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THE Zuisouroku

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2024/04/01
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カテゴリ:小説













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 この時空に住む者達は、「般若」の作用が再び身近に及ぼされている事など、露知らない。この異変が、やがて収まる事をのみ祈って待つしか無かった。無論、自分たちの人格も、自我そのものも根こそぎ失われ、何も生まれず動かない、究極の世界になる事など望んでもいない。
 根本から自他の区別が無い状態を望むとしたら、それは自我の消滅を望むのと同じだ。
 
 自我を失うという事は主観の無い世界だ。主観が無ければ他の存在も失われる。主観と客観など、あろう筈が無い。永遠にこの状態を望むとすれば、永遠の死しかない。何も生まれず何も動かない究極の一元論は死の状態によって現出されるものだ。人類は意図的にも無意識にも「般若」に、この状態の実現を託し、祈ったのだ。

                        
 ウイスキーのグラスを傾けながら、ハロッズと内藤は話していた。
「神山博士は、今どちらにいらっしゃるのでしょうか?博士のリポートを一部分読んでみました。神山博士はこの異変を『般若』事象と称して、この異次元からの作用の仕組みを解明しようとしていた。その後、博士がどうなさったか、日本国そのものが大変な事態となってその消息も分からない。是非とも神山博士のご見解をお聞きしたいが、それも叶わない。それで現在、我々で、勝手に博士の研究の追跡をさせています。この異次元からの力の正体が何なのか、僅かには、分かりかけてきましたが、神山博士にはもっとよく、事態が呑み込めておられたかもしれません・・・。それにこの異変が確実に収束を迎えるのがいつなのか、博士ならある程度判断できるかも知れませんし。神山博士の力をお借り出来れば我々も。どれほど心強い事か・・・」
 ハロッズは内藤に般若事象の追跡をさせている事を知らせた。無断で神山の研究を勝手にいじってしまった事を内藤にも詫びなければと、ハロッズは気にかけていたのだった。

「私の委員会の中で研究をしてもらって、解明のための準備段階にあったのですが、私も詳しくは聞き及んでおりませんでした。今はその所在も分かりません。私さえ、しっかりしていれば、神山博士の居所も分かったのに残念です。荻野も同じ委員会で仕事をしましたから、聞いてみましょう。荻野も研究の詳細は分からないとおもいますが、私よりは中味があるでしょう。彼に聞いてみる方がマシでしょう」
 内藤が荻野の見解も聞いてみる事を勧めた。内藤は、多忙に紛れてこの研究の詳細に触れる機会が無かった。なた、神山の所在だけで無く、海野やその周囲の人たちの消息も、内藤は知らずにいた。
内藤は陰で彼らから助けられ、守られもしたのだが、転変に人災に、次々と襲い来る異常事態に、内藤は彼らと直に会う機会も失われ、その安否だけを気に掛けながら今に至っていた。内藤はさらに言葉を重ねた。
「神山博士の研究が中途で途絶したのも無理はありません。それをこちらで追跡して、更にこの事象を解明して下されば神山博士も喜ぶでしょうし、それが少しでも役に立てれば我々も救われましょう」 
 
「その様におっしゃって頂きますと、私も安心です内藤さん。神山博士のご功績にも感謝をしなくては。今海軍と大学の関係者らでこのリポートの追跡研究をさせているので、何かは掴めるはずなのです」
 ハロッズと内藤が、こうしたやり取りをしている時、これを解明する、しないなど、まるで関係しない少年「般若」の力は、この時空に様々な異常を来たさせていた。

