7129286 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【ログイン】

h+and   ~ I want to throw away ~

PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

サイド自由欄

ご訪問 ありがとうございます。
しろくろ、シンプル、すくないモノで暮らす 
わたしのブログです。3人家族。ミニマリスト。

人生のさいごには、葛籠(つづら)ひとつにおさまるだけ、の 少ない持ちモノになっていたい。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村


にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村



ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村


にほんブログ村 ライフスタイルブログへ
にほんブログ村



PVアクセスランキング にほんブログ村









Francfranc ONLINE SHOP (フランフラン オンライン ショップ)【PC・携帯共通】















ほしいものリスト

カレンダー

カテゴリ

楽天カード

2017.10.18
XML
テーマ:ミニマリスト
昨日、塩息子の模試の代金の支払いのために「コンビニ」へ行きました。

そこで、なんと!わたし、「モノ」を買いました! 

少し前、1年ぶりにコンビニで買い物したのは「息子の食べ物」でしたから、食べ物や飲み物以外で、しかも自分の「モノ」」を買ったとなると・・・

もう、これがいったいいつ振りのことなのか、昨日以前に最後にモノを買ったのは いつのことだったのか・・・ その「モノ」は はたして何だったのか・・・

まったく思い出すことができません (`・ω・´) キリッ !

すっごくいいもの、買ったんです。 
ミニマリストの読者の皆さんも・・・
これ見たら、きっと、みんなみんな欲しくなっちゃうんじゃないかな!?!?

すずひが一体何を見つけて嬉しく買ったのか。 その話は・・・ また 明日!! (えっ!)



さて。


昨日の「トラウマ返し」の記事には、とても大きな反響をいただきました。

昨日の記事は、わたしが トラウマを「返される側」の・・・「親」の立場として綴らせていただいたものでしたが、わたし「返す側」をやってみたことも、実は、あるのです。


母に、実母に、自分のトラウマを「心の傷」を 返しに行ったことが、あります。




寒くなったので、DEAN&DELUCAの「スープジャー」を初めて使ってみました!




遅かったです。27歳ころのことでした。
母に歯向かうところまで、ようやく心が成長できたのが27歳だった、ということなのでしょう。
わたしのトラウマ返しは、手紙でした。 思いの丈をひた綴り、便せん16枚にもなりました。

結婚し、家を離れてからも、ことあるごとにわたしを巻き込む、かき乱す、コントロールしようとしてくる母に、ついに耐えかねて、というかんじでした。

長い、長い手紙。
ひと通り目を通した母の反応を、手が震えるくらい緊張して待ったことを覚えています。

微動だにせず、厳しい表情で読みおわった母は、まず 大きな深い溜息を ひとつ つくと・・・
堰を切ったようにしゃべり始めました。

「あなたにも言い分はあるでしょうけれどね」と、まず 切り出し、
「あなたが今更なんと言おうと、私のしてきたことは、何一つ間違っていないから」と。
「私はね、もっともっと大変だった。戦争で、幼いころ田舎に預けられて、転々として・・・」
「私の母(わたしの祖母のこと)は、もっと滅茶苦茶な人だった。それに比べたら私なんて
 比べものにならないくらい、まともな母親だ!!」と・・・

ああ、それは解ってる。もう一万回くらい聞いた話と、いつもセットの、お決まりの祖母の悪口。
もう、諳んじられるほど聞かされた、戦後の苦労話。 幼少期の自分がどれほど可哀想だったか、それに比べたら、おまえたちは今どれほど幸せで恵まれているか、わかってんのか!という話。


けれど。 

それは解っている。 
解っているからこそ、あなたの言うことをよく聞き、今までずっと「いい子」にしてきた。
幼い頃とても苦労したあなたを可哀想だと思うから、わたしはあなたに、お母さんに常に絶対的に優しくあらなければならないと思っていたし、いつも励まし、一番の味方で、共感者でいることが自分の使命だと思っていたし、反抗なんて、だから、とてもじゃないけれどできなかった。

けれど。 けれど。
わたしは、わたしの気持ちを、わたしの本当の気持ちや、感じていた傷みを、1度でいいから
お母さんに解ってほしかった。

その、解ってほしかった、の
最後の「た」を言うか言わないかのところで、

「まだ私を責める気?!これ以上 私をいじめないで頂戴!急にこんな文句言ってきて、今更どうしろって言うの!?だって、わたしの子供の頃の方が、ずっとずっとツラかったのよ!平和な時代に生まれたあなたに何がわかるっていうの!!キーッ!」みたいなことを絶叫されて、キレ気味に泣かれて、終わり、でした(笑)





「ひれカツカレー弁当」。お弁当普通にして。カレーとかやめて。って、塩息子、怒るかな?




