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「ああ、おなかすいた! みんな大盛りラーメン頼んだの? じゃ、あたしもね!」
言いながら美緒が珠子の隣に腰を下ろす。 と、そのセーターの胸元がいやにぽっこり膨らんでいるのに気づいて、珠子は慌てて美緒の袖を引き、小声で叱りつけた。
「こら、美緒! ここは食べるところだよ。 猫を連れてきちゃだめ! 今すぐ外に出しておいで!」
その珠子の声を聞きつけて、美緒のセーターの襟元から、捨吉がひょいと顔を出した。 「にゃあ」
珠子にはもう捨吉の言葉は聞き取れない。 でも、捨吉はあのころより少し太って、体全体も大きくしっかりした感じになって、表情も心なしかおっとり、幸せそうに見える。 そして、何よりも驚いたのが、その毛色 ――― くすんだ灰色だとばかり思っていたら、実は、きれいにシャンプーしてみたらシルクのような光沢のある純白だったのだ。
「いやーん」 捨吉と同じような声を張り上げて、美緒が珠子に抗議する。 「だめっ! ステちゃんを一人で表に放り出すなんて、もし車道に出て行っちゃって車にはねられたらどうすんの! あのね、いつも言ってるけど、この子は特別な子なの。 ウチの銀杏の木の上で生まれて、このごろやっと地面に降りてきたばかりの、天使なんだよ。 まだ車の怖さも、他の猫との付き合いかたも知らない、赤ちゃんと同じなんだから、あたしが守ってやらなきゃ生きていけないの。 ぜーったい、ひとりになんかさせられないんだよーだ!」
そう、美緒は捨吉を、あのころのたまこと思い込んでいる。 長い間欲しい欲しいと思い続けて、やっと手に入った宝物が、もう、可愛くて可愛くてたまらない、といった様子で、捨吉に頬ずりし、口移しにおやつを食べさせ、嘗め回さんばかり。 片時も手放そうとしない。 捨吉もまた、すっかり調子に乗って、目を細め、ごろごろ、のどを鳴らして甘えまくっている。 あの厳しい商店街で、もとの色もわからないほど汚れて、あちこちに擦り傷引っかき傷をこしらえて、ひもじさだけを友として、それでも小ずるくしたたかに生き抜いてきた猫にはとても見えない。
吹き出しそうになるのをこらえながら、珠子は意地のわるーい顔をつくって美緒に言った。 「じゃ、あんたもステと一緒に外で、あたしたちがラーメン食べ終わるのを待ってれば?」
「いやーん! お姉ちゃんの意地悪!」
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