                        ☆

 ホッジ中佐は絶望的な返電に接し、その心理的打撃は大きかった。
「ワレ、関ゼズ」と言う冷たい電報の文字に、ホッジは気を失うのを何とか耐えた。だが、顔面は蒼白、その頭脳は暫くの間、半分も機能しなかった。ホッジはこちらの時空で言う、第二次世界大戦の起きる以前の異次元からこちらの世界に入り込んでしまい、更に19世紀の世界へと、飛ばされてしまったのだ。
 19世紀のロンドンにいては、航空機も無く、海軍にホッジの部隊を知る者もいない。同じ海軍では無いか!とホッジは叫びたい気分だが、なにをどう足掻いても誰にもこれを解決する手立ても考えも無かった。「アメリカの軍人さん」と皆は呼ぶようになったが、ホッジもその部下たちの誰一人も、今はただの無一文も無い無賃宿泊者であった。
 ホテルの関係者もこれには困った。大勢の、アメリカ海軍の徽章を付けた軍人が、偽物の軍人であるとも考えられず、然も、彼らが空を飛ぶおかしな乗り物からこの地に降りて来たのを、大勢のロンドン市民が見ているのだ。その乗り物もロンドンから少しはずれた河川敷に今も止まったままだ。彼ら、はあの乗り物で、再び空へと舞い上がって行く事だって可能だろう。
 警察関係者も困惑していた。ホッジとその部下は、誰一人嘘をついているのではないのだから。航空機という乗り物で実際に飛んで見せるよう言えば、彼らはいつでも飛んで見せる事だろう。嘘をついてホテルの関係者を騙し、偽の軍服を着て詐欺を働く様な人達では無い、彼らは紛れもないプロの士官たちなのだ。逮捕して牢屋へ入れるわけには行かず、英国海軍の関係者と共に、彼らから事情を聴取し、今後の滞在費用などは公費で賄う事となった。
 新聞も、彼らを大きく取り上げた。「アメリカの軍人さん」たちの事が大きく報じられるにつれて、次第にこのニュースは、アメリカ海軍にも知られる所となり、ホッジ中佐と名乗る者からの入電とその、アメリカ海軍当局からの、返電記録が確かにあるのを、海軍当局も確認したのだった。
 ホッジ中佐たちが、若しほんとうにアメリカ海軍の士官たちで、謎の乗り物で空を飛ぶのならば、当局として放っては置けない。調査官を派遣して、彼らを調査しなければなるまい。英国政府関係者からもその様に言われて遂に、アメリカ政府までが海軍当局と一緒に担当者を派遣し、可能ならば空飛ぶ乗り物をアメリカ合衆国に、持ってこさせるのだ。

 ホッジ中佐らは、ホテル内での自由を保障され、外国軍の士官として待遇された。間もなくアメリカ側から調査官が来ることも知らされていた。
 航空機が無い19世紀の事だ、船でやって来るには、10日前後はかかる時代だった。ホッジらの航空機で飛べばすぐだが、この時代の人たちには航空機など、夢物語、絵空事でしか無かった。ホッジ中佐は正式に、航空機の整備を英国海軍当局に求め、自身と部下もこれに、出来る限り協力する旨を申し出ていた。  
 整備不良の航空機でアメリカ合衆国側まで、大西洋を渡る事は出来ないからである。
 これで英国側の関係者はホッジ中佐たちが本物の航空機パイロットで、アメリカ海軍士官である事を、その出身国、アメリカの当局よりも先に把握した。かれらの、航空機に関する知識も本物で、整備こそ技術者では無い彼らの仕事では無いが、航空機の操縦操作は、彼らの本領である事も理解させられた。航空機の整備さえ済めばいつでも空を飛んでみせると言う彼らの申し出にも、英国側は快く応じた。
 20世紀アメリカの、海軍艦載機の整備と修繕を経験した英国側の技術者たちも、これを詳細に記録し、また記憶に止めた。一度ならず幾度かロンドン上空を飛行して、すっかり人気者になったアメリカ海軍の航空隊だが、英国側の技術者たちにもアメリカ海軍航空機の整備点検、修繕の経験はその後の貴重な財産となって残るのだ。
 ホッジ中佐たちは、今日も轟音を響かせながら、ロンドン上空を誇らしげに飛んで見せている。ロンドン市民は、ホッジ中佐の航空隊を見にやって来ては、彼らに歓声を上げ、また手を振って見上げ、自分でも飛び上がって見せているのだった。燃料の補給もパイロットらの知識を伝えた事からこちらの次元では未だ100年後の事になる航空燃料の精製が可能となったのだ。ホッジ中佐たちがこの次元に伝えた知識や技術は、この次元にも、大きな影響を与えたが、こちらの次元では、誰もこれを知る者はいない。

