32178800 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

h+and   ~ I want to throw away ~

PR

全292件 (292件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 30 >

ミニマルに暮らす

2020.10.13
XML
カテゴリ:ミニマルに暮らす
あの週の、
モスバーガーとか、その他のジャンクなものとか、
無性に食べたかったのは、何だったのだろう。

秋が深まったら「すん」っと落ち着き、

1週間ほどで、元の体重に、静かにもどりました。










いやしい気持ちがわき起こってきたり、
「偽の食欲」っていうのかな、
本当はおなか減っていないのに、
つい何かつまみたくなるような時・・・
 
この「香り」が、

わたしに、とても有効だったのでした。










こめかみと、耳のうしろと、手首に、
ほんの半プッシュを、くるくると伸ばす。

時折、手首をくんくん。

偽の食べたい衝動が、すっとおとなしくなる。

暴れださなくなる。


すっきりとした香りは、鼻に、脳に心地よく・・・


そうするとね、

なんていうのかな、
美味しそうな香りをもはや必要としない、というか
むしろ嫌です、というか、
水だけで生きてゆけそうな謎の静寂、が
しばしおとずれる。


偽の「食べたい」を、完全に忘れられるのです。






毎年のお楽しみ。 DEAN&DELUCA のハロウインクッキー。今年のは「紫」です!



 ****************************************



こういう何かを。
可愛い甘いものを買ってきたりするのは、
基本、わたしだけ。

何かをうれしく取り寄せたりする人も、
この家には、わたし以外いない。

わたしが調達しさえしなければ、
我が家の冷蔵庫はこんなふうで、











スパイシーモスチーズバーガーが
歩いて勝手にここまでやってくることはないですし、
冷蔵庫がプリンを産み出すこともない。


安らぎの香りを「くんくん」しながら、
「がらーん」の冷蔵庫を眺める。


脳が、すると、納得するのです。


いま食べてよい食べ物は、この家にはないのだな、と。
   (ビールも夜にしましょうね、と・笑)


自分を騙してくる「偽の食欲」を、

逆にこちらが騙し返すみたいで、おもしろいのです。



騙し返しだ!(笑)










本当にちゃんとお腹が空いてきたときには、

うれしく買ったクッキーを、お皿に少し出す。










1回の量を、初めにちゃんと決める。



 ****************************************




このような、豆いっぱいのリゾットや、









おなかにやさしいスープを、楽しむ。








本当に美味しいものを、ゆっくりといただく。



 *****************************************





わたしは、アウトドア全般が本当に苦手で、

いつも無理して頑張っているようなところがあったのですが。


唯一好きだったのが「川」でした。













わたしの「偽の食欲」を抑えてくれるこの香りは・・・



森のような香りなんですけれど、
どこか川のせせらぎを感じるような香りで、
川の流れる森林、みたいな、
森林の風、みたいな、
そういう記憶を呼び起こすような香りで。


そう。

脳内に、この日家族で歩いた森の香りが蘇るんです。



香りの記憶って、不思議ですね。



わたし、川を。



家族で過ごしたこの川の空気を、香りを、


とても好きだったんだな。








わたしが選ぶのは、いつもこの「リラックス」。ちょっとした贈り物にもとても喜ばれます。









ちょっと食べ過ぎたときに増えた体重は、

なるだけすぐに戻すことがモットーでしたけれど・・・


1週間かかりました ヽ(;▽;)ノ


代謝が落ちてるんだなあ、とつくづく実感しました。









春も、夏も、ずっと外出できなくて。


用事で外出するのも、

罪悪感や背徳感でいっぱいだったから。


ちょっと楽しんで美味しいものをいただけるこの秋の気持ちは、


やっぱりとっても嬉しいな。



だから。



あんまり自分に厳しくしすぎないで、



大丈夫。 大丈夫よ、と。



暮らしにも、体重にも。日々の出来事にも。



そう優しく声かけしながら、



楽しみながら維持することができたなら・・・



それがいちばん自然なこと、
なのかもしれませんね ( ´▽`)ノ







                                   おわり









今日もお読みくださって ありがとう。






↓ 去年のおばけは黒だったのねー!のポチッと、ありがとう。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村


「大丈夫だよ」という言葉は、

誰か大切な人を励ましたり支えたりできる、とてもあたたかい言葉ですけれど、

「大丈夫よ。」「大丈夫。」

時には自分自身にそう話しかけ、

自分の心を守ってゆくための言葉、でもあるのかもしれませんね ( ´▽`)ノ








読者登録をしてくださっている851名もの皆さま・・・本当にありがとう。

h + and ~  I want to throw away  ~ - にほんブログ村

今日も、書けたよー ( ´▽`)ノ













最終更新日  2020.10.13 17:29:11


2020.10.09
カテゴリ:ミニマルに暮らす
みなさん こんにちは。 すずひです。


昨日は雨でした。


今日も雨ですね。



10月の台風、強い台風「14号」は、

週末には九州や四国、

進路によっては本州にもかなり接近するおそれがあるとの予報も。




 **************************************



さて。


人生には「不快に耐える力」が必要です。

何もかもが自分の思い描いた通りになるわけではないという当たり前のことを
わたしたちはしばしば忘れてしまいます。

思い通りではないことが起こると、
がっかりしたり、腹が立ったり、
ショックだったり、自信を失いそうになったりします。


手放したものが


再び必要だと感じる日がくることは、


わたしの「思い描いた未来」では


確かに、なかったのだけれど。












自分の捨てや手放しの。

「判断力」や「想像力」の限界を知ること。


思い通りにならないことや、予想に反すること。
そういった不快に対する葛藤を乗り越える力が、

ミニマルライフには、必要です。




 ****************************************




ところで。


長靴は、靴ですか? 

それとも「雨具」ですか?






そう。昨日の「予告」の白い箱の中身は・・・・ もうおわかりですね ( ´▽`)ノ



 **************************************



このブログを始めた2016年7月の時点で。
すでにわたしは長靴は持っていませんでした。 
長靴持たないライフ、でした。

長靴(レインブーツ)という
このブログにおいては初!の持ち物を、
靴なのか、防災なのか、ワードローブなのか、
どこのカテゴリに属させて良いものなのかが、
今はまだ、だから、決めかねています。






うやうやしく1足ずつ布に包まれていました。 赤ちゃんの「おくるみ」みたいですね。



 ************************************




「ブログなんだから、こうなった経緯をちゃんと言葉で説明してくれないと納得できません」

と言われてしまうかもしれませんね。


けれど、言葉で伝えようとすればするほど、
今のこの、せっかくの気持ちが
言い訳がましくなってまうのが、悲しい。


うれしい気持ちを、ただうれしい、と


たぶん、今わたしは。


本当は、感じていたいのだと思う。












真違っていたらごめんなさい。

お仲間だった楽天ブロガーの memikoさんが
きっぱりとブログを「捨て」てしまわれて、
はや1ヶ月あまりが経とうとしています。

memikoさんの「ブログめんどい?」という気持ちは、
たとえば欲しいもの素直に欲しいと感じ、
要らなくなったものを、ただ要らないと感じ、
うれしい気持ちをただうれしいと感じたかったのに、

自分が納得していれば、
本当ならそれでいいはずなのに、

それをその都度「言葉」で(ブログで)
自分ではない他の大勢の方にもわかるよう、
正しく伝わるよう説明しなければならない、というところに


良きにつけ悪しきにつけ、


疲れ果ててしまわれたのかなあ、と感じました。


ブログを書くことや、
ご自分の気持ちを文章に綴ることは、

彼女は本当は。

きっととても好きだったのではないのかなあ、と。







ハンサムな後ろ姿。以前持っていた「HUNTER」より筒高が低く、脱ぎ履きしやすいです。



 ****************************************



ある時頼んだネットショップの梱包がね、
あまりにも丁寧すぎて、プチプチが過剰すぎて、
日頃そこまで気にしないわたしでさえも
「さすがにちょっとこれは」とびっくりして。

ああ、memikoさんだったなら、これ見たら、
「こんな過剰包装ありえません!!」ってなって、
きっと怒りに震えて送り返すんだろうな、って(笑)

彼女の日記のエピソードを、懐かしく思い出しました。




 ***************************************





あの雨の日。

「長靴があれば・・・」と思った。

冷たい雨の中を歩くことが、
わたしの人生にはまだあるのだ、と知った。

土砂降りの日は出かけなければいい。
そうすれば長靴なんてもう要らない。

そう思っていたわたしの、
どうしても出かけなければならなかった朝に。
誰にも代わってもらえない、
おとーさんの手術の付き添いの日の朝に。

土砂降りの、横殴りの、台風みたいな大雨が降った。

タクシーに乗りたかったけれど、
あの時はコロナが怖くて、乗れなくて。

強い雨は1日中降り止むことがなく、
ずぶ濡れになってしまった靴下を、
行きの早朝も、疲れ切った帰りも、
駅のベンチに腰掛けて、わたしは履き替えた。

濡れた靴下というのはそう簡単には脱げなくて、
新しい靴下も、なかなかうまくはけなくて
もたもたしていたら、

乗れたはずだった電車を、1本逃してしまった。


わたし何やってるんだろう、と。


緊張した付き添いの1日の疲れも相まってか、
たった今出てしまった電車の最後尾の灯りを、
誰もいないホームで見送りながら、
泣きそうになりました。


なんだかうまく言えませんが・・・

とても「みじめな気持ち」になったのです。






この、絶対に滑らないぞ!というソールの頼もしさ。ここに惚れたと申し上げても過言でない。



 ************************************





人生には、不快に耐える力が必要です。

それは正しい。 


けれど。


「こんな不快にもひた耐えろ」と、わたしに命じてるのは、一体誰?


