少子化という流れは世界の多くの国で起きているのだが、特に東アジア地域で出生率の低下が著しい。
以前も書いたのだが、背景には、受験競争と教育にかかる費用、婚外子に対する差別、男尊女卑?を背景にする女性の結婚相手への期待値の高さなど東アジア特有のものがあるように思う。いずれもこの地域に長い間影響を及ぼしている儒教思想や家父長制が背景にあるのだが、このうち、受験競争の激しさや教育に金をかける点などは儒教の影響だけでは説明がつかないように思う。これらの地域では近代化が進めば進むほど、そして豊かになればなるほど受験競争が激しさを増してきているようにみえるからだ。大学までの教育費だけならともかくとして、受験のために塾だの家庭教師だのを考えると金がかかる。そのため、受験競争と教育にかかる費用を考えると子供はほしいけど、せいぜい一人ということになる。
ところで、エリートコースがあるのは、東アジアだけに限らない。ほとんどの国でそうしたものがあるだろう。それなのに、欧米では受験競争の激しさが社会問題になっているとか、教育費がかかることが少子化の一因になっているという話をあまり聞かない。特殊なエリートコースの話だけでなく、そんなによく知らないのだが、国によっては12歳の成績で大学に行くコースと職業学校に行くコースを選別するところがあると聞く。ある程度の平準化が進んだ戦後日本の社会でそんな制度がもしあったら12歳の選別は大変なことになりそうである。欧米の多くの国も出生率が低下しており、それぞれの背景があるのだろうが、こうした国で教育に金がかかることが少子化の背景ということがあまりいわれないのはなぜなのだろうか。この違いは興味深い。