。


一人きりでない限り、確かに 妻だけでなく夫の側も。

どちらも「完全にくつろぐこと」なんて できないのかも。

そこに「他者」がいる限り・・・ 家庭といえど、家族と言えど、そこは「社会」だ。



 ***************************************



男性脳には悪意はない、という言葉もまた 刺さった。

会話ですれ違っているだけな場合が 極めて多いのだと。


たとえば。


多くの夫は「妻は家にいるもの」と思いすぎている、と。
それが男性脳の「定番」となっているのだ、と。

「家にいるはずの妻がいないとショックを受ける」のは、定番の壊れに対して、
男性脳がショック起こしている状態、なのだと。

だから 外出する妻に「どこに行くの?」「何時に帰ってくるの?」「俺の昼飯は?夕飯は?」と矢継ぎ早にに質問してしまう。

これは別に 外出を責めているのではなく・・・単に「おろおろしている」のだそう。



そうなの!?!?



言われた側は、外出を責められている気がして気が滅入ります。 ほんと、滅入る。
それが嫌で、しんどくて 出かけれられなくなる「妻」は・・・多い。と。


夫が 妻の居場所や行動を把握したいのは、男性脳の安寧のための反射行為。

妻が家にいないことが 不便で腹立たしいから、ではないのだそう。



そ、そ、そ、・・・・ そうなの!?!?!?



これ、根本的な誤解のあるご夫婦って、 
日本の いわゆる熟年夫婦には、たくさんたくさんいらっしゃるんじゃないだろうか。


夫からしてみたって、こんな追いすがるような質問はしたくないのだそうです。
「定番の崩れ」に対する脳の不安が思いの外大きく、確認せずにおられない。

会社では そういうこと全部把握できますものね。 
部下や女子社員がふらりとどこかに出かけてしまう、とか ありませんものね(笑)



そう。 「確認」だったのです。


「また出かけるのか!」という皮肉に聞こえるのは、妻側のゆがんだ受け取りかた。
100%そう聞こえるんだけれど(笑) 夫は、そんな意地悪な気持ちではいっていない、と。


脳が、確認をしたがっているだけ、と。


きちんと報告すればいい。 事前に報告をして、互いに「確認」をすればいい。



知らなかった・・・・



知らなかった・・・・



知らなかったことだらけ (;_;)



無知とは、悲しいこと。  皮肉、ではなく「確認」なんだ。


それを知っていれば。 いさえすれば。  


出かけるたびに「皮肉を言われた!」と悲しくなったり、
誤解から喧嘩になって互いに「絶望」するようなことも、起こりえないのだ。


わたしは、おとーさんを、男性脳を ものすごく ものすごく「誤解」しているところがある。


おとーさん、ごめん!!!! ヽ(;▽;)ノ





がんばるぞー!おーっ!って感じのファーファの箱が、可愛かった。このポーズ、真似した(笑)







おとーさん、ごめん! 男性脳、ごめん! そして新たな気持ちでがんばるぞー! おーっ!

と、そんな、「謙虚で元気」な気持ちになれる1冊です。  

気づかされ、教えられ、心が・・・ いいえ「脳」が 元気に生まれ変わるような1冊です。

「妻の気持ちがさっぱりわからない」とお悩みの「夫さま」にも、ぜひ読んでいただきたい1冊。

1回目、最後まで読んだときは、ただただ放心状態なりました。 がーん・・・という感じ。
互いの「脳の違い」に対する理解が、これまでなんと足らなかったことか、と。 悔やんだ。

これを知っていれば。 もっと早く知っていれば、と。 ショックだった。

心や、性格。 振る舞いや、行動。 ひとつひとつの表情。発する言葉や、受け応えの全て。
穏やかで優しい笑顔も。 イラついた、険しい しかめっ面も。


すべて、それは「脳」の仕業。  



脳科学の本を、読み漁ってしまいそうな・・・  そんな秋のすずひ、です。








                                    おわり








多くの被害、停電、大きな河川の氾濫・・・ どうか みなさま ご無事であってほしい。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

今日もここへいらしてくださって、ありがとう。 お読みくださって、ありがとうございます。

被災されました多くの方々に・・・ ご冥福のお祈りと、お見舞いを申し上げます。











最終更新日  2019.10.13 18:52:28
2019.09.30
カテゴリ:ミニマルに暮らす
9月という月が、昔から、どうも苦手で。 1年12ヶ月の中で、どうも調子の出ない月で。

明日から10月なことが とても嬉しいです。


けれども。 今年。 「2019年」に限っては。


明日から増税だ! 10月1日から増税だ! ということで、
9月の終わってしまうことを名残惜しく感じるのかしら、などと思っておりましたけれど・・・


今 現在、そんな気持ち、全く感じておりません!! (`・ω・´)キリッ





使い切ったよ、野菜室。 パン粉だけ。 これは今週前半に使い切る予定のパン粉です。
野菜室、ガバッと外して洗います。夏バテで弱っている9月末の食中毒は 1年で1番怖いから。





ほんの2%お値打ちなうちに、と、把握できなくなるほどの在庫を持ったり、
焦ってしまって高額な何かを 思わず駆け込み購入してしまったり、
使いきれるかどうかわからないほどの、ふだんなら絶対に買わないほどの量のものを購入してしまうよりも。




いつもどおり。



ただ、いつもどおりに。



2019年 9月最後の日も。  こうして、買ったものを、ただ、使いきる。






ちょっとだけ嘘でした。「たい焼き」がいました(笑)! 大切な大切な、最後の1匹だよ(笑)




↑ とっても おいしかった「米粉のたい焼き」。カスタードをセレクトしました ( ´▽`)ノ



  ************************************



ミニマリストになってから。
いえ、冷蔵庫に関しては、そうなるずっと前からでした。

牛乳や卵やお豆腐や納豆が残ってダメになったことなど1度もないし、
野菜を使いきれずに廃棄したことも、ない。 使いきれない、という意味が よくわからない。
 
全て使い切る暮らしを、もう何年も、自然に続けて来られてる。

廃棄率ゼロを目指して皮も何もかも食べる、というような奇抜なこと等はしていませんが、
食品ごみ的なものは、「可食部」に関しては、ほとんど排出していない自信があります。

食べきれないほどの量のものをいただいてしまったときくらい、です。

食べきれないほど貰ったって、嬉しくないのです。 どうしたって食べきれないのですから。






こちらの冷凍庫にも、ご覧の通り、氷しかないよ。 みごと使い切ったよ!