それは。


「少ないもので暮らそうと無理しているわたし」だ。



それを買って良いよ、ともしも言われて嬉しいのなら。
買わないでいることを無理している証拠だし、

やめて良いよ、ともしも言われて嬉しいのなら。
ホッとするのなら。
それを本当は無理してやっていることの証拠。 


お仕事でも。 


ミニマルライフでも。


それはきっと、


こうして今日「ブログを書くこと」であっても。







失敗の写真です(笑) レインブーツをはいた足を撮ることの難しさを知った朝でした。



 *************************************



ミニマリストとか、ブロガーとか。


そういう自分の評価や、評判や、結果や、

他者の視線や自分の在り方のようなものを気にするもう一人のわたしが、

時々わたしを苦しめる。


疲れて早く帰りたかったのに。

乗りたかった20時25分発の電車に、
ずぶ濡れの靴下履き替えてたせいで乗れなかった。


こんな風じゃ。


「気持ちの良い暮らしをしている人」だなんて、とても言えないよ (;_;)




ああ、もうよそう。 こんなこと。


気持ちよく、暮らそう。


わたしはわたしだ。 


わたしは誰からも「自由」だ。















一旦は要らなかった。

泥まみれになる芋掘りも。 
雪の降り積もった朝の交通当番も。
大雨の中での遠征の付き添いも。

全てやりきって「卒業」したわたしがいる。

長靴ライフの第1章は、
わたしの中で、確かに終焉を迎えた。

5年後におとずれる大雨の朝のために、
邪魔にしながら捨てることなくもしも持っていたなら、
わたしはよほど嬉しかったのだろうか。

「見たか!やったぞ!」と歓喜にわいたのだろうか。

ほこりまみれの「古い長靴」を履いて。

30代の頃のわたしに似合っていた長靴を、

50代直前となった今になって履いて。


持っている服も。


顔も、体型も、行動範囲も、そして「心」も。


あの時とはもう、何もかもが変わっているのに。




 ***********************************




新しい長靴で、第二章の始まりです。

こうして眺めて、履いて、今、こんなにうれしい。


言葉では表現できないうれしさと、49歳の安心。


これまで通りの聞き知った安心、じゃなくて
これからやってくる、まだ見ぬ未来への安心、のような。


心のあり方や、自分の変化というのは、

言葉で説得できるものばかりではありません。



ずぶ濡れになった靴下の冷たさと、
20分に1本しかない電車が行ってしまったあの悲しさを、
今はもう覚えていないのだけれど。

今度同じことや、
もっと長靴なしでは出歩けないような大変な状況に見舞われた時、

ああ、あの時「お知らせ」があったのに、と。

「長靴が必要な日はこれからもありますよ」というお知らせ。

それを無視した自分を、


悲しく悔やむのでありましょう。






かかとの形も大好きです! まるでレザーのジョッキーブーツのような「かかと」です。



 ***************************************





買い直す、という行為。


買い直しは、悔しいことなのか。

買い直しは、愚かなことなのか。

「ああ、捨てなければよかった!」と、

自分を責め、悔やまなければならない・・・


それは「罪」なのか。




買い直すことは、わたしは悲しかった? 

買い直すことは、悔しかった?

買い直すことは、自分や誰かに対し、恥ずかしかった?


いいえ。


わたしは。 うれしかったです。




手放したものを買い直すことは・・・まさかの、うれしかったです。



いま改めて必要になったものを。



今のわたしに。



49歳になったわたしに一番似合うものを選ぶことができました。




 ***************************************




買い直しは、不快なミス(失敗)、なのではなく。

「あの時のわたしと今のわたしが変わった」という出来事。

生きていれば、誰しも必ず起こること。

5年前「もうこれっきりわたしは変化しないぞ!」と決心していれば、

ずっと長靴はいらなかったのかもしれません。


必要なものがもう変わることのないように、と、

これから自分に起こる変化を止めてしまうことを目指すとすれば、



それはちょっと違う。




 **************************************:




わたしは5年間で、5歳、齢を重ねました。

濡れた靴下がこたえた。
こんな靴下ずぶ濡れの人いたら近寄りたくない。と、
自分で自分の足元を見て、そう思った。

これが正直な気持ちです。








グレーのタイツを合わせて、この長靴を履こう。 大雨も、水たまりも、もう平気!







買い直しは。

恥ずかしいことではなくて。

ただただ愚かで情けないことなのでもなくて。


自分の決定を信頼し直す「再出発点」なのだと


今、わたしは、そう感じています。



つまりは、悲しいんじゃなくて、



その時、その時が、すごくうれしい再出発! ってこと。



これからも生きてゆく! ということ。




この思いをここで打ち明けて。 



読者さんに聞いてもらえて。



今、とっても清々しい気持ちです。







                                    おわり








今日もお読みくださって ありがとう。



 我が子は今日、20歳になりました。
 成人として、一人でもちゃんと生きてゆける青年に、彼は育ってくれました。

 育てられたのは、わたしの方ですね。 まだまだダメな母親です。


↓ 20回目の誕生日。 親も子も。今日まで一緒に、一生懸命生きてこられたと思います。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

 いつもポチッと、読んだよ! と 知らせてくださって、ありがとう。

 20年は、あっという間な筈はないのだけれど。
 やっぱり「あっというま」でした。

 絶対に忘れることのないこの日に、レインブーツを下ろそうと思います。 

 彼の誕生日に「雨」が降るのは、20年間で、初めてのことなのです。 

 雨の誕生日です。  長靴をはいて、さあ、ケーキ買いに行こう!




読者登録をしてくださっている845名もの皆さま・・・本当にありがとうね。

h + and ~  I want to throw away  ~ - にほんブログ村

今日も、書けたよー ( ´▽`)ノ


















最終更新日  2020.10.09 14:42:17
2020.09.15
カテゴリ:ミニマルに暮らす
ライフスタイルが確立されていて、
自分の買うべきもの・着るべき服や似合うもの、
自分が必ず満足できるものをズバリわかっていて。

迷いや失敗のないお買い物ができるスキルを身につけた人って、

いったいどのくらいいるんだろう。





今日は、前回のお話(  )の続きです。



 ***************************************



「必ず売れるとわかっている価格高めのものをあえて買う。」

という消費行動に対して。

読者のみなさまは、どんな風にお感じになられましたか?


フリマアプリを利用されている方のうち
「新品を購入する際にリセールバリューを考えるようになった」と答えた割合は、
「よくある」「たまにある」を合計すると、なんと6割にも上るのだそう。

どうせ買うなら、少し高くても、
人気があり中古になっても確実に売れるものを買う、ということ。
確実に売れるものを選ぶことこそが、
経済合理性としての正しい選択、なのでありましょう。


そんな買い物の仕方はおかしい! 
売るために買ってるってこと?
ナンセンスだ!と。

否定的に感じられましたか?











