カテゴリ:フィクション
大吾君の話
4. 木曜日 「あのさぁ、これ、大吾君に……」 帰り道、二人がぼくに差しだしたのは、昼に給食に出たはずのプリンだった。 「みんなに見つからないように持ちだすの、大変でさぁ。ポケットに入れといたら、ぐちゃぐちゃになっちゃったよ……」 「色はヘンだけど、味は、だいじょうぶだと思うから。ほらっ、スプーンも」 高須君と双葉君から二個のプリンを受け取る。 たしかにカラメルソースがまざりあって、プリンが雨の校庭のような色をしていた。 昼前から「今日の給食、何がすき?」って何度も聞かれたわけが分かった。自分たちの分を食べずに、しかも、見つかったらしかられるかもしれないのに。 「じつは今朝、先生に呼び出されたんだ。そんで、ひどくしかられた」 高須君がうつむくと、双葉君がつづけた。 「大吾君が、かばってくれた、って先生から聞いたよ」 二人は、ひじでお互いつっつきあい、せぇの、と調子をとった。 「ごめんね。それから、ありがとう」二人が頭を下げた。 すると、ぼくに電気のようなものがはしった。やさしいんだ、二人とも。 「ううん、ぼくのほうこそ……」 たくさんの言葉が胸のあたりをかけめぐった。何かいいかえしたいんだけど、さいごは、 「遊んで」ってお願いをしたくなる。 とりひきっていうことばが頭に浮かんだ。 すごくずるいよなぁ、と思えて、けっきょく何もいえなかった。 田んぼに出ると、おじさんのそばに、男の人が二人ばかり人がいた。 おじさんより年上のおじいさんに近い感じの年齢の人だ。 近づくと、『パトロール中』と書かれた緑色の腕章が見えた。 ぼくはどきりとした。 おじさんは、二人と話をしているようだが、目を合わせていなかった。なんとなく困っているようにまゆをしかめたのが見えたとたん、ぼくは走り出していた。 「お父さん、今、学校から帰ってきたよ」 ぼくがさけぶと、パトロールのおじいさんたちより驚くおじさんが見えた。 おじいさんたちは、てきとうに言葉をまとめ、そのまますごすごと歩いていった。 「お、お父さんかい?」 しばらく見つめ合っているうち、どちらからともなく笑い声がでてきた。 奥の田んぼで、まっ赤なトラクターが田おこしをしていた。 ひっくり返された土が茶色の波みたいだ。 「うん、色は悪いが、おいしいよ」 おじさんの大きな手に、プラスチックのスプーンはふつりあいだった。 しかけを水の中にいれたまま、ぼくらはプリンを食べた。 つりざおからのびた糸がピンとはって、うきのあたりで水面が、小さなうずを作っていた。 さっきの二人のおじいさんは、パトロールのボランティアの人たちで、おじさんにいろいろと質問していたところだったらしい。 「君のおかげで助かったよ。あぶなく、不審者にされちゃうところだったよ」 ぼくらは顔を見合わせて笑った。 「ねぇ、給食なんて、大昔に食べたきりでしょ?」 いただきもので悪かったが、ぼくなりのおわびの気持ちだった。 「いや……」 ところがおじさんは、プリンのふたやスプーンを見つめながら、てれたように笑った。 「いや、そんなひさしぶりでもないんだよ」 「どういうこと?」 「この前、つい最近まで、よく食べていた」 「えっ?」 ぼくがおどろくとおじさんがゆっくりと口を開いた。 「……、おじさん、小学校の教師なんだ」 「えっ? うそ、じゃあ、どうして……?」 たくさんのぎもんが、一度に口から飛びでて、かえって質問できない。 「君には、正直に話したいんだけど、おじさん、病気なんだ。それで、もう一年、学校を休んでるんだ」 「病気?」ぼくはおじさんの手足を見た。 包帯は巻いてない、半そでのシャツの腕や、えりのあいた胸にぬったあともない。 「ちがうんだよ。おじさんはこころの病気でね。きゅうに悲しくなったり元気がなくなったりするんだ。他の人に、なかなか分かってもらえないところが苦しい病気なんだ」 おじさんの話し方は、苦しみ、というおじさんの広い海の中から、ぼくにわかりそうなところだけをすくってくれる感じだった。 「他の病気と違って、こうしたら治った、っていうのが分かりにくいから、学校にもどるには、リハビリをしなくちゃいけないんだよ」 「リハビリって?」 「先生の見習いみたいに、ほかの先生の授業をみたり授業をやったりするんだ」 「そうなんだ」 急に言われた現実に頭の中がうまくまとまらなかった。 「来週の月曜日から四週間。その前に、いろいろと考えたいと思ったんだ。本当に教師をつづ けたいのか、とか。もちろん、君たちの見張りみたいなこともしたかった。まぁ、教師なの に不審者とかんちがいされたのは悲しいんだけど、よく考えたら当たり前だよね……」 おじさんは、この神社で、教え子がいたずらされそうになったことを話してくれた。おじさんの勤めている小学校を卒業してこのあたりの中学校に通っている子なんだという。 おじさんの横顔にはしんけんさがあった。 「そう。君と会って、すごく重要なことに気づいたんだよ。初め、おじさんは何のためにここでこんなことをしたのか、ときどきわからなくなったんだよ。でも、君のおかげで、少しでも人の役にたちたいと思う自分がいることに気づいたんだよ」 「役にたつ?」 「そう。本当は、おじさん、いろんな人の役に立ちたいんだ。でも、自信がないんだ。たくさんの人に期待されると苦しくなっちゃうから、こうして目立たず、ちょっとだけ、やりたかったんだ」 「ちょっとだけ?」 「そう、ちょっとだけ。ちょっとだけの正義の味方」 「ふうん。それで、ちょっとだけ、ぼくたちの平和、っていったんだぁ……」 ぼくは、残りのプリンを一気に口にいれた。 ちょっとだけという言葉が何度も頭の中をひびいていた。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010年10月02日 10時43分17秒
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