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 日本に対する米国政府の支援も潜水艦でならば可能である。日本も潜水艦部隊を温存している。共同で、残り少ない日本の生存者避難者たちを潜水艦で米国の鹿施設へ移送し避難させるのが内藤と、ハロッズの計画である。そうして出来れば神山紀夫と言う心理学者をアメリカ合衆国連邦政府に連れて来て欲しいとも、ハロッズは願い、内藤もこれに賛成したのは言うまでも無い。
 内藤は、神山やその周囲の人たちもさることながら、内藤が、その子供時代から知っている海野猛を探して欲しかった。海洋生物学者の海野には、内藤が海洋調査委員会の委員長だった頃から、互いに協力し合っていた。荻野が今内藤の側近で、自分の副首相と言っても良い立場になっているのも、海野が彼に荻野を紹介してくれたお陰だった。元は海野の大学の講師であった荻野を、海野が海洋調査委員会に推したのであった。海野の元は教え子でもある荻野を、内藤が政治家に転身させた時も、海野は荻野の意志に任せた。内藤は今、こういう海野との以前の間柄と、荻野が自分の腹心になるまでの経緯を、順繰りに思い出しているのだった。
 海野は無事でいるのだろうか?思い出した途端、内藤は海野の事が気に掛かってならなかったが、その海野も今は、内藤と同じ時空間にはいない。内藤は、まさか海野がシヴァ神の、海野を守ろうとした事から、江戸中期の時空に落とされたとは知る由もない。 

 その海野は、これまた異なる時空間同士の出会いを経験している最中だ。魚類からの進化系で人類と同じ高度な頭脳を備えた文明の持ち主であり、モロを江戸中期の時空間に迎え、歓迎の宴である。
 ことヴァは通じないが、お互いに身振り手振りで意志を通じ、笑顔を湛え、賑やかな宴は海野や伊藤平左衛門、雪斎の三人とモロとの距離をグッと、縮めた。モロは江戸期の人類のもてなしに、喜んで応じ、ご馳走を平らげ、酒を嗜んだ。宴や酒が大好きな三人は、この異次元からの客、モロとすっかり馴染む事ができた。互いの文字なども教え合い、やがて言葉の少しも疎通できる日は遠くない。言葉が通じる様になれば今度は、海野たちがモロの世界へ出かけて行く時だ。異国へ入ってはいけない時代でも、同じ時空に繋がった街ならば、異国では無い。平左衛門も公儀にそう申し出ている。それよりも、松野原郷に現れた別の時空間はを知るためにも、早く調査に行く方がお野外のためであると、伊藤平左衛門は申し入れの書面を公儀に提出したのだった。公の調査なら文句は無かろうと、目付の平左衛門らしい考えだった。海野は無論、雪斎もこの書面に連名で、調査の申し入れをしたのであった。モロの事はモロを庇うためにも、ここは伏せて置き、公儀に認めさせてからモロの事なども報せれば良いでは無いか。公儀にばかり気を遣ってなどはいられない。今は、突如として現れた異次元空間への入り口から、如何にしてその調査探索を勧めるかの方が松野原郷を領地にする伯耆守の海野にも、この地域をアンカツする目付の伊藤平左衛門にも一大事である。領民たちが何かを不審に思い、もめごとでも起こされては事態の収拾がつかなくなる。そうなる前にこの村あの領主と目付と、知識人の雪斎とで異次元世界の探索へ行ってくれれば、領民たちも安心する。意見書にはこの様な趣旨の事を書いて提出したのであった。
 何事につけ、待つ事に耐えるのが上手になる江戸中期の事、その意見書に対する返答もまた、大変な時間が掛かるものと思われた。