わたしは、この現象に対して、
否定的な気持ちや、意外だなといったような驚きは、
不思議と全くなかったです。


「やっぱりそういう時代になったか」と、すんなり感じました。
考え方の似たお仲間が、世の中にたくさん増えてくれたような、
なんだかとても嬉しい気持ちにさえなってしまいました。

みんなやっぱり、買うときには「迷い」があって。

どんなにしっかり選んだつもりでも、
しばらく使ってみて、着てみて、履いてみて、
そうして気づく失敗だってある。

「中古になっても確実に売れるものを買う」という選択は、
資産になるものを買う、ということだけでなく。

そのお買い物をもしも失敗してしまった時の「保険」というか、
「よりどころ」のような役目もあるのかもしれないです。


わたし自身の消費行動やもの選びを振り返ってみましても。

服や靴やバッグを「売る」ことで、

徐々に鍛えられてきたところがあるように思います。


売って感じた喜びや後悔を
次からの買い物での行動や選択に生かすことができたり、

売って初めて自分の選んだものの「価値」を。


「真価」を知らされたような経験が、


これまで何度も。


何度も何度もありましたから。




 *************************************




「売る」という前提でのもの選びをすること。

誤解なきよう少し申し添えますと、
これは決して自分の気持ちや好みを無視してまでも、
「売れるものを買うべし!」ということなのではなく、

AかBかCかで迷ってしまった時に
「より高く売れるものを選択してみる」という考え方なのかな、と思います。


「Aを買うくらいならBを買う方が利口だな」と考える。

「Cを買うくらいならいっそ買わないでお金貯めておこう」とも考える。


今までは考えなかったようなことを
買う前に考えている。

この「売れるかどうか考える行為」は、

買ったあとどうにもならないものを買うことを一旦思いとどまることに、

「節約」に、おそらく大いに役立っている。



 ***********************************



本当に売るかどうかは別として、
「売るかもしれない未来」を想像するだけでも、
ものを買うことに対し、
人はとても「慎重」になれるんですね。

ただ漫然と「買う」のではなく、
未来の資産になるような仕組み作りに、
個々の持ち物レベルで向き合う時代がやってきた
ということなのかもしれません。

資産は土地とか家とか車のような大きなものだけでなく。

服1着、靴1足であっても、そうなのだということ。



ああ、伝わるでしょうか (´;Д;`)












コロナ禍で。

突然世の中が変わってしまって。

ある人は、
世帯収入そのものが大きく減ってしまったり。 

またある人は、
家にいる時間が突然増えて片付けてみたなら、
なんとなく買って溜め込んだ服や靴や不用品の多さに愕然としたり。
それを売ってみて、そのあまりの二束三文さに心折れたり。
 

これまでの古い価値観の中で培ってきた、
古い買い物の仕方・ものの持ち方を、
いま、それぞれに見直し始めた人々が、きっと大勢いるんだと思う。


買い方の基準。

手放しかたの基準。

節約の基準。




未曾有のコロナ禍の前と後とでは、

何が起こるかわからない、
先行き不透明な世の中を経験した前と後とでは。

こういった価値観の基準に変化が起こるのも、無理もないことでありましょう。


自然なこと、なのでありましょう。



 ***********************************


将来リアル店舗では、
商品の値札と一緒に「この商品はメルカリで〇〇〇円で売れています!」
という電子タグをつけてアピールする店も出てくるのでは、
というような話も飛び出しています。


消費経済ジャーナリストさんのコラムには
そんなびっくりな裏話も語られていましたよ!


「この服はメルカリで〇〇円で売れます」という表示を初めからつける。



うわー
いやもうこれは冗談ではないのかもしれないですね。

なるほど。

それだったら買おうかな、と思う人の心理を利用して品物を売る戦略ってことか。

最終的に売れる額の予想がある程度できていたならば、
実質的に消費者が支払うのはその「差額」で済むわけですから。

これからは所有するために「買う」のではなく
所有している間の「利用料」という感覚になってゆくのかも、と。

一生所有するんじゃなくて、一定期間利用する、という・・・

まさに新しい時代の、新しい考え方。





 







買う、よりも。 

むしろ手放す、の方に変化があったのが、近頃のわたしです。


わたしの中での、かつての服の「手放し」や「捨て」の基準は。 


「対面の接客のなされるお店に
 これ着てはとてもじゃないけれど行かれない」

「気後れしてしまってお店に入れない。」

「自分の身なりに自信を持てない。」 

そう感じた時、でした。

着用を繰り返した服が だんだんと傷んで、くたびれて。
家の中か近所のスーパーくらいしかいかれない服、になった時こそが、
これまでは、わたしの中での、わかりやすい「捨てどき」だったのですが。


いまね、それがね、


なんだかもう、よくわからなくなってきてるのよ ( ;∀;)



 *****************************


この長引くコロナ禍において。
家の中で過ごすか
主に近所のスーパーくらいにしか出かけない生活がずっと続いています。

出かけるにはアレかな、という状態まで着てしまった服であっても、

捨て時を見極めるようなイベントがないから、平凡な日常しかないから、
ぜんぜん見極められない ( ;∀;)


今はそんなに急いで捨てなくてもいいのかな、と、

処分を急ぐ理由はないのかな、と。

このワンピースに対して、思い始めている。






右だけでなく左の袖も破れました。黒い色も、日差しの下ではすっかりはげはげよ ( ;∀;)



 *************************************



いつもならとっくに手放したであろう
ずいぶんとくたびれてきたこのワンピースを、
このままもうしばらく着ていたい、と、


なぜかわたしは今、そう思っている。


もう、売れなくてもいいや。


最後までわたしが着よう。


そう思ってる。



少し前までは、丁寧にお修理して、
最後は売る気で満々だったんだけどなー ( ;∀;)



もう少し綺麗な状態で手放せるのが、
本当は理想だったんだけれど、 


適切な手放しタイミングを、


このコロナ禍において、


わたしは完全に見失いました。



 ***********************************





USEDで買った大好きなこのスカートは。 

USEDでしか買えなかったのです。









人気がありすぎて、どうしても手に入らなくて、
ネット争奪戦になんどもなんども敗北を期し。
何年越しにも恋い焦がれつづけ、
もう「叶わない」とあきらめていたわたしが
我が人生の中でこのスカートをはくことができたのは、
お買いになられたどなたかが、これを手放してくださったおかげでした。

とても綺麗に着用されて、
とても良い状態で手放してくださったあなたさまのおかげ。


どこかの見知らぬあなたが。

「捨てる」んじゃなくて「売って」くれたおかげ。


その方が、もしもボロボロになるまで愛用して捨ててしまっていたら。

わたしはこのスカートに出会うことはできませんでした。

この服を捨てないでくれてありがとう。
売ってくれてありがとう。

心から思ったの。






このWEBページで初めてみたときの写真。今もこの写真はわたしの中の宝物なのです。





これの定価は、確か45000円ほどだったはずなのです。
わたしはUSEDで13000円で買いました。

最後手放したとき、もしも3000円くらいの査定に恵まれたなら、
わたしの払った「利用料」は10000円、ということになりますね。

45000円のスカートを10000円で楽しむことが叶った。
結果的に35000円もの節約になった、と言っても良いのかもしれません。

これぞまさに「利用料」だ。


こんな巡り巡った幸せの経験があるから。

服が大好きだから。

わたしはできれば本当は服を捨てたくない。

「売る」ことが好きです。

これからもずっと好きなのだろうと思います。













前編・後編にわたってお話させていただいてまいりました。


えっと つまるところ何を申し上げたかったのかと言うと。



タイトルの「必ず売れるとわかっている価格高めのものをあえて買う。」について。


必ず売れるとわかっている価格高めのものをあえて買ったけれど。


買いましたけれど。


必ず売れるとわかっているものにも、


時として、こういう誤算もあるのだよー! ということ(笑)


あまりにも気に入ってしまうと、

あまりにも着すぎてしまうと、

売りたくても売れなくなることもありまーす!!

消費経済ジャーナリストもびっくり!の、

そういう結末もあるのでーす (´;Д;`)


という、お話(笑)


このワンピースが証明です。



 ****************************************



この誤算は、残念な誤算?
それとも正義の誤算なのかな?