食品も、日用品も。 

決まったものを、決まったお店で、決まった量だけ、買う。


そして、全部、使う。


どんな節税より、節約より、確実です。 
何にもしてないけれどお金は残る、という 安定の仕組み。


買い過ぎて、廃棄しちゃったら同じ。 2%のお得分など、あっさり損なってしまう。 

買いすぎていいことなんて、ない。 

食べ過ぎちゃったら太っちゃうし、使いすぎたら、お金もすぐになくなっちゃうよね。






あー、こちらもちょっとだけ嘘だった(笑)。 おとーさんのお楽しみの アイスー。



 ****************************************



しいたけ.さんの 週刊占いの更新されるのは、毎週 月曜日。 
嬉しい、嬉しい 月曜日。
いつも、まず手を合わせ、目を閉じて拝んでから読んでいるのです。 
それくらい、ありがたいの。



しいたけ.さんは、水瓶座のことを、いつも、いつも、誰よりもよくわかってくれている。


景色も、人の話も、どこか「シンプルにまとまっていない」ものが苦手。
「過剰なばかりでおもしろくない。だから少し黙っててもらえます?」というのが水瓶座。

自分の好きな世界観とか、自分が誇りをかけて作り上げてきた世界に関しては、
他人に土足で踏みにじられたら「ちょっと待てよコラ」とか言って容赦しないところがある。それが、水瓶座。

だから、全体としての自己評価はそこまで低くないのに、自分で自分の評価をどうしたら良いのか、なぜかわからなくなってしまっているだけなのが、水瓶座。

そこに一貫しているのは「変なことに巻き込まれたくない」という強い気持ち。
人間不信的に、さまざまなことから距離を置いている、偉大なる変人。 
それが水瓶座。



どの洞察も、圧巻。 ほんとその通り(笑)  水瓶座って、悲しいくらいに、そう。

ほんと、「巻き込まれたく」ないの(泣)

増税フィーバーにも、
恒例の「10%OFFの週間」にも・・・ もうね、すずひは、巻き込まれたくないよ。

(ですが、こちらには参加させていただきたいです。こんなスマートな、10円または100円の
  単位で支援のできる「募金券」がある、ということを、初めて知りました →






  **************************************


「過剰なもの」は、苦手。  それが、水瓶座。  


いいえ、きっと どの星座さんにとっても。 


「過剰じゃないこと」って・・・ とっても自然で、「心地いいこと」のはず、なんだ。







                                    おわり









歯ブラシの交換の日です。 いつもの定番を。 いつもの頻度で。 いつもの日に。

↓ 新しい歯ブラシは気持ちがいいな! いつもポチッとありがとう 日本茶
にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

特売を買い漁ったり、歯ブラシの状態をいちいちチェックする必要もない。 これが1番。

税金が2%上がっても。商品価格そのものの値下げなど・・・
     増税後の方がうんと安くなるものだって、きっとたくさんあるんだよね ( ´▽`) ♪






 ↓ すずひ家の、現在のデンタルケアグッズの「定番」。ずっとこちらを購入しています。


















最終更新日  2019.09.30 15:21:33
2019.09.29
カテゴリ:ミニマルに暮らす
ブログやInstagramなど、なんらかのSNSを 長く運営していると。

「そこに載せるために何かを買ってしまう」という苦しみが生まれるのだ、という話を
聞くことがあります。

初めのうちは ふつうに楽しかったはずなのに、
何か買わなくちゃ! 載せなくちゃ! という気持ちは、やがて強迫的なプレッシャーとなり、
負けられない気持ちや、周りから遅れを取りたくない気持ち・・・
無理をし始めると。 そこに陥ると、きっと、とても とても しんどいのだろうな。 


すごく「つながる」ツールですものね。 
繋がっていたい、という気持ちが そうさせるのかもしれません。 
本来楽しいはずのつながりも、いつしかストレスや負担になってしまうこともあるのでしょう。

ミニマリストブログの場合は、どこかその逆バージョンですから、とても幸せですね。

手放したくなる SNS。

買ったものや増えたものをご紹介させていただくことも もちろん多々ございますのですが、
どちらかというと、それはやや心苦しく(笑)、 
「手放したもの」や「捨てたもの」のご報告をさせていただくことのほうが、心晴れやか。

ブログのネタにするために 何かを頑張って捨てるんじゃ苦しいですけれど、
          (あ、そういう時期や段階があるのも決して悪くないと思いますよ)

何か手放せるものはないかなー、と。
日々、暮らしに気を配ることができるのは・・・ ブログのあるおかげなのです。

わたしにとって、これは、願ってもいなかった「良き習慣」「継続の習慣」となっています。



それにいたしましても、です。 

Instagramを徘徊していて いつも感じるのは。
どなたさまの背景も とても「おしゃれな壁」で、みんなすごいなー、という事。

コンクリート打ちっ放しの壁のご自宅や、マンションのエントランス? なのかな?
そういう撮影用の「MY 壁」みたいなスポットを、みなさま もれなく確保しておられる。

写真も、人生も、「背景」って、とても大切ですね。








今日は、「懐かしの画像」 盛りだくさんでお届けさせていただきますね ( ´▽`)ノ






さて。


「手放し」や「捨て」に どんなに慣れてまいりましても。

それでも いざ本当に手放す時の不安は「0」ではないところがあります。
手に入れたものを手放すことを、最後の最後まで 本能なのか自我なのかわかりませんが、
得体の知れない何かが 心の奥底で拒むのです。 拒否するのです。

手放してみないと。 
それが「ない」という状態で、暮らしてみないとわからないこともたくさんありますからね。

3日やそこらは暮らせても、それだけでは まだわからない。

そのシーズン丸々過ごしてみて、それでも「要らなかった」と判明したときこそ、

その「捨て」は本物だし、自力で辿り着いた「正解」なのだと言えましょう。



本当に要らなかったね、ということを、自分で自分に「証明」するってこと。



 ****************************************



たとえば、トースターとか。  


rblog-20160928081721-00.jpg



ダウンのアウター関係とか。






かごバッグとか。











あと、わたしの場合ですと「パンツ」や「Tシャツ」ですとか。














イキって手放してはみたけれど、本当に 本当に 本当に 大丈夫なのかしら。
やっぱり要るわ!ってなって 買い直す羽目になるのではないかしら。

そういう気持ちを、完全に消滅させることは なかなか難しいことですね。

どうしても困ったなら買い直せばいいだけのことなのでしょうけれど、
できることならそれをしたくないのが人間ですし、ミニマリストブロガー、です。(笑)



