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朝吹龍一朗の目・眼・芽

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2009.02.07
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カテゴリ:幽霊
幽霊     第十回

うとうとしながら深い眠りにつくことなく土曜日の朝を迎えることになった。昨夜の目まぐるしい天候変化は悪いほうへ落ち着いており、7時にセットした目覚ましが鳴った時には外は霧雨だった。

 ブッフェ(バイキング)タイプの朝食を済ませ、呼んでもらったタクシーに8時には乗ったのだが、駅に着いたときに財布を忘れたことに気がついて再びホテルに戻り、今度はゆっくりと昨晩アンジェと歩いた城塞を散策しながら下って行った。今度も例の石は他の石と区別がつかない。しかしあえて蹴飛ばすこともしなかった。

 電車に乗ってしまえば30分程度でD**市に着く。途中で雨は止んだが、それでも見上げると今にも降ってきそうでかなり寒い。すでに時計は11時である。アンジェの独り言部分から想像していた通り城塞と教会とサクソフォーンしかない街を歩いて、小麦粉と蜂蜜で作られている「クック・ド・D**」というクッキーを見つけた。まともにかじりつくと歯が折れるのではないかというほどとんでもなく固く、甘みの少ないお菓子だった。持って歩いても絶対壊れないから大丈夫ですと、無造作にリュックに詰め込もうとしている森之宮の手元を見ながら店のおばさんが声をかけてきた。

 相変わらず、いつ雨が、いや、雪が降ってきてもおかしくない空である。予定していたV**城はあきらめて、Me**川のクルージングに乗ることにした。1時間ほどだという。この川はN**市内も流れていて、D**市は上流側になる。途中でベルギー国王がロッククライミング中に滑落して亡くなったということで有名ななんとか岩のそばを通る。フランス語(正確にはワロン語)とオランダ語(これも正確にはフラマン語)でガイドがしゃべるのだが、ひどく訛りのある発音で森之宮は聞き取るのに苦労した。

 思いのほか時間がかかり、戻り始めた時はすでに2時を過ぎていた。いつの間にか西のほうから青空がのぞいてきた。雲が切れると金色の光が差し込む。どうしてヨーロッパの空は高いのだろうと森之宮は思った。

 それなら予定通り行こうということでタクシーで15分くらいのところにあるV**城に向かうことにした。まずは降り立った門のそばでディズニーアニメにでも出てきそうな可愛らしい姿をカメラに収めてから、ちょうど観光バスで乗り付けていたアメリカ人の団体のあとをついて城内に向かった。

 大人一枚、というと、若い受付の男が即座に20フランです、と日本語で答えてくる。後ろにいたスウェーデン人の夫婦をやり過ごしてから、「どうして日本人だとわかりましたか」と聞くと、日本人の英語をしゃべるからだと言う。そんなもんだろうかと思いながらさして広くもない場内を見て回る。と、銅板を加工してレリーフにした骸骨像が遠くから目についた。近づいてみると、その像と並べて王女様と思しき着飾った女性の生身の姿を写したレリーフがある。輪郭は同じである。

 メメント・モリ(死を思え)だな、とすぐにわかったが、よりによってここは食堂の隣のくつろぎのためと思われる部屋である。こんなところに置くものかなあと思いながら南東に開けた窓の外を見ると、谷を挟んだ向かい側に比較にならないほど大きくて立派な城が見えた。帰りがけに、受付でさっきは日本語で問いかけてきた男にこちらも日本語で聞いてみると、プライベートレジデンスで今も人が住んでいて、当然ながら一般の観光客には公開されていないとのことだった。麓には集落が見える。あの城の使用人の住まいのようにも思える。

 外に出ると、はるか地平線の上30度くらいのところに太陽があった。あと2時間は陽がある計算だ。城までは片道30分と踏んだので、意を決して訪問することにした。西半分の空はきれいに晴れ渡っていて、日差しはむしろ暖かいほどだ。風もないので着ていたコートを脱いでリュックにしばりつけた。

 途中の村の家々の煙突からはうっすらと煙がたなびいている。どの家も裏庭に薪が積んであるのが見える。まだ現役で煮炊き用に木材が使われているのだ。4時に近い。母親たちはいまごろから夕食の準備を始めているのに違いない。

 予想通り、30分ほど林と畑の境に刻まれている農道を歩き、峠のような高まりに着くとちょうど5叉路になっていて、粗末な十字架とキリスト像が道しるべ代わりに大きな木の下に安置されている。5つの道の1本だけが余計な角度に付いていて、もちろんそれが城への道である。ほんの五百メートルほど先に立派な門と門番所が見える。

 周りは一面の牧草地である。今はきれいに刈られて黒々としたいかにも肥えた台地がひろがっていて、プリンターで打ったように点々と青い苗が植わっている。うねった大地だ。日本の農村を支配する『水平』とは全く違う。どちらも改変された自然なのだが、ただでさえ高い空とうまく調和してゆったりとした景色を形造っている。

 風が止み、落ち葉が道に積もる音さえ聞こえそうなくらいの静寂が満ちている。森之宮の靴音が少し湿った空気の中をゆっくりと伝わっていく。地面と林に吸い取られるせいか、反響音はほとんど聞こえない。

 立派な鉄の門があり、向って右に小さな門番小屋があり、若い門番がいた。

 いぶかしげに森之宮の顔を覗き込んでくる。2メートル近い大男だが頬骨のあたり一面に茶色いそばかすが散らかっている。色白で気の弱そうな坊やだ。「この城には白昼から幽霊が出ると聞いて訪ねてきました」森之宮はさすがに英語は通じないと踏んでフランス語で語りかけた。