売るつもりのものを、売れないところまで愛用できてしまったのだから。

着尽くすことが苦手で、今までずっと避けてきましたが、
コロナ禍は、そんなわたしのこだわりを、
自然と「ゆるめて」くれたのかもしれない。

売れなくなるところまで服を着尽くしてしまうなんて、

今だからこそできる、貴重な経験なのかもしれないですね。 








エプロンして家事をする分なら、まだまだ全然「着ていて嬉しい大好きな服」なのです。



 ***************************************



「売る」と、「譲る」と、「捨てる」。


コロナの前は、いつも「売って」いました。


先週は「譲って」みた。
ずっと会えなかった友達に会えたことが嬉しくて、
彼女の喜ぶ顔を、わたしは見たかったのかもしれない。 
人恋しかったのかもしれない。

今度はすっきり「捨てて」みよう。

この1着に関しては、
自分のこの手で「捨てる」ことをしてみよう。



服を捨てるのは、本当に苦手なことなのだけれど。


そういうこともできる自分に、なりなさいよ。


こだわってばかりいないで、


古い価値観を捨てなさい。



「新しい自分」になりなさいよ、ということ。 



なのかもしれませんね。










                                   おわり







今日もお読みくださって ありがとう。


↓ いつも更新を待ってくださってありがとう。ポチッとしてくださること、とても嬉しいです。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村


節約したいからこそ、高いものを買う。わたしにとっては とても効果的なことでした。
服の衝動買いは完全に「0」になりましたし、買う前に ものすごく考えるようになりました。
お手頃のものを大量に買っていた時よりも、年単位での衣服費は、なんと!抑えられています。

あと。

着ている服にふさわしいような出来事に、なぜか恵まれるようにもなりました。

節約、というより。 カツカツと節約するよりも。
運気が上がって暮らしが豊かになって・・・という、
目には見えない不思議な「流れ」のようなものが、自然ともたらされるような実感があるのです。








↓ 15日は「20%OFF」クーポンの日だ! ああ、海のダイヤ。本マグロ〜 ヽ(;▽;)ノ











最終更新日  2020.09.16 13:25:47
2020.09.14
カテゴリ:ミニマルに暮らす
節約意識が高い消費者ほど、

なぜか「より価格が高いもの」を購入する傾向にある。


節約したいからこそ、高いものを買う。


一見すると矛盾したもののように思えるこの消費行動。

これが今、
じわじわと広がりを見せているのだそうです。



なぜか。



「売る」という前提でのもの選びをする人が増えている。


今、すごく。


とくにコロナ禍以降、
急激に増えてきているのだ、という興味深いお話。


そのお話は・・ 後半から じわじわと ( ´▽`)ノ




 **************************************




手放す時。


たとえば服やバッグや靴、
まだ使える家電のようなものを手放す時の「手段」というのは、


大きく分けて、おそらく


「売る」「あげる(譲る)」「捨てる」


このいずれか、ですね ( ´▽`)ノ




こういうお話をするときに、
わたしがこれから気をつけたいと思うのは、

自分のしているやり方が一番いいのだ!
こうすること(だけ)が正義なのだ!という、

排他的な文脈にならないようにお伝えしたい、
ということ。

なんども読み直しながら、

気をつけて書くからね ( ´▽`)ノ











服やバッグや靴や小型家電等を手放そうとするとき。

もうみなさますっかりご存知のとおり、
わたしは「売る派」です。

捨ててしまうにはまだあまりにも価値があると感じる、とか、
次に使っていただける未来があることが嬉しい、とか、
どのくらいの査定がつくのだろう、という純粋な興味、とか。

やっぱり お金が戻ってきてくれることが、
わたしは単純に嬉しいです。

お金が戻ってきて悲しい人っているんかな (゜∀。)?

捨ててしまえば、
せっかく手にできたはずの幾らかのお金を
むざむざとゴミ箱に捨てたのと同じことですものね。


自分にとって不要になったものが、誰かにとっては必要なもので、

少しでもお金となって、
対価となって手元に戻ってきてくれることは、

わたしにとっては、

素直に「嬉しいこと」なのです。


どこか尊いこと、なのです。




*****************************************




きっとね、どなたさまも、
すべてを一度は試してみたことがおありなのだろうと思うのです。


【 売ってみた!のケース 】

A) そしたら期待以上の査定額だった!
  嬉しい!これからも大切に使って、最後は売ろう!

B)10円とか買い取り不可とか言われ、もう最悪。
   二度と売るもんか!バカにしてんのか!
   もう懲り懲りだわ!

【 譲ってみた!のケース 】

A) めっちゃ喜んでもらえた!
  こちらまで幸せな気持ちになった。
  売ったり捨てるよりも、ずっと嬉しいかも!
 
B) なんだかわからないけれど、複雑な感情が残った。
  「気持ちの良い手放し」とならなかったなあ。


【 捨ててみた!のケース 】

A) スッキリした!これぞ手放し本来のあるべき姿!
   もう同じ過ちを重ねないぞ、という自分への戒めにもなった。

B) もっと他の方法もあったのでは、と悔いが残った。
  譲っていればゴミにならず、誰かに喜ばれたのかも。
  売っていたら、幾らかのお金になったのかも。




手放す状況や、手放す量、
また手放す人の性格や年齢にもよると思いますが、

その人が1度やってみて
その人にとって「嫌な感情が残った方法」というのは、
やはり次回は避けるのだろうと思うの。


その人にとって「後悔のなかった方法」が、


その人のやり方として、


「その人の手放し方」として、採用される。



 **************************************



どの方法にも、それぞれに。

A)良さや喜びの記憶 B)悔いや心残りの記憶 

というのが刻まれるのだろうと思います。



今は、わたしは。

絶対に売る!とか絶対に捨てる!と最初から決めつけることをせず、

そのときそのときに見合った、
「自分が後悔しないであろう方法」を選ぶことを心がけています。

自分の心がいちばん納得して手放せる方法を、
その都度、選んでいます。













9月になって、バッグを手放して。

そのとき、一緒に服を1着手放しました。

バッグを引き取ってくれた友人に、
このニットを「おまけ」としてお譲りしました。

サプライズで持って行ったので、
「HYKE」を大好きな彼女は、
この「おまけニット」を見て叫び、もはやメインのバッグそっちのけの大喜びをしてくれて。


ああ、「譲る」って。


譲って喜んでもらえることって、こんな嬉しいことなのか。


いつも「売る派」「査定に出す派」のわたしにとって、


「譲る」の嬉しさをじんわりと感じることのできた、


心温まる出来事だったのでした。











コンパクトなサイズ感だった HYKEのニット。
ワンピースの上から羽織ることができないため、
この秋いっぱい楽しんだら、冬の前に手放そうかなと思っていました。

そのときに売って手放すよりも。

お友達にあんなに喜んでもらえて。


いちばん自分に納得のゆく「嬉しい手放し」ができたように感じています。






新しいご主人のもとへ一緒に旅立ってゆきました。先週のある日のできごとだったのでした。



 ***************************************




さて、いよいよこのお話です。


消費経済ジャーナリストさんの間では。


近年、「節約の概念が大きく変わり始めている!」と囁かれていることを、


読者の皆さまはご存知でしょうか。


節約意識が高い消費者こそ、より価格が高いものを購入するようになっている謎の傾向。


昭和の そのもっと前の昔から。

それまでの「節約」と言えば、
買うなら1円でも安いものを!というのが常識で、
限られた予算内で、その中で気に入ったものを、
安くていいものを探して買う、というのが
お買い物の醍醐味でもあったはずなのに。


けれども最近の節約法は、もはやそうではなく。


買ったあとどうにもならない安いものを買うよりも、


「必ず売れるとわかっている価格高めのものをあえて買う。」


という人が、とても増えているのだそう。


ほう・・・ 


これが「新しい時代」の、新しい節約術?



そうなってまいりますと、
「失敗したら売ればいいや」との気持ちでの安易な衝動買いが、
今度は懸念されるところではありますが・・・



それが、意外とそうでもないらしい。



見栄を張って高いものを買う、ということではなく

もちろん借金やリボ払いまでして身の丈以上のものを買う、ということでもなくて


自分の暮らしや収入に見合った範囲内で、


大事なお金を使うのなら。


せっかく買うのなら。


服でも。靴でも。バッグでも。時計でも。

キッチン家電でも。生活家電でも。車でも。


その選択をした自分自身に満足できて、

「豊かさ」を感じることができて
     ( ↑ これは本当に大事!)

品物も保証もしっかりしていて、

願わくば最終的に手放す時にも「価値がある」ような、

はっきり申し上げれば「売れる」ような。

そういう、
いわば「資産」を持とう、というような感覚?


