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テーマ:小説書きさん!!(608)
カテゴリ:自薦
豪華客船の旅は高価と思いがちだが、調べればかなりお得なプランもある。長旅の一部だけ、安い船室に乗るのである。往路か復路のどちらかを船にする。宿泊・食事込と考えれば、ちょっと贅沢、ぐらいである。
若いカップルが、二泊三日の客船の旅に参加した。日本一周の一部を、旅行の帰りに使ったのだ。 二人は、船の旅は初めてだ。客船では、どんな生活リズムの客にもあうように、早朝から深夜まで食事が用意されている。それがどれも旨い。 「食べきれない、でも、美味しいー。」夕食後、甲板で彼女が言った。彼が何か答えようとしたとき、横から 「いいわね、若い人は」と声がした。 彼が見ると、上品な初老の婦人だ。 「船は、全部味わおうとしちゃだめ。自分に合う時間を切り取るようにしなきゃ。」とにこにこ笑っている。船旅というものは、狭い空間に閉じ込められるため、知らない間柄でも仲良くするのがマナーらしいと、若い二人もわかってきた所だったので、彼は婦人に尋ねた。 「どちらまでですか?私達は明日までです。」 「私はねぇ、ずっと乗ってるのよ」と、微笑みながら婦人が答える。 「夫が亡くなったら、一人きりでいると寂しいでしょう?船では、皆が家族のようでしょう?だから、降りないことにしたの。」 「では、日本一周なさるのですか?」 「日本だけじゃないわ、世界一周も、この船でずっと旅をするつもり」 彼は(すごい金持ちなんだな、旦那の遺産かな)と思ったが、言うのは失礼なので言葉を捜していると、彼女がぶるっと身震いした。婦人が、 「ああ、冷えてしまったわね、それじゃ」と言うので、彼は軽く会釈して彼女と船室に戻った。 「誰と…何を話していたの」と、彼女。 「?そばにいたのに」と、彼。 「聞こえなかったの」 そういえば、甲板には風があった。声が流れてしまったのか。 「あのおばあさんは、旦那さんに死に別れてからずっとこの船に乗って旅をしているらしいよ。」 「ふぅん…」 窓の外は海。陸の灯りも見えない闇。心地よいうねりに身をゆだねる。今だけはこの世に二人きり。 「…結婚しようか…」 陸に戻ると、日常は瞬く間に過ぎる。船の上の約束どおり、それから二人は月日を重ねた。 ふと、彼が思い出す。 「そういえば、あのおばあさん、まだあの船で旅をしているのかなぁ?」 すると、妻がためらいがちに言う。 「あの時、私はね…」 「ん?」 「怖くなかったから、言わなかったんだけど… 私には、そのおばあさん、見えなかったの…。」 人からテーマを頂いて書いています。 これは『船』というお題で書きました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2004/03/10 12:30:24 PM
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