捨てたことは間違いだった。 買ったことは間違いだった。  わたしは失敗をした。   


それを認めることは とても恥ずかしいですし、何度味わっても 悲しいのです。




 **************************************



この夏の 初めての「持たない挑戦」「持たないお試し」。


それは、帽子。





47歳の夏前には、勇んで買ってしまいました。たくさんかぶるから、要るから、と信じて。



今年は、初めから買いませんでした。
そして、要らなかったです。  大丈夫でした。  
本当に、1度も、「あああ、帽子!」って なりませんでした。


夏が、まさにこうして終わろうとしています。


「9月の末までは、まだわからないぞ。」

まだ 成功とは言い切れないぞ と、
8月の半ば頃、ああ早くこの気持ちをはっきりさせたい! などと じりじりしていたのですが、

そこから、今日まで。  もう、帽子のことを 忘れていた。

「忘れる」って、最強の「捨て」です。

これを持たないぞ! 捨てるぞ! と 鼻息荒いうち、というのは、まだまだなのです。
捨てたもののことを いつまでも未練がましく覚えていることも。

人間関係もそうですね。 恨んでいるうちは その人の存在を、まだ必要としている。


本当に不要になれば、


忘れよう、忘れよう、と頑張らなくとも、ツラかった記憶ごと、ふっと手放せるものです。



  **************************************



それを手放したことや 要るかどうかの不安や 
そういうことひっくるめて 忘れちゃった時が、わたしの中での本当の「捨て」。


帽子、そうなれた。 本当に 「捨て」ることができた。





この頃は、夏は毎日のようにかぶっていました。服に合わせて、いっぱい持っていました。



パンツはね、手放してからもう随分と長いのですけれど、ちょっと気になる時もあるの。
暮らす中では何にも困っていないのですが、雑誌やファッションサイトを覗いたりすると、
なんとなく、ね。

とても素敵な着こなしのページを見てしまったときなどには、一瞬、ね。
わあ!こんな格好してみたい!!って。( ← こういう思いつきが、もっともダメなのよ・笑)

街中ではほとんど思わないんですけれどね。
どこへ出かけても「スカートでよかった」と思うことばかり。


スカートでの暮らしが わたしに合っていた。  パンツ探しの旅は いつも大変すぎた。


スカート、そして ワンピースが好き。


ちょっと活動的なことをする予定のある日には、
まくれ上がってしまうと困るような そんなときには、レギンスを足す。 
登山したり、サッカーしたり、バク転する訳じゃない。
ズボンはかなくたって、それで十分なのだとわかった。

夏前に手放した「折りたたみの日傘」も 帽子同様、必要なかったです。
日焼け止めもね、今年は、買ったけれど そんなに使わなかった。(ほとんど減らなかった)





このアンブレラを晴雨兼用で使いました。日傘より快適でした。大きいから2人で入れる(笑)



夏だから要る、と思い込んでいる いろんなもの。  あんなもの。 こんなもの。


 **************************************



「帽子」は。 わたしにとりましては。
 



秋の運動会シーズンですね。小学校最後の運動会。この頃から、帽子は「risako」一筋でした。
篠田麻里子ちゃんから めっちゃ似合う!って褒められたんだよね。AKBの握手会の時に(笑)




運動会など、そういう屋外行事のある間だけの必需品、だったのかもしれません。
そういう時期をとうに越えてしまった後も、買おうとする「癖」が なかなか抜けなかった。

そういう持ち物って、惰性で買っているだけのものって。
積極的に気にしてゆかないとついつい見過ごされがちになってしまうけれど、
実際には、家の中に。暮らしの中に。  まだまだたくさんあるのかもしれません。


  *************************************


ライフスタイルは 人それぞれです。

(「人それぞれ」とか言い出してしまうと、途端に説得力がなくなる事をわかっていますが、
  言いきってしまうとそれはそれで嫌われるのが、ライフスタイル界隈あるある、です・笑)


わたしに帽子が必要か、不要かは。 わたしにしかわからない。


が。


お子が大きくなったのなら、帽子とパンツは、なくても意外と大丈夫です。


わたしと似通ったライフスタイルをお持ちの方になら、ちょっとこれは、おすすめできます。


帽子選びって、意外ととても大変です。
服とのコーディネートにも工夫が必要ですし、とにかく「前が見えづらい」ことが・・・ 
もうね、48歳のわたしには、若い人が思う以上に「視野が狭くなる」ことは、危なくて。


パンツと帽子買わなくて済むってだけで、夏のお買い物って、うんと楽になる気がします。

「本当に似合うもの」を見つけるのが超・難しい2大アイテム、とも言えますものね。
「収納しにくい」2大アイテム、でもあるかも。








パンツ用の、こういうハンガー、わたし、過去25年間、ずっと好きじゃなかった。



お金も、時間も。浮きますよ。  


収納ストレスも、ハンガーストレスも、減りますよ  ( ´▽`)ノ









                                   おわり







懐かしい画像を。 わたしの読者さまは、きっと 
あ、これ覚えてる!とおっしゃってくださっていそうな気がして、なんだか嬉しい。

↓ 懐かしいバナーです。ずっと昔から読者さまでいてくださって ありがとう カメラきらきらにほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

最近になればなるほど、写真の撮り方や精度が、 
わたしなりに少しずつ上達してきている気がするのですが、いかがでしょうかー ヽ(;▽;)ノ















最終更新日  2019.09.29 08:01:13
2019.09.23
カテゴリ:ミニマルに暮らす
部員のみなさま。  ごきげんよう。

秋分の日です。 

祝日ですが、今日も休まず部活です。 「買取査定額」のご報告です。


サンダル 11000円

ワンピース グレー4000円  ブラック4800円

                    合計 19800円        





下ろしたての時の靴底です。 手放す時も、ほとんどこのままでした。
砂利道とか砂道とか歩かない。大体がキレイな床を歩いているので、靴底が傷まない、妙。




すごく査定額がいいよね、どこに出しているの?と 聞かれることがあります。

ずーっと同じお店で。
ずっと同じ担当者さんで。

傷んだものや、取り扱いのないブランドのものや、ゴミのようなものは絶対に送らない。

梱包するときは、自分のできる範囲で最高に「丁寧」に、心を込めて。

ずーっと。 ずーっと。 ずーっと。  


大切に着た服を手放すときには。 何年も前から、この姿勢を 貫き通しています。






この夏は暑すぎて、結局、この2着をかわりばんこにに着るシステム、になっていました。




それだからこそ 提示いただける査定額なのだろうと、感じています。

「今回も精一杯頑張らせていただきました!」と、いつもメッセージをくださる担当さん。

本当にその通りなんだろうな、といつも感動してしまう。
こちらの思いに、精一杯の誠意で応えてくださる。 

丁寧に送ってよかった、といつも感じる。 同じ温度の心が通っている感じがする。


こんな高額つけてしまって、上の人から叱られたりしないのだろうか、と時々心配になるんだよ。
いや、もうすでにわたしの担当さんこそが ものすごくお偉いさんなのかもしれない。