 明らかに何かを知っていて、しかもそれを恐れているのがありありとわかる顔になった。俄然面白くなった。かすれた声で、それがどうしたのか、幽霊がいては不都合か、という答えが返ってきた。断然ノリノリだ。

「幽霊はベルギー人ではないそうですね」
とカマをかけてみる。よく知っているではないか、そうだ、お前のような東洋人の姿をしている、やや口がこわばって母音の発音がくぐもっている。思いっきり口を横に開いて森之宮が追いかけた。
「見たことはないでしょう」
 白かった顔がさっきからどんどん青く変色してきたのだが、いよいよその青さを増して来たように思える。若い門番はこっくりとうなずいた。

「私が幽霊です(Je suis le fantome)」
と言った途端、顔色同様、目まで白くなってその場に倒れてしまったので、こりゃやり過ぎだと思いながら門番小屋の中にあった電話の受話器を取った。すぐに大声が聞こえてきた。何を言っているのか一瞬森之宮にはわからなかったので、
「門番が倒れている」
と告げた。

 門の向こうに更に200メートル行ったあたりが玄関のような作りで、その手前、100メートルくらいのところが突然開いて3つほど黒いものがすごい勢いで飛び出してきた。カール・ルイスより早いのではないかなどと思う間もなく森之宮の目には肩から下げられたマシンガンが衣装よりも黒く光って見えた。

 3人が扇形に展開して腰をかがめ、マシンガンを構えて森之宮を狙う。無言である。突然膀胱が締めあげられるほどの恐怖を感じた。何もいわれないうちから両手をゆっくりあげた。MITに留学しているときに強盗に出会った松下先輩のアドバイスを思い出した。そうだ、こういうときは相手の目を見てはいけないんだった、ちょっと上を見つつ、しかし相手の挙動は眼の隅にちゃんと留めておく、これが極意だ。

 ふと気がついて後ろを向いた。万一撃たれても、日本の解剖医はきっと優秀だからどの方向から撃たれたかは判別してくれるだろう、そうすれば卑怯にも背後から撃ったことがわかってしまうから、この連中は撃たないのではないか、これは後ろを向いていた方がいいかもしれないと思ったからだ。完全に論理が破綻しているのだが、このとき森之宮は全く気がついていない。

 黒い連中に背を向けると、彼らも安心したのだろう、気を失っている若い門衛のほほをたたいたりして正気に戻そうとしていた。ジャン、ジャン、と呼びかけていたので、この若い男はきっとジャンという名前なのだろう。しかしまだ森之宮には一言もかけてこない。後ろに目はないが、3人のうち少なくとも一人はほんの数メートルの至近距離からマシンガンで自分に狙いをつけているに違いない。そう思うとますます膀胱が縮こまってくる。漏れるかもしれない。

 主観的にはものすごく長い時間が過ぎたあと、先ほどの5叉路を左手から一団の騎馬群が現れた。500メートル先からの笑い声が届く。若いジャンはまだ気を失ったまま倒れている。振り向いて、隊長と思しき男が40過ぎくらいで立派なひげを生やしていることに気がつくくらい、森之宮自身も緊張がほどけてきた。

 その騎馬隊のなかにはアンジェが混じっていた。

森之宮にとっても、アンジェにとっても思いがけない邂逅だった。しかしアンジェは森之宮と目を合わせても降りてきてくれない。騎馬のまま、森之宮をそれ以上見ようともしない。どちらかというと硬い表情に変わってしまっっている。全部で6騎のうちで、先頭にいたこの城の令嬢と思しききれいな金髪の娘が馬から降りて兵士たちに騒ぎの顛末をあらかた聞くと、森之宮の方を向き直って、ではお行きなさい、と言った。簡単なものだった。こっくりと首を振った。

 横を通り過ぎる時、「アンジェ」と小声て呼びかけてみた。アンジェはあえて横を向いた。明らかに森之宮であることを認識はしている。ちょっと腹が立った。

 でも、恋しい。
 そうだ、恋しい、恋しいんだ。こんな気持ちになったのは、駒場で過ごした教養時代の同級生、科学雑誌の創刊号を飾った彼女に対して感じて以来のことではないか。はるか昔のような、懐かしい気がしてしまうような感情を、たった昨日の晩に出会った女性に対して持っている自分。そんな、恐怖感は去ったが自分をコントロールできていない状況にイライラしながら、森之宮は来た道をV**城の方へ戻った。

 昼食の代わりにに恐怖と落胆を味わったので、さすがにN**駅に着いた時には空腹を感じた。しかしファーストフードは敬遠して、その代りホテルまでのタクシー代は節約して、町の中心街からやや外れたところにあるステーキハウスに向かった。ゲントでの国際会議のときにN**市ならこの店、と教えてもらったうちの一軒である。目の前で焼いてくれるシステムなので一人で食べるには都合がいい。味は紹介どおり上等だった。値段もホテルのレストランの半額以下、ワインもほぼ半額で妥当な味の一本を提供してもらえた。しかしジビエ(野生動物の肉)はまだ出していなかったので、これだけは持ち越しになった。

 酔いざまし腹ごなしを兼ねて20分ほどゆっくりと城塞を登ってホテルに戻ると、森之宮はすぐにアンジェの姿を探した。週末は休みだとは聞いたような気がしたが、格好悪いこと甚だしいと思いつつ、何度も部屋とレストランを往復してしまった。

 しかしそんな努力も報われず結局アンジェに会うことはできなかった。D**市の郊外の城での出来事も考え合わせれば、これっきりでもしかたないのかなあ、と思った。

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Last updated  2009.02.07 19:29:45
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