安易な衝動買いはむしろ意識的に抑えられ、


消費行動が「変わる」らしいのです。


将来的に本当に売るかどうかは
その時点ではまだわからないとしても。

買う前に「これは果たして売れるものなのか」と
一旦立ち止まって冷静に考えることで

「買うこと」に対し、人はとても慎重になり、


結果として「節約効果」につながるらしいのです。



後半に続きます。








                                    つづく




 

今日もお読みくださって ありがとう。


↓ 更新を楽しみに待ってくださってありがとう。いつもポチッとありがとう ヽ(;▽;)ノ

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村


なんども読み直して、なんども表現を見直しながら、3日かけてこの日記を書いています。

ああ、わたしは時間をかけて、
ひとつひとつこういう日記を書きたかったんだ、と 
今、つくづく感じています。 

最後まで読んでくださってありがとう。 今日もここへきてくださって、ありがとう。 



                                    すずひ








↓ 全ての「季節のフレーバー」を1年費やして網羅して。色々と楽しんだ結果。 
  やはり「プレーン」がいちばん美味しいのではないか、と気づいてしまったすずひの秋。














最終更新日  2020.09.14 13:34:59
2020.09.10
カテゴリ:ミニマルに暮らす
2週間ほど前でしょうか。

うれしい臨時収入がありました。


わたしに!  です。












そのうれしい臨時収入の一部で、これを買いました。



おとーさんに! です。




わたしに、ではなく。



 **************************************



わたしたち夫婦は、何年かに一度。
なんでもない時の不意の労い?
「いつもありがとう」の感謝の気持ち?として、
キーリングを贈り合うという似た習性を。

似た価値観を。

どうやら互いに持ち合わせているようなのです。


同じものを食べて四半世紀暮らしているうちに、

だんだんと似てきてしまったのかもしれません。








何だろう、この感じ。「新しい運がやってきたよ!」というような良いエネルギーを感じる瞬間。



 ****************************************




キーリング。

すなわち「鍵」を持つとき、というのは、

家の中で過ごす時間ではなく、
これから外出するよ、という時ですね。

行ってきます、の時。

外の世界に向かうとき、パッと手に掴むもの。


そして外の世界から無事に帰還した家族が、
「ただいま」の直前、
家の玄関の前で再び手に取るもの。


キーリングは。

外の世界で過ごす時間の「お守り」のような存在だ。


家族の出かけた先々が、
波動の良い場所でありますように。


悪意や邪気を寄せ付けることがありませんように。


自分にふさわしい出会いや出来事に恵まれますように。


そして。


今日も1日頑張ったそれぞれが、ここへ無事に帰ってこられますように。



お守り、というか・・・もはや「数珠」?(笑)












指輪をしない夫婦なので、
エンゲージリングはとうの昔に売っちゃって
そのお金は、その日のうちに焼肉食べちゃいました。

今は、
お互いのプレゼントし合ったキーリングこそが、
ちょっとだけそれの代わりを担ってくれているのかもしれません。







裏側の刻印も素敵でした。 ずっと見ていられる、わたしの大好物「数字の羅列」(笑)




 **************************************




そのキーリングが「好き」だったり「大切」だったりすると、
自ずと愛おしく扱うようになります。
鍵の存在を粗末に扱わないことにもつながります。


愛車を大事にしているひとが、
そのキーを車同様に大切にしているように。

ご自分の住まいを大切にしているひとって、

鍵を大切にしているように思うことってありませんか?






この保存用の巾着袋がまた可愛い。可愛くてたまらん。この色みがパーフェクトでたまらん。



 ****************************************」




家の中がきちんとしているひとは、出かけるときに鍵を探したりしないし、
帰ってきた玄関の前で「鍵ない!」「鍵どこいった!」などと、バッグをがさごそ探り、
なかなか家の中に入れないというあの行為とも、無縁な気がします。


バッグの中のものが少ないことがほとんどでありましょうし、
そうでない場合であっても、
おそらくはご自分にとって使いやすいよう、
気持ちよく整理がなされているのだと思う。


暮らしが散らかっているひとは、いつも鍵を探してばかりいるし、


よく鍵をなくすし、落とします。


そういうサインを、鍵は必ず出します。 




鍵、ゆえに。







おとーさんから贈られたキーリング。 大切に使って、もう何年目?なのかな?




 **************************************




金運とお財布との関係のお話は、
ミニマリストさん界隈でもたいそう人気で、

けれどそれは「金色の財布であれ!」とか
「1000日で買い替えろ!」とか、
「一粒万倍日に新調せよ!」とか「寅の日におろせ!」とか
そういうゲン担ぎ的なことよりも、

爪に火をともすように節約せよ! 
贅沢は敵だ!よりも。

お財布のなかに余計なものを入れない、とか
その日のレシートはすぐに整理する、とか、
いつも心を込めてきれいにしておく、とか
そういうことをおっしゃる方が多いです。


これらと金運の関係は、どうやら本当のようです。


そういうことを「ふつうに」している。


しないと気持ち悪くなっている。


お財布の中は、その人の心の中そのもの。頭の中そのもの。


その人の暮らしそのもの。


鍵の扱いにもまた、同様のことが言えるのかもしれません。


キーリングは、その人の価値観だし、その人の美意識だし、


「その人のイメージそのもの」という気がします。


クールな人はクールなの付けてるし、

愛情深い人は愛情深いものを付けてるし、

楽しい人は楽しいのを、

元気な人は元気なのを、

キュートな人は、キュートなのを付けてる気がする。










 ****************************************




自らの臨時収入を、
こんな風に生かすことができる心をわたしが持てるようになったのは、
わずか、まだ、ここ数年のことです。


昔はね、臨時収入があったらね。


そりゃもう隠しましたとも!  (`・ω・´) キリッ


個人的な臨時収入は、全部自分のもの!

わたしのものだ!!!!

どうしたら家族にバレずに独り占めできるだろうか! と


必死よ。


命懸けのミッションよ(笑)




 *************************************



その頃のわたしの金運は、

当然のことながら最悪で。最低で。

たまの幸運も、
いつもそれっきりで続くことがありませんし、

嬉しいのは自分だけ。

自分がだけが嬉しければいい。

そんな風でしたから、
金運に限っただけのことでなく、
あらゆる幸運から見放されていて、ね。

心はますます卑しくなるばかり。

そんな心で気合入れてトイレ磨いて

「ちょ金運!どうなってんの!?」ってキレてるんですから。



愚かなことです。







ちょっとそこらへんに5分、とかであれば、もう、腕に通したまま握って歩くのも大好き。
なんかもう、本当に「お数珠」に見えてきました(笑)



 ***************************************




臨時収入があったなら、昔は、ひた隠した。


今は、家族に「喜びのお裾分け」。


現金そのままで進呈することもあります。
    ( とくにお子には現金が好評で・笑)


独り占めよりも、ずっと幸せを感じられることを知りました。

そして、そうしていることによって
自然と「喜びの連鎖」というのが続くのか!ということにも、
わたしは次第に気づくのです。


同じような「嬉しいこと」が、続くようになる。


幸運や金運が、途切れなくなるのです。 



不思議なことです。



 **************************************



これはわたしのような個人だけでなく、
会社や企業さんも同じなのかもしれませんね。

社長さんだけが利欲丸出しで、
小狡く私腹を肥やすようなことをしている企業が伸びることはありません。


成功してるひとはみな。


大切な社員に。 大切な家族に。 


お世話になった周りの人に。


地域や社会に。



幸せを、還元してる。




昔のわたしは、極悪社長みたいだった。


おすそ分けなんてしたら、大損してしまうような気持ちだったもの (´;Д;`)





 ****************************************




キーリングとその人の運、
そしてその家庭全体の運気は直結していると、
わたしは感じています。

これまでの自分自身を振り返ってみても。

周りの人を思い浮かべてみても。

例外はない気がする。

もしかしたら、お財布よりも大切なものなのかも!







2年半使ったおとーさんの「旧・キーリング」は、気づけばずいぶんと傷んでしまっていました。
2年半、おとーさんのことを毎日守ってくれましたね。 本当にありがとう。



 ***************************************




鍵は。 

たとえば「キーポイント」や「キーワード」のように。

「要」とか、「大事な点」とか、
「重視すべき点」とか「大切な箇所」とか、
「焦点」とか「心臓(部)」とか、

「不可欠」とか「本質的部分」とか「核心」などといったような。


なくてはならない、という意味合いとして使われる深い言葉でもあります。




暮らしの核心を握っているんだよ。


運気の心臓部なんだよ。


「要」なんだよ。


それが「鍵」なんだよ。



ああそうか。



「幸せの鍵」はいつだって、この手の中に。



自分の人生の「鍵」を、見失うことのないように。



金運の? 