同じ状態の品物が届いたなら、どのお客さんに対しても完全に同じ査定を提示するのか、
担当者の一存で加味したりできるのか、
果たしてどんな基準があるのかは全く伺い知ることはできませんが、

絶対に えこひいき してくださっている気が、わたしは、勝手にしている。


そんなことないのかもしれない。(多分、ない)


完全に平等な扱いなのかもしれない。 (多分、そう)



けれど。


勝手にそういう気持ちで、嬉しい気分、いい気分になるのは わたしの「自由」で、

本当に 信頼しているし、安心しておまかせできるし、 心から感謝している。



それが一番なのだと思う。


このお店だから査定が高い、ということなのではなく。
何年も前から築きあげてきた、わたしと担当さんとの「信頼関係」があるからこそ、
「お得意さん」「お馴染みさん」になれたからこそ、なのだろう、と 一方的に感じている。


お客さんを こんなに「いい気分」にさせてくださるのだから、

この担当さんは、正真正銘の「プロ」。   プロフェッショナルだ。







この薄さがよかった。しかしこの薄さに「耐久性」を求めるとなると、なかなかこれが難しい。




たとえもっとお金になるのだとしても、
だから 自分でフリマアプリで何かしようとは これまでも、これからも、全く思わない。


この担当さんがいらっしゃる限り。 ずっと、ここに お願いしようと思っている。


そういう「自分が信頼できる場所」「心強い手放しの味方」を持つことは、
ミニマルライフを送る上での、これは相当な「強み」であるのかもしれないです。

服や靴やバッグを手放そうとするたびに。
さて今回はどこに持ち込もうか、と悩んだり、あちこちで見積もりを出そうを挑んだり、
こんな低い査定額だった!キー!! とか イラついたり。


そういう数多のストレスと、完全に 無縁になれた。


一度もお会いしたことはありませんし、これからもそうなのだと思うけれど、
わたしのミニマルライフを、ずっと、ずっと、支えてくださっている。

信頼できる人とつながっている、ということ。







わたしのミニマルライフ史上、もっとも家事のしやすい服だった。またこんな服と出会いたい。




アドバイスという名の「こうすべき!」を ごりごり押し付けてきたり、
仲間かと思っていたのに変なところで突然足を引っ張ってきたりする中途半端な知り合いよりも。


ずっとずっと実直にわたし(と、おとーさん!)のミニマルワードローブライフを支えてくれる。


全く知らない人なのだけれど、大切な・・・ 「本当に大切な知らない人」。



これまでも。  これからも。  いただいたこのご縁を大切に、大切に、してゆきたい。


ずっと辞めないでほしい ヽ(;▽;)ノ !!






グレーはどうしても、お洗濯で色が褪せちゃった。大好きな色だったんですけど、ね(;_;)


  **********************************



査定合計額10000円に届くことが、当初の目標、と申しますか・・・密かな希望でした。
  (サンダル6000円&ワンピース2000円×2、くらいかな?と 予想していたの。)

思ってたのの ほぼ「2倍」です。 

おこづかいから200円足して・・・ ですから「20000円」に。



楽天クラッチ募金

令和元年台風15号被害支援募金の受け付けが始まりました(こちらです)→  

令和元年8月九州北部大雨被害支援募金も引き続き受け付けされています(こちらです)→



10000円ずつ、合計20000円を、支援させていただくことができました。


本当に、本当に、ありがとう。






                                    おわり






わいわい楽しく騒ぐことのできる「いつメン」がいてくれると安心な時期も、勿論ありました。
けれどもう、わたしは、その時期を越えました。抜けました。周りよりも早かったと思います。

↓ 孤独が好き系ミニマリスト・すずひ に、いつもポチッとありがとう。
にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

大切なものだけが残った。 大切な「人」だけが残った。 そんな気持ちです。
さみしい人に見えるかな(笑)? 大丈夫。人生の中でもっとも穏やかな心で暮らせています。











最終更新日  2019.09.23 16:56:58
2019.09.16
カテゴリ:ミニマルに暮らす
世の中には。

まことさまざまなお考えをお持ちの方がいらっしゃる、ということは 重々存じておりますが。


「貧乏に見られたい」という人は、おそらく、少ないのだろうと想像するのです。


一方「お金持ちに見られたい人」は、きっととてもたくさんいらっしゃる気が。 ( ´▽`)
「高見え」という言葉が雑誌の表紙をかざり、魅力的な言葉として扱われるくらいですものね。
高くなくても高く見えるよ、という服。 ワンピースやニット、靴。 バッグやアクセサリー。


本当は安いのに 高く・・・「見える」  か。 


仮にそう見えたとして・・・それは、いったい誰に対する、どんな幸せなんだろ (゜∀。) ??









ずいぶんと前に読ませていただいた、若き男性ミニマリスト「しぶ」さんの 御本に、
たいへん興味深く面白い記述がありました。

「貧乏を表現する方法」 というものです。

それは、以下の通り、なのだそうです。


貧乏ループのスタートは・・・「ものを買う」から始まりますよ! (やっぱそうか!)


ものを買う
  ↓
お金が減る
  ↓
お金のために時間を切り売りする
  ↓
物が増えたあげくに 整理整頓・物の入れ替え・探し物などの手間が増える
  ↓
片付けに費やす時間も、精神的な余裕も なくなる
  ↓
部屋がものだらけになる

ストレスを発散するために、物を買う

無限ループ マラソン   



お金(と時間)は減り続け、ものは増え続ける。  
なぜか満足できぬまま、資金の尽きるところまで無限に続くのかもしれない、この仕組み。

ここから抜け出したいのに、なかなか抜け出せない人って、たくさんいるのかな。
抜け出されないようにするための「罠」が、この世にはくまなく張り巡らされているのだから
無理もないです。
気づかれて、抜け出されると、死活問題ですからね。 お店や企業さん側のお立場からすれば。









美術チームの皆さんが、ドラマや映画内での「部屋」のセットを作り上げる際も、

貧乏人の部屋には、なるだけものの数を増やし、
壁に沿って隙間なく「ちぐはぐなタンス」を びっちり並べたりするのだそう。
そうすることで、「貧困感」や「豊かではない感じ」を表現することができるのですって。 

逆に、「余裕」を表現したいのであれば。

なるだけものを減らし、なにも置いていない「がらーん 」な面を増やすのだそうです。


これは、「片付けブーム」や「ミニマル」云々、ここ最近の流行り、ということではなく
少なくとも30年くらい前から、きっと世の中は、そうだったのだと思う。
ものの少ないモデルルームやホテルの一室は「余裕」にあふれ、とても美しく見えた。

あんな中では暮らせない、あれは非日常だ、と長らく思われていたのかもしれないけれど、
ものが少なくたって(少ない方が)、おそらく多くの方は 快適に暮らせるのです。

もう、わたしなどがいまさら申し上げるまでもございませんが、
「ものが多いこと = 豊かさの象徴」ではないのです。 (団塊世代に届く日はくるのか!)

