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遊心六中記

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2021.12.03
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カテゴリ:探訪
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寄り道話から始めます。慶流橋を渡り神宮道を北に進めば、平安神宮の応天門前に至ります。
交差点で左折すると冷泉通です。この通りを西に歩めば、冒頭の武家屋敷のような門構えが見えます。
その東側の脇門傍に、句碑が建立されています。
   風薫る左文右武の学舎跡   野風呂
 
             傍にこの案内板「薫風句碑」が設置されています。

西側の脇門を通り、敷地内に入ると中央部は広い空間となっていて、
  
 
正面前方に大きな建物「旧武徳殿」が見えます。途中左右に「武徳薫千載」「高専柔道之碑」と刻された石碑が建立されています。
 
武徳殿は明治28年(1895)年に、大日本武徳会の演武場として建設計画が持ち上がり、明治32年(1809)に武徳殿が竣工したそうです。後に武術教員養成所(後の武道専門学校)も開設され、西日本での武道の中心的存在になったと言います。第二次世界大戦後は、時代に翻弄され、この武徳殿は様々な利用が行われるという変遷を経ているとか。現在は、毎年5月に「全日本剣道演武大会」(旧京都大会)がここで開催されているそうです。(資料1)

この旧武徳殿の北側に、丸太町通に面した「武道センター」があります。

  
千鳥破風の正面の鬼瓦。古風な意匠の鬼瓦です。
 
             棟の鬼瓦と降棟の先端部の鬼瓦

冷泉橋を渡り、琵琶湖疏水沿いに南に下り、二条通に右折して東山二条の交差点に出ます。
 
この交差点の南東角は、築地塀を角切りし鉄柵を設けて境内が見える形になっています。
廟堂と日蓮聖人立像の全体がよく見えます。
        
今春(2021.3.24)の探訪を遅ればせながらですがまとめています。丁度桜が満開の時季でした。
台座には、「立正安国」という日蓮著『立正安国論』に由来する語句の銘板が掲げてあります。
日蓮聖人の眼差しは北西に向かっています。京都御所を見つめていらっしゃるということでしょうか。
ここは、「新洞学区寺院案内図」で言えば、右上角の番号1の位置になります。その南の番号8が前回ご紹介した本妙寺です。ここも本妙寺と同じ北門前町に所在します。

法鏡山正法華院妙伝寺」という日蓮宗勝劣派の本山です。(資料2)
  本堂
当寺は文明9年(1477)日意上人が、現在の下京区西洞院通綾小路上ル西側、妙伝寺町に創建したそうです。甲州身延山が京都から遠隔地にあり参詣するには不便であることを思ったことによるとか。(資料2,3,4)
 
本堂正面にこの「写西身延」の扁額が掲げてあります。本尊は法華主題牌
身延七面大明神の同木同像を勧請し、かつては七面堂に安置されていたようですが、お堂が廃絶となり、今は本堂に遷座しているそうです。(資料2,3,4)

この寺もまた、豊臣秀吉の命により京極二条の北に移り、その後、例の「宝永の大火」で類焼し、大火後に現在地に三転するという経緯を辿っています。現在の本堂は、明和元年(1764)の再建とのこと。(資料2,3,4)
  
正面中央部には蔀戸が設けられていて、両側の桟唐戸の連子に五七桐紋が取り付けてあります。
 
  
本堂の屋根には、棟・降棟・隅棟・稚児棟のすべてに獅子口が使われています。
獅子口には一条藤の紋が象られていると判断します。(九条藤という説も・・・)。
軒丸瓦の瓦当にも同紋が使われています。
 向拝の木鼻
 
 向拝の蟇股(獅子と龍)

 
 
二条通に面した築地塀に近いところに、もう一つのお堂があります。
このお堂の正面には「高祖舎利」の扁額が掲げてあります。廟堂です。
宗祖日蓮聖人の骨舎利を移したことに由来する扁額なのでしょう。
そしてこれが「関西の身延山」と呼ばれる起りとなります。(資料2,3,4)
本堂正面の扁額がそのことを意味するのでしょう。

  降棟の獅子口
獅子口には、井桁に橘の紋が象られています。
  
             廟堂屋根の飾り瓦

 
2つのお堂の間にあるのがこの建物。何だろうと近づいて眺めると、
 鐘楼でした。
            鐘楼屋根の鬼瓦

 
自由に拝見できる範囲の境内で目に止まったのが、本堂の向かいにあるこの「片岡碑」です。
碑の頭部に紋が載っていて、碑の左側面に「十一代目」という文字が見えます。石碑の手前には、燈籠を兼ねていると思われる一対の石柱が立てられ、右の石柱には「片岡」、左の石柱には「我童」と刻されています。これらの語句からは歌舞伎役者の十一代目片岡仁左衛門を思い浮かべます。
後で調べてわかりました。この定紋は「七ツ割丸に二引」と称するそうです。(資料5)
明治から昭和初期にかけて活躍した十一代目の松嶋屋・片岡仁左衛門を記念する碑でした。
また、妙伝寺は片岡家の菩提寺だそうです。(資料6,7)

その縁もあり、例年、十二月に京都の南座の正面に掲げられる吉例顔見世興行の「まねき」は、この妙伝寺の本堂の背後に位置する客殿で書き込みが行われるそうです。(資料6,7)

