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2010年10月24日
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カテゴリ:フィクション

 かずさの話

 

 

 12

 

 

 ジョギングに出ようとした薄着のわたしの体は冷えかかっていた。

 わたしは、身動き一つせず、よみがえった黒い塊をながめていた。

 翌日、夏休み二日目。

 またしても同じ落書きをされたのだった。

 

 意外なことに冷静だった。
 信じられないかもしれないが、なんとなくもう一度書かれるような気がしていた。
 

 いや、違う。
 厳密に言えば、わたしが、もう一度、書いて欲しい、と思っていたのかもしれない。

 美術館にいるみたいにわたしと父親は、昨日と同様に復元されたスプレーアートをながめていた。

 マサトの練習試合があるせいで、今朝も母親と弟の朝は早かった。

 昨日と同じようにこの作品を見て出かけたはずだ。
 

 夕べ、わたしは、くたくたになって帰ってきた母親にシャッターのことを話した。

 すると、彼女は自室に閉じこもってしまった。

 しばらく経つと一枚のメモ用紙を差し出した。

 塗装店の電話番号だった。

 連絡しておいて、といわれた。それだけだった。

 母親は明日早いから、とすぐに寝てしまった。
 父親は、さっきからぶつぶつと母親の文句をいっていた。

 今までもこれからも繰り返されるだろうお互いの悪口。

 それはこの落書きがあってもなくても同じだった。

「お父さん、これは警察に連絡した方がいいよね。いくらなんでも、消した次の日だよ」

 わたしは、父親の口から悪口をふさぎたかった。

「いや、今日消したって、やつはまた明日も落書きをするような気がする」
「じゃあ、どうするのよ」
 わたしは、父親を見つめた。父親は、腕を組みしばらく考えていた。

「よしっ、この落書きを消そう。そして、犯人をおびき寄せよう。明日の朝、早く起きて、おれたちでこの犯人をつかまえよう」
「えっ? 本気なの?」
「本気だ」
「つかまえるって? 相手が集団だったらどうするのよ」
「いや、犯人は一人だ」
「どうして言い切れるのよ?」
「昨日、落書きを消してるときに、いくつか足跡を見つけたんだ。どれも同じ大きさだった」

 父親が指差した場所に、確かに赤や緑の足跡がうっすらと残っていた。

 わたしは、その跡をじっと見つめた。

「だったら、警察に知らせた方がいいよ。これって立派な証拠でしょ」
「警察? 警察が本気でやっていたら、商店街の落書きなんか一つもないはずだ」
「まあ、そうだけどさ……」
「それからもう一つ。これは、商店街のやつらに聞いた情報だが、昨日のやつも、今日のやつも、ここの所にサインがないんだよ」
 そう言って父親は、絵の右下のところを指差した。

「あのな、こいつら、イマージュっていうこの辺りのチンピラらしいんだけど、ものすごく自分

たちの作品にプライドをもってるらしいんだ。だから、この鉄砲玉みたいなやつのわきに、わざわざチームのサインを書くんだ。おまけに、本物には手足がない。つまりこれはニセモノっていうわけだ」
 

 わたしは絵を見た。たしかにサインはない。

 さらにいえば、商店街の落書きには、手足がない。
「これはパクリだ。パクリが組織に見つかるとどうなるか知ってるか?」

 わたしは首を横にふった。
「つかまったら袋叩きだ。あいつらは、ひまにまかせて、類似品が出てこないのかパトロールしているらしい。組織の情報網はものすごいみたいで、商店街の連中が、つかまってボコボコにされている若いやつを何度も見ているらしい」

 父親は鼻息あらく、つかまえてやる、と叫んだ。
 わたしは、そんな父親にあきれるとともに、気持ちが冷静になっていくのを感じた。

 佐久間君のことが気になりだした。

 昨日、このあたりで巧台ビルが望める中学をくまなく探した。

 探さなかったのは自分の学校だけ。

 佐久間君ともう二度と会えない気がしたのだ。

 

 わたしは、あわててアップをはじめた。
「なんだ、オマエ、どこに行くんだ?」
「だから、ジョギング」
「えっ、落書き、一緒に落としてくれないのか?」
「悪いけど、あとで」
 わたしは、父親をふりきって走った。

(つづく)






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最終更新日  2010年10月25日 05時46分36秒
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