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2024/03/17
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カテゴリ:小説












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「夜桜も良いですなあ、たける殿。なんだかこう!夜の景色が明るくなりますのう!」

 平左衛門が盃片手に庭から見えている桜の大木に見入っている。散る花もまた、きらめいていた。
 夜と言うのになぜか不思議に、明かりがさしてくる気がするのが、満開の桜が散らす花弁の美しさだ。



 この男、伊藤平左衛門はこの松野原郷を管轄している幕府の目付である。至って良い性格で、江戸の時代を知らない海野の事を何くれと無く世話してくれる。海野を「たける殿」と呼ぶのは、浜辺で行き倒れになっていた海野が、記憶を失ってしまったものだと思っているからである。
 海野は自分の名を「たける」と言うのだとしか分からない記憶喪失なのだと言っておいたのだ。
 江戸の中期。自分は未来から来たものだなどと言おうものなら、牢屋へ入れられても不思議はないとの、用心の上でのことだった。だが、この至って気の良い平左衛門は、海野の言葉を疑う事を知らず、すっかりそれを信じた上、目付の自分がたける殿の親類同様に、その身を引き受けようと決めたのだった。
 それと言うのも海野の持つ、海洋生物学の学識や、実践での経験が物を言ったのである。塩田を作って見せたり、漁師には刺し網などの漁法を手ほどきし、おまけに養殖まで教えたりと、その学識を応用して地元に貢献したのだった。平左衛門はこのような知識と教養の豊かな人物をこのまま市井の人として埋もれさせては、余りに勿体ないと思ったのだ。この男がいなければ今、海野は、幕臣旗本にはなっていなかっただろう。
 同じ旗本とは言え、伊藤平左衛門は家禄300石の目付である。江戸から毎月この松野原郷に、見回りと休養にやって来る。父と一緒にこの村に、よく来ていた平左衛門はこの松野原が子供の頃から好きであった。見回りと言うよりもそれは実質、骨休めのためと言った方が良い。
 面倒を見がてら、海野の事を公儀に上手く紹介した伊藤平左衛門は、海野を旗本に推挙したようなものであったのだ。そのお陰もあって海野は今や、知識人として公儀の「大学守並」と言う重積を担う高禄の旗本となった。この、松野原郷も結果、海野の領地として公儀から与えられたのである。

「誠に綺麗なものですねえ、平左殿。」
 平左衛門が海野を「大学殿」と、役儀の名で呼ばずに「たける殿」と言うように、海野もまた、伊藤平左衛門を、いつしか「平左殿」と呼ぶようになっていた。
 海野が行き倒れて以来、色々な事が両名を、肝胆相照らす仲とさせていた。




 海野は時々思う事があった。この伊藤平左衛門になら、事実を話しても大丈夫では無いか?実は自分は海野猛と言う未来から来た海洋生物学者なのだと言う事を・・。このままこの心の良い男に、自分を隠していいのか?
 海野はこの瞬間、「実は、伊藤殿・・」と言い掛けて言葉を呑んだ。矢張りこの良き友を大事にするためには、黙って置こう、事実が人を傷つけると言う事もある、海野はこう、考え直したのであった。
「しかし綺麗なものだのー!」平左衛門は海野の呑んだ言葉には気が付かぬ様子であった。ひたすら夜桜の散る花弁のきらめきに酔っている。

「実はのう、たける殿。」と、今度は平左衛門が同じ言葉で言う。
「貴殿は今、何かを言いかけましたなあ。」と、平左衛門はここで、一息入れて、またこう重ねた。
「わかっておりましたよ、貴殿がどんな人物なのかは。」
 海野はどきり!として、平左衛門の顔をみた・・・。

 (続く)

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Last updated  2024/03/17 08:06:02 AM
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