  
妙伝寺の南隣りは「​聞名(もんみょう)寺​」です。門前の右側には「洛陽第十七番 地蔵尊」の大きな石標が立ち、その石標の左側面に「大炊道場 聞名寺」と刻されています。その背後に「身代地蔵尊」の石標が並立します。
一方、門前の左側には、「贈正五位香川景樹大人墳墓」と刻された石標が立っています。
 
              山門屋根の棟の鬼瓦

 本堂 
光孝天皇の遺勅により宇多天皇は、光孝天皇の皇宮小松殿を小松寺(天台宗)とされたと言います。寺は後に荒廃し、弘安2年(1279)一遍上人によって再興され、時宗となり、地名にちなんで大炊道場と称したそうです。場所は室町大炊御門大路でした。だが、例の秀吉の命で移転、さらには宝永の大火で類焼し、現在地に再転するに至ったそうです。(資料2)
この聞名寺は時宗の清浄光寺、つまり時宗総本山遊行寺に属します。
本尊は阿弥陀如来像で、光孝天皇の位牌が安置されているそうです。(資料2)
 
本堂屋根の稚児棟の獅子口菊紋がレリーフされています。

本堂前に2つの石造層塔が並んでいます。正面に向かって左(北)側の七重塔が「光孝天皇塔」です。軸部(室町)だけが古く後は後補されているそうですが、花崗岩製で約3.5mの高さだとか。(資料2)
十三重塔を挟み、右隣り(南)にある小社は台座に「金剛稲荷大明神」の木札が取り付けてあります。
 
稲荷社の左斜め背後、本堂の手前に、地蔵菩薩坐像が安置されています。
近年に造立された感じです。

 
境内の南辺に宝形造りの「地蔵堂」があります。
京都では、六地蔵巡りが有名です。併せて「洛陽四十八願地蔵霊場」と「洛陽二十四地蔵霊場」という2つの霊場巡りがあるそうです。この聞名寺は「洛陽二十四地蔵霊場」の第十七番となっています。補遺をご覧ください。
 
お堂の拝所のところに石造の地蔵菩薩立像が安置されています。
 
           
堂内には、「明眼地蔵大菩薩」と赤地に墨書された提灯が吊りさげてあります。
「明眼地蔵」と称され、眼病平癒のご利益があると信仰されているそうです。門前に身代地蔵尊とあります。眼病平癒もまた身代わりの一部と言えますね。(資料8,9)

 
拝所の地蔵菩薩立像の左斜め背後に、石造の観音菩薩坐像も安置されています。
一方、地蔵堂の右側傍には「大日如来」の扁額を掲げた小祠があり、格子扉から拝すると石仏が安置されています。

 
地蔵堂の西側、山門を入ってすぐ右側、境内の南西隅の景色です。
地蔵菩薩立像の周囲に整然と小さなサイズの地蔵菩薩立像が安置されています。彫像にはいくつかのスタイルが見受けられます。地蔵信仰の供養仏でしょうか。中には光背に水子供養と刻されている地蔵菩薩像もあります。水子供養が主体かもしれません。

門前に立つ石標の香川景樹は、「(1768~1843)江戸後期の歌人。号は桂園。鳥取の人。『万葉集』支持の賀茂真淵に抗して、和歌の本質を『調べ』とし、清新な歌風を特色とした。桂園派を樹立。その歌風は明治まで隆盛だった。歌集『桂園一枝』、歌論『古今和歌集正義』など。」(『日本語大辞典』講談社)と説明されています。墓所は未訪です。

東大路通のこの辺りも、若い頃から幾度も通ってきましたが、今春初めて境内を訪れました。事後学習を含め、いくつも新たな発見がありました。境内の一部の拝観ですが自由に拝観できるのはありがたいです。


これで探訪の整理と記録を兼ねてのご紹介を終わります。
ご覧いただきありがとうございます。

参照資料
1) ​武徳殿について​  :「京都府剣道連盟」
2)『昭和京都名所圖會 洛東-下』 竹村俊則著 駸々堂 p212-213
3) ​妙傳寺 (京都市左京区北門前町) ​ :ウィキペディア
4) ​妙伝寺​  :「神殿大観」
5) ​片岡 仁左衛門 (15代目) ​ 歌舞伎俳優名鑑-現在の俳優編-:「Kabuki on the web」
6)​「まねき」の寺、妙傳寺へ​  :「遊民悠民」
7) ​京都・南座 吉例顔見世興行 まねき書き​ 2021.11.6 :「KBS京都」
8)​ 聞名寺(明眼地蔵)​  :「京都に乾杯」
9) ​聞名寺 (京都市左京区) 明眼地蔵​ :「お寺の風景と陶芸」

補遺
野風呂記念館​  :「現代俳句協会」
洛陽二十四地蔵霊場​  :「ニッポンの霊場」
洛陽四十八願地蔵​   :「京の霊場」
京の六地蔵巡り​    :「京都観光チャンネル」
片岡仁左衛門​  :ウィキペディア
吉例顔見世興行 南座​  :「歌舞伎美人」
光孝天皇​  :「コトバンク」
光孝天皇​  :ウィキペディア
香川景樹​  :「コトバンク」
香川景樹​  :ウィキペディア
香川景樹​  :「千人万首」

  ネットに情報を掲載された皆様に感謝!

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)

探訪 京都・左京 新洞学区内の寺院 -1 仁王門通の清光寺と寂光寺 へ
探訪 京都・左京 新洞学区内の寺院 -2 本妙寺 へ
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Last updated  2021.12.03 22:00:36
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