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朝吹龍一朗の目・眼・芽

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2009.01.04
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カテゴリ:幽霊
   幽霊
           第2回

 そういうわけで連れの二人の行動にいささか不安を残しながらも首尾よく主翼の少し前の窓側に席を取った森之宮だったのだが、上空に上がってベルト着用サインが消えてスチュワーデスが動き始めるとすぐに河野課長がファーストクラスからふらふらと歩いてきた。隣が空いているから来て一緒に飲めという。常田部長はたしかなんども欧州に出張したこともあるはずで、国際線での座席の移動がどのくらい許されるのかについてもそれなりに承知だろうと踏んだ森之宮は、明るいうちに戻って来られて、その時もシベリア上空が晴れていることをかすかに期待しながら課長の後をついて機体前方に向かった。

 エコノミークラスとの仕切りのカーテンをかき開けて進み、1のC、つまり前方に向って左の一番前の通路側に座らされると、すぐに飛び切り若くて美人のスチュワーデスが笑顔で迎えてくれた。眉間に縦じわが3本くらい寄ったのを森之宮は見逃さなかった。やっぱりこれは相当程度ルール違反なのだろう。

 隣は常田部長である。ひじでつんつんとつつくので、何事かと思うと、あのスチュワーデスの宿泊先を聞けという。聞いてどうするんだとあきれながら、なるほどこれが一年後輩で頭は悪いが元気だけはいい応援団出身の本郷が言っていた『鉄砲の弾』というやつなのだなと思い当たった。道ですれ違った美人をナンパして連れて来い、という無理難題をめげずにある意味で誠実に実行することで、擬似的な規律をお互いに認め合う、というやつだ。そうだった、常田さんはT大の応援部の主将だったと聞いたことがある。

 それなら話は早い、やれるだけのことをして、失敗してもともと、成功すればそれはそれ、でもたしかこの便はモスクワで乗り捨てて、別の便名の飛行機でブリュッセルに飛ぶはずだから、常識的には彼女はモスクワ止まりだとおもうけれど、でも乗り継ぎ時間が2時間しかないことを考えると、このままいくのかもしれない、などと目と頭を回していると、座席表とボールペンを持ってお目当ての美人スチュワーデスが現れた。

 アペリティフは何がいいかと聞いてきたので、そのころ流行っていたカンパリソーダを頼むつもりで
「The taste of virgin、пожалуйста!(パジャーリスタ)」
と言うと、少し顔が赤らんだように見えた。これは面白いかもしれないと思ってたたみかけて名前を聞いてみると、「Я Роса(ヤー・ローザ)」だという。

 この辺までは父親の相手をして少しだけかじったロシア語もコミュニケーションの道具としてそれなりに役立ったが、ここから先はもう駄目である。他のお客さんの邪魔になるとまずいのでいったん手を放し、次にカンパリソーダを持って現れるのを待った。ちなみに上司お二人はコニャックを頼んでいる。ロシアでコニャックというと、フランスのコニャック地方のブランデーは出てこないことをどうやらお二人はご存じないらしい。ロシアでは3つ星、4つ星の、ロシア産のブランデーが『コニャック』と称して出されるのが普通だと父親に聞いていた。結局森之宮は飲まなかったので本当にどっちが出てきたのかは確かめられなかったが。

 仕方がないので英語でやり取りをした。隣の席で常田部長、通路をはさんで河野課長が耳をそばだてているが、イリューシン62のものすごい騒音はここでも決して小さくはない。本当は教養あるロシア人はこのころもちゃんとフランス語を話す。だから肝心なところはお二人に分らないようにフランス語で会話することにした。

 出発の1ヶ月前から、製造部に一本しかなかった国際電話をかけられる電話を独占して学会事務局やら宿泊先のホテルやらとやりとりをしていた。ベルギーでもゲントのあたりは本来はオランダ語圏なのだが英語も相当程度通じるので、学会事務局やゲントでのホテルとは主に英語でやり取り、しかしそのあとで訪問する予定の研究所はフランスにあるで、そちらとのやり取りは今度はフランス語と英語のちゃんぽんだから、傍で耳をダンボにしている連中にはほとんど何のことかわからずじまいだったようだ。

 なんだかんだでローザさんから聞き出した宿泊先は驚いたことにブリュッセルだった。ただし、空港のそばのホテルである。

 そこまで聞き出せれば立派なもんだ、ついでに夕食に誘え、という常田部長のお達しが出て、「お供がいなければ」、という返事はローザさんからもらえたのだが、さすがに上司お二人には正直に言うわけにはいかず、先約があるそうですと弁解して許してもらった。

 考えてみれば、男だけで夕食をとるより、華やかな女性に加わってもらったほうがおいしくなるに決まっている。ザベンテム(ブリュッセル)空港まで迎えに来てくれた欧州事務所の加藤さんと4人でホテルアミーゴのダイニングで遅いディナーにありついたとき、森之宮はつくづく思った。

 食事の間中、上司お二人からは語学はよくできること、しかし女性を口説くのはもう一歩の押しが足りないこと、などを半分真面目に褒められたり説教されたりした。
「おかげさまで恋を語り合えるくらいは上達しました。テクニカルタームはともかくとして、さすがに技術討論やネゴは無理ですけどね」
と無難に答えてはいたが、英語にしてもフランス語にしても、必要に迫られれば相手がちゃんと聞いてくれるし、いざとなれば筆談だっていい、タフなネゴになればなるほど、逆にゆっくり時間をかけて考えなければ答えられない。考えに考えた末、最後に英語なり何なりに翻訳してからしゃべったって十分間に合うと思っていた。そもそも、語るべき何かを持てばこそのことではないのか。別に上司を批判するつもりはないが、シェレメチェボ(モスクワ)空港での乗り継ぎも含めて、あまりにもおんぶにだっこのお二人の行動にやや森之宮は癇に障っていた。

 とはいえ、高尚な理想や気高い目標があってフランス語ができるようになったわけではない。森之宮だって、実はお二人を笑えたものではないのだ。

                          (続く)

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Last updated  2009.01.04 17:27:35
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