あとね、「持ち物を少なく絞れば、一つひとつにお金をまわせる」との見解もありました。

ほんと、おっしゃるとおり。  まさに。  仰せのとおり、です。






  *********************************


「食器って、知らないうちにどんどん増えちゃうんだよねー」

食器に限ったことではありませんが。

本当に「知らないうちにどんどん増えてゆく」のだとするならば、それは超常現象です。

ポルターガイストです。 






肉と真剣に向き合う「格之進ハンバーグ」で・・・家族のお昼にロコモコ丼。 
このまっ白いお丼ぶりは、丼にも、麺にも、サラダにも・・・とっても便利&丈夫です!

↓そんでもって、驚きの、めっちゃお求めやすい価格だったものなのですよ ( ´▽`)ノ








食器が増える理由って、おそらくは、ただ2つ。


【その1】減ってないのに、買う。(もしくは景品を手に入れる。)

【その2】要らない食器を押し付けるタイプの人が身近にいる。


それだけ。


このふたつを断てば。 食器は、増えません。   わたしが証明です。






家族の人数分が絶対に必要なのって、ご飯茶碗とお汁椀と・・・ 意外と少ないのかも。




このふたつの「増えちゃう行為」「増えちゃう事情」を 勇気を持って断ち切り、
さらには「減っても(割れても)買わない」という姿勢にどこかの段階からシフトいたしますと、

食器は、確実に減らせます。

定住する人員が増えた、という場合を除けば、
「食器の数の足りていないご家庭」「買い足さないとならない状況のご家庭」というのは、
きょうびの我が国において、極めて稀であろうと想像するのです。

今ある食器の数で、どなたさまのお宅も、まず、間違いなく足りている。

なぜかどんどん増えちゃうんだよね〜 というのは、
食べてないのに太るんだよね〜 と同じくらい辻褄の合わない話、です。
言い訳の意味も、よくわからないのですが 
「お皿が勝手に増えました。(だから私は悪くないです!)」って ことなのかな?


食器が自ら歩いて勝手に家に上がってくることは ありません。

持ちすぎてしまった食器を減らしたいのなら。 今ある食器だけで暮らしてみる。

暮らせたなら、足りているのなら、何かしら理由をつけて安易に買うことをしない。
      (「食器好き」さんには、ここがいちばん難しいところなのかもしれません。)











食器が少ないと・・・生活感の溢れやすい食器棚さえ「見ていたい風景」になります。

自分にとっての、暮らしの中のワンシーン、となるのです。
好きなシーンが、ここにある。 
それでわたしは テレビ等をあまり必要としないのかもしれません。

少ないものの眺めに、満たされていると。 満足しちゃっていると。


「過剰なもの」を見ることがね、もう、たまらなくしんどいのです。(拷問のよう・笑)


シンプルライフ界隈で人気の、コーヒー豆がいっぱい売っているあのお店の店内も、
だから今はもう、実はちょっと苦手なの(小声)。 昔は大好きだったんですけれどね。
売りものが、足元から天井に届くほどまで、あまりにも多すぎて、頭がくらくらしてしまう。
                (カルピスバターだけを、いつも命からがら買っている)
コストコにも、まだ、一度も行ったことがありません。(めまいを起こしそうで自信がない)



  ************************************



ものの少ない暮らしは、「好きなシーン」の中で暮らせる暮らし、です。

大好きな家が、「どこを見ても好き」になる。 主人公は ものでなく、人間(わたし)。

見えるところだけじゃなくて、収納の扉を開けても どこもかしこも好き! になれる。

うわべだけじゃなくって、本当に 胸をはって「好き」と言えるって、そういうこと。


余計なものを手放すことができたなら、それは「高見え」よりもずっと素敵。


暮らしの、いいえ「人生の主人公」に なれますよ。 きっと。






                                   おわり






昔は、和風丼用、うどん用、ラーメン用、洋風丼用と、4種×3=12個 。
丼ぶりだけで、今の4倍所有していました。 使用頻度は、当然1/4、でしたよね(笑) 

↓ ポチッとくださるあなたさまのお気持ち。わたしはどれほどうれしいことか マラソンきらきら

にほんブログ村 にほんブログ村へ
にほんブログ村


いつも、今日も、最後まで読んでくださって、ありがとう。
「格之進ハンバーグ」の話ですけどね・・・ すごかったよ!噂の「5段階肉汁」!(笑)







 * 冷凍庫にあると、なんだかとっても心強い! 小さく丸め直せば、 お弁当にも!














最終更新日  2019.09.16 09:33:33
2019.09.08
カテゴリ:ミニマルに暮らす
服が少ないと、

そこに「服」があるだけで、その様子は・・・ もはや「風景」だ。





そろそろ着られそうなシャツ。 そして新しいストールの「折りじわ伸ばし」(笑)



衣類でも、服飾小物なのでもなくて、暮らしを彩る「風景」。 



ずっとずっと見ていたい。  

「少ない服」は もう、わたしにとって 服というよりも「景色」( & 目の保養)。


この壁にはね。 昔は「額」を 長いこと飾っていたのです。
このブログを始めた頃にも、まだ(しつこく)飾っていました。 
ずっと古くからの読者さまでいてくださる方は、覚えていてくださるかもしれません。
書籍でも、少しだけ触れさせていただきましたね。


好きな景色が、そこにもうあれば。 これを見て、「服」を見て満足なら。 幸せなら。


少ないことが好きになったなら。


ここに飾る「素敵な何か」を 探さなければ! という気持ちは もう 不思議と起こらない。


少なくて、そして 雰囲気や色合いの整った「服」の様子は、わたしにとって「風景」。

こういう絵やポスターがあったとすれば、その時は、欲しいかもしれないよ(笑)




服だけじゃない。



食器だって、おやつだって、少なければ少ないほど 見たとき、撮ったとき、絵になる。

色も、数も、アイテムも。 ごちゃごちゃさせないほど、なんとなく、絵になる。

余白こそ、「美」。






季節のフレーバー「シナモンチャイ」。 秋がきたこと、チーズケーキで 知るすずひ(笑)






