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THE Zuisouroku

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2024/03/16
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カテゴリ:小説












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 「彼」は、孤独な少年であった、無理もない。
 これまで、「般若」は、たったの一人で,人類のひたすら祈った「一如一元の世界」を実現させる事だけをその役割であると思い込み、動いていたのだから。
 こうしてみれば然し「般若」は、まだ子供の人格なのであった。

 神山は彼を見て、純真そのものの神童とは、この様な者なのかと、少年が遊ぶ姿を遠目に見ながら思った。人を寄せ付けない印象のあるこの、人類の想念の塊が人格と身体を得た姿に、深いため息を漏らした。
「私は今、とんでもないものを見ているのだ・・・。」神山のその姿をシヴァ神もまた、心配そうに見ていた。
「神山よ、考え過ぎるな・・。相手は少年では無いか。この様な少年を扱う事など、お前にはお手のものであろうが。よいか?相手を般若であると、思わない事だ。少年なのだぞ」
「はい・・。今のところは遠巻きにして観察をしたいと思っております。シヴァ神さま。我々には観察が命なのです」神山が答えた。



 コロは少年を好いている。麻衣が神山の脇に立って、「般若」と遊ぶ愛犬コロを、嬉しそうに見ている。
「神山先生。何をお考えになっていらっしゃるのですか?」
 青年もやって来た。
「コロがあんなに、なついてるんだから『般若君』も悪い奴ではありませんねえ!」
 気の良い海野の、青年助手は、既に少年を『般若君』と呼んで、彼が自分の弟の様な気でいるのだろう。
 然し神山は(相手は神の子供なのだ)との思いが抑えきれない。始めて見る研究対象でもあるのだが。
然しシヴァ神の言う様に、相手は味方を変えれば少年だ。
 神山は再び考え込んだ。これもまた、心理学者としては無理のない事なのだ。

 


 広大な平原がある一方で、インドには文字通りの混沌とした都市と、それから離れて、小さなグループに分かれて、思想的な指導者を中心に暮らしている者達の集まりとが、点在していた。精神的な指導者に付き従う苦行者の集まりの中には、定住を好まず、雨期が明けるとすぐにまた旅に出てしまう者たちも多かった。
 神山たちはそれを再び異次元空間から俯瞰して見た。
 神山が観察した限りでは、少年「般若」は、混沌とした古代インドの都市部に、嫌悪感を抱いている様であった。悲しそうな表情で、その混沌を見ている。

 全てをヴァルナ制度に支配され、karmaの制約に縛られながら生きている人々のありようは、然し、我々の計り知れない彼らの文化なのだ。
 自分の運命に嘆き悲しみ、苦しむ者、逆に何でも思い通りに出来る富裕な者。平気で人を殺す事を、職能上称えられる者、虫一匹殺しても悪業を積んだ事でしまったと、それを怖れる者。全ては、karmaが支配する混沌だ。身分が全て、その運命を決定する事から生じる無法が、法としてまかり通っている。
 王は領民を、笑顔で殺す事が勇気であり、平民にはそれが大罪となる。豊かな占術師はおなじバラモンでも高位の者だけに限られ、貧しきバラモンに生まれた者は、富裕なバラモンとその生まれを呪う。

「この時代。徳川時代みたいなものでしょうか?」と、青年が神山に問う。
「いや、そんなものでは無いよ。お金で高位の職に就いたりできないからね。ヴァルナの枠外に逃れて精神的な指導者を得た者たちだって、苦行者として死を冀い、裸足で旅をして歩くのだから、おそらくは若くして死んでしまう者も多いだろう、感染症や毒虫、毒蛇に噛まれてねえ。不潔な生活様式の上に死を願いつつ旅して歩く・・・」神山の口調は重い。
「どうしてそんなに、死にたがるのでしょう?」
「そこは日本人も理解しやすいだろう?この世は仮の場で、魂が行くべきほんとうの世界は、あの世だからさ、早く言えば欣求浄土、厭離穢土さ」神山は苦いものを吐き出す表情になった。
「般若もそこから実体化して暴れた・・・」
 傍らに立って神山に質問をしていた青年は、インドが自分の思い描いていた、清らかな世界などとは程遠い文化であったのだと、その、暗く哀しい現実を目の当たりにしている事に漸く気が付いたようだ。
「あの少年の悲しそうな眼は、そのためかも知れないんですね・・・。」
 神山はそれに答えず、深いため息を漏らした。




 神山が古代インドの世界へ移動して、その文化にも、その中で生じてしまった少年「般若」と言う現実にも、深い吐息を漏らしている頃、高禄の幕臣旗本となった海野こと「伯耆守」は、随分江戸中期の生活様式にも慣れていた。裃は別としても、羽織に袴ぐらいは誰の手を煩わせなくても着られるようになっていた。侍では無い海野は、侍らしい振る舞いが嫌いなので、「大学守並」の役目でお城へ上がる時以外は、普段着でいるのである。腰の刀も嫌いだった。
 
「肩の凝る世界だが、慣れてしまえば住み心地は、そう悪く無いな。然し今頃、神山先生たちは、どうしているかなあ?」
 春爛漫の江戸の領地、松野原郷を散策しながら海野は思っていた。
「たける殿。どうです!今宵一献!!」
 振り返るとそこに、目付の平左衛門がとっくりをぶら下げて立っていた。
「ちょうど私も今!平左殿と一献傾けたかった所です!」

 二人は連れ立って領地の仮屋敷へ向かった。桜は今を盛りと咲き初めている。

 (続く)

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Last updated  2024/03/16 05:09:00 PM
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