いいえ、暮らしの全ての、そして人生の「キーポイント」。



ああ、そういうことなのかもしれません。










                                    おわり







今日もお読みくださって ありがとう。

不意の「臨時収入」というのは、
たとえ小さな金額であっても「金運アップのお知らせ」「前兆」であることが多いのだそう。
その小さな前ぶれとどう向き合うかこそ、その後の金運につながる「鍵」なのかもしれません。


↓ 更新の日を楽しみに待ってくださって、ありがとう。いつもポチッとありがとう。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村


今週の水瓶座の「しいたけ. 占い」が、当たりすぎてて震えています。

今週は、かなりあなたの周りで
「切り替わっていく動き」が増していきます。
また、あなた自身もかなりエネルギーを使ってきた場所から
自分を切り替えていくことができるので、
この切り替えによって
心身共に助かることが多くなります。



ブログと、わたし。 
今はまだ揺れても、揺り戻しに負けることなく、わたしは変わりたい。  
いま改めて、自分を信じることをしてみたいのです。

前々回の日記を、あたたかなお気持ちで読んでくださったみなさん、本当にありがとう。

また次回の日に。 ここで。 笑顔で会えますように ( ´▽`)


予告もするね ( ´▽`)ノ





↓ 昨日届いた野菜はこちらだったのでした。盛りだくさんでびっくりしました!



↓ 一緒に頼んだ「ジャージーバター」と「飲むヨーグルト」
          そして「油揚げ」が・・・これまた美味しかった ヽ(;▽;)ノ















最終更新日  2020.09.10 22:00:07
2020.08.27
カテゴリ:ミニマルに暮らす
防災の日を前に。


まだ用意できていないままの「防災リュック」をどうしようかなぁ、と思って。


ユニクロのオンラインショップをさまよっていたら、



例の「マスク」が買えるようになっていることに気づきました。






このくらいの閑散とし始めた野菜室が好き。もはや「パン室」(笑)



 **************************************



エアリズムのマスクが発売された日には、
どの店舗にも長い行列ができたり
整理券をもらわないと買えなかったり
争奪戦のようだった、と聞きました。


あれからどのくらい経ったのかな。


もう今はふつうに買えて、

しかも 何やら「改良」された新製品らしい。











 **************************************



コロナ前と 今と 比べると。


わたしは「買い出し」が 億劫になっています。


何だかわからないのですが、
スーパーに行くと、すごく疲れるようになっちゃった。

何だか、コロナ前の気持ちとは、全然違った感じになっちゃった。

料理は大好きなんだけれど、買い出しが嫌いになっちゃった。

嫌いというか、少なくとも「楽しみ!」ではない。


何でだろ。


読者さまは、いかがですか? ( ;∀;)






蓋つきの野田琺瑯には、土付きのお芋や根菜を。野菜室に土が散るのがわたしは悲しい。

↓ 常備の焼きそば。 この麺は、本当にもちもちで美味しい。 





 *****************************************




非常時の、あの緊迫した食材の買い出しが、

ややトラウマになってるのかも。


冷蔵庫の余白が増えて、

だんだん「がらーん 」になってゆく過程。


最近、ようやく。


大好きだったそれを楽しむ余裕が戻ってきた気がします。


非常時は、なんか、がらーん となるのが怖かった。


また買い出しか、と思うだけで、胃が痛くなった。







エアリズムマスク、3枚入り。 家族1枚ずつ使えますよ ( ´▽`)ノ



 ***************************************




結局、お目当てだった「リュック」は
ユニクロでは買えませんでした。

望んでいた感じと違ったのです。
防災用なので、もう少し小分けポケットのあるものが欲しかったから。

防災用だし。 2990円だし。  

まあこれでいいか。


という、「そんなに気に入っていないけれど安いからいいや」という買い方を・・・


わたしは、これまで何度してきたかわからない。


10や20や30どころではない。


2990円を30回捨てることに対し、完全に麻痺していた。


いまだに気を抜くと、やってしまいそうになる。


そういう買い方は、必ず後悔するとわかっているのに。



「気に入っていないのに買った」というものが自分の家の中に。


ずっと目の前にあることの、あのツラさ。


いまは、ちゃんと分かっているのに。


それでもやってしまいそうになる。 



ああ、これがユニクロの魔力なのかな ( ;∀;)













2990円のお肉をスーパーで買うのはためらうのに。

リュックなら安い!と思ってしまうのは 一体なぜなのだろう。

ここで妥協の2990円使ってしまうのなら、


絶対に肉買ったほうがいい! と。 


ユニクロのリュックを、肉の力で、思いとどまりました。







暑い中働くおとーさん弁当に、ちょっといいお肉を入れてあげることができましたよ ( ´▽`)



 ****************************************




やっぱり リュックは。


もっと高くてもいいから、ちゃんと自分の心の喜ぶものを買おう。


お子のリュックも、おとーさんのリュックも、
どちらも買うときは少し高かったんだけれど、
やっぱり5年とか6年とか使えているのです。


そういうものを、わたしも買おう。


お弁当の焼肉が いい香りだった。


2990円のリュックを買ってしまわなくてよかった、と 思った。






1個残っていたマフィンを使って「すずひエッグマフィン」。マックに負けない自宅朝マック。



 ***************************************




今日は、今思ったことそのまま書いてる日記です。


こんな感じで書くのは、とても久しぶり。



お国からもらった「10万円」を、

そのまま納税に回してしまったから。

わたしはまだ、「経済に貢献」をできてはいないですね。


そのことがずっと引っかかっていました。


そうだ。 防災用のリュック買おう。


春におとーさんが入院した日。
実はすごい大雨の、春の嵐みたいな日になってしまって、
強風の中で傘をさしての重たい荷物を持つことがツラくて、
おとーさんのリュックを思わず借りたことを思い出した。


防災や、そういう非常時用のリュックが、わたしには足りていなかった。


ふだんは使わなくても必要なもの。


自分のリュックを買うのなんていつぶりかな?


10年15年どころではないぞ。 ドキドキするね!



防災リュックなんだから安く済まそう。 



よりも。



いただいた10万円で。



心から気に入った、長く使えるものを探そうと思います。



非常時に給付されたお金で、非常時のものを買おう。



2020年の出来事を、きっとずっと忘れないでいられる。



若い頃には全然できなかった「生きたお金の使い方」を、



ちゃんとしようと思います。








                                    おわり







今日もお読みくださって ありがとう。



↓ 2990円のTシャツ買うのは平気なのに「2990円の肉」には震える謎 ( ;∀;)!

にほんブログ村 にほんブログ村へ
にほんブログ村

そんな、リュックの化身、今日のお弁当の焼肉に、ポチッとありがとう ( ´▽`)ノ

今日のおかずは 和牛焼肉・ピリ辛こんにゃく・唐揚げとウインナー串・ネギ玉子、でした。












最終更新日  2020.08.27 20:01:11
2020.08.24
カテゴリ:ミニマルに暮らす
2019年の年末に。


暮れにまつわる様々なことが全部済んでしまって。

時間が有り余ってしまって、

「超・年の瀬」に美容院に行ったのでした。


それが最後になるなんて、思いもしないで。




最後ってことはないのですが、

まさかこんなに長いこと行けなくなるとは 思いもしないで。




どのくらい伸びたと思われますか?


行きますよ?



BBA が出ますよ?




じゃん!









もうすっかり「ロングヘア」ですね (汗)



髪って、ある日を境に一気に長くなる気がします。

後ろに回せば、背中の真ん中くらいまであります。


もともと髪の伸びるのは早い方なのですが、

寄る年波にも負けず、すくすくと伸びました(笑)











帽子があって、よかったなあ。


美容院行けてないことが、ぜんぜんツラくないんですよ。
もちろんこまめに行けるのに越したことはないんですけれど、
帽子のあるおかげで、
そこまで気持ちがひっ迫しないでいられる、というか。


それよりも、何よりも。


もともと 美容院がそこまで好きではない(笑)



 **************************************




コロナ禍で。


さまざまなことに制限がかかって、不自由なのは否めないけれど。


自粛生活に幸せを見出してしまった、という方々は今もなお多く、


その「見出した幸せ」というのにも色々あって、


「家で過ごす時間を充実させる!」と言ったたぐいの


キラキラ方向ばかりではないんですよね。


「堂々と最低の自分でいられる」 というのもあって。


これは、わたしにもある。  


すごくある。



*******************************************



たとえば。


本当は気がすすまない旦那さんの実家への里帰りを「堂々と」延期できる、とか。

本当はそんなに楽しくなかった集まりを「堂々と」欠席できる、とか。

お墓参りを 堂々とサボる、とか。

ゴロゴロと家の中にいることにも「堂々と」胸を張れる、とか。


マスクもあるし、お化粧しないでも「堂々と」買い物いける、であるとか。



そしてわたしのように 堂々と8ヶ月も美容院に行かない、であるとか(笑)



本当なら、そんな自分のことを

「親不孝もの!」とか「なまけもの!」とか

「薄情!」とか「だらしない!」とか

自分を責めたくなってしまうような、

以前なら自分の中では「最低」だと感じてしまったようなことを・・・


堂々としていられることの幸せ。



これは、ある。 大いにある ( ;∀;) !



