カテゴリ:フィクション
かずさの話
12
ジョギングに出ようとした薄着のわたしの体は冷えかかっていた。 わたしは、身動き一つせず、よみがえった黒い塊をながめていた。 翌日、夏休み二日目。 またしても同じ落書きをされたのだった。
意外なことに冷静だった。 いや、違う。 美術館にいるみたいにわたしと父親は、昨日と同様に復元されたスプレーアートをながめていた。 マサトの練習試合があるせいで、今朝も母親と弟の朝は早かった。 昨日と同じようにこの作品を見て出かけたはずだ。 夕べ、わたしは、くたくたになって帰ってきた母親にシャッターのことを話した。 すると、彼女は自室に閉じこもってしまった。 しばらく経つと一枚のメモ用紙を差し出した。 塗装店の電話番号だった。 連絡しておいて、といわれた。それだけだった。 母親は明日早いから、とすぐに寝てしまった。 今までもこれからも繰り返されるだろうお互いの悪口。 それはこの落書きがあってもなくても同じだった。 「お父さん、これは警察に連絡した方がいいよね。いくらなんでも、消した次の日だよ」 わたしは、父親の口から悪口をふさぎたかった。 「いや、今日消したって、やつはまた明日も落書きをするような気がする」 「よしっ、この落書きを消そう。そして、犯人をおびき寄せよう。明日の朝、早く起きて、おれたちでこの犯人をつかまえよう」 父親が指差した場所に、確かに赤や緑の足跡がうっすらと残っていた。 わたしは、その跡をじっと見つめた。 「だったら、警察に知らせた方がいいよ。これって立派な証拠でしょ」 「あのな、こいつら、イマージュっていうこの辺りのチンピラらしいんだけど、ものすごく自分 たちの作品にプライドをもってるらしいんだ。だから、この鉄砲玉みたいなやつのわきに、わざわざチームのサインを書くんだ。おまけに、本物には手足がない。つまりこれはニセモノっていうわけだ」 わたしは絵を見た。たしかにサインはない。 さらにいえば、商店街の落書きには、手足がない。 わたしは首を横にふった。 父親は鼻息あらく、つかまえてやる、と叫んだ。 佐久間君のことが気になりだした。 昨日、このあたりで巧台ビルが望める中学をくまなく探した。 探さなかったのは自分の学校だけ。 佐久間君ともう二度と会えない気がしたのだ。
わたしは、あわててアップをはじめた。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010年10月25日 05時46分36秒
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