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 旗本領の松野原郷は、元は天領であったのを海野へと公儀から下されたので、そこは報せもはやく、何かと隠密の眼も素早い土地であった。
 海野たちが連名で差し出した公儀への意見書に対して抗議がこれをよく受け入れて、異次元世界への旅が出来次第行くのを差し許すとの書状は案外早く届けられたのには、三人も驚いた。
「悪い事をしているのでは無く、賓客を迎え、もてなして居るのだから、何も怖れる事はお座らぬわ」と、平左衛門は笑っている。
 公儀隠密の眼がすぐそばにいつもあるのは当初から知っていた。情報が公儀へ筒抜けなのも、良い報せが早く届くのだから一向に構わないどころか、良い事では無いかと海野も考える様になっていた。こそこそと隠れてしなければならない様な事等一つも無いのだから。
 公儀の「大学守並」と言う要職にある海野には、この様な異次元探索が責務では無いか。海野も伊藤も雪斎も堂々とモロをもてなし、互いの理解を深め合った。公儀の返答も、その様な三人の働きを認めてのものであったかも知れない。
「我らが探索に行けると言う返答ですぞ、今少し互いの言葉が通じ合えればいけますよ!」
「お互いまだ、名前ぐらいしか理解できぬが、モロ殿も、良い人物。向こうへ参ったときに、モロ殿の知り合いを困らせてはいけぬ。いま少ししたら参ると言う事で宜しいのでは?たける殿もそう、お考えでござろう?」
「もちろんです。今探検に行くのは無謀ですが、基本的な言葉が通じ合えれば良いので、あとひと月ばかりは要しましょう」
「公儀へはその様に申し送ります。我ら三人、モロ殿の国へ行く日も遠くは無い!いやはや!なんとも!!」平左衛門はもう、はしゃいでいる。
 海野も雪斎も、異界の旅を思い、心が躍っていた。モロにもこれを伝えたいがまだ、身振りや手ぶり、絵を描いたりもするがモロには伝わらない様子だ。だが、モロも三人と心は通じ合っている。友好的な事を言いたいのだと言う心も伝わった。あと、もう少し・・・。三人はモロとの旅を、心待ちにしながら、互いの理解を深くしていくのだった。


 ハルゼイ提督はさすがに気落ちした。ハルゼイは、ホッジ中佐率いる飛行大隊を喪失し、その消息をまるで把握出来ぬまま、太平洋艦隊司令部からの召還を受けていたのだった。
 山本五十六も気落ちしたハルゼイを、友人としてその旗艦『レキシントン』へ見舞い、励ました。
「飛行大隊が遭難して、その飛行機の翼も、欠片も見つからないなんて言う事は、ないはずだから、どう説明したものか分からない。一体どうなってしまったんだろう・・・」
 ハルゼイ中将は山本にその声も弱く語っている。
「きっとどこかで生きていると言う事かも知れないから!まあだ、遭難したのだとは決められないよ。元気を出して下さい。ハルゼイ提督」
 山本はさすがにここは、丁寧に彼を励ますしか無かった。
「飛行機の破片が無いと言う事は、墜落していない証拠です。悲観しなさんな!ハルゼイ提督!」
 必死に励ますのは、同じ空母機動部隊を率いる南雲中将だ。南雲も山本と一緒にハルゼイを見舞っている。
「航空機の事は詳しくは分かりませんが、山本長官が言う様に、墜落した証拠が無いのですから、きっとホッジ中佐たちは望みがありますよ!」
 南雲もハルゼイと長い付き合いだ。空母の司令官同士、二人は気が合うのだが、ハルゼイはいつもに似合わず悲観ばかりを繰り返していた。
「あんたがしっかりしなければ、艦隊はどうなる!機動部隊の司令官が務まる人は、あんたしかいないんだから!元気を出すんだ」堪りかねた山本がハルゼイに詰め寄る様に言ったが、山本の談判調でもハルゼイの気力が戻るとは思えなかった。
 
 その晩は『レキシントン』で、山本らを歓迎する晩餐の宴が開かれた。
 気落ちしているハルゼイ提督だが、山本や南雲への気遣いと、先日の『大和』でのパーティ―に対する返礼であった。
 ここ暫くは禄に眠っていない様子のハルゼイは、酒の酔いが早く回って、立食形式のカクテルタイムに山本や南雲の話の輪に入り、その時だけは心を和ませたが、やはり疲労が出たのだろう、立っているのもやっとというハルゼイの様子に山本も、自分たちの事は気にせず、早く寝むよう勧めた。
「司令部から召還され、気の休まる時が無いのだろう。ハルゼイも気の毒だよ」山本も励ましは止して、友人の不運を悲しんだ。

 ハルゼイはその晩、山本ら賓客に支えられて宴の席から姿を消した。
 ホッジ中佐とその部下たちが、思いも及ばぬ時と所で生き延びている事など、ハルゼイにも想像だにできない。

 「般若」が使命として背負い込んでいる時空の一元化など、どの時空の人たちもまるで望んではいない。それどころか、どの時空の人たちも、生存し続けるのに懸命だ。
 一方、誰も望まない使命を背負い、少年はまるで孤独だ。その使命は果たされるべきでは無いのだと、彼に告げてやる誰かが必要なのだが・・・。

(続く)

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Last updated  2024/04/04 10:54:21 AM
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