これもわたしの ニューノーマル ( ;∀;)


 ***************************************



こまめに美容院に行っている時にはわからなかった 
自分の髪の変化みたいなものにも、否応無しに気づきます。

カラーは、もう6年以上前からしていませんし、
毛染めもしたことがないのですが、
わたしの髪は、いまはもう真っ黒ではないのだなあ、と。

若いころはお金払ってカラーを施して
アッシュ系の茶色にわざわざしていたのに、

歳とって、色素が弱くなってきてるんだなあ、と。


「奇跡の黒髪」と呼んでもらえるほど
今のところは白髪の少ない髪なのですが、

全体に色素は弱まっている気がする。 

髪が細くなりました。

そしてわたしの髪は、もう真っ黒い髪ではない。



 **************************************




ちなみに 伸ばしっぱなしの前髪はどうしているのかと申しますれば、

今もなお、ふだんは「大五郎」です。

ファミマのゴムで、ちょんまげです。









この状態で売っているファミマのヘアゴムはとっても便利。


絡まなくて、保管しやすくて、とてもいいです。









ちなみにヘアピンもファミマ派。


初めからこのケースに入っているの、まじ最高 (`・ω・´)!





外出したり、帽子を脱ぐような時には・・・


この頃の「雅姫さん」よろしく、「ピチッと斜め前髪」にしています。









本当は そんなに美容院が好きじゃないから、


「堂々と」8ヶ月も行かないでいられることが・・・


わたしはいま、正直、とても「幸せ」なのだと気づいてしまった。


4〜5ヶ月頃までは、まだ、それがわからなかったのです。


美容院に行けないことは、


自分にとって悲しいことのような気がしていた。










守るべきものは、まず自分の健康よ。
差し置いてはいけないわ。
      精神科医 Tomy先生のTwitterより

↓ Tomy先生の新刊。 予約して、楽しみに待とうと思います ( ´▽`)ノ







そう、苦手だったんだ。


とくに「真夏の美容院」がものすごく苦手だった。


あのケープをかぶるのが ツラくてツラくて (´;Д;`)



ここまで「ロング」になってしまえば、

もういざという時には、

お子のアイロン拝借して毛先を巻くこともできます。


「斜め前髪」こそ最強で、どんなに伸びようとも、これはできる。



9月の終わり頃までは、帽子をかぶっていられますから・・・


髪のこれからのことは、また、その頃考えましょう。



いまは、そしてあともう少しは「最低」の・・・・? 


いいえ わたしにとっては 本当は最高!! の。



「美容院行けないライフ」を、楽しむことといたしましょう。



堂々と・・・ ね!(笑)






                                     おわり






今日も お読みくださってありがとう。

堂々と最低でいられることの幸せ・・・読者さんも、ふと感じたりすること、ありますか?


↓ 守るべきは、まず自分の健康! のポチッと、ありがとう ( ´▽`)ノ

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

にほんブログ村


燃やせるゴミの日、月曜日! 「しいたけ.占い」の月曜日!

曜日の感覚がおかしくなってきてるいる昨今・・・こうして気合いを入れています ( ´▽`)♪













最終更新日  2020.08.25 06:08:51
2020.08.03
カテゴリ:ミニマルに暮らす
更新が、こんな時間になったのは。

頑張って「絵」を描いていたからです (´;Д;`)








読者さまは。

ご自分の眉毛を、いま、どう感じておられますか?

わたしは、眉を描くことは、ずっと苦手でした。

自眉がそこそこ存在することもあり、
ずっと我流で、適当に描いて生きてきました。

最近の流行りの眉って、本当に自然で素敵なんだけれど。

なんか太いんだけれど ぼやっとしてて、
弓状のアーチというよりは、まっすぐな感じで。
眉尻が細くなりすぎていなくて。


どう描いたらあんな風な素敵な眉になるのか、


わたしには、見当もつかなかったのです。



 *************************************



ところが、つい最近。


お化粧品の売り場のアドバイザーさん直伝!という、

世にも簡単な「今時の眉の描き方」というのを習って描いてみたら・・・


本当に描けたのよ ( ;∀;)


このわたしにも ( ;∀;)


それを何とかしてみんなにもお伝えしたくて、


頑張って絵を描いてみました (´;Д;`) !!


見て!! (笑)










ぶっ!!


いやいや、ここが原点ですから。


笑わないで、続きを見て! 行きますよ!




(1)もともとの眉が、こんな風だったとします。






(2)多くの人の失敗は、このように、
   自眉のカーブを生かそうとしてしまうところにあるのだそうです。



ダメな型どりの典型。これをしてしまうせいで、眉尻の細い古い眉になってしまうのだそう。



(3)今時の眉を描くためには、正しくは「直線!」なのだそうです!!





はみ出す眉山や眉尻の毛は「いっさい気にするな!」ということです。 




(4)目尻の延長戦、もとい 延長線のあたりで、
   長さを決めながら、上の眉のラインをカーブさせます。






(5)下のラインを延ばして、合流させたら・・・・






(6)はい、完成 ( ;∀;) !!





はみ出た自眉は、ここまで描いてから、カットするなりなんなりしてください、と。




そうか。

眉を描くには「眉山!」「眉山!」って意識しがちでしたけれど、
だからわたしはいつも、なんとなく、古いというよりは「犬」で。

目と眉毛が離れた「犬」みたいな顔になってしまっていたのか ( ;∀;)


大切なのは、下のライン。


とくに、ここ! なんだって!









下の直線を引いた時に、ここが空洞みたいになるでしょう?

そこをしっかりと埋めることで、犬っぽくなることを防げるのだそう。



愛用中の ETVOS デザイニングアイブロウは。

1本の鉛筆のような格好ですが、
実はこのようなパーツで成り立っています。











最初の要の直線ラインを引くのには「ペンシル」が。

濃さを調節したり直線ラインのキワをぼかすのには「ブラシ」が。

犬になる空洞を埋めるのには「チップ」が。


これ、本当に理にかなってる (´;Д;`) いま気づいた



↓ カートリッジが交換できるところも、とても経済的で素晴らしい。





 **************************************



まだまだ上手には描けないのですが、

だんだんとコツを掴んできた、と申しますか、
とにかく「失敗」をしなくなりました。

そして。

これまでの「我流の眉」が、
本当に古くさかったのだ、ということを、
ひしひしと実感しているところです ( ;∀;)


ちょっとのことだけで「今時の顔」になれる不思議。

「眉全出し」が怖くなくなる不思議。

マスクをしている今。 

眉の印象というのは、顔の印象そのもので。


ずっと自信がなかった。


けれど!


そんなわたしでも描けました!


現在のご自分の眉毛に満足しておられない読者さま・・・


どうぞ、ぜひ、ぜひ一度 お試しください ヽ(;▽;)ノ





                                     おわり





下手くそな絵を我慢してくれてありがとう。

↓ すずひ、これでも一生懸命描いたんだね、のポチッと、ありがとう ヽ(;▽;)ノ

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

この描き方で仕上げると、マスクだけでなくサングラスも似合う眉になれるような気がします。

この夏のすずひは、もう「眉毛犬」じゃないぞ!(喜)












最終更新日  2020.08.03 18:25:06
2020.07.31
カテゴリ:ミニマルに暮らす
後悔していたのです。

昨日のブログのことを、です。

「その1」を書いて、

さらに「つづく」としてしまったことを。











500Wで4分間。 

バルミューダが働いてくれている間に、
取り皿と、れんげをスタンバイしましょう。


テレビでは。
 
厳しいことを好き放題おっしゃっていた料理人さんたちが一斉にこれを褒め称えて。

一流専門店にも引けを取らないほどだ、と。

それを聞き、
ずらり並んだ「合格」の札を見たコンビニの偉い人は
嬉しさと、そして安堵でしょうか、涙ぐんでしまっていて。

それを観ていたわたしも、
ああ、よかったね、良かったよ、と (;_;)
すっかり同じ気持ちになってしまって。
(なんかね、同世代の女性社員さんだったのよ)


すっかり食べてみたくなってしまって。


これを買って応援したくなってしまって。


自転車走らせてしまったのが・・・・こちらです。






セブンイレブン「1/2日分の野菜!9種具材の海鮮中華丼」¥460(税込 ¥496)




我が家のれんげは、この3〜4年の間に1本ずつ割れて、
ついにこの家には「1本」しかないんですけれどね、
なんか、あってよかったよ。 この中華感さ!

