カテゴリ:フィクション
大吾君の話
5.金曜日
いつものように家に帰って、どんちゃんを描いた。 描く前から、どんちゃんはこのシリーズを終えたらしばらくお休みにしようと思ってた。 理由。 自分の中でもよくわからなかった。ただ、終わりにしないといけないような気がしていた。
やどかりの親子が、楽しそうに遊んでいた。 そこへどんちゃんが近よってきた。 ところが、子どものやどかりが、その大きさにこわがって泣きだした。 「いつも、みんなのまわりをうろちょろしてますけど、本当は何がしたいの!」 逆ギレした母親のやどかりが、感情むきだしでどなった。
どんちゃんはびっくりした。そして、肩をすぼめ深海へと泳いだ。 「どうして、みんなのそばにいくんだろう」 黒く冷たい海をどんちゃんはあてもなく泳ぐ。 「ぼくは何をしたいのだろう?」 水圧がどんちゃんの体をゆっくり、ぎりぎりとしめつける。 自分の体が、たとえば石ころのようにひとつの固まりになったような気がした。 ずんずんとひりのない世界へ進みながら、そこでふと気づいた。
「みんなと遊びたかっただけじゃないか」
どんちゃんは笑った。笑いながら、泣いた。
家にもどって、看板をこなごなにくだいた。 そして、親子のやどかりのところへ行った。 親子のやどかりの前に、とうめいな小さな玉がゆらゆらゆれながら近づいた。 それは、どんちゃんのはきだした空気だった。 「しゃぼんだまみたい」子どものやどかりがはさみでわってみると、 はじけたと同時に「いっしょに遊んでほしい」と声がした。
見ると、はるかむこうに、どんちゃんがストローのようなものをくわえて、玉を作ってるところが見えた。 「あそぼう」 「ぼくはみんながすき」 そんなことばがゆっくりとふくらんでいた。
「ねぇ、あの子と遊びたい、ママいいでしょう?」 はじめのうちは警戒していたやどかりのおかあさんも海の水を反射してきらきら光るそのたまに心を許していった。 「す、少しだけならね」 「 ママ、ありがとう!」 どんちゃんの方へ歩くやどかり。 にっこりと笑った、どんちゃんのアップ。
ぼくはえんぴつを置いた。 これ以上にない終わり方だと思った。
(つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
|