見ていたい。 眺めていたい。

暮らしの中のそのままが、毎日の暮らしが、わたしにとって 大好きな「シーン」。


どんな「絵」や「シーン」が お好きかは、人それぞれだから。


こういうの好きだ、と思ってくださる方が、ここを 訪れていてくださるのかな。


ここに、わたしに。 あなたさまと趣味の似た「すずひ」に 会いにいらしてくださるのかな。


ありがとう。 


毎日、とっても、うれしいです。






                                     すずひ







日曜日。読者さまのお時間を奪いすぎてしまわないように 気をつけてブログ書いた!( ´▽`)ノ

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

今日も、朝からとっても暑いです。 お出かけの時には、どうぞ暑さにお気をつけて。

最後まで読んでくださって、いつもありがとう。












最終更新日  2019.09.08 15:36:19
2019.08.20
カテゴリ:ミニマルに暮らす
あの。

どこに、一体どのように、このようなアナウンスをしたら良いのかがわからないのです。

素人ブロガーのすずひです。

このブログをお読みくださって。
時々、インタビューや取材のご依頼や、
執筆、コラム、その他 WEB媒体への進出のご依頼をいただくことがあるのです。

もったいないお話を、ありがとうございます。

わたしのブログにお目を留めてくださり、
そしてお声がけをくださりましたこと、本当にありがとうございます。




 






インタビュー、取材、その他のご依頼は、ご遠慮させていただきたいと思っています。

このブログが、わたしにとっての、今は、精一杯です。



お取り継ぎくださる方にも、いつもお断りをお願いするばかりで、
とても心苦しく、わたしがこんな風なために、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。











長く書けば書くほど、何を言っているのかわからなくなりそうなので、短く書きます。


このブログが。

読者さまとお逢いできるこの場所こそ、わたしにとって、かけがえのない場所です。 






著者です、と小さな声でお願いしたら、どうぞ!どうぞ!と撮影を許していただけました。
この書店さんは伊藤まさこさんのご本のそばに並べて下さっていて、嬉しかったなあ(;_;)



  ************************************


発信の場を これ以上広げることは、考えていません。  本当に、申し訳ありません。


どうかご理解いただけますよう、


どうか、どうか、よろしくお願い申し上げます。




              
                                    すずひ






本を出版させていただけたことは、一生の宝物です。
人生で、こんなに頑張ったことは、出産と、出版だけ、です。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

こういったことを全く厭わない、出版も、取材も、メディア露出もウェルカム!! な、
むしろそこを目指しておられるかもしれないパワー・ブロガーさんは大勢いらっしゃるのに、
わたしはこんなで・・・ ごめんなさい。

読者さま。 いつも、本当に、ありがとう。






最終更新日  2019.08.20 23:06:31
2019.08.18
カテゴリ:ミニマルに暮らす
わたしの暮らしに必要なものだけを選ぶのは得意なのです。 とても、得意。

ですが、SNSの世界において。

わたしに必要な情報だけを選ぶのは、かつて、苦手でした。 とても、失敗しました。


まるで興味のない情報には反応しませんが(投資をしていないので、トレード系とか)
そうではないもの、例えば わたしは服が好きですから「ワンピース買いました!」とか
スッキリしたお部屋が好きですから「捨てました!」とか。
そういうのには、反応してしまう。 あっさり興味を持ってしまう。


そこで、設けたのが、わたしなりの「3回ルール」です。






いただいた立派なぶどう ヽ(;▽;)ノ こんな立派なの、自分ではなかなか買えないから嬉しい!




SNSやブログには。 WEBの世界には。

楽しかったり、知らなかったことを知られたり、わたしも頑張ろうと思えたり、
そういうポジティブな情報が、たくさんあります。


そういうことを知りたくて、知ることができるのかな?と思ってたどり着いたのに、
読んでみたら、なんか違った、という気持ちになったことのある方は多いと思います。


そんな時って、その気持ちに、読者さまはどんな風に対処しておられますか ( ´▽`)ノ ?


思っていたのと、期待と異なった記事。
相容れないような、共感しにくい記事。
考えを押し付けられたような気持ちになる、後味の良くない記事。
もう、それは知ってます。というような記事。


書き手側からしても、
そういう記事にならないように 気をつけて書くのは、とてもとても難しいです。


ものの少ない暮らしでも、
服の少ない暮らしでも、

家族や子どもとの関わり方や向き合い方、現状の捉え方でも、
友人、親戚、ご近所さん。 その他人間関係に関する考え方でも、
毎日いただく「食品」の選び方でも。



発信していると。

これは! という自分なりの気づきや、何かを掴んだぞ! という気持ちになった時って、
ついつい熱くなってしまうところがあります。

伝えたい、という気持ちが急いてしまう。 
言葉や経験が追いつかないのに、見切り発進してしまう。




  

若い頃は赤青黄色の食材から元気をもらっていたけれど、今は「紫」です。 元気になる!




このブログをはじめさせていただいて、
初めの2年間は、ほぼ毎日更新していたのがわたしでした。

初めの2年間って、書きたいことが次々溢れてきますし、
どんどん書いて、どんどん発信する、すごい「疾走感」みたいなものがありました。


けれど、それと同時に、振り返ったり、立ち止まったりすることがおざなりになりがちになったのがわたしでした。

ああ、こんな言い方するべきではなかった、とか、

この表現は適切ではなかった、とか、

お読みくださった方の気持ちを考える余裕を欠く、というか・・・


そういう失敗が、後悔が、わたしには ありました。

 *************************************


何かを好きだったり、伝えたい気持ちが溢れてしまった時、
勢い余って、反対側にある何かを否定しまくってしまうことが あった。 多々、あった。


反対側にあるものを否定せずに、自分の考えを話すことって 難しいです。



例えば、3回ルールだって。

昔はね、「無印良品」と題されているブログには、そのタイトルに、わたしはすぐに引き寄せられました。 喜んで読みにいった。

そのうち、なんか、「あれ?」って感じるようになりました。
楽しくないのです。 無印良品のことは大好きなのに、誰かが購入された何かの紹介を見ても、
「こころ」が 全く反応しなくなった。 もう、なんとも思わなくなってしまった。

それは すなわち おそらく 「つまらない」と思った、ということ。なのでしょう。


これは、その記事がどうだ、ということでは決してなく、わたしの側の勝手な変化です。


そういう時は、そういうことが「3回」続いたなら・・・


SNSの場合、それは、「わたしの方が去るべき時が来た」 ということなのです。


書き手さんには、何の責もない。 一つも悪くない。 わたしが変わったのだ、ということ。


その人に張り付いて、不平不満や物足りなさを感じたりするのは、お門違いなことなのです。
気が合わなくなってしまった人と、そっと離れる。 喧嘩したり、傷つけ合う必要はない。


人間関係と、同じですね。





  

DEAN&DELUCAの紙袋。 わたしも、ちょっとくしゃくしゃになっちゃった!




