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朝吹龍一朗の目・眼・芽

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2009.11.08
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カテゴリ:ばっちっこ
ばっちっこ  その9              朝吹龍一朗


 響子はそろそろ出勤なのだろう、栃女高剣道部と縫い取りのあるTシャツが脱ぎ棄てられ、上半身はブラジャーだけというあられもないかっこうだった。化粧はまだのようだ。そのままちゃぶ台の向こう側に座ると、幾分眼の覚めたような、やさしい声で言った。
「のぶくん、よくわかったわね、ここが」
ちゃぶ台をはさんで俺も腰をおろした。冷えてしまっていそうなお茶の入った湯のみがあった。口をつけると案の定冷たい。
「すぐ近くに住んでる。だから歌舞伎町は歩いて10分だって言っただろう」
「そうだったっけ。でも訪ねて来てくれるとは思わなかった、ぷろみっしんぐ東大さん」
「それが危なくなった」
「なあんだ、成績が急降下。毎晩あたしのあそこ、思い出して自家発電してたんでしょ、なあんでもお見通しなんだから」
「そんなことは起きない。俺、一度読めば覚えるから」
「あら、じゃあ」
「金が続かない」
 響子の声にかぶせるように言った、恥ずかしさを感じないように。2秒くらい、間が空いた。
「で?」
「抱きにきた」
「なによ、お金、ないんでしょ」
 そう言いながら両手を後ろに回した。顔は笑っている。
「手伝いなさいよ」
 俺は立ち上がってちゃぶ台を半回りした。響子の両手を前に戻した。
「先に俺の方じゃないのか」
「しょうがないわねえ、今日は一人だから、充分、お役に立ってもらうから。でも出勤時間がね、あんまり時間ないのよね」
 響子は俺のバミューダパンツのボタンに手をかけた。初めて会った時と同じ短パンだったのに俺は気がついたが、響子はどうだっただろうか。

 きっかり1時間後、俺は扇風機で汗を乾かしていた。
「ハンろバックにお財布入ってうから。必要なだけ、持っれっれ。あらしもうらめ」
 口がまわっていない響子の指さす先には口金の周りに皮の帯が回されている、少し大きめのしっかりした造りでやや大きめのバッグがあった。今ならすぐわかるが、それはケリーバッグと呼ばれるブランド品だった。当時の俺はもちろんそんなことは知らない。
「じゃ、模擬試験、3回分、3千円。ありがと」
「試験、がんあって、ね、もう、浪人、らめよ。ああ、きょう、お店出られないかもしえない。あんらのせいよ」
「この部屋、電話、ないのかな」
「ない、わよ」
「じゃあ、次、来るとき、どうすればいい」
 響子のとぎれとぎれの話し方が俺にまで伝染してしまう。ちゃぶ台と姫鏡台以外に何もない部屋を見回しながら返事を待つ。
「いつれも、大丈夫。あたし、シングルらから。シングルって、特定の旦那さんを持ってないってこと」
「じゃあきょうから俺が『特定の旦那さん』、な」
「いいわあ、いい。それでいい。あんらみたいな人、そうそういないもん。あたし、当分、それでいい」
「とうぶん、ね。わかった。じゃあ、3千円、ね、もらっとく」
「うん、また、また来てね。今度いつ来るの」
 ようやく口が回り出した。正気が戻って来たのだろう。3千円が惜しくならないうちにどろんしようと思った。大きいほうの聖徳太子も3人くらいいたから、まあ、このくらいは大丈夫か。
「毎日ってわけにはいかないから」
「そりゃそうよ、今日だって二つでしょ、毎日だったらあたし、死んじゃうわ」
「じゃあ、まあ、最低週いち、かな」
「そうして。その間にあたし、回復しとくから」
 右の頬を引き上げてついでにへたくそなウインクをした。俺は再びバミューダパンツのボタンをかけてもらって部屋の外に出た。3度目のお役にたちそうな形態に変身しつつあるのを恨めしそうに響子が見上げたが、俺は左の口角を思いっきり上げて、
「また、今度、な」
 と言った。

 すぐに恒久が出てきた。弓子の部屋で何があったかはあえて聞かないことにした。3千円、差し出された。
「これでプラス3回分、ま、付き合ってくれてもいいし、何かに使っちゃってもいい。気にしないで。出所はわかってるとおりだし。俺たち、『ヒモ』って言うんだろうね」
 無造作に紙幣という紙きれを受け取って、
「いいんじゃんか、ヒモで」
 と言った俺の声には別に引っかかりそうな棘はなかったつもりだったが、恒久は珍しく不機嫌そうに黙ってしまった。
 
 そのまま俺たちは自転車で十二社通りを南に下り、これ以上言葉を交わさずに家へ戻った。響子の左頬にほくろがあったことをすっかり忘れていたことに気付いた。好きになってきた証拠かもしれないと思った途端、ポートボール(注1)の授業でわざとぶつかってきたチャコや、毎朝登校の時に俺のアパートの門の横で待っていて、俺の後ろを一人で歩いてくる晴子の顔が浮かんだ。この子たちを組み敷いている自分を想像してにやついていると、
「伸彦さん、登校日、よっぽどいいこと、あったのね」
 と母親が笑いかけた。

 結局そのあと俺は予定通り夏休み中の3回だけ、日曜テストを受けた。予定通り、3回とも1番だったが、別にそれで自信がついたとか、うぬぼれたとか、別の進学を考えたとか、そういうことはなかった。進学教室で4回連続1位というのは珍しかったらしく、そのあといろいろと俺たちの同年次の奴らから話の種にされた。高校時代、大学時代に何かのきっかけで中学受験の話題になると、決まって進学教室話に進み、挙句、お前があの幻の天才少年か、とどこでも驚嘆された。いいことか悪いことか、俺にはわからない。単に、答えのある問題に短時間で正解を見つけることに長(た)け
ていただけだと今でも思っている。
 先走るが、高校では4つくらい上に、自分の経歴に日進で一番を取ってどうのこうのと書いているやつがいるらしいが、俺からするとあんなもの何回でも取れる。さして誇るべきものではない。単なる学校秀才であることがそんなにうれしいか。俺の感覚では、進学教室の成績なんてせいぜいそんな感じだった。

 夏休みが明け、気がつくと何人かが中学受験をするようだった。担任の女教諭があからさまにひいきをし始めた。
「俊子ちゃん、よくできるわよねえ、陽子ちゃんもすごい、こんなにできるんだから5をあげていいわよね」
 俺は世の中に『内申書』というものがあって、私立中学の場合、合否のボーダーラインになったとき、それに書かれている内容によって合格できたりするのだということを恒久から教えられた。
「あの教員はたくさんもらってんだよ」
「誰から」
「決まってるだろ、あいつらの親からだよ」
「お前のうちもか」
「女子組(注2)と一緒にしないでくれ」
 あきれたような声で俺を見上げる顔は、既に大人の顔だった。そして、恒久の目に映っていた俺自身の顔も、それ以上にオトナの仮面をつけていたに違いない。

 それは、この夏が、俺たちにとって、決定的に、少年時代との訣別の季節だったと、そして同時に、取り返しのつかない喪失を内包していたと、感じさせる出来事だった。


注1:バスケットボールの小学生版みたいなスポーツ。
注2:当時の日本進学教室で、国立2組、1組、慶応2組、1組の次の席順のクラス。


                             ばっちっこ  続く

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Last updated  2009.11.08 11:37:46
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