おばあちゃんの夢
こんばんは。明後日は、敬老の日ですね。私は、両親がおらず、祖母に育てられました。母親同然の存在であった祖母の話を、少し書きたいと思います。祖母は、長生きでした。ボケることもなく、寝たきりになることもなく、元気なおばあちゃんでした。家族ながら、見ていてほっこりする、優しいおばあちゃんでした。何かしつけをされた訳ではなくても、人に親切にすることや、食べ物を粗末にしない、感謝と敬意を忘れない、というようなことを、見て教わったような気がします。そんな祖母も、脳梗塞になり、救急車で搬送されてから、1週間で亡くなりました。それまでは、少し耳が遠くなったり、動きが遅くなったり、老いを感じることはあったものの、本当に元気だったのに、、、搬送後、もう脳が機能していないので、家族の声も聞こえていない、体も動かすことができない、と聞いたときは、もっと親孝行すれば、と後悔しました。カニが好きだったから、食べに連れて行けばよかったとか、温泉旅行にもいきたかったとか、もっと、花束を買って帰って、なんともない日に、ありがとう、と伝えられたら、、、後悔で、涙が止まりませんでした。祖母が、脳梗塞になって、実家のリビングで倒れているのを、見つけたのは私でした。朝ごはんを食べるところだったのでしょう。椅子から崩れ落ちたように、床に倒れていて、頑張って立ちあがろうともがいていました。朝食のコーヒーや食パンは、少し冷めていた気がします。もちろん、確かめた訳ではありませんが、、、だから、私が発見したときは、倒れてすでに数十分が経過していたんだと思います。もっと、早く見つけていれば、もう少し、治療ができたのではないかと、休日にゆっくり眠っていた、自分を悔やみました。だから、もう一度だけ、話がしたい。なんかの奇跡で蘇ってはくれないかと願いましたが、それは、叶いませんでした。自分を責めました。もっと早く見つけていれば、救急車を呼べていたなら、、、それでも、もう受け答えができない、言葉も認識できない、と担当医に言われた後に、「聞こえるー?お見舞いに来たよ、頑張ってるね」って話しかけたら、首を縦に振って、何か呟きたそうに口を動かしていました。一生懸命生きて、何か伝えようとしていることが分かりました。そのときは、何と伝えたいのか、分かっているようで、分かっていませんでした。祖母が亡くなってからは、何を見ても、祖母を思い出しました。食事をすれば、祖母の手料理がもう食べられないのか、と寂しくなり、道を歩けば、祖母はここを何往復したのだろう、と人生の尊さを思いました。私よりも、ずっと体が痛かっただろうし、祖父が20年前に亡くなり、寂しかっただろうに、そんな素振りを一つも見せずに、未熟な私を大切に育ててくれました。本当に伸び伸びと、辛抱強く信頼して、育ててくれました。祖母の一回忌を迎えたとき、1週間早く、お寺で一回忌の法事を行いました。時の流れが早く、1年経った感覚がありませんでした。祖母がいない世界に、慣れないまま、1年が経ってしまいました。この法事が終わり、祖母の命日の前日になったとき、私は仕事に追われていて、忙しくしていました。外食ばかりで、家には寝に帰っているだけのような日々で、祖母の一回忌の法事を終えて、命日になることを忘れていました。命日の前の日、普段通り、シャワーを浴びて、泥のように眠りました。その日に見た夢に、祖母が出てきたのです。実家の前には、古い団地がありました。その前の道で、祖母と歩いていました。私は、「もっと早く気づいて、病院に搬送されてたら、今も生きている自信ある?」と祖母に聞きました。夢でとっさにそんな質問をするくらい、この1年間、辛かったんだと思います。もう高齢だったし、考え込むほどではないと思いつつも、やっぱり、後悔していたんだと思いました。そして、その質問に、祖母は、うんうん、と、大きく首を縦に振りました。祖母の顔は、ドヤ顔というか、少し笑みがあったように思います。しかし、その直後、祖母は、ふらーっと、後ろに倒れました。私は、それを腕で支えました。「おばあちゃん、おばあちゃん!」と声をかけながら。祖母は、一生懸命なにか言っています、それなのに、なぜか、私の耳はつまっていて、祖母の声が聞こえません。また分からない、祖母に確認したいのに。祖母は、親孝行があまりできなかった私を、どう思っているのか、倒れたあの日も、もう少し早く見つけられればと思って生きてきて、謝りたかった。何より、育ててくれて、ありがとうと、伝えたいのに。そして、私の耳には、AirPodsのようなものがついていることに気づきました。外したら、祖母の声が少し聞こえました。「聞こえてる、聞こえてるよ。ありがとう、ありがとう」また首を縦に振っていました。ありがとう、それを伝えなくてはならないのは、私の方だと思いながら、目が覚めました。夜中の3時過ぎ。祖母の命日であることを、思い出しました。そうか、おばあちゃんが、後悔している私を見兼ねて、夢に出てきてくれたんだと思いました。そういえば、入院しているときも、首を縦に振って、何か伝えようとしていました。あれは、ありがとう。 と伝えていたのかも知れないと、思いました。私は、両親がいないと言いましたが、祖母のおかげで、病室に家族が集まりました。あの1週間は、祖母との思い出話や、仕事の話などを、家族でしました。本当は、食卓を囲って、毎日こういう話ができたら、もっと温かい家庭だったのかも知れませんが、祖母のおかげで、家族団欒で過ごすことができました。その夢を見てから、私は、ちゃんと生きないと、と思いました。そして、正直、後悔は消えませんが、私が生きている限り、記憶の中で、祖母は生き続けます。祖母との思い出を大切にしようと、思いました。カニをもっと食べさせてあげたかった、というより、一緒に食べた時間を大切にしたいと思いました。花束を渡したら、喜んでくれた顔を、いつまでも忘れずに、これからも生きていこうと、思いました。霊的な体験はしたことがありませんが、祖母の一回忌に見た夢のお陰で、亡くなっても、大切な人との想いや心の繋がりは、いつまでもあるものなのだと、感じることができました。私の家庭は、普通ではなかったと思います。でも、祖母に育ててもらったことは、私の誇りです。敬老の日のギフト、やっぱり、花束が一番です。形には残らず、しばらくして散ってしまいますが、祖母との時間を尊く感じる、気持ちが一番大切だと思います。明日は、大きな花束を買って帰ります。おばあちゃん、ありがとう。いつまでも、私の大好きなおばあちゃんです。ありがとう。明日も、一生懸命、生きます。最後までお読みいただき、ありがとうございました。【ふるさと納税】【京都市】JTBふるさと旅行券(紙券)90,000円分 | 観光地応援 温泉 観光 旅行 ホテル 旅館 クーポン チケット 予約【ふるさと納税】ドリップバッグコーヒー 淡路島アソートセット 6種 120袋 飲み比べ ドリップバッグ コーヒー ドリップコーヒーファクトリー