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朝吹龍一朗の目・眼・芽

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2009.01.18
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カテゴリ:幽霊
  第七回

 ヨロコンデ。ヨとロに微妙な間があり、「コ」にアクセントがある変な発音だった。すぐにフランス語で同じことを言った。avec plaisir!(アヴェクプレジール!)なんとなく大人が子供を諭すようなイントネーションだったので、これはよくできたリップサービスだと観念した。森之宮は飛び出る目玉をメガネが抑えてくれているうちにと思い、そそくさと請求書にサインして部屋に戻った。宿泊代より高い。

真っ白で長い髪。青灰色の瞳。長いまつげ。ふっくらした頬。薄くもなく厚ぼったくもない唇。対照的に薄い胸。その代り締まった腰。ガラス細工のように細くて華奢な指。少し細長い卵型の顔、適度にシャープなあご。真っ白で端正な歯並び。ぽきんと折れそうな腕。順不同で思い出すその容姿。そして声。アルトというほど低くはないが、頭のてっぺんから出るようなソプラノでもない、女声としてほどほどの高さ、ゆっくりとした明晰な語り口、それも過不足なく控え目でいて満ち足りている。何のことはない、典型的なフランス人形の顔立ちとインテリの物腰だ。日本人ならみなあこがれる、一度は付き合ってみたい、できれば妻にしたいと思う、そんな。

 でも本当に美人だったし、もう少し話もしたかった。みるからに改装したてとわかるアメリカ式に清潔で明るいバスルームで自分の身長より大きいバスタブにつかりながら、森之宮はアンジェの容姿を思い返してみた。このホテルには月曜の朝まで都合3泊することにしている。比較的ゆとりがあるので、明日は早めに出発してD**市観光の予定だ。日曜日はゆっくり起きてN**市を回ろうと思っている。一人には慣れているから。強がりを独り言でつぶやく。

 暗い照明の下で父親の助言のブランデーを取り出し、ナイトキャップ代わりになめていると、ちりんちりんと小さめのベルの音がした。

 ドアの外の紐を引くと、部屋の中にあるベルが揺れる旧式の仕掛けだった。ドアの外にはアンジェがいた。ククー、とフランス人がよくやる鳩時計のまねをした顔の前で両手を広げるおどけたしぐさをしながら笑って立っていた。

 森之宮は一瞬何がどうなったのかわからず、幽霊でも見るような眼でアンジェを見つめた。まるで幽霊のように見えますか、と笑いかけたアンジェをもう一度見直すことで、ようやく天国に昇ってしまいかけた魂を引き戻した気がした。

「よく来てくれましたね」
 一応『聞き耳頭巾』状態を保とうと、取り敢えず英語で話しかける。あなたがうれしいと思うことをする気持ちになりました、それが理由です、それ以外に理由はありません、とアンジェが言うのだが、森之宮は自分で誘いかけておきながら全く訪れを予期していなかったのでうまく言葉が出てこない。その上、体が動かない。アンジェに胸を押されるまで、自分がドアの内側に立ちふさがって、いわばとうせんぼをしていることに気付かなかった。でも押されたときに、アンジェのほうが背が高いことにだけは気がついた。

 後ずさりする格好で部屋の中に入る。3メートルほど廊下のような部分があって、その右手はバスルーム、突き当るとドアがあってその奥がベッドルームである。後ろへ後ろへと歩き、幸い開け放ったままだったドアを通り抜け、ようやく体を反転させることに思いが及んだ森之宮は、そのまま窓際のテーブルセットまでアンジェを導いた。いや、正確にはアンジェが導かれるように振舞ってくれただけで、実際はアンジェ自身の意思でそこまで歩いて行ったといっていい。

「だってきてくれるとおもわななった」
 思わず日本語でつぶやくと、再びアンジェが今度は日本語で繰り返した。あなたがうれしいとおもうことをするきもちになりました。やっぱりアクセントが変だ。思わず森之宮がクスッと笑うと、にほんご、おかしいですか、わたしの。と、後ろから2つ目の音節にアクセントを置いて話す。いっぺんで足がじゅうたんについた気がした森之宮は正直に英語で言った。
「あなたの日本語はラテン語系の発音です、後ろから2番目の音節にアクセントを置いていますね。日本語は強弱のアクセントをあまり持ちません。どちらかというと、高低のアクセントで、それも同音異義語を使い分けるとき以外はあまり意識してアクセントをつけることをしません。したがって」ここから先は日本語で言った。
「あなたのにほんごのアクセントはおかしいです。しかしにほんごはじょうずです」

 わかりました、ほめられるということは、へただということを表していることは承知しています、では英語で話しましょう、アンジェはそう言って英語で話し始めた。差し出した父親の助言のブランデーを慣れた手つきで受け取ると、いいにおい、と言いながら一気に飲み干す。ゲントではほとんど手をつけなかったのでビンの中身はほぼ丸々残っている。今晩中に空けてしまったら、また買ってくればいいやと思いながら、アンジェが差し出す空のコップの半分くらいまで注ぎ足した。

 このときの最初の自己紹介で初めてアンジェの名前がアンジェリック・ロレーヌだということがわかった。森之宮の名前がKimitoshiとわかると、Kimiはあなた、という意味もありますね、とアンジェが講釈を述べる。漢字で書くと「公」だから、いわゆる「君」とは違い、もっと貴族的なのですが、と反論を述べると、なるほど、貴族ですか、あなたは日本の貴族階級出身なのですね、と、妙に納得した顔をするので、すぐに打ち消したが、森之宮としてはまんざら悪い気もせず、むきになって否定したのをすぐに後悔した。

 そのついでに、この部屋、に限らず、このホテル全体、いや、ヨーロッパのホテル、いやいやもっと広げてヨーロッパ全体の夜の照明、が暗いことを指摘した。
「欧州人は明るいのを嫌うのでしょうか。眩しいのでしょうか。だからホテルの部屋の照明は思いっきり暗い。おかげでアンジェ、あなたの美しい顔がよく見えません」到底日本語では、日本では言えないセリフである。英語だから言えるんだなあ、と森之宮自身が思ってしまうような、いわゆる歯の根の浮きそうな物言いである。

 アンジェの答えは、目が黒くないかららしいです、というものだった。調子づいて、どれどれ、と鼻と鼻がくっつく距離まで近づいた。確かにアンジェの眼は灰青色をしていた。あなたはなるほど目が黒い、と言うので、
「日本語には「おれの眼の黒いうちは」と言う表現があります」
 と言うと、すぐに、そうすると欧州人って、みんな死んでいるのですね、とアンジェが答えを返した。

「そうか、お化けだから暗い所が好きなんだ」
 と森之宮が言うと、では、肝試し(Test your brave)をしようという。納屋があって、武器庫(アーセナル)があって、よろいががちゃがちゃと動き出すという。鎧の手にはバトルアックス。ときどき首を切られる宿泊客がいる、自分を部屋に招いた紳士はみんな・・・
「みんな?」
 アンジェがギロチン(Guillotineギヨチーヌ)のしぐさをする。うそばっかり。
                                
 
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Last updated  2009.01.18 13:35:00
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