ちょい足しの「ごま油」も、用意してみました。





あー、写真ボケてもた。 もう食べちゃった。 撮り直せないー (;_;)



 ***************************************


こんな風に、ごはんと野菜のあんかけが2段重ねになっていました。

いやはや、容器にも工夫が凝らされているんですね。



いざ、いただきます。



マスコミに踊らされたわたしが、いただきます!!











いや、ややや!



こ、これは! 美味しいぞ!! ヽ(;▽;)ノ




 ***************************************




後悔していたのです。

昨日の日記を公開したあと、
コンビニに向かっての自転車走らせながら、

ふつふつと自責の念に駆られていたのです。


「これは、困ったぞ。」( ;∀;) と。



あんな記事書いてしまって、
今から買ってきて、いただくのはいいけれど・・・

美味しくなかったら、どうしよう!

「つづく」とか書いちゃった!

もしも全然美味しくなかったら、

これ、どう続きを書いたらいい(;_;)?と。






なんと立派なきくらげですこと!器に移して、2回に分けての「おかわり」を楽しめた(笑)!









わたしはTVに出ていらしたような料理のプロではないし、
美味しいとか、そうでない、は、個人の主観によるところが大きいとはいえ、
批評してほしいと頼まれたわけでもないのに、
ましてモニターさんでもないのに
(モニターだったのならなおさら!)

特定の企業の特定の商品を「まずい!」とか、
ここに書くことは憚られる。

だからと言って。

嘘ついて「美味しいでーす!」と書くことも、性格上できない。


いや困った!困ったぞ! どうしよう! 


あの女性社員さんの、うれし涙を思い出す。


美味しくなかったら、どうしよう (((((;▽;))))))






ごま油を少したらして、美味しい! うずらのゆで卵など追加すれば、なお美味しくなりそう!



 ****************************************


とても美味しかった。

専門店でいただくようなものと比べてどうか、ということは抜きにして、
この価格で、手軽なコンビニで、
そして4分チンして待つだけでこの美味しさが叶うのなら、これは十分にすごいぞ!と、
そう思った。

具材はたっぷりだし、
野菜はちゃんとシャキシャキしていましたし、
ごはんがね、美味しかった。
ちゃんと硬めに炊いてあってよかった!



 ****************************************



「この時期」だったからこそ、の喜びもありました。

この半年、

ほぼずっと自分で作った、
自分の味付けのものしか食べていなかったから。

そういう意味でも、とっても特別な、

まるで誰かに作ってもらったような美味しさに感じたのでした ヽ(;▽;)ノ



 ****************************************



後悔している。

コンビニのごはんに興味を持たなかったこと。
というより、かなり偏見を持っていたこと。

すごく味が濃かったりするのだろう。
何食べても同じ味なのだろう。
きっと美味しくないのだろう・・・という勝手なイメージ。


自粛生活の中でも、
自分からコンビニのごはんに頼ろうと思ったことは、
だから一度もなかった。


時々は、こんな風に頼ってみるのもいいなあ。


頼ってみても、ああ、よかったんだなあ って (;_;)。



 ****************************************



それにしても、我が県の感染の様子がひどい。

感染者数の成績表が、日に日にひどい。

わたしはずっと、この県の片隅で。
模範的とも言えるような自粛生活を勝手に続けていたのだが。 

どうしてこうなってしまったの (;_;)

コンビニも、不要不急では行ってはならない場所に
このままでは、再びなってしまうのかもしれない。

レジ袋が「有料化」となってから、初めて行けたコンビニ。 


初めてのコンビニレジでの「マイバッグ」。









中華丼を入れたカゴをたずさえ、レジに向かう。

幸いお客さんは少なく、レジに並んだのはわたしだけでした。


だから、誰か若者のレジでの振る舞いの様子を偵察することもできず、

BBA、ぶっつけ本番で ( ;∀;)


「袋要りますか?」と聞かれ、
待ってましたとばかりに「要りません!」と答え、
すかさずマイバッグを取り出し、広げる。









わたしがバッグの口を広げて支えるところに、
店員さんが ほい、ほい、と、
慣れた手つきで商品を入れてくれる、という感じの
なんと申しましょう、
商品の袋詰め作業は、わたしと店員さんとでの「共同作業」でした。

お店によって、また持参したバッグの状態によっても違うんでしょうけど、
初めての割には、すずひは、とても上手にできたと思います!(喜)










中華丼だけ買うつもりが。

なかなか来られないのと、お目当てのものが買えて嬉しかったのとで、


ついつい「噂」の。 
「sonna bananaコラボ」のこちらも一緒に。


ああ、コンビニおそるべし。


ふわぁん、と、予定以外のものを買ってしまった。


いつでも来られる、と思ったら、買わないでいられたような気もするのです。


また来られなくなるかもしれない、と思うと。


余計なお金を1円だって使うものか!という、かつて抱いていた気持ちよりも。

そういうカツカツした気持ちよりも。

「せっかく来た今日だけでも、少しでもこのお店の客単価に貢献したい。」

そんな気持ちになりました。



 ***************************************



そういうお金の使い方は、間違っているのでしょうか。


何気なく、いつでもふらりと寄れたころとは全く違うわたしになっている・・・


そんな自分の心の変化に、否応無しに気づかされる、


わたしにとって、どこか 「近くて遠い」・・・


そんな近所のコンビニでのお買い物、だったのでした。







                                   おわり






今日もお読みくださってありがとう



↓ 昨日のつづきを一晩待ってくださって、ありがとう。
  このブログは、今日「4歳」になりました。明日からは5年目です。
  4年間、いつもポチッとくださったこと、本当にありがとう。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

昨日は美味しく楽できて とても嬉しかったから。

今日からまた、この小さなキッチンで、お昼ご飯・・・ 頑張って作ろう!











最終更新日  2020.07.31 14:24:07
2020.07.29
カテゴリ:ミニマルに暮らす
あるミニマリストブロガーさんがお誕生日を迎えられ (おめでとうございます!)

47歳になられたことを、


「レベル47」になりました! とおっしゃっていたのが、素敵だった。


とても素敵だった。








晴れた日の「お洗濯物干し」に欠かせない、わたしの大切な「おとも」は・・・・
       ( めっちゃ髪が伸びてしまいましたでっしゃろ? ) (;_;)



 ***************************************



年齢は、樹木でいう「年輪」だとか。

勲章だとか。

歳をとることは怖くない!! とか。


年齢を重ねることを前向きにとらえましょう的な表現って


これまでにも、色々たくさんありましたけれど。


レベル47 って、 なんか、すごくいい!



なんか、すごい 強そうで!(笑)



今まで聞き知った表現の中で、いちばんいい!!






戦いの「おとも」は、アイルーよりもこの帽子です。
太陽の直射、ベランダの照り返しから・・・わたしをしっかり守ってくれる!



 *************************************




みんな「0」から始まって、

1つ1つ 重ねていって、

ゲームの世界のような「レベルダウン」や「リセット」や、

課金したりアイテム手に入れての派手な「飛び級」はないけれど、



ないからこそ。






もっとすごい紫外線の日は。ここにアームカバー(メラルー・笑?)も装備します。 
ちょっとしたことですが「日々の積み重ね」は、紫外線との戦いです。 確実に、違います!


 ***************************************



1つ上のレヴェルを楽しみに目指して、生きよう。


人生という名の自分のコンテンツの歴史を、


1つ1つ、積み上げてゆこう。


「レヴェル49」の日々を・・・


わたしらしく、今日も、楽しく生きよう!






                                     おわり






いつもお読みくださってありがとう。


↓ 昨日はたくさんのポチッと、本当にありがとう! とても嬉しかったよ ヽ( ´▽`)ノ

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村

今日は玄関の掃除を「大晦日レヴェル」の本気で成し遂げました。

お昼のビールを自分で自分に許したいような、そんな達成感にてございます ビール














最終更新日  2020.07.29 15:12:19

全292件 (292件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 30 >


Copyright (c) 1997-2020 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.