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テーマ:暮らしを楽しむ
カテゴリ:幸せになる「勇気」
「嫌なもの見たさの娯楽」とは。
![]() 春夏にはくレギンスは、いつも「黒」と「グレー」を1枚ずつ用意します。 *************************************** 少し前に、「自分のすごさを匂わせてくる人」という本についての とても面白いコラムを読みました。 インスタやフェイスブックその他のSNSで、 発信する側の立場としては、 なかなか耳の痛くなるような指摘が多くて、 うわー、きつー という気持ちになったり、 一方、読み手側としての立場からすると、 そうそうたしかに!と共感するところもたくさんあって。 自慢とは微妙に異なる、この「匂わせ」という言葉が なんとも皮肉っぽくて、すごく新鮮(笑) ![]() ところで「レギンス」って、服ですか? それとも靴下とかタイツの仲間ですか ( ´▽`)? ****************************************: SNSを「娯楽」として考えるとき。 それは「嫌なもの見たさ」というカテゴリに属する娯楽、なんですって。 うわー、なるほどー 。・゜・(ノД`)・゜・。 これほどまでに娯楽があふれた世の中において。 人は「好きなもの」や「心温まるもの」を見るだけ、では 残念ながら、どこか、もはや物足りないのかもしれません。 「嫌なものを見たい」という心理(笑) いろいろなタイプの方がいらっしゃいますから、 本当は「ふた通り」なんてことはないのだろうと思うのですが、 SNSに限っての場合、読み手の心理というのは、 基本的には、以下の「ふた通り」に分かれるのだそうです。 (1)純粋に自分の願望を満たしてくれる存在として 好きで(好意的な気持ちで)読む。 (2)「こんなバカがいるわ」という気持ちを楽しみたくて読む。 ちょ、(2)!! (*゚▽゚)ノ 性格悪いですね!酷いですよ!とは・・・ 正直、思わなかったです。 お笑いのネタやイジリなどでも時にそうですが、 「人を見下したい」という気持ちを満たすものは、 仏様でもない限り、人間にとっては、少なからず「快」なのでしょう。 心理学的には「社会的比較」と呼ばれるものなのだそうですよ。 他人と比較して「自分の方がアイツよりましだ」という気持ちになると、 人の自己肯定感というのは、実に手っ取り早く高まるのだそう。 「匂わせ」な他人のSNSを、 イラつくのに見るのがどうにもやめられない状態になっているときは、 「自分の自己肯定感が弱まっていているサインかもしれない」と気づくことで 少し冷静になれるのかもしれないです。 と、 そのコラムは そんな風に締めくくってありました。 ************************************ 「匂わせ」か。 コラムの元になっている御本には、この「匂わせ」について。 「匂わせ」は悪いことばかりではなく、 自分の印象をどういう風に相手に伝えるか、という意味ではとても有効、としながら、 匂わせれば匂わせるほどバカだと思われているのに どうしてそれに気づかないのか、それを想像できないのか、というような 「匂わせの加速」に対してのご指摘、だったようです。 本を読んでいないので わからないのですけれど。 ![]() バッグと並んで撮影して「画になる」のなら、それは「服」なのかも。 スカートは、服。 *************************************** わたしが思いましたのには。 発信する側におられるの多くの方々は、 もう、そういうことを十分にわかった上で発信しているように思うのです。 「読んでいただける」ということは。 (1)と(2)の読者さんが、必ず「どちらもが」存在している、ということ。 読者さんやフォロワーさんの全てが(1)だと思って発信している人なんて、 「え!わたしバカだと思われてたの!?」と、 今更びっくりして傷ついちゃう発信者さんなんて・・・ 多分、おそらく、いないのではないかな。 少なくとも、わたしは びっくりしなかったです(笑) ![]() レギンスは画にならない(笑)レギンスは、だから「服」じゃなくて、靴下やタイツの仲間だ! *************************************** わたしは、このブログを。 一生懸命 心を込めて書いています。 読んでくださる方が みんなみんな(1)のような優しい方だったら、 そりゃあ本当にそんな幸せないわ!と夢見ちゃいますが、 そんな幸せは、ない。 あったらむしろおかしい。 情報操作だ(笑) 絶対にバカだと思われないように! などと、 もしも仮にそこを目指してしまったら、 ふだんわたしの思っていることなんて、何にも書けないです。 