気が合わないSNSに関わると、たいそうネガティブな気持ちになることがあります。
叱られたような気持ちになったり、自分の暮らし方や子育てを否定されたように感じたり。

気の合わないSNSには、人が落ち込むのに必要な情報が 基本、全て揃っている(笑)

そこに、立ち向かいすぎると・・・ 心が、参ってしまうでしょう?

そうじゃない、優しいSNSだって いくらだってあるのに、
なぜが、そこにこだわってしまうことって、立ち向かってしまうことってありますね。

落ち込まされたり、傷ついたり、
そう言う目に遭う可能性が高いSNSを なぜかのぞいてしまうところって、ある。

見れば傷つくかも知れないのに、今日も見ちゃう、謎。  何なんだろう、あの心理。

目をそらすことができない、謎(笑)  「どM」としか、もう(笑)



3回ルール。


そのSNSで 3回違うな、って感じたら、悲しい思いをしたら、もう、見ない。

ちょっと意見や考え方が違うからって すぐに遮断してしまうのではなく、
わたしなりに、3回は、頑張ってみる(笑)

でも、無理だった。 そういう時は、もう、ね。

いいお話も聞けるんだけれど、なんだかんだトータルして、3回複雑な思いをした。


そしたら、そこで、おさらば。  もう読まない、2度と、読まない。 (← ここが大事)


SNSは、向こうから追いかけてくることはないのです。

多くの場合は、自分から寄って行っちゃうものでしょう?


それを、やめる。 培って来た「捨て」の能力を、ここに発揮する。



精神衛生が守られる。時間も生まれる。 情報は、本当は、いつも自分で選べる。


気の合わないところに自ら飛び込んでは、不快な思いしたり、怒ったり。
真面目に向き合ってしまう人って、意外と多いと思うのです。 

まともに受けて、傷ついてしまう。 時に、怒りすら感じてしまう。


3回ルールは、おすすめです。 なんていうか、自己責任でしょう?(笑)


リアルでも。 3回嫌なことしてくる人って、4回目も、必ずしますでしょ(笑)?


仏の顔も3度まで。

逃げるが平和。 離れるが平和。  気にしたら負け。 すがりついたら、「M」(笑)





くらためちゃんが、いつか買っていたバナナマフィンをすずひも買ってきました!
くらためちゃんも、紙袋、確かくしゃくしゃになっていたから、そこも一緒だね ( ´▽`)ノ




 

SNSに関しては 多くの人は皆「Mっ気」寄りな気が。

現実ではものすごくさっぱりとした人でも、ネットって、なぜか人を別人にしちゃう。

また読みたいな。 次も楽しみだな。 

そんな風に思ってもらえるブロガーになりたい、といつも思って書いています(これでも)



  ************************************


勝間和代さんのインタビューを読んだのです。


すごく時間や労力を費やして、不得意なことが人並レベルになったからって、
果たしてそれが「成長」なんでしょうか? 

お互いに疲れません? いつまでもできないことを教えたり教えられたりするの。 



「すごく苦手なことが人並みになることなど、成長とは言えない」って仰っておられて、

インタビュアーさんが、???? となったので、勝間さんは、こんな例え話を。


100mを10秒台で走る人が9秒台で走れるようになったら
オリンピックに出られるけれど、
14秒で走る一般の人が13秒台で走れるようになったところで、
社会には何の影響もない。



なるほど。 勝間さんらしい。 流石のお考え。

インタビュアーさんは 「おおお!なるほど!」と唸っておられたけれど。


全体としては「うまくいくことって努力しなくてもできるんですよ。」
その方が合理的なのよ、というお話ではあったのですが。
そこへ繋げるための、前哨?のような部分ではあったのですが。


そういう小さな成長って・・・わたしはとても素敵だと思うのです。 
苦手に向き合うことって、得意なことを伸ばすよりも、もっともっと勇気や努力が必要ですし、
大人になってからも何かをがむしゃらに頑張るのって、すごく泥臭くて格好いいじゃないですか。


社会的には、組織的には、何の影響もないことでしょう。 確かにおっしゃる通りなのです。
でも、個人の小さな成長や苦手の克服って、とても素晴らしいと、わたしは、思う。 わたしは。

勝間さんは立派な方です。 気が合う。合わないって、多分、こういうこと(笑)

お相手の考えを否定することなく、ただ 離れる。 わたしは違うと思います! と怒らない。

一生会うこともない人なのだから 何を仰られておられようと自分とは関係ないことなのに、
そういうことにいちいち無駄に腹を立ててしまう。 許せない!ってなっちゃう。


そういうところ、わたしにもあったから。


もう、捨てようと思って。


いい気分で暮らすことって、簡単だった。


自分から、離れる。  いつからだって、今この瞬間にだって できることでした。







                                  おわり






【吉報です!】 すずひ家のベランダに、蜂がこなくなりました!

 ↓ 蜂との激闘の日々が終わってよかったね!のポチッと、ありがとうヽ(;▽;)ノ
にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

巣が撤去されたのかもしれません。 それか活動が一段落したのでしょうか。
とにかく嬉しいです。ご心配をくださった読者さま、ありがとうございました ヽ(;▽;)ノ


そして。 Q輔さん、ありがとう。










最終更新日  2019.08.18 12:12:17
2019.08.12
カテゴリ:ミニマルに暮らす
「神さま」とか、「感謝」とか、そういう話全般を苦手な方は多いと思います。

まじ胡散臭いわ、と。

感謝ごときで物事がうまく行ったり、
お金持ちに、ひいては幸せになれるんなら・・・苦労はないわ! 笑わせるな! と。

十数年前までは、わたしもそうでした。 
そういうことを話す人はどこか独特な感じがして苦手だったし、とにかく信じられなかった。


もしも あなたさまが、いま、そう思っておられても。 
今日は、ちょっとだけ わたしの話を聞いてください。

少しだけ、あなたさまのお時間をください。 

長くなりすぎないように、すずひ、頑張って書くから!

  



今日頑張れば、おとーさんはお盆休み。 あと1日、炎天下で倒れないで、頑張って!





