|
カテゴリ:小説
★毎週土曜日に連載している小説の続きです。
=== イェニーと気持ちが交差するようになった。何か二人の間に埋めようもない溝が生まれたのをお互いが感じ始めたが、お互い何も言わなかった。英語だから表現できないのではなく、どんな国の言葉であろうと、知覚できる事実を知ってしまうことに戸惑いと不安を抱えていた。愛という言葉そのものが、二人にとってオーソドックスな詐欺の手口のようにさえ感じる現実がそこにあった。 「はっきりさせたくて来たんだ、イェニー」 ボクは、彼女の部屋の前に立った。イェニーはカギを開け、ドアを引いた。ボクは何も言わずに中に入った。そして、カーペットの上に腰を下ろした。イェニーは、小さく溜め息を漏らすと、冷蔵庫を開け、飲みかけのジュースを取りだし、グラスに注いだ。そして、少しばかり口を付けるとグラスをテーブルの上に置いた。ボクは黙ったまま、言葉を待った。 「はっきりさせましょう。私、あなたと別れなければいけないんですね」 不意に弱々しい言葉が届けられたかと思うと、鼻をすする音が室内に薄く響いた。 「もうおしまいなんですね」 「おしまいとか、別れとか、そういうのじゃなくて」 イェニーは泣き出した。それから不意に泣くのをやめ、今度は無理して笑ってみせた。鼻を幾度となくすすりながら、必死に自分を保とうとしている。 「同情は要りません。捨てられるんなら、はっきりそう言って下さい。そうじゃないと、私、ずっと想い続けることになると思います。だって、私にとって剛士(たけし)はたった一人の、世界でたった一人、本当に愛した人なんだから」 ボクは、この海を渡ってきた女性が自分のことを本気で愛してくれている事実を受け入れず、相手の気持ちも確かめることが出来ない不確定要素だらけの未来に向かって進もうとしている自分が許せなかった。イェニーの真っ直ぐな気持ちを、残酷にも、容赦なく終わらせようとしている。 「思い出してください。手をつないで、買い物をして、ワイン飲んで、キスをして、何度も何度も抱き合ったこと。剛士の肉体の隅々まで知っているの。誰よりも誰よりも知っているの。こんなに一生懸命に愛しているのに、別れないといけないんですか」 ボクは言葉を考えた。この期に及んで、冷静にセリフを考えている自分を批判した。 <続く> お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007年01月06日 06時45分35秒
コメント(0) | コメントを書く
[小説] カテゴリの最新記事
|