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2010年10月13日
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カテゴリ:フィクション

 かずさの話

 

 4

 

 

 わたしが、あれから夏休みまでの二ヶ月間走り続けられたのは、父親が止めても一人で走ってこられたのは佐久間 真哉君との出会いが大きかった。
 

 母親に言われた翌日、わたしは二日ほど一人で走った。
 理由。それは母親に言われたからだ。

 父親が走り始めるとは正直思えず、こうして走ることに何の意味も見つけることができなかった。

 今日でやめよう、と決めていた三日目のことだった。
 

 わたしがとぼとぼ走っていると、
「もっと視線を遠くに持っていった方がいいよ」
と、後ろから声をかけられた。
 

 どこのおっさんだろう、とふりかえると、マンガの主人公を連想させるほりの深い、整った顔の中学校三年生くらいの男の人が走ってきた。
 

 Tシャツに、ジョギングパンツという格好。顔以上に目を引くのが金に近い色合いの茶髪だった。顔に見覚えはなかった。同じ中学校ではなさそうだ。
 わたしは無視しようとした。
 彼はあっさりわたしを抜き去り、軽々と前を走った。

 だが、ジョギングパンツからのびる太ももの筋肉が、足の動きに合わせて動いているのに目がいくと、なかなかそらせなくなってしまった。
 前に集中しようとしているのに、意識が足の筋肉に行っていた。
 太いわけじゃないのに、どこまでも走れそうなくらい、力強く感じられた。さらにシューズが真っ赤で、目を閉じてもその色の鮮やかさがまぶたに焼きつきそうだった。

 わたしの中の挑戦的な何かが、とたんにうごめき、彼に並びかけた。

 彼は、一瞬、はっ、とした顔をしたが、なっとくしたように走るとペースを上げた。


 クラスの男子が体育の授業でせりかけてくると、不快な気分になり、たいてい抜き去ろうと維持になった。

 だが、その人に対しては、同性の友達と走るような不思議な感覚をもった。

 そのまま抵抗なく並んでしまった。
 一キロほどわたしたちは黙って走った。

 無駄のないフォーム、軽やかなステップ。

 相当走りこんでいる人だ。 

 久々のランニングにわたしの体力が下降線をたどると、彼はわたしに合わせてペースをおとした。

 やがて足がもつれるように歩き出すと、となりを進む彼のひたいにかかった前髪のゆれが小さくなったのに気づいた。そして、わたしを見て、なつかしい人を見るように目を細めた。
 

 

「あ、あのさ」
 横にすべりこんできたときとは違い、不器用そうな口調でその人が話しかけてきた。
「長距離やってるの?」
 何かアドバイスされるのだろう、と思っていたわたしは、びっくりした。
「いや、やってません」
「へえっ。だって、足の使い方がうまいからさ」
「はあ……」
 その人の顔をまじまじと見つめる。でたらめでもお世辞でもなさそうだ。走りなれている人からそんなこといわれると、緊張してしまう。
 わたしははずかしくてうつむいた。
「あっ、ごめん。初対面なのになれなれしいよね」
 男の人は、わたしが拒絶したと思ったらしく、ちらりと腕時計を見て、軽く手をあげると、ついとはなれていった。
「ち、違います」

「じゃあ」
 彼は無理なく加速した。その距離は、あっ、という間に広がった。
 わたしは、離されないように後を追った。自分としてはかなりペースをあげたつもりだった。だがどんどん差が開くばかりだった。
 わたしは、細いのに筋肉質なふくらはぎを見つめた。以前市民マラソン大会にやってきたオリンピック選手のようだ。

 きっと、すごい選手なのだろう、と思った。
 

 その人が、視界から消えかかったとき、わたしの中にふいにある感想のようなものがわきあがった。
 

 それは、男の人の走りが、何かから逃げているように見えたのだ。
 以前、何かのテレビ番組でマラソンランナーは、草食動物のように逃げるために走るタイプと肉食動物のように捕獲するために走るタイプがある、といっていたのを聞いたことを思い出した。
 男の人の表情には、苦しみや恐怖は感じられなかった。そのかわり、寂しさのようなものを背負っている気がした。
 それは、あくまで直感的なおもいだった。

(つづく)






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最終更新日  2010年10月14日 05時36分52秒
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