わたしは、抱え込んでいたものすごくたくさんのものを4年前の夏に一気に捨て、
今に至るんですけれど。

「4年前に捨てて良かった」と・・・ 日々、つくづく思うのです。

4年前の夏って、確かに暑かったですけど、ここまで暑くはなかったように記憶していますし、
44歳の時のわたしは 当然のことながら 今よりも4歳若い。


確実に、今よりも、動けたのです。 ← とにかく、ここ。


わたしはまだ40代ですけれど、それでも年々動けなくなってきていることを実感します。
ふつうのことはふつうにできるのですが、あともう一歩、ここぞいう時の馬力が出ない。

普段していること +α の行動を起こすための気力、体力が・・・ない。

生きてるだけで精一杯、みたいな、ね(笑)






おとーさんは「外仕事」なのです。暑くても喉を通りやすい「ころうどん弁当」+おにぎり2個。DEAN&DELUCA のスープポットの中身は、冷たい「めんつゆ」です。






大掛かりな片付けや、捨てを。  

50代、60代、そして70代に突入してからやろうとすれば、それは、あまりにも過酷だ。
その 肉体的、そして「精神的しんどさ」は、40代の比ではないと・・・そう思うのです。


1日も早く、やる。  どんどん疲れやすくなってゆく自分が、後々困らないために。





真夏の唯一の良いところは、厚いものが速攻乾くこと。蜂を見張りながら、家族の寝具を干す!





昨日ね、熱中症だかなんだかわからないのですけれど、洗面所に立っておりましたら、
急に気持ち悪くなって、手が震えてきて、顔面蒼白になったんですよ。

立っていられなくなって、すぐに横になって、そんな時、ふと 考えるのは・・・


あれ? わたしこのまま死ぬのかな?   ということです。

       (大げさでなく。そんな時って・・・そう思わないですか? わたしだけ?)




そんな時。

「あ、大丈夫」って。 もしもいま死んじゃっても、多分、色々と、大丈夫だ、と。

そう思えるんですよね。 暮らしが片付いていると。(無事生き長らえましたけど、ね・笑)


そりゃあ ちょっとは不便だと感じたり、
ちょっとは悲しいと思ってもらえたりするとは思うんですけれど、(思ってもらえるのか!?)

わたしが忽然と消えても、この家の、いまの暮らしなら、大丈夫。 
残った家族を困らせるようなものや仕組みは、何一つない。
家族が片付けなければならない「遺品」は、わたしのちょとだけの服と靴をバッグくらいだ。


すーっと気が楽になるんですよ。  ああ、大丈夫だ、と。
倒れこみながらも、謎の安堵、というか・・・ 笑顔。 いい「死に顔」、ってやつです。


ものだらけで暮らしている頃に、
突然、何の準備もなく最期の時を迎えてしまったら、さぞ「苦悶の表情」となっただろうな。






暑すぎて、昨日サボってしまった水拭きのモップがけを・・・今日は、ちゃんと頑張る。




おとーさんのお母さん(義母です)は、おとーさんがまだ幼い頃に体が不自由になられて、
その後もなかなかご回復が叶わないまま、おとーさんが21歳の時に、亡くなられました。
ですから、わたしは おとーさんのお母様とは、お会いしたことがないのです。

幼い3人兄弟。  可愛い、可愛い、男の子3人。 そして旦那さん。

どんなにか。家族のことを、もっとなさりたかっただろうと・・・胸が締め付けられるのです。


わたしが、今、暑い、暑いと ひーひー言いながらやっている 夏の家事の全てのことを。
お盆休みだよ・・・ 一人の時間がなくなるよ・・・ などと ぶーたれていることを。


「そんなに嫌なら 代わってほしい」と きっと 天国のお義母さんは、思うだろう。


「私にとっては、それが、命に替えてでもやりたかったことなのよ」と。





「モップがけが済んだ後のすずひの様子」を、こぐま でご想像ください。 至福の大の字。




動けるのだから。 命がいただけているのだから、やろう! そう思えるのです。

大げさですけれど、モップがけだって、お料理だって、トイレ掃除だって、みんな、そう。


お義母さんが、天国からご覧になっていて。  
ああ、これなら安心だ。息子はどうやら幸せそうね、と。 そう思ってくれていたら、嬉しい。
ああ、あんな嫁に捕まってしまって、息子よ、なんたることだ! 
どうしてこんなことになってしまったの!お前はなんて見る目がないの!って 悲しませてしまわないように。


お盆だからでしょうか。

亡くなった方ほど、いつもそばにいるようなイメージを わたしは感じます。


いつも守ってくださっているのを、感じます。


そうでなければ考えられないような、間一髪で助かったようなことが、救われたことが、
これまでの人生において、たくさん たくさん あるのです。


うわ、また すずひの奴がうす気味の悪いこと言い出した、と、どうか思わないでね(笑)

説明のつかないような助かり方をしたことって・・・どなたさまにも、きっとお有りでしょう?

そう。 まさしく「奇跡」みたいなこと。

本当は、生きているだけで、毎日が奇跡の連続なんですけれど、ね。











神さまの存在を信じられない人や 信じたくない人は 大勢いらっしゃると思いますが、


「ご先祖」のいらっしゃらない人は、この世には 1人もいません。


良い行いも。 良くない行いも。 

今、わたしのしていることも。  さっき、あなたのしていたことも。

誰も見ていないからいいや、と、ついやってしまった、あんなこと。 こんなこと。

本当は、みんな、みんな 「見られて」いるのだと思う。



「見守られている」のだと思います。



良いことばかりがたくさん起こる時と。  
逆に いつもついていない、全然良いことが起こらなくて、他人を妬んでばかりいたときと。


わたしには、その両方があったから。(どなたさまの人生にも、そういう時はありますよね)


そういう視点で 己の行いを振り返ると・・・ 悲しいほど、納得のゆくことばかりなの。


ぐうの音も出ないの。  不公平って、何にもないの。


上司や、近所の人の目や、ママ友や・・・そういう俗的な人に認められるのって、まじ小さな話。

生きている人の目は誤魔化すことができても、ご先祖さまを騙すことだけは 絶対にできない。


ご先祖さまに恥ずかしくないように生きることこそ、幸せな人生の、これは、きっと、秘訣。



48歳の今。  すずひは、そう確信しているのです。






                                    おわり







息子の受験も 大切な大会も どこかで祈願したことは わたしは(おとーさんも)1度もないの。
神頼みのお守りも一切 買わなかったです。そんな時、神社よりも わたしはお墓参りにゆきます。

↓ お墓参りは早朝がおすすめです。お盆も読んでくださってありがとう。
にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

ふとした時に先祖を思う。そして時間のある時にお墓にお参りして、草を抜き、お花を供える。
命あること、ご先祖のご加護に感謝するだけで、一番いいことばかりが起こってきた気がします。

いつも味方でいてくれる「ご先祖」こそ、その人にとっての一番の「神さま」なんじゃないかな。















最終更新日  2019.08.12 20:09:41

全216件 (216件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 22 >


Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.