すでに世の中に出回っている確実な正解や、 それこそ「お天気の話」とか「犬はかわいいな」とかしか書けなくなる。 「こんなバカがいるわ」 という目で読んでくださる方も(たくさん)いてくださることを前提として書くからこそ、 わたしはわたしの日記をかけるのです。 ![]() 黒を合わせる日はお出かけの日。グレーを合わせるのは、なんとなく出かけない日。家事の日。 *************************************** わたしのブログを。 「嫌なもの見たさ」で はじめは読んでくださっていた方が、 なんだかそう嫌でもなくなってきたぞ、とある日感じてくださるようになることがあれば、 それはものすごく嬉しいことですし、 逆に。初めはけっこう好きだったけれど、 なんかもう色々鼻につくしバカだから今は嫌いになったわ、ということも、 それも本当に仕方のないこと。 特定のお一人に向けて、ではなく 特定のグループに向けて、でもなく 不特定多数の方々に向けて一方的に発信している以上・・・ 話題への配慮には限界があり、 全員に向けて安全な話題なんて、おそらく何もない。 「SNSをしない」しか、解決の道はない。 直接お話しするのであれば。 お相手の表情がみるみる曇ってしまったり、 すごくつまらなそうにしていたり、 それこそ「じゃあ猫はかわいくないのか!」と突然怒り出してしまったり、 そういう反応を伺って話題を選ぶことや、つぶさに引っ込めることや、 すぐに「ごめんなさい」と謝ることも可能なのですが、 これらはすべて「リアル」じゃないと難しいことばかりですね。 ネットでは気づくことが遅れてしまったり、 「気づかないまま」になることの方が、おそらく殆どなのだと思う。 コメント欄を開いておられるブロガーさんの強さ、というのは だから、もはや わたしには 神々しいのです。 もちろん、あたたかなコミュニケーションや 常連の読者さんとの楽しい交流が大半なのでありましょうけれど、 そこは本当に素敵だなあ、ああ羨ましいなあ、っていつも思うのですけれど。 「批判される自分と向き合う覚悟」がなかったら・・・開けられないでしょう? だから、本当にすごいな、と。 心からそう思うのです。 ************************************** (2)「こんなバカがいるわ」という気持ちを楽しみたくて読む。 そういう方々の存在を初めから理解していれば、 SNSを発信することって、とても楽しいです。 そこを 悔しい!だとか 嫌だ!とか、 絶対にバカだと思われたくない!! と、もしも思うなら、 「SNSをしない」「ブログをやめる」しか、解決の道はないのだろうと思う。 それなのになぜやめられないのか、という話になると、 「強い承認欲求」であるとか もしくは「せめてネットぐらいでは輝きたい」という心理が作用しているのだ、と、 その御本の著者の先生は、おっしゃっていました。 確かに真理なのかもしれない。 しかし全てが全てそうだとは限らない。 随分と棘のある言葉だなあ、と ちょっとそこだけは、悲しい気持ちになりましたよ ( ;∀;) 1955年生まれの著者の先生。 「ネットで輝いている身近な誰か」に・・・ 何か お恨みでも ( ;∀;) ? ![]() グレーのレギンスは なんとなく「部屋着感」があって、とてもリラックスできるのです。 ↓ 夏にも涼しい「テロテロ」の、ちょっと光沢のあるレギンスが好みです ( ´▽`)ノ 素直に好きだから。 文章を書くことや、添える写真を撮ることが好きだから。 とても楽しいから。 わたしは書いている。 自粛の生活になってから、ますますそう思うのです。 (1)の、好意的に読みにいらしてくださる優しい読者さんも。 (2)の、嫌なもの見たさの娯楽、として読みにいらしてくださる読者さんも。 両方の読者さんがいてくださることを ちゃんと分かっています。 両方いてくださるから。 わたしは わたしなりに、 自分の思いを思いっきり表現したり、 間違いに気づいたり、 自己を分析したり反省することができるのだと思う。 どちらかだけだったなら、素人が書き続けることは、きっととても難しいのです。 こうしてブログを書けること。 とても楽しいです。 ミニマルな暮らしを続けることも、とても楽しいです。 いつも読んでくださって。 本当に、ありがとう。 すずひ ↓ だからこそ、このバナーは、わたしにとって「読者さまとの唯一の交流の場所」。 「読んだよ」と押していただけることを、とても嬉しく感じるのです。ありがとう。 にほんブログ村 昨日の美しい満月を・・・ 読者さまはご覧になられましたか ( ´▽`)? 読者さまと、読者さまの大切な人が、今日も1日 お健やかであられますように・・・
最終更新日
2020.05.08 14:46:52
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