思えば。

わたしが「おなかが痛い・・・」と言うと、「痛くない!!」と。
「辛い・・・」というと「そんなこと全然辛くない!」 と 必ず(喰い気味に)言う母でした。
「それは辛かったね・・・。」と、よそのお母さんが、或る時、そのまま、言葉のままを受け取り、自分といっしょに悲しんでくれた時・・・ わたし驚いて、泣いてしまったことがあります。



わたしの「トラウマ返し」は 大失敗に終わりました。

「私は私で精一杯やってきたのだけれど、あなたはそんな気持ちでいたのね。 ごめんね。」

そんなこと言ってもらえるとでも、思ったの? あああ、バカ、自分。死ぬほど後悔しました。

こういうことも、あります。 こういうことの方が多いそうです。
ずっと自分に従順だった娘から、突然 牙をむかれて、トラウマを返されて、
そんな「晴天の霹靂状態」の中で、それでも子どもに「ああ、そうだったの、ごめんなさい」と
言える偉大な親、というは・・・
とても少ないそうです。 親は、子よりも自分の方が絶対に正しい、偉いと、思っていますから。



手紙を渡したのは、母が57歳だったころのことです。
姉に長女が、そして次女が生まれ、母も「おばあちゃん」となり、性格も少し丸くなって・・・
今ならもしかしたら聞いてもらえるかもしれない。 当時、そう思ったんですよね。


いやはや、甘かった。


けれども、ね。 つい4~5年前ころでしょうか。
70歳を過ぎた母が・・・驚いたことに 自分から、あのときの手紙の話をしたんです。



あの手紙に書かれていたことは・・・何から何まで、本当だった、と。
ぐうの音もでなかった。 
悉く真実を突き付けられて・・・自分の威厳が足元から崩れてゆくようで、恐ろしかった、と。
こんな昔の、自分はすっかり忘れていたような「出来事」や「言葉」を、子どもはこんなにはっきりと覚えているんだ、と、狼狽した。 小さいんだからわかりっこない、と思っていた、と。
近所の人はみな、理想の家族、理想の娘さんだといつも羨んでくれて、私の子育て大成功ね!って長年信じて疑わなかったのに・・・ 
あなたが本当はこんな風に我慢して、苦しく思っていただなんて知ってショックで・・・

自分のしてきたことを全否定されたようで悔しくて、けれど、手紙の内容があまりにも真実で、
これは謝らなければならない、と 本当は思った。
でも、受け入れたら、謝ってしまったら、自分が壊れてしまいそうで、謝ることができなかった。


あのときは、ごめんね。  と。  十数年越しの「ごめんね」を、母の口から、聞いた。


時間はかかったけれど、ああ、母は母なりに、精一杯受け取ってくれた、と感じた。
母は、あの手紙を、捨てずにずっと持っていたのだそうです。何度も読み返したのだそうです。


ああ、そうだったの。 ありがとう。 けれど、もういいよ。 もうあんな手紙、捨ててね。

わたしはその時40歳を超えていましたが、初めて「心の通った親子の会話」が成り立った、と
初めて母と「対話」することができた、と、感じた瞬間でした。





いつもの保温弁当のバッグに、みごとなピッタリさ加減でおさまりました!




27歳の時、母に手紙を渡した後・・・わたし ものすごく 怖かったんです。
母がショックで、それかわたしへの腹いせで、自殺とかしちゃったらどうしよう・・・って。
後悔して、ひどくしなだれて、落ち込んでいたのです。


その時 父が・・・  横に並んで2人でお寿司を食べていた 今は亡き父が・・・ 


「大丈夫、心配いらない。お母さんには、俺がついてる。だから、安心しなさい。」 と。


あの時のお父さんの横顔・・・ とても かっこよかったな。





↓ にほんブログ村・ミニマリストランキングに参加しています。いつもありがとうございます。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村




↓こうありたい、こういう親でありたい、という姿がここに。 深く感銘を受けました。
 わたしは息子が14歳の頃に読みました。もっと幼い頃に読んでおきたかった。悔やまれます。
 読んだお母さんの数だけ、お子さんが救われるのでは、幸せになれるのでは、と思う1冊です。







最終更新日  2017.10.18 12:57:58

Copyright (c) 1997-2017 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.