カテゴリ:フィクション
晴彦の話
彼女とのけんかの理由は、また子どものことだった。 「わたし、そろそろ子どもが欲しいの......」
その言葉の裏には、ぼくらの関係を変えるにはそれしかない、という本音が見え隠れしていた。まるでトランプのババのようなその言葉。 しかし、ぼくには前に進む勇気がなかった。
散々ののしりあい、彼女は出て行った。 つくりかけの夕食を手がける気にもなれず、袋入りのお茶漬けをご飯にかけ、すますことにした。
「あっ、東海道五十三次だ」 袋を取り出すと、小さなカードが足元に落ちた。 広重が描く躍動的な富士が見えた。
小さい頃、母親が集めていたことを思い出した。 そういえばあのとき、お茶をカードにかけ、ひどく叱られた。 あと二枚でアルバムがもらえる、などとぶつぶつ言いながらふいに漏らした言葉があった。 「まったくねぇ。子どもはコレだからイヤだ。あんたなんか生まなきゃよかったよ」
(あんたなんて……) あっ。
ぼくの手から東海道五十三次が落ちた。 自分がなぜ、子どもというものにこだわっていたのか思い出した。
同じことを繰り返そうとしていたのか......。 同じ「親子ゲーム」を。
たたきに飛び出し、靴を履く。 そして、彼女の行きそうな場所に頭をめぐらせる。
まだ間に合う! いや、間に合わせる。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010年09月21日 05時38分57秒
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